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8、大胆なる計画

「……いいだろう。トム、データを出してくれ」

 圭子の返事にランがそう言うと、トムはすぐにパソコンへと向かう。

「オーケー、出たよ」

 パソコンの画面を圭子に向け、ランは画面を指差す。画面には、無数の人物名簿が出ている。

「これは、俺たちが追っている、漆黒龍会の個人データだ。数日後、このデータに載っている全員が、中国マフィア所有の豪華客船に乗り合わせる」

 圭子はランの言葉に驚きながらも、トムが言っていた意味が、ようやくつながり出した気がした。

「海上の豪華客船で、親善を兼ねてのパーティーがある。主催は中国マフィア。もちろん、その下である日本の漆黒龍会は、断ることなど出来ない。すでに全員が出席するように、互いの組織に仕掛けてある」

「ランが追っているのは漆黒龍会、僕が追っているのは中国マフィア。二人の利害関係が一致したんだ。船は出港したら最後、陸に着くことなく沈む。もし体調を崩したりして乗船出来ないやつがいたとしても、数えるほど。必ず仕留める」

 ランに続いて、トムが言う。そしてトムは言葉を続けた。

「マフィアと漆黒龍会の連中は、現在、中国を観光中だ。その後、クルージングを楽しみながら、今度は日本へ向かうことになってる。僕は数日中に中国へ渡り、船に爆弾を仕掛け、クルージング開始当日、リストの人間がきちんと乗船したかを確認する」

「どうやって……?」

 トムの言葉に、圭子が口を挟んだ。トムは不気味な笑みを浮かべている。

「僕は天才なんだ。一度見た人の名前や顔は忘れない。さっきも船の絵を描いて見せたろう? FBIもCIAも、僕を欲しがる理由はそれだ。まあ僕みたいな人が、他にもいるとは思っていなかったけどね」

 トムは自慢げにそう言いながらランを見ると、言葉を続ける。

「さて続きだ。無事に全員の乗船を確認したら、船は日本へ向けて出航する。沖まで出たら、あとは爆破タイマーが作動するのを待つだけだ。念のため、僕はヘリコプターから船の最期を見届ける」

 簡単なその言葉では計り知れないほど、圭子はその計画を、大胆で繊細なものだと悟った。

「確かに、それがうまくいけば、簡単に大組織が滅びるわね……でも、そんなにうまくいくのか疑問だわ……」

「いくさ。いかせる。それが僕らの仕事なんだからね。まあ今回は、僕らといっても僕が実行犯。前回の仕事で、ランにはかなり助けられたから、その借りを返す計画だ。ランのデータと、僕の実行計画、どちらも緻密で破られはしない」

 圭子の疑問に、トムが返事をした。ランは静かに笑うと、煙草をもみ消し、パソコンに向かう。

 ランの前にあるパソコンには、先ほど見たホテルの防犯カメラや、決戦の場所となる予定の船内図らしきものが、素早く切り替わってゆく。

 画面を覗き込む圭子に、ランが怪訝な顔で見つめる。

「何?」

「……なんだか圧倒されてるの。ホテルの防犯カメラとか、計画とか……こんないい部屋に殺し屋が二人いて、なぜそこに私がいるのかっていうことも、今は全然わからない……」

「おまえが勝手に来たんだろ」

 苦笑するランの顔は、圭子の胸を締めつける。そんなランも、美しいと思った。

 感覚が麻痺してきた圭子は、思い切って質問を続ける。

「このホテルは、どうやって借りてるの? 偽名?」

「もちろん。リッツ社の重役ってことになってるよ。まあ、事実だけど」

 トムの言葉に、圭子は驚いた。リッツ社といえば、大富豪としてその名を知られる実業家の会社だ。様々な事業に手を出し、成功を収めている。

「トムのもう一つの顔だな」

 ランが言う。そんなランを見つめながら、圭子が口を開く。

「リッツ社の社長なら、警護したことがあるわ」

「そりゃあいい。じゃあ、さっきの藤木とかいう男に怪しまれそうになったら、前回警護した関係で、リッツ社の重役に呼び出されたとでも言え。あながち嘘じゃないし、キスも挨拶程度に受け止められて、怪しまれないだろう」

 圭子はすぐに納得してしまった。ランの言葉は軽いようでいて、どこまでも計算されているような錯覚を覚える。

「とにかく、君が気にしなければ、忘れた頃にはすべて終わっているはずだ。間違っても、僕たちの邪魔はしないでくれよ」

 念を押したトムの顔は、自信に満ち溢れている。

「……わかりました。もう、帰ります」

 圭子はあまりの情報量に、すっかり意気消沈してそう言った。ランとトムは引き止めることもなく、そのままの体制で見送っている。

「さよなら、ミス・圭子。ここは危険だ。もう来ないほうがいい」

 トムが圭子の背中に声をかける。ランは黙ったままだ。圭子はそのまま、ホテルを後にした。

 何もかもが信じられないように、同時にいろいろなことが起こっていることを悟っても、圭子には太刀打ちできない相手なのだと、思い知らされた気がした。


「よかったの? あのまま帰して……」

 客人の帰ったホテルでは、トムがランにそう尋ねた。突然、二人の会話は英語になっている。

 ランは数本目の煙草に火をつけながら、パソコン画面に集中していた。

「何がだ? あいつは未熟だ。あまり関わりたくない」

「でも、依頼人はあの子の兄なんだろ?」

「だからといって、あいつは関係ない。それより、そろそろ最終段階だ」

 ランの言葉に、トムが不敵に微笑む。

「オーケー。こっちも準備は整っている。明日、日本を発つよ。実行開始だ。ランの手を借りることなく済むことを祈っててよ」

「さあ、それはどうだか……今回は人数が多い。下準備を入念にしていても、トラブルはつきものだ」

「じゃあ、僕も祈らなくちゃ。しかし今夜は冷えると思ったら、雪がちらつき始めたよ、ラン」

 トムが大きな窓の外を眺めて言う。日本は真冬の寒さだった。

「これは決行の日も、降雪のクルージングかもな」

「ご苦労なことだね」

 二人は笑うと、再び作戦会議を続けた。


 次の日。昨夜のうちに、久々の雪が降り積もり、街は白く覆われている。

 圭子は非番で、気分直しに街へと繰り出した。このところ、ランのことが頭から離れない。圭子の足は独りでに、ランのいるホテルへと向かっていくのだった。しかし、ここへは来るなと二度も言われているため、さすがに部屋まで行く勇気がない。

 そんな時、ホテルからランが出てきた。思わず隠れた圭子は、出るタイミングを失くしてしまう。

 ランはそのままホテルから遠ざかり、街の方へと歩いていく。圭子もそのまま、気付かれないように、ランへとついていくのだった。

 やがて繁華街に入り、人ごみに紛れてきたと同時に、圭子はランの姿を見失ってしまった。

「何の真似だ?」

 キョロキョロと探す圭子の後ろから、ランの声が聞こえた。圭子は生唾を飲み込んで、慌てて振り向く。

「ラン……!」

「理由次第じゃ、どうなっても知らないぞ」

 目の前のランの目は冷たく、鋭く圭子を射抜いている。

「……ごめんなさい。どうしても、あなたのことが気になって……そうしたら、ちょうどあなたが出てきたから、ついつい出るタイミングを失って……」

「だから尾行か? 関心できねえな」

 ランはそう言うと、圭子を追い越して歩き始める。圭子もそれについていった。

「どうしてついてくる?」

 ランの歩調に必死でついてくる圭子に、ランが尋ねる。

「どこへ行くの?」

 たじろきながらも、圭子は負けじとそう尋ねた。

「ハッ。見張りか」

「……そうね」

「最初に言っただろ。観光だって」

「嘘でしょう? だいたい天下のA級犯罪者が、変装もしないで……」

「俺の素顔を知っているやつなんて、そうそういねえよ」

 それを聞いて、圭子は黙り込んでしまった。だが、なぜだかランを怖いとは思わない。むしろ怖いもの見たさで、ランのことを知りたいと思う自分がいる。なにより、ランの美しさに惹かれるように、もはや圭子もその魅力にとりつかれているようだった。

 その時、雪解けに凍った歩道で、圭子は後ろに滑ってしまった。するとすかさず、ランの手が圭子を支えている。

「あ、ありがとう……」

「落ち着かないやつ」

 ランが苦笑してそう言ったので、圭子は顔を真っ赤にさせた。

「こ、凍ってるんだもの。私だけじゃないわよ。みんな滑ってるわ。あなただって、笑ってないで気をつけないと」

「俺はそうそう転ばねえよ」

 ランはそう言うと、圭子から手を離してまた歩き出す。その足元は革靴だが、一瞬見えた靴底には、わずかにスパイクのような突起物が見える。

 圭子も慌ててついていった。

「あなたの靴は特殊みたいね。革靴なのにスパイクシューズなの?」

「……殺し屋の七つ道具の一つだ。手動でスタッドの長さが変えられるから、伸ばせばその辺の壁も登れる」

 質問にうんざりした顔を見せながらも、ランは真摯に答えてくれる。そんなランの歩調に必死について、圭子は尚も口を開く。

「ついていってもいい?」

「断っても、どうせ来るんだろ」

「まあ、そうね……」

 ランは近くにあった喫茶店へと入っていったので、圭子もそれに続いた。

「用って、喫茶店?」

「悪いかよ。ずっとホテルにいるのも、体が鈍るからな。散歩だ」

 二人は同時にコーヒーを飲む。圭子は気まずさを抱えながらも、必死に話題を作ろうとした。人通りの多い場所でも、無言の時間は恐ろしく感じる。

「今日、トムは?」

「仕事」

「……中国に?」

「さあな」

 ランは目を伏せると、すぐに圭子を見つめる。

「圭子」

 呼び捨てのその言葉に、圭子は嬉しさのような、驚きを感じた。しかし、ランは気に留めた様子もなく、話を続ける。

「好奇心もいいが、俺が誰なのかを忘れるな。俺は紳士でもないし、おまえの味方でもない。あくまで俺とおまえの関係は、おまえの兄貴の依頼に俺が乗っただけのこと。それにおまえが首を突っ込んできたんだ。止めはしないが、覚悟がないなら近づくな」

 ランの言葉は、これ以上ないというほど強く圭子を拒否しながらも、どこか優しさを感じる。しかし、すでに圭子を止められるだけの効力はなかった。

「……覚悟なら、とっくに出来てるわ。それに私はまだ、あなたが悪い人には見えないの……でも、忠告ありがとう。気をつけるわ。だけど私は、兄に関する真実が知りたいだけ。それが出来るのがあなたのそばなら、私はあなたについていく。たとえ危険でも、警官を辞めなくてはならなくても、その覚悟は出来てるわ」

 圭子はそう言うと、喫茶店を出ていった。残されたランは、不敵に微笑んだ。

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