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5、追憶

 約十年前、とあるビルの屋上。

 風の強いその場所から、ランは目の前にあるビルの様子を伺っていた。ランの元に舞い込んできた依頼は、とある暴力団組員の抹殺だった。

 ふと、ランは横目で振り向いた。暴風の中で、人の気配が近づいているのを感じる。異常なまでの感覚の鋭さは、殺し屋の性だ。

 ランはそのまま、近くにあった貯水タンクの陰に隠れた。

「誰かいるのか!」

 屋上につながるドアを開けるなり、そんな男の声が聞こえた。普段は鍵がかけられているはずのドアが開いていたことを、不審に思ったのだ。だが、ランが答えるはずもない。

 男は辺りを見回すと、真っ直ぐにビルの端へと向かい、先ほどランが見ていた場所から、隣のビルの様子を伺う。

 この男こそが、圭子の兄、石井直人である。

「……張り込みか?」

 満を持して、貯水タンクの陰から、ランが声をかけた。

「……誰だ」

 一瞬、言葉を失って、直人が言った。

「目的は、おまえと一緒だろうな」

 ランはそう言うと、直人から少し離れたところに腰をかけ、煙草に火をつけた。

「俺は警察官です。職務質問に答えていただきたい」

 警察手帳を見せてそう言う直人に、ランは警察手帳をまじまじと見つめる。

「石井直人……所轄の新米刑事さんか」

「あなたは?」

「……俺は、ラン」

「目的は……?」

「……漆黒龍会幹部の、首」

 それを聞いて、直人はとっさに警棒を片手に身構えた。だがその前に、ランに一手を取られ、すでに警棒は屋上の床へと転がっている。

「なあ。この棒って、何か役に立つの?」

「なにを!」

 直人はランに体を取られたまま、持っていた手錠を握り、力を振り絞って手を振りかざした。

 ランはすぐに直人から離れたが、その顔は余裕以上に退屈すら感じさせる。

「結構、身軽のようだけど……悪いが、おまえなんか眼中にないんだ。俺のターゲットは、ヤツ一人」

 二人の目に、隣のビルの一室にいる、暴力団員が映る。相手もこちらに気付いたようで、慌しい動きを見せ始めた。

「派手に動いて見つかったな」

 苦笑して、ランが言った。

「おまえは……殺し屋か」

「だったらどうした」

「おまえを逮捕する」

 ランと直人、睨み合いが続いた。

 その時、屋上のドアが勢いよく開いたかと思うと、十数人の男たちがやってきた。

 ランはちらりと隣のビルを見ると、さっきまで見えていた部屋にはブラインドが閉められ、数人の目玉だけが覗いている。

「おたくら、うちの会社に何か用かよ? 覗きだなんて趣味が悪いな」

 厳つい風貌の男が、そう言ってじりじりとランと直人に歩み寄る。直人は警察手帳を見せて、口を開いた。

「警察だ。手を上げて観念しろ」

「手を上げて観念? どっちがだよ」

 男がそう言うと、近くにいた男たちが一斉にナイフを構える。中には銃を持っている者もいる。

「あれ、日本は銃を持たない国じゃなかったっけ?」

 ランが軽い調子で言った。その言葉に、直人は横目でランを見つめる。

「暴力団は別だ。警察もな……」

「ふうん……」

「おまえ、平然と何を考えてるんだ? 殺し屋なら、どうこの危機を乗り越える?」

 今度は直人が尋ねた。小声の二人の会話は、暴風にかき消され、男たちには聞こえていない。それより、お互いの声すら聞き取りづらいくらいだ。

「危機ねえ……俺はただ、ターゲットがいなくてどうしようかと考えているところだ」

「ターゲット?」

「ターゲット以外の殺しは趣味じゃない。それに今日は、偵察のつもりだったんだが……」

 ランはそう言うと、手摺りに寄りかかったまま、ビルの下を見た。地上は遥か遠くに見え、冷たい風が吹き抜ける。

「おまえ、体重何キロ?」

 徐に、ランが直人に尋ねた。

「え……」

「早く答えろ」

「六十二……」

「よし」

 ランはそう言うと、直人の手を取り、突然、ビルの手摺りを乗り越えた。

「な、なにを……」

 直人がそう言っている頃には、すでに二人は宙に舞っていた。

 風に煽られながらも、緩やかに落ち続ける。そして次の瞬間には、元いたビルから少し離れた、隣のビルの屋上にいた。しかし、見た目はランに仕掛けなどどこにもない。

「な、な、なにをしたんだ!」

 取り乱して、直人が言う。

「ちょっとした仕掛けでね。風を集めるようになってる。体重制限はあるが、これでもちょっとしたきっかけにはなるんだ」

 着ていたスーツを煽って、ランが言う。硬さなどは見受けられないが、確かに風を捉えていた。

「さて、でもまだピンチには変わりない。ここは建設中のビルみたいだな……」

 降り立ったビルの屋上から、辺りを見回してランが言う。さっきまでいたビルからは、男たちが見つめている。だが、普通に飛び移るには、あまりにも遠い。

 そんな時、直人は持っていた無線機を手に取る。

「石井です。張り込み中に気付かれて、囲まれました……今、隣の建設中のビルに落ち着いたところです。至急、応援願います」

 直人はそう言うと、ランを見つめた。ランは不敵に微笑んでいる。

「いい物、持ってるじゃないか」

「張り込み中だったからな……仲間は近くにいるから、すぐに駆けつけてくれるはずだ」

「それはよかったな。一斉検挙が出来る。俺は仕事がしづらくなるがね」

「……どうして俺を助けたんだ?」

 直人が尋ねた。ランは怪訝な顔をして、空を見上げる。

「……それもそうだな」

 ランは苦笑した。直人を助けたことに、意味はなかったようだ。

「すぐに仲間が来る。ここから逃げられるか?」

 突然、直人がそう言った。

「熱血漢の刑事か。俺を見逃すつもりか?」

「おまえには借りがある。どういう理由があったにせよ、俺を助けてくれた」

「無意識でやったことに、貸しを作るつもりはない。だが、ここは一先ず退散した方がよさそうだ。お言葉に甘えて、退散させてもらうよ」

 そう言って俯いたランの目に、落ちている警察手帳が映る。ランはそれを拾うと、手帳に挟まれた写真が見えたので、それを素早く引き抜いた。そこには直人とともに写った、高校生くらいの少女の姿がある。

「恋人か?」

「違うよ、妹だ。両親も死んで、親戚はいるけど、家族は妹しかいないんだ。こういう商売柄、肌身離さず持ってる……」

 ランはそれを聞くと、写真を戻して、手帳を直人に返した。そしてすぐに、辺りを見回す。さすがに都心のこの場所で、二度も空を舞い、地上へ降り立つことなど考えられない。直人の仲間が駆けつける前に、ここを出なければならない。ランは屋上のドアへと歩いていった。

「ラン」

 ランの背中に、直人の声が響く。

「ありがとう。助かったよ」

 直人の言葉に、ランは直人に背を向けたまま、微笑んだ。

「殺し屋に礼なんか言ってんじゃねえよ……それに、正義感の強いやつは長生きしない」

「そうか。でも俺の家柄は、もともと華道家でね。礼儀作法だけは教え込まれてるんだ。それに、今度会ったら、おまえを捕まえるよ」

「捕まらないが、殺しの依頼をしたくなったら、いつでも連絡をよこすといい」

「……どうやって?」

「裏の世界の人間で、俺を知らないやつはいないよ。じゃあな」

 ランはそう言うと、屋上から去っていった。

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