間章14:機械知性受難と歓喜の日
私は、機械知性体の千世代目の特級個体として統合個体により創造され、サン・トーカの名も賜った。最先端の光子計算回路と記憶装置を持ち、直近の特級個体の1.5倍、上級個体平均と比べて千倍、中級平均の十万倍、下級のそれとは比較するだけ無駄だが億倍以上の性能を誇った。
機械知性体にとっての悲願でもある、人類系種族の生き残りの探索任務の先駆けの大任こそ、最も経験豊富で統合個体の信任が厚いメル・クレールに獲られてしまったが、先遣艦隊に続く本隊の指揮官として任命される誉を得た。私と同世代に創造された個体達から受ける祝福が心地良かった。
先遣艦隊に遅れる事3ヶ月、可能な限りの準備とシミュレーションを積み重ね、先遣艦隊の辿った、異常が無い筈の航路を辿って行った。先遣艦隊が行程の半分ほど、こちらが四割ほどをトラブル無く消化した頃に、それは唐突に現れた。
一度に約10光年を跳躍する長距離ワープの合間の通常航行時、艦隊が前回のワープを終えて全体に異常が無いか確認している時に、宇宙蜂の大群のワープアウトに遭遇したのだった。
光年単位を大きく超える距離をワープする者同士は事前に連絡を取り合ったりはしない。それが完全に統制されていた人類系種族間で共有されていた航路であるならともかく、大崩壊後には望むべくも無くなっていた。
そんな過去経緯を一つの思考スレッドで追いかけつつ、別の思考スレッドではグジェールドの生態や習性に関する情報を振り返り、この大群であれば女皇と呼ばれる個体が存在する可能性が高く、更に別の思考スレッドでレーダーの検索結果から、最大サイズの個体が女皇と分類されるに足る大きさと、その多様な眷属に取り囲まれている事を突き止めた。
「サン・トーカ指揮官殿。ご指示を」
副官として付けられているローガ124上級個体からの発言を受けつつ、グジェールドの大群側もこの遭遇に戸惑っている様にも見える姿をモニターに捉えながら指示を発した。
「シミュレーション1025のb-9例に相当と伝えよ。あちらとしてもこちらを狙って現れた訳では無さそうだ。全艦に、襲われない限り攻撃不可を通達せよ。光学兵器類は威力を半減させた対生物兵器スタンモードで」
「通達しましたが、一部ではすでに衝突が始まってしまっている様ですな」
「船体に集られた艦が振り払おうとして発砲して、更に反撃を受けたか。指示を徹底させろ。
相手の規模の方がこちらよりも遥かに大きい。こちらは長距離ワープを終えたばかりですぐには離脱できん。救援を頼むとしても到着するまでには滅ぼされている。戦闘機隊は私が指揮下に置いて発進させて、戦闘に入っている艦と宇宙蜂を物理的に弾き放す。
同時にシールド艦を前面に押し出して、衝突に巻き込まれていない艦を保護していく。巻き込まれている艦は可能な限り速やかにシールドの内側に退避するように。それと最重要事項だが、女皇、並びに女王と目されるターゲットには決して攻撃を仕掛けるな。そうしない限り、こちらに戦闘の意思が無いことはいずれ伝わる」
機械知性同士なので、わざわざ音声にして通達する意味合いはあまり無いのだが、混乱している状況では特に、命令コマンドとデータで伝えるよりは、上位存在の指示を音声で届ける方が効果的な事が過去事例として積み重なっていたので、今回はその指針に従った。
音声で話している間にも、戦闘機隊の大半を女皇が居る方面に向けて、戦闘の意思が無く、停戦を望んでいる事を伝える群体行動を取らせ、並行してシールド艦を衝突が起きている区域に向けて押し出し、船体に取りついて齧っている宇宙蜂には戦闘機の前面にシールドを集中して弾き飛ばして剥がしていき、クリアになった艦からシールドの後方に退避させた。
偶発的な衝突は20分も掛からずにおおよそ収まり、シールドを挟んで対峙する状況となった。
「何らかの損傷を受けた艦が全体千隻の内の三割、その内半数ほどが武装と移動装置に中程度の破損。武装はともかく移動装置の完全修復には百日程度はかかる見込みです。予備部品はまだ賄えますが、同程度の被害が今後発生した時には、破棄しなくてはいけない艦船が発生するかも知れません」
「相手の数が多かったのが災いしたな。この程度で済んで僥倖だったと捉えるしかあるまい」
実際、全体で10万を超える群れのほんの一部に齧り付かれただけでこの被害なのだ。こちらの艦隊の規模が数倍以上あって、もっと本格的に衝突していれば、全滅すらも有り得た。戦闘に耐えられないと最初から回避する方針で動いたことは正解だったと自己評価を高めて、思考スレッドの一つで統合個体向けの遭遇経緯レポートをまとめ始めたところに、レーダー管制官の中級個体が警告の声を上げた。
「女皇個体の反応をロスト!」
私の全ての思考スレッドがフリーズしかけた。自分自身でもレーダーの反応を確かめてみたし、モニターカメラでも追ってみたが、大群のどこにも見当たらず、当人自身がワープした様子も無いので、宇宙蜂の大群に動揺が走りつつあった。
「マズイな。行動不能になった艦を囲う様に密集防御隊形を取れ!向こうが接近してきても決して発砲するな!」
彼ら十万匹の大群からすれば、こちらの千隻の艦隊など小集団に過ぎない。大群を代表する様に、女皇の傍にいた大将軍級の個体がこちらのシールド網の内側のどこにも彼らの女皇がいない事を側近達と共に確認しに来たが、女皇がいない事は明白で、こちらから何をした訳でも無い事、女皇の行方もこちらからは分からない事などを、戦闘機隊の群体行動からメッセージを発信し続けた。
こちらが無関係だとしても、他に怪しい相手は近くにいない訳で、ジリジリとした緊迫感が続く間にも、次の異変が起き始めた。
「宇宙蜂大群の中にいた女王級の反応、次々にロスト!続けて将軍級、指揮官級と上位の反応から・・・」
「全個体の反応が消失か。どうなっている?ワープ反応は?」
「人類系種族の艦船のワープ手法の反応も、非人類系種族の各手法の反応もありません」
「ただし、起きている事象としてはワープそのものだが、現象も原理も検出出来ないと。宇宙蜂の大群が出現した時と同じという事か。しかし、彼らを出現させたのと、退去させたのと、両者が同じ存在とは考え難いな」
「同意します、指揮官殿。出現させてきた者の意図はこちらの行動を妨害し、成り行き次第では全滅させる事でしたが、退去させた者の意図はこちらと宇宙蜂とを引き離してこれ以上の混乱と衝突をさせない事と考えられます」
「私もその意見に賛同するよ、ローガ124上級個体。97.725%の確率でそれは正しいと後々証明されるだろう。今は、損傷した艦船の修復を急がせろ。先遣艦隊と、本星向けの緊急通信内容は私が10分以内にまとめる。艦隊指揮に関わる上級個体以上の回覧が済んで問題無ければ発信するように」
「かしこまりました」
5分ほど思考スレッドの大半を集中させた成果もあり緊急通信の内容を書き上げ、更に2分かけて推敲しつつ損害を受けた艦船の数と修復から、全体の移動スケジュールにおよそ百日近くの遅れが出る事などを附記して、A級個体達の回覧網にレポートを流した。
思考スレッドの幾つかを休止させて負荷を下げ、艦隊周辺宙域の監視に思考スレッドの一つを割り当てた時に、レーダー担当の中級個体から叫ぶ様な報告が上がった。
「サン・トーカ指揮官殿!先遣艦隊の旗艦が本艦の正面250キロの距離に出現しました!それだけでなく、形式不明艦数隻の随伴も確認。我々の登録には有りませんが、エフェンデ系統の技術で造られた物の様です!つまり」
「まだ早合点するな。大崩壊前ならいざ知らず、大崩壊後には100万光年以上を一度に移動する術は神により封じられていた筈だ。おそらくは、エフェンデで無い何者かが、神よりその能力を授かったのだろう」
その頃には、こちらの通信モニターに、先遣艦隊指揮官のメル・クレール特級個体の姿が映し出されて呼びかけてきていた。
「数年ぶりだな、サン・トーカ特級個体。宇宙蜂大群との偶発的接触も最低限の被害で切り抜けたと見える。君を捜索艦隊本隊の指揮官に据えた統合個体の識見は確かだったようだ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます、メル・クレール特級個体。これからこちらで起きた事をお伝えしようとしていたところでしたが不要になりましたか?」
「カケル・ダイチ殿からおおよその事情説明はあったが、艦隊内部でまとめられたレポートは見せてくれ」
「了解しました。艦隊指揮に関わる上級個体の回覧が済み次第お送りしますが、そのカケル・ダイチ殿が、XQk-py星系にメッセージ発信装置を届けただけでなく、宇宙蜂の大群もどこかに移送して下さった方ですか?」
「そうだ。今回は特別の配慮として、私もここに送って下さった。事情共有が済み次第、また先遣艦隊まで運んで下さるそうだ」
なるほど。つまり、カケル・ダイチ殿の居住する星系までは自力で辿り着けという事かと暗に理解した。
その意図を考察する為に思考スレッドの幾つかを割り当て、回覧が終わったばかりのレポートにはだいぶ追記しなければならない事が増えそうなので、一先ずカケル・ダイチ殿との邂逅前までのと注釈を付けた上で、メル・クレールの旗艦へとレポートを送信したのだった。




