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キツネ転生者と騎士王子が世界を救う冒険物語  作者: 森野魚
第1章「始まりのセファルス大国」
12/16

11 物語に登場する王子様は特別な存在だ

「副団長殿!珍しいな、今日は休みか?」

「ああ、そうだ」

「お〜!だったら、これ食べてみないかい?日持ちはしないが、味は一級品だよ!」


 ガヤガヤと今日も賑やかな市場で俺にそう声をかけてきた顔馴染みの店主のオヤジは、通りすがりの客には見えないスタンドの下に置いてある物を取り出して見せてきた。


 彼のぽっちゃりした手には、薄青色で星型の物が掲げられていた。


「雪の女王か」

「お、やっぱり副団長殿は知ってたか!」

「ここではあまり見かけないが…」

「傷みやすいから、どうしても難しいんだよなぁ。でも、今日はキユスリから商人が来てるだろ?そいつらが安い値で果物を売ってたからいくつか買ったんだよ!」

「ああ、なるほど」

「それでどうだい?食べるかい?副団長殿になら安くやるぞ!」


 店主はそう明るく笑い、手に持っている雪の女王を剥き始めた。俺の返事も待たずに一切れ差し出してくる姿に苦笑をし、ありがたく頂くことにした。


 果肉を口の中に入れた瞬間、ひんやりと冷たい甘い蜜が舌に触れた。蜜を果肉から吸い終わったら、残りの果肉をシャクシャクと噛んだ。


『雪の女王』はキユスリ国の特産物であり、薄青い星形の果物だ。果物の皮を左回りに剥くと、中の白い果肉がひんやりと冷たくなるのが名前の由来だ。不思議と、右回りに剥くと冷たくならない、「雪の女王」のように気難しい果物なのだ。

 真ん中に大きな種が1つあり、その周りの果肉にはスポンジのように蜜が溜まっているので、それを吸い出して食べるのが主流だ。残った果肉を捨てる者もいれば、食べる者もいる、そこは好みの問題だ。

 夏の甘味として人気が高いが、傷みやすいのでキユスリ国の外では滅多に見かけない食べ物だ。


「あ゙〜、やっぱり絶品だな!」

「この季節に食べる雪の女王は確かに美味いな」

「間違いねえ!これは残りは嫁さんに渡さないと怒られるな!ガッハッハァ!」

「そういえば最近見かけないが、奥様は元気か?」

「今腹が大きくなってるから、あまり動けねえんだ!でも、元気ではあるさ!特に最近はこれが食べたい、あれが食べたいって言ってくるんだよ!」

「そうか。元気な子が産まれてくる事を願っている」

「ありがとな!副団長殿がそう願ってくれたって帰って嫁さんに伝えたら絶対大喜びだ!」


 ガハハと大口を開けて笑う店主に釣られて気が緩む。俺はここでいつも買っている保存食を買い込もうと思い、台の上に並んでいる商品を見ていると市場の入口辺りが騒がしくなった。


「なんだ…?」

「ん?また果物売りが始まったのか?」


 入口の方に目を細めた俺に首を伸ばしながら遠くを見ようとする店主。遠くの方で、叫んでる人々と焦った表情で何かを追いかけている人がいる。


 盗みか?


 それならすぐに第2の者達が捕まえるだろうと思い、視線を商品に戻した。

 しかし、すぐ隣のスタンドの客が悲鳴を上げたことで、俺はやっと周りに注意を向ける気になった。近くを見渡せば、叫んだ若い女性が目を剥いて俺の足元を指差している。


 すると、クンッ、と強くパンツの裾を何かに引っ張られた感覚がした。


 何だ?


 下を見たら、俺の足元には1体の小さな魔物がいた。


 全体的に赤黄色の柔らかい毛に覆われていて、足先は黒色だ。それにしても、小さい、俺の足よりも小さい。幼体だな。


 何故こんなに大勢の人がいる場所に魔物の幼体が?


 魔物の幼体は森から出てくることはあまりない。どれほど強い魔物でも、幼体の時は弱いため、危険がある場所にわざわざ出てくることはない。多くの魔物の幼体は親に守られながら、または森の中で捕食者から隠れながら成長していく。そのため、町での魔物被害は大概成体によるものなのだが…


 この魔物はどう見ても産まれて間もないのだろう。毛の立ち方も幼体特有な気がする。


 魔物の幼体がこんなに人がいる場所に現れるなんて…しかも、俺をどこかに連れて行きたいのか?


 森の中で何かが起こっているのか?


 誰かがこの魔物の親を殺そうとしている?

 それとも、森全体に何かがあったのか?


 もしも、森に何か大きな変化が起きているのなら…


「店主。第1騎士団団長に俺が森の中に入ったと伝えてくれ」

「え?突然どうしたんで、、え!!!副団長殿、あ、足元に!ま、魔物が!!」

「とにかく伝えといてくれ!」

「あ、1人では危ないぞ!!待て、」


 小さい魔物が俺を引っ張る方向に進めば、ソイツは俺のパンツの裾を離し、前を走り始めた。俺も後を追いながら走り出すと、魔物が後ろを振り返り、俺がちゃんと後を追っているのを見てペースを上げた。


 早い。

 これはちゃんと走らないと見失いそうだ。


 俺も足を動かすスピードを上げた。周りの人々が道を開けてくれているので、とても走りやすい。途中で第2の者達を見かけたので、手を挙げておいた。今日は制服を着ていないが、俺の顔を知らない人なんて騎士団にいないので大丈夫だろう。


 それにしても、やっとの休日に明らかなトラブルに巻き込まれるなんて。剣を持っているのが不幸中の幸いだな。

 大した事でなければ良いのだけれど…


 あの店主がちゃんと団長に連絡してくれれば、直ぐに援護が来るだろう。その前に、俺が問題を解決できたら一番だけどな。



 セファルス大国では、第1騎士団の団員のみが無断で魔物を討伐しても良いと法律で決められている。そのため、他の騎士団や一般人が魔物を討伐したい際には、第1騎士団を呼ぶか、事前に国に申請して魔物の討伐許可を貰うかの2択だ。

 魔物の討伐にこれほど厳しい決まりがあるのにも当然理由がある。

 魔物を1体殺しただけで、森の生態系が大きく変化する恐れがあるからだ。森の中で産まれた魔物の中には森自体と強い繋がりを持っているものがいる。そのような魔物は魔力を操れたり、妙に森に詳しいものがいて、討伐対象から外れているものもいる。そのため、ちゃんとした知識なく魔物を討伐してしまったら、後々痛い目を見てしまう可能性がある。それこそ有名な話は、約10年前にある一般人男性が町に出てきた魔物を殺した際に起きた事件だ。その男性が魔物を殺した翌日に、沢山の魔物達が男を殺しに森から出てきた。そして、彼を喰らい尽くした後、魔物達はそのまま大人しく森に帰って行ったのだ。

 この事件の後、セファルス大国の国民の間では魔物を勝手に殺したら森の怒りを買うことになるという認識が広まった。

 それなら、何故第1騎士団の団員は無断で魔物を討伐しても良いのか?

 それは、第1騎士団の団員は皆実力派の強者の集まりであり、彼らは魔物討伐に特化している集団だからだ。



 走ること数分、俺達は森の中に入っていた。

 小さい魔物が森に足を踏み入れた瞬間、走るスピードが格段と早くなった。この魔物は森の中で産まれて、森と強い繋がりを持つものみたいだ。魔力は多くないみたいだが、もしかしたら何かの魔法を使って早く動いているのかもしれない。

 置いて行かれないようにペースを上げて、全速力で走る事10分。通ったことがないような道を進んでいる事に気づいた。


 普段森の中に入る時は、ある程度騎士団の人々が整備した道を通り、比較的安全なルートを使うため、こんな脆い土と茂みの地面を踏むことはあまりない。


 ここは、全く整備されていない魔物道である可能性が高い。


 いつ何が起きても良いように警戒心を強めた。


 段々と太陽の光が背の高い木々により俺達に届かなくなってきた。ここは森の中の閉鎖林みたいだ。暗くて、静かで、少し不気味だ。


 前を走る魔物をこんな場所で見失ったら困る。


 閉鎖林に入ってから走り続けて10分ほどが経った頃には、見覚えがある少し開けた場所に辿り着いていた。ここは、第1騎士団が休憩に使う中継エリアの1つだ。普段は森の入口からここまで来るのに走ってでも1時間以上はかかるのに、今日は約20分で着いた。こんなルートが存在していたなんて…後で団長と合流したら教えよう。


 そう感心している時に、前方から人の声が微かに聞こえた。低い男性の声だ。


「コンコン!!」


 小さい魔物が奇妙な鳴き声を上げ、今以上のハイスピードで駆け出した。


 これは、置いて行かれる。こんな早い魔物なんて見たことがないぞ。


 体を咄嗟に強化し、魔物を必死に追いかける。


 複数人の男性の叫びと魔物らしき唸り声が鮮明に聞こえるようになってきた。やはり誰かが魔物を殺そうとしているみたいだ。

 今日は申請者がいなかったはずだし、騎士団も森には入っていない。


 誰だ?


 疑問が湧く中、戦闘の音がする場所に魔物と共に向かった。生い茂る植物と木の間を器用に走り抜いていく魔物の後を追って、取り分け立派な茂みから抜けた先で。


 まず最初に見たのは、血塗れでありながら立っているルウモス2体だ。そして、次にソイツらに武器を向けているボロボロの3人の男の背だ。


「コン!!」


 小さい魔物が力一杯鳴いた。親であるこのルウモス達に対してだと思った俺の予想に反して、魔物の鳴き声に反応したのは人間の男達の方だった。髪が爆発したかのような男が赤黄色の魔物を見つけ、後ろに立つ俺に気づいた。彼は目を見開き、驚くことに、なんと小さな魔物に話しかけたのだ。


「助けを呼んでくれたのか?!」

「コン!」

「感謝する!俺達を助けてくれ、重症者が2人いるんだ!」


 前半は魔物に、後半は俺に対して叫んだ男は握っている剣を右に指した。そこには、泣き喚く1人の男の子とその子に抱き締められている意識のない細身の少年がいた。意識のない少年も気になるが、あの男の子、あの子の魔力の量も気になる。けれどそれは後でだ。


 あの少年が1人目の重症者なら、もう1人は背中から血を流しながら戦っているあの黒髪の男だな。

 あの男は見るからに筋肉質な身体をしていて、強者の面影がある。今は怪我をしすぎていて、動きは鈍いが剣の構え方から見るに、本来はそこそこ強いのだろう。


 とにかく、状況が想定以上に悪い。これは、先にこのルウモス達を討伐した方が良さそうだ。


 俺は戦っている男達の方に向かい、彼らの前に立つ。必然的にルウモス達の憎悪の視線が俺に突き刺さる。この敵意の感じからして、この男達はデカいルウモスの番でも殺したのか?それに夜行性のルウモスがこんな昼間に暴れるのも珍しい。

 このような状況になった理由は後で、コイツらを殺してから聞こう。


「下がれ」


 一言命令を出せば、黒髪の男が血走った目で俺を睨んできたが、ボサボサ髪の男に引っ張られて下がって行った。


 邪魔な者がいなくなって、俺の目の前には懸命に威嚇を続けるルウモス2体だけがいる。これだけ怪我をしているのなら、魔力を使うまでもないけど念の為に身体強化をして、剣を握った。


 一歩踏み出し、デカいルウモスとの間合いを詰めた。そして、魔物が反応できる前にソイツの首を落とした。横にいたルウモスが慌てて逃げようとするが、剣を振り落としソイツの頭も首から切り離した。

 ゴトッゴトッと重たい頭が地面に続けて落ちて、森に静寂が訪れた。


 踵を返すと、呆然とした男達が俺を見つめていた。黒髪の男はルウモスが殺されたことで気力が尽きたのか、ボトッと地面に倒れ込んでしまったのを歯切りに皆が動きを再開した。


 武器を構えていた男達が重症者2人に話しかけている間、俺は魔力を粘り、空に向かって指を一本立てた。指から魔力が一直線に飛び出て、遠い上空で黄色に爆ぜた。これは、俺を追いかけてきたであろう第1騎士団に向けて緊急治療が必要な状況だという合図だ。これであの人達は近くの中継エリアまで来てくれるだろう。


「俺の仲間が追ってきているはずだ。重症者の治療が出来るものが来る。その前に、近くの少し開けた場所に移動したいのだが動けそうか?」


 俺の言葉にボサボサの巣頭が苦しそうに頷いた。


 どう見ても無理をしている。もう1人の自力で動いている大男も足元がおぼつかない。


 俺は、彼が背負うとしていた黒髪の男の片腕を自分の肩に乗せて、引っ張り上げた。その際に、動揺の声が上がったが無視をして、彼を背中に抱えるように立ち上がった。中々に重たい。体重は見た目以上にあるみたいだ。まだちゃんと息がある。


 ボサボサ髪が俺に向かって文句を言っているが無視をして、意識を失っている少年を心配しているのか彼の近くをウロウロしている小さな魔物に声をかけた。


「小さいの!また、道を案内して欲しい。ここに来る時に通った開けた広い場所を覚えているか?そこにこの人達を連れて行って、治療を受けさせたい」


 顔を上げた毛玉の魔物が小さく頷いたのを確認して、驚いた。やはり、この魔物は人の言葉を理解できている。これほど知能指数が高い魔物とは出会ったことも聞いたことがない。コイツは記録されていない未確認の魔物かもしれない。

 しかも、人の言葉を理解できるだけではなく、人を助けたいという感情も持っているみたいだ。これは…後で団長に報告しないと。


 大男が意識のない少年を腕に抱え、小さな魔物を先頭に俺達は移動を始めた。後ろを歩くボサボサの髪の男が躓きそうになっているのを数回横目に見かけたので、一旦休憩を取ることにした。黒髪の男を背からゆっくりと降ろし、彼が仰向けになるように地面に寝かせた。ボサボサ男がドサッと近くの木の幹にもたれかかったので、彼の様子を観察した。彼は切らした息を整えようと肩が上下していて、額からは大粒の汗が流れ落ちている。


「しんどそうだな。俺がもっと準備をして森の中に入っていたら治療とか出来ていたと思うのだが…」

「いや、貴方が急いで来てくれていなかったら俺達は間違いなく全滅していました。助けに来ていただき感謝いたします」

「…その訛りはテムテ小国の出身か?」

「そうです。俺達はテムテ小国から逃げてきました」


 はぁーと大きく溜息をついた男は、一瞬黒髪の男に視線を向けたと思ったら、俺のことを無感情な瞳で見つめてきた。


「助けてもらった以上、本当のことを貴方には伝えないといけない。俺達はテムテ小国で盗賊団をしていました。しかし、つい最近身に覚えがない罪を擦りつけられ追いかけれていたので逃亡をしていました。そして、逃げている間に誤ってセファルス大国の森に入ってしまいました」

「そうなのか。あのルウモス達は激しく怒っていたみたいだったが、アイツらに何をした?」

「…森に入って直ぐに1体のルウモスの幼体に襲われたので、ソイツを殺しました。今考えれば、ソイツはコイツらの子供だったのでしょう」

「ああ、なるほど。ルウモスは群れで生活をするため、相互扶助の意識を他の魔物よりも強く持っている。子供を殺されたあの小さい方のメスが仲間を連れて復讐しに来たという感じか」


 彼が顔を伏せたことにより、俺達の間には沈黙が落ちた。左の方で、あの赤黄色の魔物が目を腫らした男の子に身を寄せている。


「そう言えば、あの小さな魔物は何だ?」

「え?」


 驚きの声が思わず漏れてしまったのだろう。ボサボサの男は凄い速さで顔を上げ、びっくりした表情で俺のことを見てきたので、俺は思わず引いてしまった。


「え…あのチビの話か?」


 驚きすぎて敬語が外れた男が指差す魔物に頷いた。


「は?お前の使い魔じゃねえのか?」

「使い魔?…ああ、あの御伽話に出てくる魔物か。そんなのはこの国にはいない」

「じゃあ、あの魔物は一体…」


 眉を寄せた男を見下ろしていた時、正面から馬の足音が聞こえてきた。来たなと思った瞬間に、馬に乗った大きな男が現れた。


「グレイ、この野郎!1人で森の中に入るなってこの前注意したばかりだろ!!!」

「グレイ様〜!休日ぐらいは大人しくしましょうよ〜」

「おい、退け!負傷者はどこだ?!」

「あ、マイロ。重症者2人だ」


 一気に騒がしくなった空間に戸惑うこともなく、俺は重症の2人を指差すと背の低い初老の男、マイロが大きな鞄を両手で持ちながら駆け寄ってきた。マイロは黒髪の男の側にしゃがみ込んで、手際良く彼を横向きにして胴体に巻かれている布を剥がしていった。


「こりゃ相当重症だぞ。まだ息があるのが不思議なぐらいだ」

「ッ!ロウルは助かるのか?!」

「ワシが来たんだ、助けてやるさ。おい、グレイ様。お前様も手伝え」


 俺は手招いてきたマイロの後ろに行き、彼の背中に手を添えた。


「分かった。準備はいいか?」

「おう、流してくれ」


 慎重に丁寧にゆっくりと魔力を流していく。


「そうだ、その調子だ」


 マイロが集中し始めたのが手の平越しに伝わってきた。彼が俺の魔力を感じ取り、それを消費して自分の魔法を発動しようとしている。

 黒髪の男の背中に手を翳しマイロが魔法を発動した。優しい緑色の光が彼の手と翳された箇所を包んだと思うと、あっという間に傷口が塞がっていった。本当にいつ見ても不思議な魔法だ。


「グレイ、状況の説明を」

「はい、団長」


 俺はマイロに魔力を送り続けながら、団長に怪我をしている男達はテムテから逃げてきた盗賊団であり、森の中でルウモスの幼体を殺した後にその仲間に襲われていたので助けたことを伝えた。


「状況は分かった」

「後は俺を町からここまで連れて来た魔物なのだが、」

「本当に魔物がお前をここまで引っ張って来たのか?保存食屋のデンが通報してから半信半疑のままお前さんの狼煙に向かって走って来たのだが…」

「本当だ。人の言葉を理解できる、知能指数が飛び抜けて高い魔物の幼体だ。赤色の柔らかい毛に全身が覆われており、足先だけが黒色の見たことがない魔物だ。丁度あそこに居るだろう……ん?」


 俺が振り向きながらもう1人の重症者の近くに居た魔物を指差そうとしたのだが、お目当ての姿がどこにも居ないので指を彷徨わせるだけに終わった。


「ん?俺達が来てからそのような魔物は見かけていないぞ」


 魔物を嫌う団長がそう言うのなら、あの小さな魔物は本当にもうここには居ないのだろう。


 俺達が騎士団だってことがバレたのか?そして、自分が討伐対象であることも知っているのか?


「団長、帰ったらあの魔物について会議をしたい」

「…分かった。時間を作ろう」

「え〜!団長、グレイ様に甘くないですか?休日に1人で森の中に入ったんですよ!」

「安心しろ。会議の後でちゃんと処罰を与えるつもりだ」

「…アイダン」

「そんな目をしてもダメですぅ〜!1人で森の中に入るのはいくらグレイ様でも危険なものは危険ですからね!」

「おら、治ったぞ」


 俺達が話している間にマイロは黒髪の男の治療を終えたみたいだ。ずっと付き添っていたボサボサ髪の男の表情が今日初めて緩んだ。泣き出しそうに顔を歪め、寝ている男の手を取り自分の額に強く押し付けた。


 マイロが彼の丸まった肩をポンと軽く叩き、次の重症者の治療に立ち上がったので、俺も付いて行った。


「コイツも重症だが、お前さんも脱水症状を起こしているな。誰か水を!ていうか、ここにいる怪我人全員に飲み水を配ってくれ!」

「はい!」


 団長に連れて来られた団員達が馬の後ろに乗せていた鞄を広げ始めたので、直ぐに水が皆に配られるだろう。


「それにしても、グレイが会議を提案するほどの魔物か…」


 俺に着いてきた団長が思案をしながら呟いた。


「アレ程知能が高い魔物は…この国にとって危険かもしれない」

「…それ程までにか」

「ああ、森との繋がりも強いみたいだ。討伐は、」

「アイツは俺達の恩人だ!!!」


 俺の言葉はボサボサ髪の男に遮られた。静かで冷静そうな彼の態度からは想像出来ないほどの声量に彼の方を見ると、男は目をギラつかせ、俺のことを睨んでいた。


「アイツを殺しでもしたら……俺がお前のことを殺してやる」

「なっ!!貴様、それを誰に言っているのか分かっているのか?!」

「お前がどれほど偉いお貴族様なのかは知らねえけど、あの魔物は俺達を助けてくれたんだ!!俺は罪人かもしれねえけど、義理は守る。お前達には俺達の恩人を殺させない」

「…ああ、良く言ってくれた、イル」


 突然会話に入ってきた聞いたことがない声は黒髪の男のもので、彼は意識を取り戻したみたいで目が開いていた。「ロウル!」とボサボサの髪の男がそう呼んだので、それが彼の名なのだろう。ボサボサの方が起き上がろうとした男を止めようとしていたが、彼に押し切られてしまい、渋々とロウルの背を支えていた。


「アレは魔物だぞ」


 彼らを見つめていた団長が重い口調でそう言った。この国で1番魔物の怖さについて知っている人が居れば、それはこの人だ。なのに、団長の言葉にロウルはルウモスのように凶悪に口の端を上げ、挑発しているかのように言った。


「それがどうした。アイツが魔物だなんて知っているさ。それでも、アイツは初めて出会った俺達を助けてくれたんだ。見返りも求めずに俺達を助けてくれる奴なんて、人でもいねぇよ。優しい心を持つ魔物だ、アレは。お前達がアイツを討伐するって言うならーー」


 彼の雰囲気が急に冷え込んだ。殺意がこもった鋭い目に、強い魔物と対面した時のような緊張感が漂った。やはり、彼は只者ではない。団員の誰かが、ゴクリと唾を飲み込んだ音がやけに響いた。


「俺が今、お前達を殺してやるよ」


 そんな身体で出来るわけがないだろうと普通だったら嘲笑う者が出てもおかしくないが、彼の殺意に飲まれたみたいに動こうとする者が居ない。


「ハッハッハ!!魔物のために命を捨てるか!!面白い!」


 団長の大きな笑い声が鳴り響き、黒髪の男が発していたビリビリと肌を刺してくるような圧が散った。


「俺は本気だぞ」と念を押してくる男に団長はますます愉快そうに笑った。強者には目がないところは彼の悪い癖だ。


「お前さんの名前は?」

「…俺はロウル。この盗賊団の頭をやっている」

「そうか!ロウル、俺の騎士団に入れ!あ、お前の仲間も入りたければ入れ」

「…あ?」


 騎士団の団員達が一様に頭を抱えた。

 俺もため息を吐きながら頭を緩く横に振った。


 始まった。団長の強者強引勧誘。


「お前達はテムテから逃げてきたんだろ!セファルスは各国から難民を受け入れているからな、お前達も難民認定にして、ここで働けるようにするさ!何!心配することなんて何もねえよ!」

「は?いやいや、」

「よし!そうと決まれば、この森から早く出よう!」


 哀れな男だ。団長に気に入られるなんて。あの状態の団長から逃げられるものなんていない。


「いや、待て」

「マイロ!治療は終わったか?」

「終わりましたよ。後は、軽症の2人ですが」

「よっし!ソイツらを治療したら町に戻ろう!」

「おい、話を聞きやがれ!」


 ロウルが声を何度張っても、団長はそんな声が聞こえてすらいないのか、まるで気にした様子もなく団員へ次々と指示を出していた。


 強引に話を進めた団長に目を回す男が気の毒だったが、こうなってしまってはどうしようもない。


「なぁ。あの魔物のことは殺さないでいてくれるのか?」


 騒がしい空間の中、イルと呼ばれていた男が硬い声で俺に問うてきた。


「…俺はそもそも、あの魔物を討伐するのは難しいかもしれないから、誰かが間違えて殺さないように注意しないといけないと言うつもりだった」

「…そうだったのか。すまない、早とちりだった」


 気まずそうに顔を下に向けたイルにロウルが小さく笑ったのが見えた。仲間を見つめる彼の眼差しは、先程俺達を睨んでいたとは思えない程に暖かい温度をしていた。彼の視線が不意に俺に向いた。


「そういえば、イルがお前に対してとんでもねぇ啖呵を切っていたが、お前は誰だ?」


 イルが顔を顰めて、「いつから聞いていたんだ!」とロウルに食ってかかろうとしたのを笑いながらいなしている男の質問に答えようと口を開けたところ、横から陽気な声が先に答えた。


「彼はこのセファルス大国の第2王子だよー!お前達が殺そうとしても殺せないお方だ」

「アイダン…」


 会話に割り込んできたアイダンの返答に地面に座っている2人の男が固まったのが分かった。似たような驚異の表情で俺を見上げてくる男達に俺は改めて己の名を名乗った。


「俺の名はグレイ・アルダインバーグ。セファルス大国第1騎士団の副団長だ。そして、アイダンが言った通り、セファルス大国の第2王子でもある」


「王子かよ…」という消え入るような小さな声が黒髪の男から捻り出された。


 そうだ。

 俺はセファルス大国第1騎士団副団長であり、この国の王位継承権第2位の王子ーーグレイ・アルダインバーグだ。




第1章11話を読んでいただき、ありがとうございます!

今回はグレイ王子視点の話でした。やっとこの小説の2人目の主人公の登場です!

長めになってしまいましたが、最後まで楽しんでお読み頂けていたら幸いです。


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