3.1 イントロ
遥かな、或いはそう遠くない未来。
年々その数を減らしていた野生のサンタクロースはついに絶滅し、世界は未曽有のサンタ危機に陥った。世界中の子供たちにクリスマスプレゼントが届かなくなったのである。
このままでは子供たちの夢が危険で危ない!
我々が子供たちの夢を守るのだ!
世界最大の慈善団体にして、運営母体を世界最大のおもちゃメーカーとするラヴクラフト財団が、この危機に立ち上がる。
財団は世界サンタ会議から、人手不足により有名無実化したクリスマスプレゼント配布事業を買収。その経済力を背景に専業または季節サンタクロースを雇い、徐々にクリスマスプレゼント配布地域を回復させていった。
しかし、何事も表があれば裏がある。
財団所属のサンタクロースとて、それは例外ではないのだ。
エリート集団である専業サンタクロースから選抜された、ごく一握りのエリート・オブ・エリート。彼・彼女らは、過酷な訓練の末に、鋼の肉体をも身につけるのである。
何のために?
その答えは簡単だ。
全ては子供たちの笑顔のために。
* * *
「なんだって? すまないが、もう一度説明してくれないか?」
「ええ、最近のヘヴンズコールでは――」
ここは仕事を終えた男たちが憩う場所、BARチャーリー。
カウンターの内側では、もの静かなチャーリーのマスターがグラスを磨きながら、偉丈夫と会話をしていた。
マスターが纏うのは、ノリの効いた白いワイシャツに蝶ネクタイ、その上には仕立ての良い黒のベスト。ズボンも同じテーラーで誂えたものだろう。ベストと全く同じ生地で作られた、上品な黒である。
年齢は五十を少し過ぎたくらいだろうか。顔に刻まれたシワと白の混ざる髪の毛が、時代を感じさせていた。
そして|Miles DavisのSo Whatが流れる店内もマスターと同様に、いや、マスター以上に年季が入っていて、壁紙、机、椅子、調度品に至るまで、全体的に深く落ち着きのある色合いのもので統一されている。
この店内で違和感があるとすれば、一つは薄暗い店の端でネオン管を輝かせる、やはり年代物のジュークボックスだろう。しかし、個で見れば違和感のあるそれも、全体で見れば、洒落たインテリアとしての役割を十二分に果たしていると言える。
ところで違和感は、あと二つある。
一つはレトロなピンボール台であるが、これもジュークボックス同様、遊ぶ者がいれば少々騒がしいくらいで、何もしていなければBARチャーリーを象徴するアイテムの一つとして、当然の顔をして店内に溶け込んでいるものだ。
だから、本当の違和感は最後の一つだ。実質、この一つだけだ。
しかし、これは、こればかりは如何ともし難い。
なぜなら客だから。
客に違和感があるから。
常連客だから。
まずは、ピンボール台周辺で「ひゃっはー」とか「うぇーい」などと奇声を上げている六人の男たちを見てみよう。
いずれも揃いのブラウン系迷彩柄のツナギを着ている。
一人は長髪で、左頬を中心に大きな十字の傷がある。
一人は短髪のオールバックで無精ひげを生やしている。
一人は極限まで短く剃られた坊主頭。
一人は長髪のオールバック。
一人はドレッド。
一人はアフロ。
揃いも揃って、子供が見たらすぐに泣き出しそうないかつい顔で、筋肉も発達著しい。つまり強面マッチョである。
強面のマッチョどもである。
けれど、カウンターに座り、静かにバーボンを飲む男は、そんな強面のマッチョどもより、一回り以上も体が大きく見える。
いずれも白いファーのついた、赤いナイトキャップに赤いジャケットと赤いズボン。ジャケットは丈夫なベルトで締められているが、しかし、いずれもその内に包む筋肉までは隠しきれていない。
そこに乗せられた顔は、豊かな白ひげにいかついサングラス。そして左の頬を中心とした深い切り傷。
――セクシーアンドバイオレンス。
サンタクロース装束の大男には、そんな言葉がお似合いだった。
「エイトオー、新しいおもちゃはいかがですか」
マスターがそう言えば、大男は不敵な笑みを浮かべてこう返す。
「もらおうか」
「かしこまりました」
マスターがカウンターの裏で何やら操作をすると、エイトオーの高機能サングラス――通称〝エントツ〟にメッセージが表示された。
『【オーダー】
★ヘヴンズコールの町で男児のブリーフを狙った路上窃盗事件が相次いで発生している。
直ちに調査し、犯人を捕らえよ。
発令 ラヴクラフト財団
執行 イマジナリーアームズ』
サンタクロースの名前、いや、表のコードネームはエイトオー、そして裏のコードネームはイマジナリーアームズ。
彼は、ラヴクラフト財団に所属するエリートオブエリートだった。




