03 初めての人間
「クソ!こんなことになるとわかっていたらっ」
「もうやっちまったことなんだからどうしようもないだろう!」
「ここまで逃げて来れたらもう大丈夫だろう」
人間の大声がビリビリと耳に轟く。動物の耳は人間の何倍も良いと聞いたことがあるが、本当に良いみたいだ。
まだ人の姿は見えないが、複数人の声、息遣い、そして匂いがする。
100メートル先ぐらいにいるはずだ。しかし、生い茂っている木によって、彼らの姿は見えない。
もう少し近づいてみようか?
いやでも、なんか臭い。
言い表せないような酸っぱい匂いと、金属が擦れ合ったような匂いがする。
臭いけれど、今世初の人間はとても気になる。そして、奴らはなんかドタバタしているみたいだ。何かから逃げてきたと言っていた。
熊か?熊だったら僕も逃げないと!
前世では田舎歴が長かったから、熊の危険性をよく理解しているつもりだ。まぁ、本当に熊が出たかどうか知るためにはまず情報収集だな。
木の陰になっているところから少し覗いてみよう。
そろ〜りそろり。
抜き足差し足と。忍者にでもなった気分で静かに木の影に身を寄せた。そして、顔を少しずらした瞬間、驚きに固まる。
「おい、誰か塗り薬はねぇか?!」
「もう全部使っちまったよ、親方!」
「チッ。そいつの血だけ止めてやれ!」
正面に血濡れのまま、息も絶え絶えな少年が横たわっている。彼の太ももにボロ布を必死に巻きつけている男が1人、向かいの木の幹にもたれかかりぐったりと座っている男が2人。そして、大声で指示を出していた黒髪の男が中央に立っている。
黒髪の男は、ボロボロで元の色がわからないぐらい茶色に汚れている軽装で、靴は泥でひどく汚れている。そんなひどい見た目なのに、彼の体は硬い実用的な筋肉で覆われていて、剥き出しの二の腕が盛り上がっている。体だけを見れば女にモテそうだ。しかし、顔が怖い。クラブにこんな男が突っ立っているだけで営業妨害になりそうだ。
狼よりも狼みたいな顔をしている。堀が深いヨーロッパ人みたいな顔に、鋭い眼光、顔を横切る大きな傷跡、顎にはちくちくしそうな髭が生えており、全体的に野生的な雰囲気だ。もしかしたら、僕よりも彼の方が野生動物に見えるかもしれない。森で遭遇したら、僕から逃げるよりも、彼から逃げた方が絶対身のためだ。
そして何よりも、腰に剣みたいな武器をぶら下げている。
この人たちは、絶対ーー絶対カタギじゃない。
彼らに見つかったら、毛皮を剥がされてしまうかも…なんか震えてきた。
「親方!なんとか血だけは止めましたよ!」
「ああ、よくやった。追手がいねぇみたいだから一旦ここで休憩するぞ」
「あい!」
先程、地面に寝ている少年を治療していた全体的にヒョロくて、短めなオリーブ色の髪をした男はそのまま少年の横に座り、自身が背負っていた鞄を下ろした。
親方と呼ばれた黒髪のワイルド男は、木の幹にもたれかかっている男達の方に歩いて行った。
「この森は確か」
「セファルス大国だな」
親方の返事に頷いた薄茶色のボサボサな髪をした男は手に持っていた縦に長細い銀の容器を親方に渡した。
「隣国に逃れることができたか」
「セファルス大国ってどこでい?」
静かにしていた大男が急に間の抜けた声で質問をした。
「は?お前隣の国も知らねぇの?」
「テムテの北にある大国だ。魔物が多く、不思議な地帯だ。国の北にはデカい雪山、東には砂漠、西には王都、南には大森林だ。俺たちは今その大森林の中なんだろう」
…セファルス大国?テムテ?
どこだそれ?
そんな洒落た名前の土地なんて日本にはなかったよな…?待て、海外にもそんな国あったか?
それに今あいつは何平然と「魔物」がいると言ったんだ?魔物なんて地球にいないだろう…?それこそ、ファンタジーの世界でもない限り聞いたことないぞ…
もしかして、ここは日本ではないのか…?
「ぃたい…」
「フィン!気が付いたか!」
意識を失っていた少年が起きたみたいだ。黒髪の男が急いで彼の元に駆けていった。
「俺がわかるか?」
「おやかた…足が…足が痛いです」
「すまない。今薬がなくて、止血しかできていない」
「そうですか…ここはどこですか?」
「セファルス大国の大森林だ」
どこかぼーっとしている少年だったが、親方の言葉を聞いて、驚きに目を見開き、起き上がろうとした。
「あいたっ」
「馬鹿っ!動くな!」
「親方、すみません!みんなが逃げている間1人だけ寝てて!本当に、すみません!!」
「よせ。俺のせいでお前は怪我をしたんだ。寧ろ俺が謝るべきだ。すまない」
「親方っ!謝らないでください!俺が今生きているのは親方のおかげなんです!」
「フィン。親方でなくてオレがお前を担いだまま走って逃げたんでよ。お前が生きてんのはオレのおかげ」
「それは…確かにそうかも。ドリスさん、そして皆さん、ありがとうございます」
「気にするな」
親方、ヒョロ男とボサ男は小さく笑い、ドリスこと大男はドヤ顔と共に胸を張っていた。
「水飲むか?」
「貰います」
親方が銀の容器をフィンに向け、ヒョロ男がフィンの上半身を優しく支え、起き上がるのを手伝う。
あの銀の容器、水筒だったのか…
あんな形の水筒見たことないぞ…どこのブランドだ?あれはサー⚪︎スじゃないぞ。
フィンが座る姿勢に起き上がり、こちらからも見えるほど震える手で水筒を掴んだ。そして、なんというか、予想通りに水筒を落とした。
水筒がコロコロと僕の方向に転がってきた。
やっぱり変わった形をしているよな…なんかお酒でも入ってそうな容器だな。
「え?」
ん?
なんか目が合っている気がする。フィンという少年と。
「どうした、フィン?」
「ま」
「ま?」
「魔物だあああ!!!」
へ?
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