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13、最後の仕上げ

 数日後。ランの動きはまったくないが、世間だけが消えた客船について騒いでいる。そんな中で、日本一怯えている人間が、とある高級マンションにいた。

「次は私だ……殺される!」

 マンションの寝室で、頭から布団を被って震えているのは、日本の前総理大臣、間宮卓だ。間宮はカリスマ性を武器に、国民を誘導し、愛される総理大臣で通っていた。しかしその反面、暴力団やマフィアとのつながりを重視し、正義に燃える圭子の兄を殺した人物の一人でもある。

 間宮が通じていた暴力団とマフィアが一気に消えたというニュースに、間宮は何者かが自分を狙っていることに気付いていた。政界引退後、多額の年金によって生活が安泰している間宮だが、家族もおらず、一人きりのマンションから、もはや出ようとはしない。

「どうしてあいつらが一気に消えた……次はきっと私だ……」

「ほう、よくわかったな。まあ当然か。おまえはそれだけ悪どいことをしてきた」

 突如として、家中に鍵がかかっているはずの寝室に、見知らぬ男が立っていた。ランである。

「ぎゃあ!」

 間宮はそう叫ぶと、壁際で身を震わせている。

「いいマンションだな。いくら叫んでも届かない」

 ランはそう言うと、間宮の首筋にナイフを当てる。間宮は恐怖に震えながらも、静かに口を開く。

「だ、誰だ……」

「おまえぐらいの大物政治家なら、名前くらいは知っているかな。コードネーム・ランの名を」

 名前を聞いて、間宮の目が見開く。ランは不敵に微笑んだまま、微動だにせず間宮を見つめる。

「勝ち目はないとわかったか? 依頼は遂行するタチだ。見逃すつもりはない」

「か、か、金なら……払う! あ、あなたの依頼人よりも」

「悪いが、俺も金は有り余ってる。おまえに払えるものは、その薄汚い魂くらいだよ」

 ランはナイフをしまうと、一旦、すぐそばのベッドに座った。そして胸元から、手紙のようなものを出す。

「これが何だかわかるか?」

 ランの問いかけに、間宮は首を振るばかりだ。あまりの恐怖に、涙や鼻水が垂れている。

「おまえの遺書だ。これにはおまえの悪事が事細かに書かれている。おまえをヒーローのまま死なせはしない。これを読めば、おまえは極悪人で名を馳せることになる。死んで美談になる確率など微塵もない」

「そんな! で、でも、私が書いたものではない」

「筆跡はおまえのものだ。おまえが書いた文書から抜き取って書いた。それに近くに死んでいるおまえを見れば、疑う余地はないはずだ」

 ランが見せた紙の文字は、どこから見ても間宮の筆跡そのものだった。間宮は無念にうなだれ、諦めたようにその場に座りこんだ。

「これを数十粒飲め。睡眠薬だ。運がよければ、楽に死ねる」

 ランはそう言うと、睡眠薬入りの瓶を差し出す。間宮はもはや拒否権を持っていない。時間稼ぎという淡い期待と、楽に死ねるという文句に、間宮は大量の睡眠薬を飲んだ。

 それを見て、ランは静かに口を開く。

「……筋書きはこうだ。おまえが今、俺に殺されそうになって震えていたように、おまえの仲間であった暴力団の伝達係、そして暴力団そのもの、その上のマフィアまでが消され、おまえは誰かに狙われているという錯覚を覚え、半狂乱になる。そして俺に殺される前に自殺しようってわけだ。今までの悪事を書いた、遺書を残してな」

 ランはそう言うと、おもむろに包丁を取り出した。

「これは、この家にあったものだ。一番切れそうなものを選んでやったよ。だがその程度の睡眠薬じゃ、痛みに耐えきれず、気を失えないはずだ。苦しみながら死ね」

 声のトーンも変えず、次の瞬間には、ランはその包丁を間宮の腹へと刺していた。

 声にならない声が間宮の口から漏れ、それと同時に床を這いずる。

「一番苦しむ場所に刺したが、あんまり暴れるなよ」

 ランはそう言うと、もう一度ベッドに座る。そして、近くに転がった睡眠薬の瓶をキャビネットの上に置き、間宮を観察する。その目はただ間宮を見据えたまま、冷たく光っていた。

 やがて、数十分にもおよぶ間宮の最期を見届けると、ランは静かに間宮の部屋を後にした。

 それから間宮の死が世間に知れ渡ったのは、数時間後のことだった。それと同時に、すぐには公開されなかった間宮の悪事が書かれた遺書も、ランの裏工作によってすぐに世界中へと知れ渡っていた。


 倉庫街。吹き抜けの二階にあるバスルームからランが出てくると、一階のソファベッドには、圭子の姿があった。ランは苦笑する。

「来ると思ってたよ。仕事は?」

「……うちの課は新設されたばかりで、国際犯罪者関係以外には、臨機応変に動けないの」

「国際犯罪者は、現われてないってわけか」

 ランは一階に下りると、すぐさま煙草に火をつける。圭子はいつもと違い、真剣な瞳でランを見つめることをやめない。そんな圭子に、ランは無言のまま言葉を求めた。

「……私、警察を辞めるわ」

「……ふうん」

 やがて出た圭子の言葉に、ランは興味がなさそうに答えた。負けじと圭子も、言葉を続ける。

「私の仇は、全部あなたが消してくれた。私の目的はもうなくなったわ。警察にいる理由もない。それに、あなたのことが頭から離れないの……殺し屋になったっていい。私を相棒にして!」

 思わぬ圭子の言葉だった。だがランは冷たい瞳のまま、圭子を貫いている。

「……馬鹿げてる」

 そう言ったランに、圭子は必死な顔で首を振る。

「私だって、こんなこと言いたくないわ。こんな自分どうかしてるって、今までならそう思ってる……でも、あなたのことが気になって仕方ないのよ!」

 ランはコンクリートの床に煙草の吸殻を落とすと、足で揉み消した。そして圭子に近付き、その顎を持ち上げる。圭子は緊張しながらも、その身をランに任せた。

 だがランはそれ以上何もせず、静かに笑う。

「俺が普通に恋愛でも出来るとでも思ってるのか?」

「……」

 押し黙ったままの圭子に、ランは言葉を続ける。

「俺がこんな商売をしてるからってだけじゃない。俺に真剣な恋愛は出来ない」

「……どうして?」

「真剣な話をしてやろうか? 俺はおまえが嫌いだ」

 圭子の目が大きく見開いた。しかし、圭子はその場から動こうとしない。

「あなたが嫌いでも……私は好きよ、ラン」

 機械のように、圭子はそう言った。その言葉に、ランの目が一瞬揺れる。

 ランは顔を逸らすと、二階への階段を上っていく。そして一言、言い放った。

「無理だ、忘れろ」

 その言葉に、圭子はとっさにランの後を追いかける。

「私にだってわからないわ! どうしてあなたみたいな男に惹かれるのか。でも、あなたは私の前では、少なくとも紳士だった。依頼とはいえ私を守ってくれた。兄のように思ってる……結婚してなんて言ってないわ。あなたのことが知りたいの!」

 ランは足を止めると、銃を構えて振り向いた。ランの愛銃の一つである“キングコブラ”は、その名の通り蛇のように圭子の顔に焦点を合わせ、微動だにせず睨みつけている。

 圭子は自らの体を硬直させながらも、静かに口を開く。

「……殺したいなら殺せばいい。あなたは私の仇を討ってくれた……あなたに殺されるなら本望だわ」

「出来ないとでも思ってるのか?」

「いいえ。でも私には、あなたが冷徹な男には見えない」

 圭子の言葉に、ランは静かに笑って呟く。

「……似てる、か」

「え?」

 突然のランの言葉に、圭子は怪訝な顔をする。しかしランは、圭子に構わず銃をしまった。銃とそれを収めるホルダーの金属部分とが一瞬、重たく擦れる音がする。それは身を凍らせるように、冷たい音に聞こえた。

「俺と生きていく覚悟があるなら、明日出直して来い。ただし、警察は辞めるな。いい情報源だからな」

 ランは不敵に微笑むと、そのまま壁沿いに作られた吹き抜けの廊下を進み、階段と反対側にあるベッドへと向かっていく。

「……わかった。明日、もう一度来るわ」

 圭子はそう言うと、倉庫街から出ていった。

 ベッドに寝そべったランは、天井を見つめながら小さく息を吐く。やがて脳裏に浮かんだ人物に、よく似た圭子の面影を重ねていた。


 家に戻った圭子は、眠れぬ夜を過ごしていた。

 まだ心臓が異常な高鳴りをしている感覚を覚える。思い返せば、殺し屋に愛の告白など、狂気の沙汰としか思えない。しかし、言わずにはいられなかった。苦しいまでの恋愛感情が、圭子を襲っている。そんな感覚は初めてで、戸惑わずにはいられない。なにより、何もかもを捨ててでも、ランについていきたいと本気で考える。

 何が理由かはわからないが、もう自分では止められない想いを抱き、ランになら殺されてもいいとまで思っていた。


 次の日の早朝。いつの間に眠っていた圭子は、足早に家を出ていった。今日は仕事もあるので、その前にランに会いに行こうと思う。どんな答えが待っているのか、恐ろしいが知りたいと思う気持ちを止められずにいる。

 圭子は、ランの倉庫街へと向かっていった。

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