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サンタクロース・エイトオー  作者: 津多 時ロウ
mission1. サンタと秘密のおもちゃ工場
8/23

1.8 さらば、チャーリー

「以前の調査はお手柄でしたね。お陰であそこの秘密が分かりましたよ」


 いつもと変わらぬ夜に、いつもと変わらぬマスターと、いつもと変わらぬ酒の味。

 例の尾行から1週間が経った頃、いつものようにピンボール台に群がるトナカイフォースを横目にバーボンを楽しんでいると、例の件で話があった。今日も他の客はいない。


 詳しくは指令書を確認して下さいと、いつもの流れでエイトオーはオーダーを一瞥(いちべつ)


「ほほう。子供たちの行方不明はドナルド&コリンズカンパニーの人形に仕掛けられた催眠術が原因。催眠術で子供たちを工場に集めて、……強制労働をさせているだと!?」


 エイトオーが右手で力任せにカウンターを叩けば、マスターもトナカイフォースも彼を見遣り、ピンボールの賑やかな音だけが店内に寂しく踊る。だが、これもいつものことなのか。すぐに年代物のピンボール台はボールを弾く作業に、そしてマスターはグラスを磨く作業に戻った。


「だから俺にその製造拠点の一つを破壊してこいと。は! 人形を犯罪に使うなんて、趣味がいいことだな。……実に分かり易くて俺好みだが、相変わらず財団は人使いが荒いもんだ」


 つい先程のことなどなかったようにそんな言葉を吐きつつも、分かり易い内容に彼の口元は緩み、満更でもない様子であることが分かった。


「私には、あなたがとても楽しんでいるように見えるんですがね」


 珍しくマスターが反応したのが意外で、エイトオーも話しを続けた。


「馬鹿言っちゃいけねえ。俺はあの()()(おど)されて、無理矢理働いてるんだぜ?」

「ふふふ、女帝ですか。ま、少なくともその件については、あなたの自業自得のような気がするんですけどねえ」


「何か知っていそうな口ぶりだな?」

「いえ、なに。先代から聞いたんですけどね、あなた昔は随分と悪さをしていたのだとか」


「……」


 マスターがグラスを磨きながら話せば、エイトオーも視線を琥珀色の液体に落として、視線を交わすことなく昔を語る。


「30年も昔のこと、酒、女、博打、そして毎日のように喧嘩に明け暮れていたあなたは、酒に酔った勢いで天下の七天堂(しちてんどう)から金を奪い取ってやると大口を叩いた。引くに引けなくなったあなたはあろうことか、財団の季節サンタクロースの仕事に潜り込み、子供たちに配る予定のおもちゃを横流しして小銭を稼いだ。けれど、当時、この町を視察に訪れていた女帝、七天堂の代表取締役、そして財団の理事長でもあるアトランティエ・ラヴクラフトにすぐに80件の余罪を見抜かれ、以後、見逃してもらう代わりに彼女に忠誠を誓ったとか」


「……そんな昔のことは忘れたな」

「ふふ……、そうですか」


「ところでアトランティエ嬢は今、いくつなんだ? 俺にあった頃は30歳と言っていたぞ?」

「そのあたりのところは分かりかねますが、私の記憶でも30歳と承知しております」


「やれやれ、永遠の30歳というわけか。俺もとんでもない女に目を付けられちまったもんだ。……じゃ、今夜はこれで失礼するぜ。明日も早いもんでな」

「また、是非いらして下さい」


「ああ。久しぶりに昔のことを思い出せて良かったぜ」


 しかし、エイトオーは違和感に気が付いた。違和感の正体は何かと視線をさまよわせれば、いつものチャーリーには決して存在しないもの。カウンターの上に見慣れぬ鼓笛隊(こてきたい)の人形が置かれていたのだ。

 怪訝(けげん)な視線を向けているうちに、その人形は目を青く光らせながら太鼓をトントコトンと鳴らしてぎこちなく行進し、やがてマスターに近づくと、突如としてその目を赤く明滅し始めた。


「伏せろ!」


 嫌な予感にエイトオーがあらん限り叫ぶも、直後、鼓笛隊(こてきたい)は大きな爆発音を響かせて弾け跳び、天井が崩落する。


「マスター! マスター! 大丈夫か! 返事をしてくれ! おい、救急隊を呼べ! 早く!」


 すぐに終わった崩落に、エイトオーたちは慌ててマスターの救出を試みるも、視界も足元も悪くマスターの体は見つけられない。

 早く救出しなければと百戦錬磨の白ヒゲも焦りを露わにするが、焦れば焦るほど体も頭も思うように動かず、更に焦りが募る悪循環に陥った。だが、そのときだった。


「あー……、うー」


 瓦礫(がれき)の下から声が聞こえたのだ。これは、マスターの声に違いないとエイトオーとトナカイフォースの7名は必死に石の塊を取り除き続けた。


「見えた!」


 もう誰が叫んだのかはどうでもいい。ともかくマスターの体が見えたのだ。聞こえてくる声は相変わらず呻き声だけだが、これを希望とエイトオーたちはより力を込める。


「マスター!」


 そうして2時間ほど経った頃、途中から救急隊も加わり、遂にBARチャーリーのマスターの上から瓦礫(がれき)が完全に撤去されたのだ!


「マスター! 起きろ! 大丈夫か!」

「う、ああ、助けてくれたんですね。ありがとうございます。ところで、私の手足はちゃんと付いてますか?」


「ああ、付いているとも。問題ない」

「そうですか。それならまたお酒を出せます……ね……」


 エイトオーの腕の中で力なく目を閉じたマスターに、救急隊が即座に近寄り、バイタルを確認しながら救急車に乗せる。

 外見的には大きな怪我も無く、奇跡的に生命活動に問題ないだろうとのことだったが、それでもエイトオーの真っ赤な怒りの炎を燃え上がらせるには十分だった。


「くそったれ! 首を洗って待ってろ、ドナルド&コリンズカンパニー! 俺がぶっ潰してやる!」


 エイトオーは吠える。下界の事故も関係なく、変わらず夜天に浮かぶ白銀の光に誓うように。


 それを温度の無い瞳で見ている者がいることなど、今の彼には知る由もない。


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