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7、新たな男

 ホテルに着くと、最上階を目指す。ランとの連絡手段は何もなかった。ランはすべてを忘れろと言ったが、もう一度会わなければならないと思った。

 スイートルームの呼び鈴を鳴らすと、静かにドアが開いた。圭子の目の前には、ランがいる。そう思った次の瞬間、圭子の意識は一瞬にして飛んでいた。

「んっ……!」

 一瞬、何をされているのかわからなかった。ただ、目の前のランの唇が、圭子の口を塞いでいる。力強いその手はしっかりと圭子の腰を抱いていて、その腕から逃げられることは出来ない。そうこうしている間に、圭子は部屋の中へと引き込まれていた。

 バシッと、思うより先に、圭子の手がランの頬を叩いている。

「何するの!」

 叩かれたランは無表情のまま、圭子を見据えている。

「おまえこそ、どういうつもりだ」

「……忘れろって言われたけど、会わなければいけない気がしたの」

「おまえ、つけられてたぜ」

「え?」

 ランが部屋の奥へ行くと、圭子は部屋にもう一人、外国人男性がいることに気が付いた。昨日とは部屋のレイアウトも変わり、奥のテーブルには数台のパソコンが並べられている。男性は、その前に座り込んでいた。

「こんばんは」

 男性はそう言って会釈する。圭子は、その男性に見覚えがあった。

「あなた……」

「取調室以来ですね。また会えて光栄です」

 ランに比べれば随分な片言の日本語だが、その意味はきちんと通じる。茶髪にグレーの瞳をした男性は、空港でランを迎えに来た、レングと名乗ったFBI捜査官である。

「……どういうこと?」

 意味がわからず、圭子はランを見つめる。

「その前に」

 ランがパソコンの画面を指差すと、ある映像が流れている。その映像には、圭子の部下である、藤木の姿があった。

「藤木君。どうして……」

 さっき、駅へと送り届けたはずだった。いったい、どうやって尾行してきたというのか。自分を愛してくれているからこそ追い掛けてきたのだろう藤木に、圭子は切なさまで感じる。だが、今それを感じるより先に、疑問や問題を解決するべきだ。

「これはホテルのエレベーター内の映像だ。坊やはタクシーでやってきたようだよ」

 ランがそう言ってパソコンをいじると、今度はホテル前に停車しているタクシーが映った。しばらくすると、藤木はタクシーに乗り込み、ホテルを後にした。

「……あなたといると、わけがわからなくなるわ」

「そう? 心外だな」

 ランはそう言って、男性の横に座り、パソコンをいじり出す。

「それで、話を聞きましょうか。お嬢さん」

「え……」

「何が言いたいんだ?」

「……本題に入る前に、一つ聞いてもいいですか? そちらの方のこと」

 男性を見て、圭子が言う。男性は微笑んで、立ち上がった。

「僕はレング・アンダーソンです。正真正銘、FBI捜査官ですよ。でも本当の名は、トム・エヴァンシー。殺し屋の端くれです」

 圭子の顔色が変わる。トム・エヴァンシーといえば、ラン同様、国際犯罪ブラックリストにも載っている、超A級の犯罪者だ。

 目の前の男たちは紳士的に見えるが、裏の顔を持つ超一流の殺し屋なのである。

「信じ……られない。殺し屋が、FBIにいるっていうの?」

「FBIも、ただの国家警察に過ぎないですからね。僕みたいな人は他にもいるかもしれない。それに僕は、他にCIAなどにも属しています」

 トムと名乗った男は、そう言ってCIAの手帳も見せる。

「僕の場合、こういう組織に属していた方が、身動きが取りやすいんです。それに、僕を欲しがったのは組織の方なので、そんなに驚かれる筋合いはないですよ」

 トムはそう言いながら、またパソコンをいじりだす。

「……わけがわからない。結局、ランが捕まって、FBIが来たのはなんのためだったの? FBIは……」

 圭子はパンクしそうな思考回路を必死に保とうとしている。

「元々、FBIが俺を迎えに来たわけじゃないのさ。本物だけどな」

 ランが言った。

「え?」

「念には念をってところだ。言ったろ、おまえの属する組織は新設されたばかりで、どの程度の実態かわからない。中途半端な小細工するよりは、本物のFBIに協力してもらったほうが、説得力が増すだろう? まあ、新設組織が俺のような人間を裁けるとは、もともと思ってなかったがね」

 圭子は肩を震わせた。

「じゃあ本物のFBIが、芝居を打ったというの?」

「FBIの件は、司法取引と言っただろ。俺自身が犯罪者でも、やつらが欲しがる情報は腐るほど持ってる。それに俺が日本に来ることは、全裏社会が知っていた。それは、俺がそういう噂を流させたからだ」

「どういうこと?」

「俺は日本に来て、空港でおまえたちに捕まった。これは筋書き通りのシナリオだ」

「……最初から、仕組まれていたってこと? どうして……」

 圭子の言葉に、ランは圭子を見つめ、静かに口を開いた。

「おまえに会うためだ」

「……え?」

「日本の国際犯罪機密処理班は、最近出来た新しい組織だ。そこにおまえがいることは情報を得ていたが、なにせまだわずかなファイリングすらない。とりあえず組織実態を知るためにも、一度俺が捕まるのが手っ取り早い方法だったんだ」

「ひどい。信じられない」

 圭子は耳を疑った。確かにランを連行出来たのは、国際犯罪機密処理班が出来て初めての大仕事だったが、意外にも簡単だった。それがまさか、こちらを探るためのものだったとは、処理班に所属する圭子には、ショックな話であった。

「事実だ」

「じゃあ、連行された男は? あなたが飛行機に乗るところは、警視庁の人間が見ていたのよ?」

「それは用意していた別の男だよ。同じ国際犯罪者だがね。取り調べ室を出てすぐに、すり替わった。刑期の減刑と、多額の金で交渉した相手だ。今頃はコードネーム・ランとして、マスコミを賑わせているはずだ」

「……それで?」

「だから、一度会った程度の外国人、おまえの組織の連中もすぐに忘れるよ。捕まったという先入観もあるしね。俺は堂々と、日本で動けるって計算だ。ほとぼりが覚めたら、捕まったやつは偽だとバラす」

 先の先まで考え抜かれた、緻密な計算だった。それにまんまと乗せられた自分の組織に、圭子は愕然とする。

「それで、本題は何だ?」

 ランが圭子を見て言う。圭子は沢山の疑問を抱えていたが、ショックを抑えて口を開く。

「今日、漆黒龍会の幹部が二人、殺されたわ。あなたがやったんでしょう?」

「仮にそうだとしても、だから何だ。仕事に関しては、何も言えない」

 ランが答える。

「じゃあ、これからどうしようとしているの?」

「言っただろ」

「不可能だわ……すでに組員たちはピリピリして、街の均衡が保てなくなってる。あんな大きな組織を潰すなんて、私にはあなたの考えていることがわからない。何がしたいの? どうするつもりなの?」

 圭子は負けじと、話を続けていた。

「……おまえには関係ない」

「あるわ!」

 その時、トムがテーブルを軽く叩いた。

「集中出来ないのですが」

「ああ、悪い」

 ランはそう言いながらも、同じ体制のままで、何の改善もしようとしていない。

「なんなら、僕から言ってあげようか? 彼女も計画の一人なんだろ?」

「こいつとの関係はもう終わった。こいつが気にしなければいい話だ」

 トムの言葉に、ランはそう言って、煙草に火をつけている。トムは苦笑すると、圭子を見つめた。

「ミス・圭子、安心して。ランと僕が組んでるんだ。どんな大仕事も片付けるから」

 圭子は、自分の境遇がわからなくなっていた。兄を殺した犯人を殺したいほど憎んでいるが、一警察官として、目の前の人物が犯罪者というのを、みすみす見逃すわけにはいかないと思う。

 沈黙の中で、トムは手近にあったメモ用紙に、何やら落書きをしているようだった。そして素早く立ち上がると、圭子にメモ用紙を渡す。そこには、とある豪華客船のデッサンが書かれている。デッサンというのに、短時間で細部まで描かれていた。

 意味がわからずに、圭子がトムの顔を見つめると、トムは優しい顔をして微笑んでいる。ラン同様、一目見ただけでは、決して殺し屋などには見えない。ただ、不気味な馨りが漂う。

「僕らのターゲットは、これ」

「トム」

 トムがデッサンを指さして言う。それをランが制止したが、トムは話を止めない。

「いいじゃないか。さあ、圭子。この豪華客船、乗ってる者はターゲットのみ。どうやってやっつける?」

「え?」

「答えは簡単。こうすればいい」

 トムは圭子が掴むメモ用紙を、くしゃりと握り潰した。

「……船ごと潰すというの? それで漆黒龍会が壊滅? 話がうますぎる。簡単すぎるわ」

「冗談じゃない。大の一流スナイパーが組んでるんだ。これは手の込んだ計画だよ。なあ、ラン」

 トムの言葉に、ランが苦笑する。

「お喋りだな、トム。おまえは女に弱すぎる」

「僕が? 僕は女子供も平気で殺せるよ、ラン。君と違ってね」

 ランは静かに笑うと、圭子を見つめる。

「トムがここまで話してしまった。もう後戻りは出来ない。おまえはこれ以上、何が知りたい?」

 圭子は覚悟を決めたように、ランから目を逸らさない。

「……すべて」

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