僕は〝良い人〟になりたいと貴方は言った。
「僕は〝良い人〟になりたいんだ」
「…?」
「だから、君を助けてあげる」
そう言って貴方は、いとも簡単に私の地獄を破壊した。
私の家は貧しかった。両親は借金だらけなのに何故か子供をたくさん産んだ。当然弟妹が増えるたびますます貧しくなる。
そうなると、弟妹たちを私が守らなければならない。私はまだ成長しきってさえいない幼い身体で、身売りをして日銭を稼ぐ。家賃や弟妹たちの食事代を稼ぎ、両親の代わりに借金も少しずつ利子付きで返済した。
そんな生活を続けていたら、当然身体を壊す。それでも、医者に行くこともせずに身売りを続けた。その甲斐あって、どうにか借金は半分くらいまで返せていた。だがある日、家に帰ると弟はいるけれど妹たちが一人も居なかった。
「お父さん、お母さん。あの子たちは?」
「ああ、売ってきたよ」
「…え?」
「幼い頃から家の役に立つお前と違って、アイツらは金ばかりかかるからな。お前と同じ女なら幼くとも売れるかと思って娼館に売りつけたら、幼女趣味の奴らに人気が出るだろうと高く売れた。これで借金は無くなったし、お前の稼ぎで贅沢できるぞ」
そこにいるのはもはや、両親ではない。私達兄弟を傷つけて搾取する、鬼だ。
それでも、妹たちを売られてしまった事実に涙を流す弟たちは見捨てられない。私達は、このままずっとこの地獄の中で暮らさなければならないのか。
客が取れなかったある日。客でもないのに話しかけてきた同じくらいの年頃の男の子に気まぐれにそんな話をしたら、助けてあげると意味のわからないことを言われた。そして男の子が去っていった後も数時間客を取ろうと粘って、家に帰ったら。
「あ、おかえりー」
「…なに、これ」
「え?君の両親〝だった〟モノだよ。あ、弟くん達は無事だよー。あと、妹さん達を売った先も聞き出したから、そっちも襲撃して解放しておくね」
「え?え?」
「それでさ、君や君の弟くん達と妹さん達を養うだけのお金はあるからさ」
彼は私に近寄って、耳元で囁く。
「僕の庇護下に入りなよ」
その言葉が、脅しのように聞こえたのは何故だろう。
「ねえ、ハンナ」
「はい、トール様」
「僕は君にとって、良い人?」
「はい、とても」
結局彼は、本当に妹も身売り先から解放してくれて私達全員を引き取ってくれた。私達と大して変わらない歳のはずなのに、一人で生活していてすごくお金持ちの彼。やはりというか、闇稼業の人だった。そっち界隈では、そこそこ名の知れた暗殺者らしい。
「でも、何故良い人にこだわるのですか?」
「その質問何度目?」
「だって、納得のいく答えを聞いていません」
「…運命の星を探しているからさ」
「またそれですか」
ジトリと彼を見つめても、彼は困った顔をするばかり。
「嘘じゃない。心から誓える。僕は運命を、僕だけの星を探している」
「…」
「いつかその星が見つかった時、嫌われたくないから。良い人になろうって決めたんだ」
彼はいつも私の質問にこう答える。
「運命の星ってなんですか」
「秘密だよ」
「ほらそうやってはぐらかす」
彼は笑った。
「もし君が僕の星になってくれるというのなら、僕としては苦労ないのだけどね」
「なら、星って何か教えてください」
「君がそれになると誓えるなら」
このやり取りも何度目だろう。けれど、この後の私の返事はいつもとは違う。
「いいですよ」
「え?」
「私が貴方の星になります」
彼は目を見開いた。そして言った。
「…僕を愛してくれる人」
「え?」
「僕に温もりを与えて、光を与えてくれる人」
彼は私を見つめる。
「そういう人を、探してる」
その目は酷く真剣で。
ああ、私と似たもの同士だとやっと気付いた。
「それで、私を助けてくださったのですね」
「うん」
「…じゃあ、お互い温め合いましょうか」
「いいのかい?」
「貴方となら」
そう、貴方となら甘い悪夢に落ちるのも悪くない。
彼とそういう関係になってから、何年も経つ。今では一番下の妹も自立して、幸せなお嫁さんとなって好きな人に嫁いでいった。彼は弟妹たちの自立と結婚すら支援してくれた。
「ねえ、今日も肌で心を温めて。とても寒いんだ」
彼は、私に対してだけすごく甘えん坊になった。そんな彼が可愛らしくて、愛おしい。ベッドの中でお互いに温め合うと、肌の感触も心地いい。
「もちろんです、トール様」
例えこれが偽りの愛だと罵られるモノだとしても。私は、この気持ち以上に大切なモノはもう持ち合わせていない。弟妹たちへの愛でさえ、彼への愛には敵わない。
「愛してるよ、ハンナ」
例え嘘でも構わない。お互いに求め合ううちは、この人は私のものだ。