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第一話 ロボと爺 ①




 宇宙をまたに掛ける数え切れない程の航空機が尻を付けて横並ぶこの倉庫には、その数十倍はあろうかと物資の山が倉庫の端から端までを埋め尽くしている。

 それはこの月の土壌を担うレゴリスであるか、はたまた裏側から採取したヘリウム3と呼称される輝ける物質か。

 少なくともこの場で獲るのが容易く、下の地球では入手に難儀する物に違いはない。


 そんな貨物を車輛の後部に開いた荷台に積み込んで行く者達がある。

 ひしめき合う人の群れがあまりにも機械的に規則正しく動き回る。

 鈍色に光る金属質な外観に、四肢はあるがその関節は球体状にどの方向へと回る。

 近未来的な西洋の鉄仮面の目元には奥のモニターらしき電光版が垣間見え、定期的にグリーンの点滅を示す。

 生身の人間では持ち上げられない程の重量を1人で支えるその姿は人であって人で無い。

 機械人形と呼称される彼ら達が、人間に代わりその業務を淡々と熟していた。


 ただひたすらに積み込みを行う中、突如として夏の蝉を思わせる時間を知らせる鐘の音が大きく響き渡る。

 機械人形達はその合図を皮切りに一斉に動きを止め、持っていた荷物でさえ地面に置く。

 そして仮設事務所と思しき簡易なプレハブ小屋の前に機械人形達は整列して並んだ。



 ——物流作業用二次的広範囲展開システム A.N.T ログオフ——



 一つの機械人形の視界に赤いネオンライトを含んだ色合いでその文字が浮かび上がる。

 そして黒い視界から移り変わって、クリアに周囲の景色が飛び込む。

(終わりましたか。……眠いですね)

 機械人形はそう思いつつ、右肩の関節に絡んだ紙片を取り除いた。


 五分程待っていると事務所のドアが開き、着古した白いツナギを纏った初老の男が現れる。

 今までの人生の遍歴を腹部の脂肪という形に変えて、壊れるのではと頼りない両足を進ませて、機械人形達の前に立った。

「皆さんどーも。お疲れ様ぁーあ……」

 言葉を言い切れずに大きな欠伸を見せた。

「失礼。……今週の業務お疲れ様でした。ご存知かと思われますが、来週は祝日を挟みますんで荷量の方が——」

 そうして男は語り出した。


 途中脱線しつつも彼から提供される数値的な報告は全て統括システムQ.E.E.Nに保存及び更新されるデータである。

(来週になればQ.E.E.Nから提供される。彼もそれを知らない訳ではない。なのに何故、話すのだろうか?)

 男の二度手間とも思える行動に、一つの機械人形は疑問を浮かべた。

「……という所で、通達は以上になります。自己メンテナンスやオイルの補充等忘れない様に。オイルで老いる、なんちってな」

 男の親父ギャグに、一斉に機械人形達から無機質な笑いの声が上がった。


 気を良くした様子のまま男は一つ手を挙げて事務所内に戻って行った。

 機械人形達は続々とこの倉庫を後にする。

(オイルが心許ない。補充しなければ)

 同じく続き、倉庫と扉を隔てた廊下に出ると、奥のスキャン装置の前に作る渋滞に並ぶ。

 一つ、二つ、三つ……。特に詰まる事なく進んだ。

 更に暫く待ってから自分の番となり、これも問題は起きず通過する。

 倉庫施設から外界に飛び出して迎えたのは満天の星空。しかし機械達にはその美しさを知る事はない。


 巨大なドーム状の透明隔壁に覆われた此処は通称アポロスペースと呼ばれている。

 アポロスペースの中は幾つかの区域に分かれており、中心区域から遠く外れたこの作業区域には人間の作業者はごく珍しく、共通の帰り道である歩道には機械人形だけが列を成している。

 週に2度。月曜日の行きと金曜日の帰りだけ溢れ返る金属の群れは退廃的な様相を呈していた。

 機械人形は深く思考を巡らせてその一般道へ足を踏み入れる。

(何処のオイル屋で補充しましょうか……)


 金曜日のこの時間からは何処の店に向かおうとも長い行列を作っている事は想像に難くない。

 増え過ぎた機械人形達の高まる需要にインフラの整備が追いつかないのである。

(検索。中心街のオイル供給施設)

 そのワードでインターネット検索を掛けるも、やはり殆どの施設で混雑の文字を表示する。

 入れそうな施設はオイルの質が悪いと巷で評判の場所ばかり。

(なるべく値段と質が釣り合う物が良いのですが。仕方ありません、裏の道で探しますか)

 そう結論付けて足早に向かう。

 

 物流や生産を担う作業施設の間を縫って3時間程歩く。

 そして次第に奥と隔てる様に壁が横並ぶ光景が視界に入る。

 車道には段々とトラック類の車両が増え、ヘッドライトの輝きが薄暗い周囲を眩く照らす。

 彼等と交差した道の先は、飲み込まれる程の威圧感と広さを持つ円柱状のトンネルが待ち構えていた。

 ただ無心の如く。この機械人形は物思う事無くその中へ吸い込まれて行った。


 トンネル内は一定間隔に街灯が配置され比較的先が見え易い作りとなっている。

 車道と歩道の境には鉄製の頑丈な仕切りが長く伸びて出口まで絶える事無く続いている。

 通り過ぎる自動車の風切り音は長く反響し、しかし気に病む者は誰も居ない。

 問題があるとすれば、トンネル壁面余す所無く描かれたスプレー缶による色取り取りな落書き位だろうか。


 道すがら機械人形はその落書きの一部を分析する。

 角張ったレトロなロボット玩具が顔を真っ赤に手を振り上げ、肌色の毛の無いネズミを追い掛けている絵。

(哺乳綱齧歯目デバネズミ科ハダカデバネズミ属に類する鼠。特徴的な長い歯がそれを裏付ける)

 こういった絵を落書きとするのかアートとするのか。その線引きは非常に曖昧で度々議論を呼ぶ。

 何かしらの主張を訴える時、人は直接言葉でもって伝えるのではなく間接的に歌や絵を通して感じたものを共有させる。


 機械人形は恐らくこの絵もその類と同様の、伝えたい筈の意図を持って描かれた物であると推察する。

(そういった生物学上の個性とする事。……絵という媒体にしてしまえば受け取り方も個々で変わってしまうのでは? 正しく伝わらないのであれば描いた人間にとって無意味とならないのだろうか)

 間に何か挟む事の意味が分からない。機械人形はトンネルの出口を通過する。

(口にする事以上の難解さだ。最近は理解の及ばない事柄が増えている。便宜上の意味はデータ内に保存されているが、それでも悩みが尽きない)

 大小様々なビルに入るテナントは人の為に存在する。そしてその興味を惹こうと施された各々の工夫は、街並みを統一感無く雑多に仕上げている。

 機械人形はただ思考を巡らせて、中心区域のその様々な色味に照らされながら街を歩く。


(……切り上げよう。オイルの補充場所を確保しなければ)

 中心区域まで来ると機械の往来以外にも、ちょくちょくと人の姿が目に付く。

 小綺麗な装いに身を包まれているがその実、瞳に宿す重苦しい雰囲気は隠し難い。

 治安が悪いという訳でもない。殆どの人間にとって働く必要のなくなった社会にストレス等ある筈もない。

 機械人形は大通りから外れて裏の道を進んで行く。

 此方もビルがひしめく事に変わりないが、検索に引っ掛からない個人の店を主としている。

 一件一件を虱潰しに見て回る。


 精製オイル 1L 2.10ドル

 オイルステーション 4L 8.20ドル

 GR用燃料 1ガロン 9.00ドル


 オイルの取り扱いをしている店はそう多くない。

 特にこういった場所となれば人が人の為だけに店を開いている場合が多いのだから。

 探し回るその横を通り過ぎる人々は奇異な物を見る目で機械人形を一瞥していく。

 視線を感じつつもただ粛々と、表記されたリットルとドルの数値を保存する。

(出来れば精製オイルが好ましい。品質で言えば中程度のこれが2ドルを下回れば上々なのですが)

 しかし何処も似たり寄ったりな値段の表記。悩みながら進んでいるとビルとビルの隙間にある狭い道を通り過ぎる。

 

(ん? 今の細道は……)

 踵を返しその道の前に戻る。

 どうやらこの先にもポツポツと、店の看板と思しき切れ掛けの電光が明滅している。

(可能性は低いですが、一応)

 路地裏の更に裏と言えるその先へ機械人形は足を踏み入れて行く。


 異様に暗さのあるこの一帯。手前のビルと合わせる様に高く伸びたマンションにはちょこちょこ洗濯物が干されている。

 其れ等は点在して建っており、どうやら此処は人の居住区域であるようだ。

(ともするなら、この電光は……)

 目に付いた光を発する物体に近付くと、看板ではあったものの寂れた小料理屋という様相だった。

(成程。此処は居住区域と中心区域が交わるグラデーションの中を位置しているようだ)


 他の目に付いた店も変わり映えはしない。

 選択を誤ったかと思いつつも突き当たりまで向かい、片側二車線の広い道路に繋がった。

 挟んだその奥には建設中とだけ書かれた簡素なボードに建物の体を成していない骨組みだけの建築物が。

 この先は開発が完全に済んでいない区画であると機械人形は結論付ける。

(此処には私が求める物は無さそうだ)

 仕方なしにあの2.10ドルの店で補充しようと決め元来た道を戻ろうとすると。


「あん? 機械人形がこんな所で何やってんだ? 道に迷ったか?」

 大通りの右側から乱雑な声色と合わせ、ふらついた千鳥足の男が姿を現した。

 暗緑のジャケットに明るいブルーなGパンの装いで小太り。アルコールの摂り過ぎか濃いシワが目立つ顔を真っ赤に腫らせている。

 白髪と黒髪の比率が逆転した頭髪は切り揃えられている程度に収まった髪型だ。

 発声機能をオンにし口を開く。


「オイルの補充を行おうと店を探しています。この辺りには無さそうなので中心区域に戻ろうかと」

 人間の発声を完璧に模倣した、流暢な人工音声のシステムは機械人形の思考に合わせ言葉を紡ぐ。

 酩酊状態の男は何が楽しいのか笑みを浮かべつつ近くの外壁にもたれ掛かった。

「大丈夫ですか?」

 そう言って男の側に駆け寄る。

「あぁ、大丈夫大丈夫。いつもの事だから」

 自分の事をまるで他人事の様に語る違和感は、搭載されたAIにも人と同じ様な負荷を与える。


「このまま御自宅までお送りします」

 機械人形は男の肩に手を回す。

「いやいや、俺ぁこの後飲みに行くんだよ。家になんか帰ってられねぇや」

「アルコールに寄る負荷をこれ以上掛けるのは、身体上あまり宜しくないと考えられますが」

「大丈夫大丈夫、寝りゃ治るから。この道真っ直ぐ行きたいんだよ」

 男は指を伸ばす。


 機械人形は考える。この男をこのまま、恐らく居酒屋であると結論付けられる店に送って良いものかと。

(現段階での脈拍、心拍数の値から見て医療行為が必要な段階ではない。しかしアルコールを摂取し続けるならその限りではない)

 人の為の機械としての存在が、複数の選択を選び兼ねている。

「いざとなったらマスターが居るからよ。俺が死ぬこたぁねぇよ」

 フリーズする機械人形に男はそう言葉を投げかけた。

「……畏まりました。この先のお店にお送り致します」

 突発的に出たその言葉は、機械人形自身酷く驚くものだった。

「お? おぉ良いのか? じゃ頼むわ」

 そして予想とは違う返答をされたのか、男もまた肩透かしを食らったと言いたげな反応だった。


(……システムのバグだろうか? 本来であれば自宅に送り届けるのがこの場合の最適解である筈ですが)

 男の肩を支えて歩き出し、真っ直ぐとその行き先に向けて動き出す。

「面白ぇ機械人形も居たもんだな。そんなんだったら目立つだろお前。名前の一つくらいあるだろ?」

「私達に名前はありません。……しかし強いて言うのであれば、株式会社star gear社製、多目的作業用機械人形GR-MMT-1569。これが私のフルネームとなるでしょうか」

「そうか……GR-MMT-1569……」

 男はその型式番号を聞くなり、考え込む様にして言葉数を減らした。


 案内されるがまま直進して一つの看板が遠くに見え出した。

(きっとあのお店が目的の場所なのでしょうね)

 男は俯きながら小さく言葉を漏らす。

「1569……1569……」

「もうそろそろ着きますよ」

 もしかして酔いが回って眠気に襲われ始めているのだろうかと思いつつ、目的地であるその店の外観が段々と鮮明になって行く。

 店の正面を半分埋め尽くすウッドデッキに席が二つ設けられ、その隣にあるこじんまりとした店内扉に階段が続いて石畳が歩道まで伸びている。

 そして何故か石畳に、人の往来の邪魔にならない位置へクリスマスツリーが突き刺さっている。

 電飾は施されているだけであり灯りは無いが、その異質な存在感は機械人形にも嗅ぎ取れるものだ。


(この店だろうか)

 機械人形はそう考えていると、唐突に俯いていた男が勢いよく顔を上げる。

「……良し! 色々考えたが、お前はイゴロクだ!! 他に思い付かん!」

「1569でイゴロクという事ですか?」

「そうだ! イコムク、イコロク、イゴムク。全然しっくりこねぇんだよ」

 男は続けて「何か他にある気もするなぁ」と呟いて頭を悩ませる様にこめかみを叩いた。


 機械人形は店に視界を戻し、ふと玄関扉の上に貼られた店名に気付く。

 the moon shot。

簡素に役割だけを与えられたその文字に目を奪われ、妙に形容し難い想いに駆られた。

「……そう言えばイゴロクよ。お前何であんな所までオイル探し回ってたんだ?」

 少し酔いが抜けたのか男はハッキリとそう言った。

「表は高い上に今日は色々混み合いますので。なるべく値段と質を考慮した上で直ぐに補充出来る場所を……」

 男は嫌らしい笑みを浮かべながら手前の張り紙に指を向ける。


 精製済みのオイル置いてます 1L 1.96ドル


「丁度良かったな! これも何かの縁だ一緒に飲んでいこうぜ」

 そう言って背筋を正すとイゴロクの肩に回っていた腕に力が籠り、半ば強引に扉へ向かって歩き出す。

 その足取りには出会った当初の頼りなさは無く、地に足の着いた確かなものである。

(……リッター2ドル以下でオイルの補充が出来る。結果で見ればかなり上々ですね)

 イゴロクは高笑いする男に連れられて、静かにそのバーへ続く扉の取手に手を掛けるのであった。




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