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間章17:旧ジョーヌ大公領都の宿屋青髭亭一家の目線から

伏線埋設その序。

時を多少遡り、ホピア連合王国が成立し、大島が首都として開かれた二年目の頃。


 ダイチ大公領都となった旧ジョーヌ大公領都ソユートの北地区のマルロ広場に面した一際立派な老舗宿屋が青髭亭だった。都は一千年以上も前に創建されたという伝説になっていて真偽は定かではないが、青髭亭初代主人の立派な青髪青髭にちなんで、屋根は濃い青、壁は青レンガ。五階建てのどっしりとした建物は二百年を越える歴史の中で、何度も戦火や騒乱に見舞われてきたが、重厚な耐火仕様の壁と頑丈な構造で、緊急時の街の住民の避難所としても度々活躍してきたし、安全な宿屋として貴族など富裕層の賓客の贔屓にもされ、ソユート随一の宿屋としてこよなく愛されてきた。

 ジョーヌ大公の独立と没落後、デモント教国とソルティック王国に分割支配され、ソユートは選定侯となったデモントでも有数の都市の一つではあったものの、それだけデモント教団からの締め付けは厳しかったので、デモント選定侯をその聖都ごと滅ぼし、土地枯れと食糧難とデモント教団からの支配という三重苦から旧ジョーヌ大公領を解放してくれたホピア連合王国の大王にして、旧ジョーヌ大公領とデモント教国領とを併せたダイチ大公にも就任したカケルは、歴史上ほぼ並ぶ者の無い英雄に祭り上げられた。

 比肩し得るとしたら初代ジョーヌ公や、預言者デモントくらいだったろうが、前者はまだしも後者はその後の継承者達の悪行の積み重ねが酷過ぎて、特に土地枯れをもたらした直接的な主犯がカケルに滅せられたデモント選定侯本人とその取り巻きだった事がドースデン帝国により正式に告知され、ドースデン帝国からかなり厳しい罰則が課された後は、デモント教団から離れる信徒は後を絶たなかった。ソユートを含め苦渋を舐めさせられてきた旧ジョーヌの領民達は私刑リンチで報復し、少なからぬ聖職者達が旧デモント教国領へと避難したが、それでも恨みは深ければ追われて討たれる者もあり、カケル大公の妃の一人でダイチ大公領の名代でもあるピージャが私刑の禁止を呼びかけてようやく鎮静化していった。それでも行方不明になる者は時折出たが。


 そんな血生臭い報復の流れとは別に、カケル大王が空に浮かぶ大きな島を首都と定め、ソユートにはゲートという遠隔地へ一瞬で移動できる魔法の門を設置してくれたお陰で、大量の人と大商いの流れが出来ていた。土地枯れが最も激しく呪われた地として人が住む事が出来なくなっていた旧デモント教国東部の土地も再び居住と生活が可能になり、豊穣と成功と安定が約束された土地へ移民を希望する平民達もソユートを経由して来る事が多かったので、青髭亭も満員御礼の日々が続いていた。


 そんな青髭亭はL字型の建物になっていて、短い方の部分の四階が従業員の、五階が主人一家四世帯の共住スペースに使われていた。二階に受付クロークと事務所と調理場、三階にレストラン、一階(地階)は馬車や馬などを預かるスペースで、地下階に食糧庫や物置などが施設され、各階は魔道具の昇降機エレベーターで行き来可能だった。

 今日は、そんな青髭亭の主人一家の会合が、家族の食堂にて開かれて、先代の六代目主人、その息子ので七代目となった主人と妻、その息子で八代目となる予定の息子と妻、その娘と息子、さらにもう一人が、長い食卓の席についていた。


 先代六代目主人のエルケノス・ケークは82歳。昔はふさふさの青髪も青髭も両方が自慢だったのが、今ではすっかり色が抜けて頭頂部は禿げ上がり、髭はまだ豊かだが白くなってしまっていた。十年も前に妻が寿命で天に召されてから、そろそろ俺にもお迎えがと言いつつ、まだまだ元気で動き回れた。宿屋の主人の座は二十年以上前に息子のゴーンドに継がせた。心配症な性格で息子の側を離れられなかったが、お迎えが来る前に方々を旅して歩いてみるのも悪くないと思っていた。

 西岸諸国の戦乱の中で、デモント教国(とソルティック王国)にジョーヌ大公国が滅ぼされ、デモント選定侯配下の都として支配された屈辱の時代を、エルケノスは長年連れ添った妻や家族や従業員達と共に宿屋を守り切った。守ったのはそれだけではなかったが、自ら家族や従業員達に吹聴する事は無かった。


 今代七代目の主人ゴーンドは57歳。初代や二代目ぶりとも噂される立派な青髭を蓄えていて、動乱の時代を父親達と老舗宿屋を守り切った事で貫禄もだいぶついてきた。仕事ぶりは堅実。健康に気を使い、金勘定や料理、世間付き合い、従業員の福祉などにも抜かりは無い、真人間を象徴するような人物だが、二十年前に巡り会った出来事から、愛人と婚外子をこさえた事で、妻と離婚しかけた。

 先代やその妻の取りなしなどもあって、元鞘に収まったのだが、ゴーンドとその庶子を巡る話は彼の弱みとして残り続けていた。


 そんなゴーンドの妻アルージャは53歳。立派ふくよかな体格の肝っ玉おっかさんとして近隣住民達にも慕われている。主人のゴーンド相手にも引かないし、タチの悪い酔っ払い客は自ら宿の外に叩き出しもする。およそ二十年前の夫の浮気を完全には許していないが、その相手や子供の境遇には同情もしていて、夫が最低限の援助をその母子にする事は目溢ししていた。


 ミルハンドは、ゴーンドとアルージャの息子で35歳。ゴーンドに輪をかけて真面目な性格。朴訥、内気で、自ら主張する事がほとんど無い人柄のせいで、両親や祖父から先行きを少し心配されてもいた。体格はがっしりしていて、力も弱くは無く、宿や家族を守る為なら体を張る事を躊躇うような弱気な性格でもないのが救いだった。

 ケマルは、そんなミルハンドの幼なじみでそのまま結婚した嫁で34歳。やはり内気な性格だが、ミルハンドとは気の合う仲の良い夫婦である。アルージャには、もう少しだけ勝気さがあれば全てを任せきれるのにと、嫁に嫌がられない程度には助言しているものの、ケマルはマイペースな性格なのか変わった様子は見られない。ただし、夫に似て、内気だが弱気では無いので、これならなんとかなるかと、ゴーンドもアルージャも内心妥協してはいた。

 その子供の性格込みでなら大丈夫かと。


 ミレッタは、ミルハンドとケマルの長女で十七歳。同年代の少年達ほどに背が高めで、物怖じしない性格。少し前までは、男友達ともしょっちゅう喧嘩しては武勇伝を両親に聞かせるくらいのお転婆娘でもあった。そんなミレッタは、婿を取って宿屋を継げという家族の要請に反発してきた。その縁談相手の評判も人柄も酷かったせいもあるが、家族の事も好きだし、青髭亭に愛着もあるけれど、もっとあちこちを見て周りたいと願っていたせいもあるし、別に意中の人がいたせいもあった。


 曽祖父のエルケノスと祖父のゴーンドの代のずっと前から付き合いのある宿屋、ソユートでも有名な黒月亭の次男と縁談がまとめられそうになって焦っているところに、ダイチ大公でもある、カケル大王のホピア連合王国首都の大島での宿屋募集の御触れを見て、これだ!とミレッタは飛びついた。その想い人でもある、祖父の浮気相手から生まれたウルカノスを巻き込んで。


 ウルカノス・ハシェルは20歳。ゴーンドの浮気相手エミータから生まれた。エミータはデモント教国の浸透と謀略に抵抗していた中級貴族家だったが、ジョーヌ大公家の力の喪失と共に領地も領民も奪われ、ソユートに逃げ落ちてきたところをゴーンドに偶然拾われ、保護され、そんな日々の中でウルカノスは授かった子供だった。

 ウルカノスは、ゴーンドの知己の宿屋や食堂などで下働きをして過ごしてきた。ミルハンドの年の離れた弟、ミレッタとは年の近い兄として、時折会う程度だったが仲は悪くなかった。特に野心というほどのものは無かったが、ミレッタが育ってくるにつれて、その心情を打ち明けられてからは特に、独り立ちしたいと願うようになっていた。

 カケル大王の大島の宿屋募集の話を聞いたミレッタから誘われた時、断る理由は無かった。このままこの都で過ごしていても、自分に浮き目は無さそうだったし、自分にいつもすまなそうにしている父母から離れて過ごしてみたくもなったからだった。


 カジェルは、ミルハンドとケマルの第二子で長男、十二歳。両親に欠けたところを補うような姉がそのまま居座れば、この宿屋を自分は継げないと判断し、姉の恋路を助けて、二人には違うどこかへ旅立ってもらおうと応援する事に決めた。体格は細めで、少し病気がち。近所の三つ年上のマリーニャに恋しているが、彼女も、どことなく高貴で凛々しい顔立ちをしているウルカノスに憧れてるので、その意味でも姉を応援していた。



 そして家族会議は、従業員によって並べられた、それなりに手間暇かけられた料理を食しながら始まった。主な話題は、カケル大王の御触れを受けて、ダイチ大選定侯領の宰相エピラッハから直々の打診を受けた青髭亭として、どう対応すべきかだった。


「宿屋を単に開けという要請ではないのが悩ましいところじゃな」

「そうだな、エル爺。どんな大手商会が押してきても首を縦に振らなかった大王や宰相達が出してきた条件が特殊だからな」

「どういう事、ゴーンド父さん?」

「ミルハンドも聞いちゃいるだろう?大島には、それが大王だろうが宰相だろうが、定住は許されてないって」

「特権意識がどうたらって噂かい?」

「そうだよ、アルージャ。日や週や月や年、区切りは様々だが、地上でも、大島(上空)で過ごしたのと同じくらいを過ごさないといけないってよ。

 宿屋なんて、真っ先に例外にされそうな職種というか業種だからな。兼業という形で規制逃れを可能にする前例を作りたくは無いらしい」

「誰かをずっと見下す立場にいたら、何が起こるかは明白ってのはわからないでも無いけど、極端だよね」

「だな、カジェル。で、エピラッハ殿から内々に打診されてきて、うちとしても前向きに検討せにゃならんのだが、ミルハンドは外せないから・・・」


 ゴーンドが、自分の孫に当たるミレッタと、それからミレッタが強引にでも参加させてきたウルカノス、それからカジェルの顔を見渡して、流石に大王の都の店を任せるにはおさな過ぎるかと頭を悩ませていると、ミレッタが勢い良く立ち上がって声を上げた。


「ゴーンド爺ちゃん、あたしが行くよ!ウルカノスと一緒に!」

「う~む。お前に才覚が無いとは言わんが、まだ経験が足りな過ぎる。治安はこの大陸のどこよりも良いと言われてるとはいえ、どこの商会も最有力な宿屋をそれぞれに進出させてくるだろう。そこでお前、張り合ってやっていけるのか?」


 ミレッタは、祖父に即座に却下されなかった事で勢いを得て答えた。


「あたし一人じゃ無理だろうね。ウルカノスなら、あたしが気付けないようなところもフォローしてくれるだろうし。それにさ、もう暇してて、あちこち旅して回りたいって言ってたエルケノス曾爺ちゃんに後見人としてついてきて貰えば、経験やら貫禄?みたいのも足りるんじゃない?」

「・・・確かに、ここだけなら息子ゴーンドと孫のミルハンドだけで、わしゃいらんわな。このままだとボケちまいそうだとも感じてたから、行ってみるのも悪くは無さそうじゃが、ウルカノス、お前はどうなんじゃ?」


 ウルカノスは、自分以外の全員からの注目を浴びてわずかにたじろいだが、ミレッタの熱い視線を横顔に感じながら発言した。


「このままこの街に住んでいても、方々の下働きだけで終わってしまいそうです。だから、これは、恵まれた好機だと思っています」


 アルージャは、キッパリと言い切ったウルカノスが、チラリとミレッタと視線を交わす様子を見てから、少し野暮かも知れない諌め口を挟んだ。確認はどの道必要だったからだ。


「それで、二人はそう(・・)なるつもりなのかい?それとも、もうそういう(・・・・)約束は交わしたのかい?」

「ま、まだよ!」

「ミレッタ、あんたはそういうつもりと。ウルカノスは?」

「もしそうなれれば、嬉しく思います」


 アルージャは大袈裟にため息をついて見せ、自分の顔色を窺っているゴーンドの背中をバシリと強く叩いて悲鳴を上げさせてから言った。


「あんたとその母親の境遇について同情してるさ。あんたはもっと小さい頃から、いろんな店とかで、どんな仕事も不平を言わずに勤め上げてきた。読み書き計算金勘定から接客までこなすし、なんならあんたを養子に迎えたいって店が複数あっても、あんたは断ってきた。青髭亭に恩義があるからと。だから、私はあんたを信頼してる。もしあんたがそのつもりなら、ミレッタを裏切らずに頑張んな」

「はい。ありがとうございます、女将(おかみ)さん」

「いいって事よ。ミルハンドとケマルは、何か言う事無いのかい?」

「母さんが大体大事な事は言ってしまったからね」

「出しゃばりで悪かったね」

「別に悪くは無いけど、さ。ミレッタ」

「何かな、父さん」

「お前にずっと言い寄ってて、縁談も正式に来てたマグレブについては、どうするつもりだ?」

「あれはだって、私はずっと嫌だって振ってたのに、曾爺ちゃんと爺ちゃんが付き合いのある宿屋だからって押し込んできた話じゃない。断るなら、二人から言ってよ」

「だそうですが、父さん?」

「仕方ないな。今度の会合ででも伝えておく。が、だからといって諦めそうにないのは、お前とウルカノスでなんとかするんだな」

「ありがと!ゴーンド爺ちゃん!」

「ただ、従業員含めて入れ替わりになるからな。最初はミレッタとウルカノスに入って立ち上げてもらうにせよ、ミルハンドやケマル、カジェルにも手伝ってもらうし、入ってもらう事になると思うぞ。それは良いか?」

「まあ、大公直々のお願いに近いしね。この大陸で一番の好景気に湧いてる所だし、出店をお願いされて断る選択肢は無いでしょ」

「そうじゃな」

「私は、ミルハンドが行くのなら、どこででもついて行くから」

「仕方ないね。ミレッタとウルカノス、ミルハンドとケマル、それから私とゴーンド、それから将来的には、カジェルとその嫁。三交代から四交代なら無理も少なく回せるだろうさ」


 そんな風に、青髭亭での家族会議で、カケル大王のホピア連合王国首都の首都シャトーラ・トル・アマニ、通称大島への支店開設はおよそ平和裡に決まったのだった。



 だが。後日。

 青髭亭と同じくらいの歴史を持つ老舗宿屋黒月亭の次男マグレブは、父から伝えられた破談について納得がいかずに吠えていた。


「ふざけるなっ!そうか、あいつか!妾腹のウルカノスの野郎が、ミレッタちゃんを唆したに違いない!」

「唆したというか、どちらかと言えばミレッタの方が惚れ込んでるらしいが」


 などなど、父親デューデルは言葉を尽くして説得して、渋々とだが、マグレブは受け入れた様に見えた。新たな縁談もなるべく早く用意するという言葉に期待するような素振りも見せた。しかしその後マグレブは悪友達から、裏社会のごろつき達を通じて、さらに彼らの上役とも言えるその道のプロを紹介してもらい、ウルカノスにミレッタを諦めさせ、代わりに自分をミレッタの婿として、大島の支店を任せる立場に勧める(認めさせる)よう脅迫する段取りをつけたのだった。それなりに費用がかかったが、それで今後どの都よりも発展するだろう場所で宿屋の主人となれれば投資額は回収できると踏んでいた。


 黒月亭というソユートではそれなりの知名度と信用を持つ老舗宿屋の次男から持ちかけられた依頼は、旧デモント選定侯領時代の理不尽さをも飲み込んで生き抜いた裏社会の雄、白の右手が大島進出への足がかりと、そして方々から恨みを買っているカケル大王への復讐の機会を伺う者達への好機として捉えられ、マグレブ本人が希望していたよりもだいぶ大掛かりに取り組まれる事になったのだった。


ゴーンドの名前がゴードンとぶれていたので、ゴーンドに統一(2025/1/25)

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