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サンタクロース・エイトオー  作者: 津多 時ロウ
mission3. サンタと謎のブリーフ泥棒

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20/23

3.2 都市伝説

「しかし、なんだってブリーフを盗むんだ? しかも路上で」


 エイトオーが当然の疑問を口にすると、マスターはやはり静かな口調で答えた。


「さあ、私には皆目見当もつかないことですね。調査に影響が出るといけませんので、予断を挟むことも差し控えさせていただきますよ」

「……犯人の目的がなんであれ、これだけは言えるな。このクソ寒い外でブリーフを奪われるなんてことは、男の子たちのお腹にとって非常によくない、とても危険だ。場合によっては命に関わることもあるだろう。だから、そんなふざけた犯人は、なんとしても捕まえなくちゃならねえな」

「おっしゃる通りで」


 二人の会話が終わったタイミングを見計らってか、入口ドアのカウベルが、カランコロンと音を立てた。

 続いて店内に入ってくるのは、硬質で軽い足音。

 マスターがちらりと一瞥(いちべつ)して、新たな訪問者の名前を口にする。


「ようこそいらっしゃいました、レディ」


 レディと呼ばれた女性は右手を少しだけ挙げて挨拶を返し、そのままカツカツと音を立ててエイトオーに近寄る。

 歩きながら豪奢な毛皮のコートを投げれば、それはふわりとハンガーにかかり、自身はふわりとエイトオーの隣に腰かけた。


「久しぶりね、エイトオー。あ、マスター、いつもの頂戴」

「かしこまりました」

「……ふん」


 エイトオーからつれない返事を返された女性は、しかし、作り物のように整った顔と美しく長いブロンドの持ち主であった。

 顔同様に美しいボディーラインを際立たせる深紅のイブニングドレスには、深いスリットが入り、スパンコールがふんだんに散りばめられている。

 これからステージにでも立つような格好だが、彼女もまた財団が雇用した専業サンタクロースであり、ナインツー(92)のコードネームとレッドウィッチという裏のコードネーム、そしてレディサンタの異名を持つエリートサンタクロースなのだ。

 そんなことも知らず、目ざとく彼女を見つけた茶色の男たちは、波のように奇声を発し始め、わらわらとエイトオーに近寄ってきた。


「うひょー」

「オヤジ、この美人は誰っすか?」

「こんなべっぴんさんと知り合いとは、さすがオヤジだぜ!」

「おねーさん、名前を、是非名前を!」

「あらあら。エイトオー、この子たちが?」

「ああ、うちのトナカイどもだ。騒がしくてすまねえな」


 トナカイども。茶系の迷彩柄のツナギを着た強面マッチョたちは、エイトオーの私設部隊トナカイフォースの隊員たちなのだ。もっともその関係性は、親子と呼んでも差し支えないほどに強固であり、エイトオーは個別にトナ太郎、トナ次郎、トナ三郎、トナ四郎、トナ五郎、ロクと名付けて可愛がっているのである。


「初めまして、トナカイさんたち。私はナインツー。エイトオーの昔馴染みよ。よろしくね」

「うおー! よろしくされたっす!」

「俺、ナインツーさんに一生ついていくっす!」

「姐さんの大腿四頭筋(だいたいよんとうきん)腓腹筋(ひふくきん)、最高!」

「うっひょー、よろしくお願いします!」

「ナインツー姐さん、セクシーすぎるぜ……」


 ウインクが添えられた挨拶に、トナカイたちは大興奮。

 BARの中はもはや彼女の独壇場の様相であるが、


「お待たせしました。当店のオリジナルカクテル、チャーリーズヘヴンです。ごゆっくりどうぞ」


 マスターがカウンターにリキュールをことりと置いたことによって、その喧騒は終わりを告げる。トナカイたちは立つなり座るなりして、エイトオーとナインツーの会話に聞き耳を立て始めたのだ。

 再び落ち着きを取り戻した空間。炭酸混じりの赤と緑のリキュールが、カクテルグラスの中で陽炎のように揺らめく。その色は完全に分離しているようでいて、少しずつ溶け合う。

 それが彼女の喉を一度通り過ぎたとき、エイトオーが声をかけた。


「酒を飲みにきただけってわけじゃねえだろう。何の用だ?」

「……あなたに会いたかったから、というのは駄目かしら」

「ぬかせ。お前はそういう性分じゃないだろう」

「あら、ひどい」

「で、何の用だ」

「つまらない男になったものね。……あなたが受けたオーダーに興味があってね、マスターに聞きにきただけよ」

「あわよくば自分が解決しようとしたと……いや、待て。どうしてお前がオーダーの内容を知っているんだ? あれは他の人間が見れるもんじゃないだろう?」

「それは企業秘密よ。いい女には秘密がつきものでしょう?」

「お前の場合は()き物かも知れないがな。で、どうするんだ? 前みたいに協力するから一枚噛ませろって話か?」

「違うわよ。マスターに話を聞きにきただけって言ったじゃない。女の、それも私みたいな美人の話はよく聞くものよ」

「は! どの口が言うんだか」

「ふふ。それでマスター、例のブリーフ事件だけど、私にもオーダー以外のことを教えてくれないかしら? 噂話程度のことでもいいわ」


 それを聞いたマスターは、ちらりとエイトオーに視線をやり、エイトオーは無言で(うなづ)いた。


「最近、このヘヴンズコールを賑わせているブリーフ泥棒ですが、姿を見た者が誰一人としていないとか」

「路上で事に及んでいるのに?」


 マスターの言に対するナインツーの疑問も尤もだ。

 買い物をしたばかりのブリーフでも現に履いているブリーフでも、盗むとなればどうしても犯人は近寄らなければならない。何かしらの機械を遠隔操作して盗むにしても、その機械を見た者すらいない。

 それは、どうにも不可思議なことである。

 エイトオーとナインツーで揃って首をひねったところで、マスターから追加の噂話が聞かされた。それはもはや、都市伝説や与太話と呼んでも差し支えないものだった。


「なんでも、犯人は光の速さで動けるという噂ですよ」


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