間章18:ウルカノスとその母の系譜絡みの相談、からの・・・
ダイチ大公領都で随一の由緒と規模を持つザンギー商会の若き主人トッキートは、宰相エピラッハから、ホピア連合王国首都で開業させるソユートの宿屋候補の選定を任されていた。
デモント教団の支配下に置かれていた時分は奪われてしまった商会本店の建物はカケル大王が大公に就任する事が決まった時点でドースデン帝国の勧告により返還された。商業上の権利なども次々に取り戻されて、ザンギー商会は着々と息を吹き返し、ソユートを席巻し続ける好景気の波もあってかつての最盛期の規模と質を超えつつあった。
ただしそれは、日々の業務の忙しさが増す事を意味してもいた。宿屋という土地に根付いた商売を連合王国首都の大島において従業員を定住させずに開かせる事が出来るのか、なかなかにハードルが高く、どこの宿屋でもという訳にもいかず、先日の大商人会議で顔を揃えた商会でも金にあかせればなんとかなるかも知れずとも、信用の置ける者をという無言の注文は絶対条件でもあったので、エピラッハから舵取りを任されたトッキートは、ソユートで一番の信頼と実績を持つと言って良い青髭亭に真っ先に話を持ちかけたのだった。
青髭亭七代目主人ゴーンドからの返事は早かった。条件が折り合えばという断り付きではあったが、八代目主人となる者の長女とその許嫁の様な青年、その二人を六代目主人のエルケノス翁と、すぐにでも働ける従業員が複数随行して支え、必要に応じて、七代目主人夫妻、八代目予定の主人夫妻、それに九代目となる予定の長子も交代要員として入る事が出来るという万全な体制であれば、文句の付けようも無かった。
ゴーンドとも面談し、土地は借地となるが建物の建築費用の援助費として最初の五年は借地料を徴収されず、もし赤字の経営が続く様なら最初の十年は納税の義務まで見合わされるという厚遇ぶりで、宿屋立ち上げの最初の二年は特例として居住を許されるが、その後は滞在したのと同期間を地上で過ごす義務などに同意した。それは、一日の半分ずつや、週の三日半ずつ、月の半分や、半年ずつなど、かなり融通を効かせられるようにも準備されていたが、引き継ぎなどの期間を考えると、ゴーンドは家族達とも相談して、三年目以降は半年ずつの交代で申し出しておいた。
そうして条件面で合意が取れて契約書を交わす寸前に、エピラッハにも委細を報告する段に及び、ソユート大公宮殿の宰相の執務室を訪問し、契約書類などを彼に確認してもらっていたのだが、青髭亭から立ち上げメンバーのリストを見た彼が尋ねてきた。
「ウルカノス・ハシェル、だと?」
「八代目となる予定のミルハンドの長女の婚約者扱いになっている青年だが、どうかしたのか?自分も会ったが、平民には珍しいくらい立ち居振る舞いも落ち着いていて、教養もありそうだった。心配するような点は、青髭亭の主人一家からも無かったが、何か気にかかる事でも?」
「うーむ、いや、悪い話ではない。私が身分を隠して市井で過ごさねばならなかった頃に、ウルカノスという名の少年と働いた事が何度もあってな。年の割にはだいぶ聡い子供で、世間慣れしてなかった自分は幾度も世話になったのだが、しかし、家名はその頃は聞いていなかったが、ハシェルか」
「著名なところで言うと、旧ジョーヌ大公領の東部に領地を持っていた子爵家でしたか?確か二十年近く前にデモント教国に奪われて、一族の大半は殺されてしまったと聞いてますが」
「そうだな。私もつい最近までその存在を忘れていたのだが、デモント選定侯が廃され、旧デモント教国がジョーヌ大公から奪っていた領地がダイチ大公の物として還された中に、旧ハシェル子爵領があり、そこに仕えていた家臣の一部からハシェル子爵領を復せないかという相談を受けていたのだが、当の子爵家の血筋の者が見つからなければ無理だと答えていたのだが。このウルカノスが該当するか、わかるか?」
「ハシェルという家名というか姓はそこまで希少ではありませんでしたから、あえて確認は取っておりませんでした。が、そう言えば、ゴーンドの妾腹の息子で、その母は訳ありだという話を聞いていた様な。もしそうだとしても、本人の資質に問題無さそうなので敢えて問いただしてはおりませんでした」
エピラッハは、出会った頃はおそらくまだ十歳頃だったろうウルカノスの特徴を挙げていき、トッキートがおそらく同一人物だろうと保証した事で、エピラッハ自らミレッタやウルカノス達大島で新しい宿を立ち上げる青髭亭の人員と面談する場を持つ事になった。
その調整を請け負ったトッキートは、ウルカノスとミレッタに関する注意事項をエピラッハに伝えるのを忘れなかった。
「選から漏れた黒月亭の次男がミレッタとの縁談が流れた事でウルカノスを逆恨みして、裏社会に何かを依頼しただと?」
「どうせ碌でもない依頼ですし、ミレッタの婿で、大島の新しい宿屋の主人という立場を奪いたくて依頼した様ですが、カケル大王に恨みを持つ者は少なくないですからね。幸い、黒月亭の主人はこの企てには関わっておらず、次の縁談を用意しようとしていますが、裏社会の方がマグレブという若造を利用してそれなりの騒ぎを起こそうと企てていそうです。まだ詳細は掴めていませんが」
「カケル大王直々の依頼でもあるし、大島の発展の為にもしくじる訳にはいかない。私個人としても、ウルカノスに恩がある。私の方でも特別な手配が出来ないか妻に相談してみるが、それまでの間、ウルカノスやその周辺が狙われない様に気を配っておいてもらえないか? 衛兵達の見回りもそれなりに増やしておく」
「かしこまりました。お任せを」
トッキートの忙しさは、何とかなる激務というレベルを超えて、一日5、6時間だった睡眠時間をさらに1、2時間削るくらいには増してしまったのだが、ダイチ大公領のお膝元から、その随一の評判を持つ老舗宿屋が乗り気になってくれているのを諦めさせる様な事態になればダイチ大公の面目に泥を塗る様な行為だと、自らの商会が持つ裏社会への伝手など使える物は何でも使って事態が急激に悪化しないよう配慮や手配を重ねた。
ゴーンドとも改めて面会し、エピラッハとの会合を調整する際に、ウルカノスとその母についても質問すると、お恥ずかしい話ですがと経緯を語ってくれた。ただし、ウルカノスの母セルシャがソユートに辿り着くまでに、彼女を逃がそうとした家族や家人の多くが犠牲になってしまった様で、セルシャもあまり好んで語ろうとはせず、ゴーンドも人伝に情報を集めて彼女の生家と一族が辿った運命を確かめはしたが、それ以上出来る事と言えば、彼女と息子の素性を隠し通すのが精一杯だったと語ってくれた。今回彼の家名を記せたのも、デモント教団の影響力のほとんどがダイチ大公領から削がれたお陰でもあった。
トッキートは、エピラッハにも語ったのと同じ様な警告をゴーンドにも伝え、ウルカノスとその母やミレッタ、そしてその三人に対して人質となり得る存在の身辺に気を付ける様依頼しておいた。
そしてミレッタ達とエピラッハとの会合の前夜。そろそろ日付が変わろうかという頃にようやくその日の分の書類を処理し終えてベッドに倒れ込もうとしていたトッキートは、ゴーンドから急ぎの使いを受けて眠気を吹き飛ばされてしまった。
一刻を争う事態と見たトッキートは、すぐさまその使いを伴ってエピラッハを尋ねた。深夜にも関わらず、エピラッハは妻であるアマリと迎えてくれた。
「深夜に申し訳ございません。しかし危急の事態にて、お許し頂ければ幸いです」
「君は私の依頼した事に全力を尽くしてくれているだけだ。要件について聞こう」
ゴーンドからの使いは、トッキートにも伝えた口上を繰り返した。
「警告を受けて青髭亭で匿っていたセルシャ、その息子ウルカノスと、許嫁ミレッタは、つい先ほどまでは無事が確認されていました。ただし、セルシャをこれまで長年匿い、世話をしてきた老年夫婦が何者かに攫われてしまい、彼らの命を助けたくば、ウルカノスとセルシャに指定された場所に二人だけで来いと脅迫を受け、ゴーンド旦那が気が付いた時には二人は既に青髭亭から姿を消して書き置きだけが残されていたそうです」
「なるほど。気が付いたのはどれくらい前だった?」
「匿っていた部屋からいなくなっていたのに気が付いてから二時間はまだ経っていません。宿屋中や近所を探しましたが、セルシャもウルカノスも見当たりませんでした」
「そうか。それからトッキートを通じて私に最速で伝えてくれた事には感謝する。
さて、アマリ」
「ポーラに話は通してあって、動いてくれるって言質も取ってあるんだけど、あちらはあちらで何か立て込んでるみたいでね。カーヤ、何か分かる?」
アマリの影の中から、別の女性の声が聞こえてきたのでトッキートも使いの男も驚いてしまったが、声の主は頓着せずに話し続けた。
「依頼を受けてから程なくして、ポーラ様からセルシャやウルカノスなど、襲われる可能性のある者の影には眷属を潜ませていたものの、今回の様な部外者は流石に対象外になっていた様です。ただし、セルシャもウルカノスの足取りは掴めており、現状はまだ問題無いそうです。それからマグレブについても追跡対象となっていて、彼は黒月亭にはおらず、別のどこかへと移動中です」
トッキートも噂には聞いていたが、ポーラ姫の能力は凄まじかった。連合王国成立前までに既に数千の眷属を従えていて、今ではそれがどれほどの単位に及ぶのか、誰も知らないのだから。
エピラッハはカーヤからさらに詳しい話を聞き出し、三人の足取りをソユートの地図上で追い、治安を掌る衛兵隊に出動を命じた。
それら一連の手配などが済んだ後に、トッキートはエピラッハに尋ねた。
「しかし、マグレブは自分が疑われている事は既に知っていたし、ミレッタやその家族にしても、もしウルカノスに万が一の事があっても、マグレブを許したり結婚相手に迎えたり大島の新宿を任せたりはしない事くらい予想がついていた筈。だのになぜ、今回行動を起こしたのでしょうか?」
「・・・依頼が既にマグレブの思惑を越えてしまっていたとか?」
「そうなのかい、アマリ?」
「私はポーラの眷属からの報告を逐一受けてないから裏の裏とかまで分からないけど、例えば身の潔白を証明したいなら、マグレブはこんなタイミングでは動かなかったろうし、少なくとも自宅にいた方が有利だった筈」
「それだけミレッタに惚れていて、ウルカノスを逆恨みしてて、直接どうにかしてやりたいと願ってるとか?」
「その可能性もあるだろうけど。もしかしたら、マグレブ本人も始末されちゃうのかもね」
トッキートは驚いたが、エピラッハは驚きつつも推論の先を妻に促した。
「どうしてそう思うかというと、ああ、生贄にされたとか?」
「カケル大王が、自身が探したい対象を探し出せる異能を持っているって噂はもうかなり広まってるし、事実だしね。そんな状態で、カケル大王に敵対しようとするなら、それだけの手段を持っているか、持たないけど逆らいたい命知らずか。マグレブから依頼を受けたように動いたけど、標的にされていた二人は無事だし、依頼人はこちらできっちり処理しておきましたと言われたら、裁くのも少しは難しくなりそうでしょ?」
「そうならない事を願うけどね。でも、裏社会の組織も、当然一枚岩じゃないし、マグレブから依頼は受けてないけどその情報を掴んで阻止したって恩を売ってくる連中がいても不思議じゃないね」
「ありそうね」
その頃、セルシャとウルカノス親子は、指定された場所で目隠しをされ、馬車に乗せられて別のどこかへと運ばれた。目隠しをした男も御者も二人を引き取った者もほとんど口をきかなかったのでほとんど情報は掴めなかったが、降ろされた場所の静かさからソユートの中心部から離れた場所である事、ゴミや排泄物の入り混じった匂いから貧民街のどこかである事は推測できたが、それ以上の事は分からなかった。
ただ、誰かから他の誰かに引き継がれる度に、影に誰も潜んで無いだろうな?、というやりとりがまるで合言葉の様に繰り返されていた。
それから幾つかの部屋を通り抜けて最終的には地下室らしいどこかへと連れられ、セルシャとウルカノスは椅子に座らされ、両手を椅子の背の後ろで縛られた。そんな抵抗できない状態になってから目隠しを外されて、ウルカノスは予想していた通りの相手が眼前の暗がりの中にいるのに気付いた。
「やっぱり君か、マグレブ」
「ミレッタから手を引けと警告してあったよな?」
「断る、とも答えてあった筈だよ」
「ああ。だからこれは、避けられない結末なんだろうよ。お前ら親子は行方不明になるんだ」
「それで逃げ切れるつもりかい?君が犯人だと誰にでも分かってしまうだろうに」
「いなくなるお前に心配してもらう必要は無い」
息子とその恋敵が睨み合う様な沈黙の時が落ちたタイミングで、セルシャもマグレブに問いただした。
「イヒソスさんとマルチナさんは無事なのですか?」
マグレブは、嘲る様に鼻を鳴らしながら答えた。
「あの老いぼれ夫婦ならまだ生きてるぞ。あんな連中を餌にお前らを釣り出せたんだ。お前らを片付けられれば解放してやるさ」
「私達親子が長年お世話になってきた方々ですからね。無事なのならば、言うことはありません」
どことも知れない貧民街の一角の地下室で、屈強な男達に囲まれ、これから始末されると宣言されても余裕があるセルシャとウルカノスの様子に、マグレブは一抹の不安を感じ、自分の手足としてつけられた三人に尋ねた。
「この二人に、闇姫の眷属が付けられてない事は確認してあるんだろうな?」
「その筈ですが。どうなんだ、アルゴ?アミン?」
緑の蛇の刺青を首元に掘ってある大男が、セルシャ達の背後に立ってる戦士風の男と、ドア近くを見張っている盗賊風の女に尋ねた。
「今この瞬間も確かめてはいるが、潜んでいない筈だ」
「この建物の中も、この部屋も、侵入されて無いと思うよ」
「という訳でさ、マグレブ坊ちゃん。うちらは逆らってはいけない誰かに逆らうつもりは毛頭無ぇ。済ませたい用事があるならとっとと済ませるこった」
「ふん。無法者の癖に、弱気だな」
「弱気結構。うちらよりよっぽど強かった組織が幾つも潰された話は何度も伝えた筈ですが?」
「分かった。俺も、そのお方に逆らうつもりは、無い。俺は、俺の手に入る筈だったものを取り返したいだけだ」
マグレブが懐から何かを取り出すのを見て、ウルカノスは流石に怯んだ。
「ぼくと母さんを殺すつもりなのか?」
「そうだな。正確に言うなら、殺しはしないし、傷一つ付けはしないさ」
「なら、何を・・・?」
「ただ、忘れてもらうだけさ」
マグレブが手袋をはめて、懐の内ポケットから取り出したのは、布製の小袋に見えた。ただ、その内側から何かの光が瞬いているのが透けて見えた。
「なんだ、それは?」
「お前が知る必要は無い。じゃあな、ウルカノス。ミレッタは俺がもらう」
ウルカノスが身をよじろうとしても、背後に控えた男にがっつりと後頭部を掴まれて、顔をのけぞらせる事もできず、怪しい光を放つ小袋を額に押し付けられそうになった時、地下室の入り口の扉が開かれ、そこを見張っていたアミンという女が床に崩れ落ちているのが見えた。
そこには、今にも倒れそうな足取りでよろめきながら近づいてくる老夫婦の姿があった。
「なんだぁ、何があった?!」
「アミンには構うな。お前はこの二人と坊ちゃんを守ってろ!」
「ゲッコ兄貴!」
「マグレブ坊ちゃん、早く用事を・・・!」
2メートルを越す巨漢にしては素早い動きで緑蛇団のボスであるゲッコは、どうやってだか監禁していた部屋から抜け出てきた老夫婦の行く手を阻んだ。逞しい両手を振り下ろせば、そのまま二人を絶命させられそうでも、ここまで抜け出し、アミンを倒したところを見逃したとはいえ、それだけの事をこなせる相手として二人を見なして、不用意に攻撃はせず、背後で依頼主の用事が済まされるまでのわずかな時間を稼ごうとした。
「なるほど、チンピラ集団にしては生き残れてきた訳よな。婆さん、頼んだ」
「相変わらず、人使いが荒いのう、爺さんは」
ヨタヨタと近づいてきて、一人では歩く事も難しそうに見えた老人の片方の姿が目の前から消えてゲッコは焦ったが、目の前の老人から目を離すことはせず、
「アルゴ、気をつけろ!」と警告を発しながら、老人の腹に短打を繰り出した。かわされても大きな隙にはならず、当たれば軽い体を壁に打ちつけて、運が悪ければ内臓を破裂させて死ぬくらいの力は込めて。
警告を受けたアルゴは見た。ウルカノスの額に押し付けられつつあった小袋がマグレブの手首ごと跳ね除けられるだけでなく、捻じられた手首を中心にその体が一回転して頭部から床に叩きつけられたのを。それをなしたのが、ヨボヨボでなんの力も持たない老女にしか見えない事も。
マグレブが床に叩きつけられたのとほぼ同時に、ドンッと大きな音がして、ゲッコが両膝を床についていた。その大きな体が邪魔になって見えなかったが、その体が床に崩れ落ちた時には、膝をカクカク言わせている老人が、その向こう側に立っていた。
「な、なんなんだ、お前ら!」
「知らぬのだろうな。だからこそ、わしらに手を出してきた」
「何か私らの知らん手の者の思惑が加わっての事だろうが、全部、話してもらう事にはなろうか。セルシャ、ウルカノスも、巻き込んで済まなかったねぇ」
「いえ、今回は、私達の方が標的になった様ですし、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
アルゴは、旧デモント領で食い詰めた難民の一人で、好景気に沸くソユートに顔見知り達と流れ込み、徒党を組んで、自衛組織として裏の稼業もこなしてどうにか食い扶持を繋いでいた小悪党の一人だった。ゲッコは乱暴者ではあったが、誰よりも喧嘩に強かったので、この徒党のボスとして君臨していたのだが、よく分からない老夫婦の前に屈服させられてしまった。
ここで一人だけでも彼らに立ち向かうべきか、それとも逃げ出すべきか悩んでる内に、老人はウルカノスとセルシャを椅子から解放し、老女はマグレブを縛り上げ、怪しげな小袋を見下ろしていた。
「忘れさせる。記憶を奪う魔道具か何か。爺さん、聞いた事あるかい?」
「いんや。しかしあってもおかしくは無いじゃろ。今は消えてしまった、かつてのダンジョン産のアイテムかも知れんしの」
「問題は、そんなアイテムを、どうやってこの小僧っ子が手に入れたかだが」
「黒月亭の次男だったか。あそこは危ない橋には近付かない用心深さが売りだった筈だから、そんな厄付きそうなアイテムには手を出さないと思うがのう」
アルゴは、自分に関心を示さずに相談を続ける老夫婦からも、拘束から解放されて老夫婦の相談が終わるのを待っている母子にも放って置かれたので、気付いた。様な気がした。
地下室の入り口から誰かが入ってきて、他の誰にも気付かれずに、床に落ちていた小袋を拾い上げると懐に仕舞い、来た時と同じ様に出口から静かに去ってしまった。
入れ違いに、街の衛兵達が踏み込んできて、地下室を含めて建物中が大騒ぎになり、あの誰かも当然出会した筈が、たぶん誰にも気付かれず、気に留められず姿を消したのだろうと推測できた。目の前で見ていた自分ですら、その性別も年齢も顔の容姿も服装も、何も具体的には思い浮かべられず、どこからか入ってきた何者から小袋を拾って去って行ったとしか、後の取り調べで証言できず、やはり小袋を視界に入れていた筈の老女も、いつの間にか小袋は消えてしまっていたと言っていたらしいのだから。只者ではない筈の二人の感覚にも留まらなかったのに、自分には一応見えていた理由は分からなかった。
緑蛇団幹部三人は衛兵隊の牢屋に入れられて取り調べを受けたが、ゲッコが請け負った依頼は、恋敵との相談の場に邪魔が入らないよう警護して欲しいという内容で、老夫婦を攫ってきたのも別組織の者で、自分達は身柄を一時的に預かっていただけで一切危害は加えていなかった。それは運ばれてきたウルカノスとセルシャに対しても同じで、話し合いが穏便に済めば、二人にはどこか遠い他所に行ってもらう為に、また他の誰かに 引き渡すだけだった。強いて言えば、その一連の要となる場所を貸し、人手も出したのが罪という事にもなるが、マグレブが具体的に何をするのかは知らされておらず、とはいえ法に明らかに触れる様な行為では無い事は事前に確認を取ってあった。
マグレブ自身は、確かに、話し合いしかしてないし、暴力と呼ばれるような行為そのものには指一本ですら触れていないので罪に問うのは難しい。記憶を奪うという魔道具か何かについては、その存在についてすら記憶を何故か失っていた。彼は、ウルカノスにどうにかミレッタを諦めてもらいたくて、母親のセルシャにも説得に加わってもらうつもりだったという苦しい言い訳をしていたが、実際他所に移住させた後もやっていけるぐらいの金は用意されていた。
緑蛇団は、どう転んでも軽犯罪か、悪くても数日動けなくなるくらいの鞭打ちか強制労働従事くらいで済まされる見込みだったが、沙汰が決まるまで牢屋に留め置かれる事になり、その最初の晩。独房の固い寝床でまどろもうとしていた三人の額から、何者かが潜り込んだ。形無き蛇の様な、人魂の様な、得体の知れない何かが。
三人が三人とも飛び起きたが、額に傷はついてないし、自分が別の何者かになった感覚も無い。何が起きたのか説明も出来ず、口を開いて相談しようとしてもその言葉が出て来ない。それを仕方の無い事と何故か自然に受け入れて、三人は眠りにつき、数日の取り調べを受けて、ボスのゲッコは鞭打ち30回に強制労働三ヶ月、アルゴとアミンは鞭打ち15回に強制労働一ヶ月と、軽くも無いが重過ぎもしない罰が決まり、文句も言わずに受け入れ、面会に来た子分達に留守中を任せた。
罰を受け終えた三人の幹部も、それまでとほとんど変わらない鎬に精を出したが危なそうな橋にはしばらく近づなかないことにした。とは言え、時折、彼らの意識と記憶に残らない行動をする時間が生まれていたのだが、それは彼ら自身にも子分達にも認識される事は無かった。
セルシャはウルカノスと無事に青髭亭に連れ戻され、今後のことを考えて、ウルカノスと共に大島で働くことになり、エピラッハの許可をもらい、大島にて働き始めたが、その靴底がいつの間にか別物にすり替えられていた事に気付くことは無く、すり替えた者の意図に意図せず協力し続ける日々が続いていったのだった。




