02 私の名前
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
助けてくれた心優しい青年は、こんな所で立ち話するのも危険だからと、場所を近場の喫茶店に変更してくれた。その後、異国の文字が読めない私の代わりに、故郷の言葉で事細かにメニューを説明し、注文までしてくれる始末。なんだか、申し訳ない……。注文した軽食や飲み物が運ばれて、丁寧な所作で戴けば、なるほど、たしかに美味しいわ。
口の中に広がる、上品でいて主張しない味付け。
一通りの料理を食べ終えて、落ち着いたところで彼は気さくに問いかけてくる。
アメリア・フォン・ブルグ。
ブルグ公爵家の長女。小国・フィオールの王子ジークハルト・フィオールの元婚約者……などと素直に名乗れるわけもない。
「ええ、そうでしたわね――でも、レディに名前を聞くのなら先に名乗って欲しいですわ」
人生最大のピンチを脱するために編み出した策。それは、相手の名前を先に聞き出そうという……なんとも子供じみた発想。
「たしかに、それもそうだな。俺の名前は、アルだ」
「……」
どうしよう。
相手が名乗ったわ、つまり……。
今度の自己紹介は、私の番となる。
「私の名前は――」
こういう時、なんて言えばいいかしら?
自国に残してきた兄妹のことをふと、思い出す。
お兄様、元気にしているかしら?
妹のナタリアは、泣いていないかしら?
「私の名前は――ナタリーよ」
震えを抑えつつ、渾身の演技でアルに宣言する。
ナタリア、ごめんなさい。貴女の愛称を使ってしまったわ……。
「ナタリーは、この国の言葉や文字の読み書きができないようだが――これからどうするつもりだ?」
「……」
言われた言葉になにも言い返せない。
言葉が、わからないのだ。
先程、怪しい男達に声をかけられた時も。
この喫茶店の簡易的なメニュー表ですら、読めない。
「よければ、俺が仕事を紹介しよう」
青年の真意が見えないまま、彼についていくこと数刻――。アルは、町外れに待機させていた御者を呼び止めると、目配せをする。
「丁重に扱うように」
「……?」
母国語ではない言葉を流暢に紡ぐ、アル。
豪華な飾り付けを施された素敵な馬車に、私は冷や汗が止まらない。
アル……あなた、一体何者なの?




