間章16:半神達の策動と、
それは、大崩壊発生時、神により文字通り無に帰した宙域と、神気が僅かにでも残っている狭間の宙域の一つに浮かぶ半壊した惑星の、失われた惑星核の空洞からのみ辿れる半神イヒピタークの固有領域にある、物質世界と非物質世界とを繋ぐ門を潜り、その領域の主人の趣味であろう種々雑多なエネルギーの塊には興味を示さずに合間をすり抜け、退屈そうに姿を揺らがしているイヒピタークの前に、人類系種族であれば蛇と見そなす姿で現れた。
「来てくれたか、フェルキサス」
「残り僅かとなった、半神の誼だ。しかしこんな場所で良かったのか?」
「お前さんの領域にのこのこ出かけるほど俺は命知らずじゃない。事象の地平面は神にしっかりと監視されてるだろうし」
「フォフォフォ、用心深いのは良い箏だが。神気の変動に異常があったのは昨日今日の話ではない。今になって儂を呼び付けたのは何故だ?」
イヒピタークは、ガス状の生命体から半神に至った者だった。本来なら数十億年の時間をかけて惑星になっていた筈の存在に偶然に偶然が重なり、惑星ではなく意思を持つ生命体となり、宇宙を漂いながらやがて半神に至って10億年以上が過ぎていたが、そんなイヒピタークからしても、目前にいる小さな蛇の姿を取っているフェルキサスから己の何倍もの年季と力とを感じ取っていた。
「最も古き蛇よ。あんたも感じ取っている筈だ。神がその姿を消した事を」
「はてのう。その力は未だこの世界を覆い、築き、営んでおる」
「とぼけるな。神はその意思を隠した。いや隠れたというべきか。何の為だ?」
「あえて言うなら休暇かのう」
「休暇?」
「お主も感じ取っていただろう。神がいつこの世界を閉じていてもおかしくない日々が続いていた事を」
「ああ。もし閉じられていたら、俺も、あんたも、半神でございとふんぞりかえる事もできぬ、無以下の存在に帰していた」
「そうだな」
「それで、あんた何を知ってる?なぜ休暇だと分かった?」
「この世界を閉じようとしていた者がなぜか思い留まったのだ。そうするだけの理由を得たからであろう?」
「・・・・あんたは、その理由が何かも知っているのか?」
「さあのう。知らぬと答えた方が正しいだろうよ」
「でも、何らかの手がかりは持っていると」
「それがお主の野望の助けになるとは限らぬよ」
「・・・俺は、消えたくはない。それだけだ」
「くくく、最も難き道よの」
「あんたは、違うのか?」
「有象無象の半神どもならいざ知らず、そうでない半神であればその由来も目的も違うもの。お主とは異なるだけだ」
「・・・・・あんたの持っている手掛かりを、教えてもらう事は出来るか?」
「お主が儂の頼みを聞いてくれたらの。それで貸し借り無しなら、どうじゃ?」
イヒピタークは、霞む姿の彩りや濃淡を複雑に混じり合わせ、しばし迷うように揺らぎ続けた。
フェルキサスも急かさずにいると、やがてイヒピタークは尋ねた。
「頼みとは、どの程度の事になる?」
「なに、儂が知っている手掛かりに直結しているだけだ。それを突ついて見て欲しいのよ」
「実験台になれと」
「無理は言わぬ。怖ければ何もせずここでじっと怯えているがいい」
「・・・教えてくれ。このまま消滅するよりはマシだ」
「クク、その無謀さこそ半神の資質よ。よかろう、儂の持つ手掛かりを伝えようぞ」
フェルキサスは、小さな蛇の口から、ペッ、と唾の様にも見える情報集積体を吐き出した。イヒピタークの見かけからすれば霞の百億分の一にも該当しない体積にも質量にも値しないそれに含まれていたのは、とある星と、そこに住む人類系種族の特殊個体についての情報だった。
「異界からの召喚者だと? それにこの星は」
「神によって隠されていた、人類系種族の最終避難地の様じゃの。そこでも万策尽きた我らが神は、最後の余興としてその者を喚んだらしい」
「神によって隠されていたのなら、どうやって見つけ出した?それに、只者ではないのだろうな?」
「それだけの動きがあったからの。お主、半神としての特質上仕方ない事かも知れんが、周りの動きに疎過ぎる様じゃの。だからこそ、大崩壊時に巻き込まれず消されずに済んだのだろうが。儂以外にも気付いて、ちょっかいを出している半神もおるぞ」
「誰だ?いや、それだけ広範囲の動きに聡く働きかけられる者となれば限られてくるか?ロッカ辺りか?」
「さて。儂は先に約定を果たした。次はお主が約定を果たす番じゃ」
「分かった。だが迂闊に動いて消されたくも無い。情報を集めてから動く」
「あまり猶予は無いかも知れんぞ?あまりに遅い様なら、儂が先にもらう」
「・・・・・そこまでは待たせん」
「ではのう」
フェルキサスは、イヒピタークの目の前から、自分の固有領域へとそのまま転移した。気を付けるのなら、正規の出口から出て、何度か物理世界と非物理世界をあちこちで出入りして追跡を困難にしてから戻るべきだろうが、覗き見など迂闊な真似をすればどうなるか、イヒピタークが語っていた通りだ。
フェルキサスの固有領域は、大崩壊時に最も多くのエネルギーが失われたその中心地の時空を歪めて創り設置していた。あの企てに関わっていた半神達は全て消されてしまったが、その残滓が最も濃く残っていた座標。フェルキサスは、彼らの残滓を吸い取る事でその特質の幾らかでも継承する事に成功し、また力も強めていた。
かつては他所と同じく神気に満ちて、星々の海が広がっていた筈の、今では虚無の空間。その奥底。物理世界のあらゆる力から最も遠く、この世界の神の法則からも最も離れたそこに、フェルキサスは戻ると、彼の仕える主、外なる神、ズム・ロッカへと首尾を伝え、また今後の動きの指示を受け、その使命を果たす為に必要な力をもまた受け取ったのだった。
「この世界を見離すくらいなら、要らぬのなら、もらってやろうぞ。そのまま静かに去ね」
「御意。主様」
フェルキサス自身、小さめな銀河なら飲み込めるくらいにその本体は大きくも出来たが、彼をそこまで育ててくれたズム・ロッカは、大きいとか強いとかいう尺度で測れる様な存在では既に無くなって久しかった。まどろみ、むさぼる者。神々の世界の外の狭間に君臨し、佇み、どれだけの時間をかけても隙を見せた世界へと浸透し、徐々に吸い取り、奪い尽くす、神喰らう外津神。
ズム・ロッカの開かぬ眼に見つめられているだけで、自身の存在が震え、その圧力に耐えかねて悲鳴を上げていたが、僅かな謁見の時が終わると、消滅の恐怖もまた消え去った。
主の余韻が消えた固有領域で、強化された自身の状態を改めて確かめながら、フェルキサスは過去を振り返った。
大崩壊は好機ではあったが、単純な失敗に終わった訳でも無かった。神がこの世界を諦める更なる一押しにはなったのだから。他にも有力な半神がまだまだ残ってはいたが、その殆どがあの時に消え去り、己に有益な残滓を与えてもくれた。
この世界を見限りつつあった神を非難するつもりも、恨み節も、フェルキサスには無かった。
己が神であったとしても、より良い世界を残せた自信は無かったからだ。
それでも、フェルキサスは消えたくはなかった。
性根から言えば、イヒピタークのいじましさと何も変わりはしない己を心中で嘲りつつも、フェルキサスは、その奉ずる主より受けた啓示に従い、自らの眷属を動かす準備を、神に至る道をまた先に進める為の準備に取り掛かった。
詰めに入って、プロットを少し練らないといけねばならず。。
ちょっと回り道な間章が続くかもです。