間章11:テ・ラピア・ホピア連合王国の形造り
テ・ラピア・ホピア、通称、ホピア連合王国の首都、シャトーラ・トル・アマニ、通称、大島。
その中央管制塔に程近い大王城の一角に設けられた官僚達の為の区画、通称、役所。
役所にある最上階の会議室からは、だんだんと人も建物も往来も増えてきている大王の都、カケル大王の言葉で城下町という通称で定着してきてしまっているが、その活気が見下ろせていた。
会議室は今後の増員も考えて詰めれば三十人は入れる広さだったが、今はまだ国としての骨格の形成段階ということで、実務担当者の上役達である五人が集まっていた。
「城下町の住人は、一千人を超えたくらいでしたか?」
そう述べたのは茶髪茶目の二十代半ばの青年、元はカローザの法務官だったが、どこまでも王族と上級貴族に都合の良い体制だった中の下級官僚という立場に絶望していたところに、カケルによる国取りがあり、連合王国の一部に位置付けられ、法に詳しい者が募集され、多数の応募者の選抜の中から選ばれた一人が、トピージャ・ニゴだった。
「増やそうと思えば五千でも万の単位でもすぐに超えていただろうがな。警戒心を失ってはいないようだ」
「良い事心がけではないか。若い大王も、その妃達も、慶事にかこつけて大島を一時的にでも一般大衆に解放してはどうかという大商人達の提案を退けた」
カケル達を褒めた片方が、レロンゾ・マーロン。灰色の髪と瞳を持つ三十代前半の男性。元はデモントで歴史を綴る歴史家でもあったが、法律家でもあった家柄で、やはり国の腐敗に愛想を尽かして公職を離れていたが、カケルが歴史を綴る事業も始めるということで応募し、両方の見知を持つ者として選抜に勝ち残った一人だった。レロンゾも予防措置を受けていたらしいが、本人によるとその前後で何も変わった様に感じなかったらしい。
もう片方が、濃い紺色の髪と瞳を持つキフォサイト・ピラで、キゥオラ王国宰相の次男。長男がキゥオラ王国次代の宰相に内定していて、キフォサイトはその補佐に着任する予定だったが、ホピア連合王国なんていう代物が誕生してしまった事で、長男はそちらの宰相候補に名乗りを上げてしまった。次男はふざけるなと喧嘩になり、父親の説得工作は効かず、長男との殴り合いもとい取っ組み合いを制したキフォサイトがポーラの推薦も勝ち取って、実務担当者間の調停役という、連合王国の宰相レースで一歩リードする立場にいた。
ちなみにキフォサイトの外見は黒髪黒目に近いと言えば近い事もあって、ポーラの許嫁の候補にされかけた事もあったが、双方から辞退されてその縁組は未然に回避された過去もあったりしたが、二人ともそういった感情は一切抱いてない事は事前に確認されていた。
「結婚式も妊娠も、そして出産も奇跡に恵まれ、無事第一子と第二子がポーラ妃とリーディア妃から誕生したが、子育ても大変らしいぞ。限定的ではあるが、カケル大王の異能の力を継承したらしい」
この部屋にいる実務担当としては唯一の女性、ウルウェイグ・ローダは、旧ラルクロッハ帝国の上級官僚の家系だった。帝国は戦乱の中で滅び、大半の官僚達はドースデン帝国に忠誠を誓い新たな雇用主を得ていたが、ウルウェイグはその身の成り行きなどもあって士官を見送っていた所に、連合王国の樹立と実務担当者の募集という機会に恵まれ、数多の応募者の選抜を勝ち抜いて、今は連合王国の宰相レースに一番近い人物として目されていた。
ウルウェイグは、幼い頃から勉学に励んできたが、戦乱の世がようやく終わった後に女性としての役割を果たす事を求められ、両親に決められた縁組に逆らえず、婚約者へと嫁いだが、女に学は要らないという男で、ウルウェイグとは何から何までソリが合わなかった。性交渉も強要されたので娘も生まれたが、二人の仲は修復不能なまでに至り、夫が次の女性を見つけて離縁を一方的に言い渡されたが、ウルウェイグは旧帝国法とドースデンの新帝国法の双方を駆使して多大な慰謝料と親権を勝ち取り、ドースデン皇帝だけでなく、ピージャやエピラッハの後押しも受けていた。
彼女自身まだ二十代前半と若く、カケル大王の大半の妃達と年齢が近い上に、結婚と離婚と出産と育児の経験を持つ女性で、ラルクロッハやドースデンの法体制にも明るく、その娘のエーミヤは四歳だが母似の聡明な子供で、これから生まれてくる大王の子供達の遊び相手兼見守り役としても活躍が見込まれていた。
旧ジョーヌ大公の縁者として、その旧領に新たに誕生したダイチ大選定侯の実務担当者として抜擢され、キゥオラ王国第一王女アマリの配偶者ともなったエピラッハは、この国家体制企画委員会にも参画するようカケルやピージャから申し付けられていたが、連合王国の宰相レースには不参加の意思を最初から表明してあった。
野心が無い事を示しておいた方がやりやすいという算段も立てていたし、旧ジョーヌ大公領と旧デモント教国領の統治だけで手一杯になるという現実的な制約を弁えていただけの事でもあった。
そんな彼からして、トピーシャにもレロンゾにも野心は見受けられなかった。トピーシャは大役に参画できることに純粋な喜びを感じている様だったし、レロンゾの本質的な欲求は歴史家で、権勢欲からは自ら身を引いていた。
となると、宰相役はキフォサイトとウルウェイグの二人の候補しか残らない事になるが、エピラッハが見ている限りでも、キフォサイトは聡明なウルウェイグに惹かれている節があった。ウルウェイグにそれとなく脈があるのか聞いてみもしたが、しばらくは結婚したく無いとの事で、キフォサイトは良き同僚として見ていた。
二人が互いを蹴落とそうとする関係よりはよほど望ましい状態だが、何か一つ歯車が狂えば愛が憎しみに変わるのが人の世の常であることを知るエピラッハは、二人の間に流れる空気を、なんとはなしに注視しておいた。
「なるほど。カケル様の異能は、そのお子達に引き継がれ無い前提で法体制を考えていましたが、全部考え直さないといけなくなったと」
トピーシャが嬉しそうにぼやいたのを、ウルウェイグは肯定した。
「カケル様の推測では、祝福を受けた妃の第一子までが、限定的にしろその異能を継承される見込みだそうだ」
「やれやれ、緑の離宮に立ち入りを許可され、お妃様達と日常的に接触できる君の立場は強いな」
「妬くな、キフォサイト。女の私でさえ見惚れてしまう美姫達が何人もいるのだ。男性がいくら自制心を働かせようと、その脆い防壁を信頼し過ぎる訳にはいかない。何せ、唯一神様の祝福を授かった奇跡の子らが生まれ来て、育てられている場所だ。
ポーラ様とリーディア様の父親や兄弟でさえ短時間の訪問までしか許されていないのだ」
「分かってはいるよ。衛兵の類も全部女性しかいないとね。それはともかくだ。現在の妃だけで十人で、そこにもうすぐイドル様も加わる。妊娠中の妃も六人。最初の一年だけが特別かどうかは分からないが、増えても増えなくても対応できるよう、法を整えておかねばならない」
「連合王国の貴族位をどうするのか、その難題にもそろそろ糸口をつけないといけないね」
エピラッハの提案には、他の四人が揃って頷いた。
「最上位に大王。その下に王、または代官が並ぶ」
「しかし、世間一般から見れば、王と代官が等しい立場とは受け入れ難いだろう」
「名称だけの問題であれば、連合王国内では、代行王という位が提案されたのでは無かったか?」
「キゥオラの次期女王に就くだろうポーラ様、旧ラグランデ王国領を継ぐリル様は、それぞれの領地では女王を称しても問題は無いでしょう。それは、ダイチ大選定侯領の名目上の代官となるピージャ様が、ドースデン帝国内においては女王を名乗らず、扱い的にはドースデン皇帝の臣下の一人とはなるものの、実質的には連合王国を構成する一国の統治者の扱いであり、カケル大王の臣下の立場の方が優先されるのですから」
「他国の王が、別の国の君主の臣下となった例はこれまでにもあった。カケル大王その人は、ドースデン皇帝と同等であり、便宜上、請われて大公と選定侯を任されただけであり、臣下ではない。その代理人たるピージャ妃は現ドースデン皇帝の養子という立場で輿入れし、その娘が産まれれば次期皇帝の妃とされる事が内定している。大公妃であり、ダイチ大公領を預かる代官でもあり、次期皇帝の義理の母、その子の祖母ともなる訳だ」
「ドースデン帝国の官僚達も頭を悩ませていたよ。選定侯という仕組みそのものが、皇帝以外に権力が偏る事が無い様にと準備された制度の筈だったのにと」
「大筋として、大王位は、大王に就いた者の指名により後継者が決まる。カケル大王は、世間一般にはまだ成人したてくらいの若者だが、お子は次々と生まれてくるだろう」
「喫緊の問題としては、異能の力を限定的にでも継承して生まれたお子と、そうでないお子との立場の差異を付けるかどうかだが、付けない事を大王は明言されている。妃の間でも、祝福を受けたかどうかや、その子供の異能の有無でも序列を付けはしないと」
「それはそれで、後日に悩ましい問題を先送りしそうだが」
「ポーラ妃の子はキゥオラの王位を、リーディア妃の子はイルキハを、リル妃候補の子はラグランデを、そしてピージャ妃の子が第一男子がダイチ大選定侯領と大公の地位を継ぐ者となる。ここまではまだ分かりやすい」
「カローザとガルソナの名称を変えて属国や属州の扱いにするかどうかの問題にも直結してくるからな」
「ガルソナの現代官は一代限りと明言してくれてるから良いが、カローザの次期代官を、コルフェン元王子の子に継承させていくかも悩ましい問題だ。現地住民としては、その方が受け入れやすくはあるだろうが」
「これまで我々が検討し合った結果を大王とお妃達に選んでもらう件はどうなったのだ、ウルウェイグ?」
ウルウェイグは、討議で乾いた喉を果実水で潤して一息挟み、同僚達の顔を見渡してから言った。
「どれも悪くは無いが、どれも飛び抜けてこれだという物も無く、お妃達の間でも意見がまとまらなくてな。それで結局、カケル様にどれが良いか選んでもらおうという運びになったのだが、さすが異世界の見知というべきか、新たな案が提案された」
「もったいぶってくれるな」
「早く教えてくれ」
「急くな急くな。カケル様が提案されたのはな、連合王国の体制としては、各王国を州として組み込む。イルキハ、カローザ、ガルソナ、ラグランデは、それぞれに州として捉えられ、連合王国の大王は、行政官の長を知事として任命する。その長が、国内で王と名乗ろうが、代官として名乗ろうが、それが著しく不遜で無い限りはその名乗りは看過される。それぞれ臣下の序列、つまりは貴族の階級そのものも、基本的に現状のまま維持される」
「属州内と、連合王国そのものでは、仕組みを完全に分けるという事か」
「ポーラ妃が次期女王となる予定のキゥオラ王国にとっても悩ましい問題だったろうし、ダイチ大選定侯領を預かるピージャ妃にとっても他人事ではない。しかしカローザやガルソナなども考えると、無理な統一性を別々の背景を持つ諸国内に押し付けるよりは、よほど受け入れられやすくなるか」
「うん? つまり、カケル様は、連合王国内そのものには、貴族制を敷かないおつもりか?」
「そこは、立場を役職だけで明示する様にして、後はその役職を誰がどういう理由で継いでいくのかだけ決めれば、それで用は足りるのではないかと仰られていた。好例が、軍団長となった、元血風団の傭兵団長殿だな」
「シャーガ・ドゥランダ殿か。確かに、その役職名と権限の及ぶ範囲だけ決まれば、無理に貴族階級を当てはめていく必要性も無くなるか?」
「役職を継げる者には、最低限その役職を担えるだけの試験などを設けて、それを突破できるだけの実力を持っている事さえ担保できれば、後はその中の誰が担おうと国の仕組みは維持できるだろうと」
「まあ、リロイ殿の様な規格外の方の助力も得られる事だしな。試験の内容や質については、そんなに心配しなくても大丈夫だろう」
そんな討議の中で、大王カケルを頂点として、妃及び代官会議が実質的な国の最高会議体として組織され、代官を送れる諸州には、イルキハ、カローザ、ガルソナ、ラグランデ、ダイチ大選定侯領が州として数えられ、ポーラが継ぐ事になるキゥオラ王国についてはその一員となるかどうかはキゥオラ側で継続検討課題とされたのだった。
この内、イルキハ王国の暫定女王とされていたリーディアはその家族とも相談して、王国を廃して連合王国の属州として位置付ける事を決定。自らも女王ではなく、知事として任命される事を選び、国内向けには連合王国の代官として就任する運びとなった。
ガルソナ騎士侯国は、正式に、連合王国の属州としてガルソナ州となり、代官として選ばれていたオルガリアは知事に着任。それ以外の貴族位を持たない事を内外に明言した。
旧ラグランデ王国領を継承するリルは、数少ない血縁者やラグランデに縁のある者達と相談して、無理にラグランデを王国として復興はしないが、領内に向けては形式的に王と名乗る事を決めた。こちらもラグランデ州となり、リルは知事として任命され、領内向けにはラグランデ女王を称し、その血縁者が王位を継承していく事を、カケルを始めたとした最高会議でも承認された。
カローザのコルフェンも属州となる方針を決めたが、国内に向けて王国とその貴族制の仕組みをすぐに廃止しようとすれば反発が激しくなる事が予想された為、知事として任命されつつ、連合王国には州として組み込みつつ、時間をかけて融和していく事になった。カローザ知事の役職については、ダイチ選定侯州のピージャとエピラッハとアマリ夫妻の関係性を参考にして、コルフェンとその妻から生まれた子供を実務担当者の継承者候補とする事になった。
カケルの各妃との第二子以降が祝福や異能を授けられなかった場合、カローザやガルソナの代官の地位・役職は、その子らの誰かに割り当てられる事が内定した。カローザ国内向けには、実権を持ち現地を統治するのはカローザ王家血筋の者という状態が続けば、最低限の治安は保たれるだろうとも想定された。
ダイチ選定侯州については、知事・代官にピージャ、その実務担当者としてジョーヌ大公の縁者でもあるエピラッハが現地を統治。ポーラの姉のアマリが補佐する体制となる事が正式に決定。ダイチ大公はカケルなので、ピージャはその妃として、大公領を預かる身となった。
キゥオラ王国をどうするかはカケルとポーラの間に生まれた長子でもあるノゾムが、ポーラの後のキゥオラ国王になる事が既に内定していたが、ポーラは連合王国の最高会議に参加しつつ、キゥオラ王国を州の一つとして参加させるかどうかについては、焦らずポーラとその子供の世代で決めていく事になった。




