表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

二十三夜参りの呪い 1

久しぶりの投稿です♪宜しくお願い致します


 ルーランド・ホライゾンは兄のハンカチを細く折りたたむと顔のない藁を束ねた人形の中にいつも通り捩じ込んだ。

 腹のあたりが空洞になっているその人形の中央には既に色んなものが入っている。

 髪の毛、爪、食べ残しのパンくず、タイピン……ケントが落としていった色々なものを拾い上げてはその中に詰め込んでいった。

 初めは痩せ細っていた藁の人形も、二週間目にして徐々に腹を横に膨らませてきており、二十三夜を待たずしてパンパンに破裂しそうだ。


「入らないかもしれない」

 ルーランドはハンカチを切り刻んでから入れようとハサミをカバンから取り出そうとする。

 だが月明かりだけの中では黒い鞄の中身は取り出しにくい。


「クソッ!どこにあるんだ」

 ガサガサと木の陰で手探りを繰り返していたが、中々金属の感触は手に伝手はこない。


 仕方なく大木の外側で月明かりの下に出ようとした時

『うおっうぉっうえぇぇぇっっ』ととんでも無い声が聞こえた。


『だ、誰だ?!』

 咄嗟に人形を鞄に突っ込むと周囲を見渡す。


『あぁぁぁぁ飲みすぎちゃった』

 答えにならない低い女の声が百日紅の間から聞こえた。


「え?だ、だれ?」


「うーーー少しマシになった。貴方こそ誰よ」

 百日紅の木の幹にニョキリと白い手の甲が浮かび上がる。


「ぎゃあ!!出たーーーーーー!!」

 ルーランドが思わず悲鳴を上げ尻餅をつくと

「失礼ね……」

 と真っ青を通り越して白い女の顔が月明かりに浮かび上がった。





 >>>>>>>>>>>>>>>>>


 ルーランドは貴族の端くれだ。

 そう。端くれという言葉がこれほど自分にぴったりくることはないだろうというくらい、『端くれ』である。


 貴族学園に通わせてもらっているが母はホライゾン男爵のお手つきになったメイドである。

 貧乏な子爵家の三女として生まれた母は歳の離れた夫と一度目は結婚し、子供は成さず寡婦になり、そしてメイドとして働いている時にホライゾン男爵に見初められたのである。

 いや、見初められると言う言い方はかなり優しい。


 要するに若く可愛らしいメイドを、妻を失ったばかりの男爵が酒に酔った勢いで部屋に連れ込んでしまったのだ。


 たった一晩の過ちであったのだろうが母は妊娠。その上貧しくとも子爵家出身。


 妊娠が分かるとホライゾン男爵は後妻として母を迎えた。

 ホライゾン男爵の前妻は馬車強盗に襲われて亡くなっており家の雰囲気はとても沈んでいたのだが、新たな命は一縷の希望のように男爵家に笑顔をもたらした。

 それに前妻が産んだ嫡男のケントが未だ2歳と幼かったこともあって<母親>を得ることが出来たのである。


 男爵位の父親であるコナン・ホライゾンだが、元は騎士爵位。

 代々騎士の家系で、長男嫡男の就職先は騎士団、近衛のどちらかしか無いような生粋の戦闘系貴族である。


 コナン・ホライゾン男爵も190センチ近くある体躯に筋肉質な壮年の男で、その息子のケントも父親と同じくらいデカく頑強に育った。


 ルーランドは生まれが男であった為、父親たちはホライゾン家にスペアが出来たと大層喜んだそうだが、残念ながら母親に似てしまい身長は170センチあるかないか。


 ルーランドは13歳になる頃には甘いものが好きで、顔立ちは母親似の色白で可愛らしい容姿であった。


 剣を握ってもセンスは皆無で、兄のケントから幼い頃は何度もボコボコにされた。

 母親を早くに亡くしたケントは祖母から無条件に甘やかされて育ち少々我儘な気質であった。


 母親のデイジーは元来おっとりした性格である。争い事を好まず、ルーランドの怪我を見てはいつもコッソリと涙ぐむような女性である。意見を言おうにも姑がかなり幅を利かせており強く出るため存在感そのものが非常に希薄である。祖母に比べてデイジーは声も小さい上に体も小さい。

 母親そっくりの性格と体型のルーランドには騎士の性質は望めなかった。



 幼い頃はホライゾン男爵も姑の大奥方も、ルーランドをそれ程邪険には扱わなかったが、貴族学園に入学する頃には、スッカリ家族の関係はギクシャクと不快な音を立てていた。

 

『騎士になれそうにない息子を貴族学園に入れる金銭が惜しくてたまらないわ』

 とお茶会の真っ最中に姑から小言を言われる母の姿をルーランドは目撃する。

 そして姑はその嫌味を隠すことなく何度も口にするようになった。祖母は嫁のデイジーを都合よく小間使いのように扱い、自分が必要とあらば王都の東端まで使いとしてワインを買いに行かせるようなことも平気だ。

 そして兄のケントは大した用事もないのに母を呼びつけては細々とした雑用を言いつける。この前などは夜会用のタキシードのシャツが気に食わないからと、デイジーの手を借りて十着もの白シャツを用意させた。馴染みの仕立て屋の翁と共に試着を手伝わせた件は姑も流石に呆れていた。

 家庭の中で完全に母とルーランドは蔑まれる存在であった。

 子爵家とはいえ、貧しかったこともあり大奥方は持参金の用意ができなかったデイジーを結婚直後から疎んでいたのである。

 あまりにも自分達を蔑ろにするホライゾン家がルーランドは好きにはなれない。母親が気を遣っているのも物心付く頃には理解もしていた。


 家族の食卓では会話を許されるのは祖母、父、兄のみ。

 兄の騎士としての訓練、大会での勇姿や、父の騎士団での活躍が主な話題だ。


 普段は口を開かないルーランドであるが幾度となく居た堪れなくなり


 『そんなにお金が勿体ないのなら、僕は貴族学園に入学はしなくても良いよ』と口からその台詞が飛び出しそうになるが、母親は必ずそれを視線で制す。


 貴族の血を引いているのに学がなくては将来苦労することが目に見えているからだ。


 正直に言えば脳みそに筋肉が詰まっている兄のケントと比べてもルーランドは学園で学びがいがあると思ってはいるが、母親が姑からイビられるのはとても辛かった。


 生まれてからいつもデイジーは嫡男のケントを優先し、父親の面子を立てて、姑が居心地良く茶会などを開けるように身を粉にする。


 デイジーとルーランドは二の次三の次……

 祖母の態度は兄のケントにも伝わり、10歳を超える時には母子を、ホライゾンの家の中で馬鹿にすることも増えた。

 

 その上、貴族学園に入学してから(ケント)がいつも馬鹿にしたように学園で声を掛けるので、ルーランドは「ハツカネズミ」という不名誉なあだ名で呼ばれていた。


 脳味噌に筋肉しか詰まっていないケントだが、体が大きく尊大な態度で過ごすことから皆が怖がって、かなりの人数が子分のように群がっている。


「アイツまた親父から叱られると思って屋敷の中で逃げまくってたんだ。夕食前の訓練で俺から一本も取ることができないんだからな!本当にネズミだよ。家の食い物をコソコソ荒らしちゃ生きてるんだから」


 そう言って数人の友人たちと笑いものにする。


 実際ルーランドは兄ほど食べないし、父親のように仕事から帰ってまで体を鍛える趣味はない。

 筋肉命!の二人は、いつも食事を大量に食べ、体を鍛え、汗を流して眠ったら、再び早朝から体を鍛えている。


 体を鍛えることに限界を感じるルーランドとしては木刀で打ち合いをするより、期末にあるテスト勉強の方が余程大切だった。


 学年は兄のケントと三学年違うが、基本全ては兄のお下がりである。


 父親はルーランドにとっくに興味を失っているため買い与えるという考えがない。必要最低限の準備はしてくれるが剣術指南の時間を逃げ回っていたらいつの間にか馬での遠乗りの時間にもお呼びが掛からなくなった。

 気がつけば身の回りの品物は妾の子供である同級生のジェイクの方が綺麗なくらいだ。


 ほつれた所にコッソリ当て布を付けているルーランドはいつも『可哀想に』といった視線に晒されていた。


 そんな中でも、実はルーランドは兄を嫌えないでいた。


 まだ姑の棘のある言葉を理解していなかった頃。

 逞しく、野性味のある兄は、ヤンチャで少年らしく、小さなルーランドをよく肩車をしてくれた。

 年がそこまで変わらないのに兄の体は大きく、細身のルーランドを人形のように抱き抱えることもあったのだ。

 小さな存在のルーランドに自分の菓子を分け与えたり、追いかけっこをしてくれたりした時期もある。

 ケントは忘れてしまったかもしれないが、ルーランドはそんな記憶がある故に、冷たくされても馬鹿にされても心の底で兄をやはり家族だと信じていた。


 

 

 そんな兄を殺したくなるほど憎む事件が起こった。

 九月、騎士団の入団テストが行われケントは見事実技試験を3位で突破。

 祖母は「亡くなったお祖父様譲りなのよ!素晴らしいわ!」と祝いの品とお小遣いを渡していた。



 いつものように母は、『ケント様は素晴らしいですね。おめでとうございます』と当たり障りない祝いの言葉で褒め、微笑んだ。

 食卓で繰り広げられるいつもの会話にルーランドは参加できない。

 母親の言葉に乗っかり、にっこり微笑んで小さな声で『おめでとう』と呟いた。

 食卓のテーブルは兄の好物で埋め尽くされデザートが早々と運ばれた頃。

 甘辛いソースの掛かった太った鳥の丸焼きの皮をフォークで外しながら

 (コッテリして胃に凭れるなあ)と漠然と考えているとケントが珍しくルーランドに話を振ってきた。


「そう言えばルーランド。お前の部屋にあったチョコレート。あれは俺が騎士団の先輩に渡しといてやったぞ。気が利いているじゃないか、土産物を準備するなんて。

 だがお前の体格じゃ騎士団は無理だ。残念ながらな。だから俺からの贈り物だと言うことにして渡した」

 「え?」


 ルーランドは頭が真っ白になった。


 チョコレートはルーランドが母の為に購入した物だったのだ。


 十月、この日は母の誕生日。

 もう何年と母親のデイジーは誕生日を祝われていない。

 母は少食だがチョコレートだけは好物である。

 しかしホライゾン家にそれが常備されることはない。男爵家夫人として茶会に出席するときに茶菓子として出されたものを少し食べるのが精一杯。

 ホライゾンの家は全員が甘いものには興味が無いことから、母はいつもそれらを茶会の時にしか口に出来なかった。


 男爵家は決して貧しいと言うわけではないのだが、『大奥様が準備しないものをホライゾン家で準備はしない』というルールは強固で、母はいつもチョコレートを勝手に買うことが出来ないでいた。



 ルーランドは母の好物を貴族学園の友人から聞いた。


「ホライゾン夫人はチョコレートがお好きだったのね?我が家で先日開いたお茶会で貴方のお母様が仰っていたわ。ホライゾン夫人は華奢で可愛らしくて私は大好きよ。刺繍がお上手でしょう?憧れているの。いつもケーキなどもそこまで召し上がらないから甘いものは全然かと思っていたの。だから私と同じものがお好きだと聞いて嬉しくって」


 無邪気に話す友人の会話でルーランドは母へ、その好物を贈り物にしようと決意した。


 だからあらゆる物を我慢してお小遣いを貯めたのだ。


 チョコレートは貴族子女たちの選ぶ菓子の中でも高級品である。兄のケントならすぐに買えるその金額もルーランドには難しい金額だ。

 ケントは祖母から、父から、小遣いが与えられるがルーランドに小遣いはない。

 いつも頑張っている母の誕生日にせめて好きな食べ物を沢山食べてもらいたかった。


 ルーランドは一生懸命に小銭を貯めていった。


 昼食代を使わずに済むように朝のパンを一つ屋敷からハンカチに包んで登校。

 学校が終われば騎士団の寮に行き、アルバイトをした。


 ホライゾンの家の子供だとは告げずに寮長に頼み込むと二時間程度の掃除や洗濯のバイトを割り振ってくれる。貴族学園の制服を見て身元は確かだと考えてくれたらしい。しかし草臥れたジャケットやズボンから貧しい田舎の出身だと思ってくれたのだろう。


 二十四時間稼働している騎士団の寮には仕事は常にあり、ルーランドは幾許かのお金を手にすることが出来た。そしてやっと金貨2枚が貯まったところで高級菓子店に向かう。


 母が好きなナッツ入りのチョコレートと果実の乾燥させた物を練り込んだシリーズが入った立派な大箱を手にした時は本当に涙が滲みそうになる。


 (労働って尊いんだ)

 綺麗なリボンをかけてくれた店員にお礼を告げ、浮かれた足取りで屋敷に戻った。


 母は喜んでくれるだろうか?

 兄を優先することをコッソリと謝る母をルーランドは恨んだことはない。

『いつもごめんね』と申し訳なさそうにする母が笑顔になるならと張り切ったのだ。

 楽しい妄想にワクワクしながらルーランドがその箱を勉強机の上に置いたのが昨日。


 今日の夜コッソリと母親にプレゼントとして渡すつもりでいた。

 案の定、誕生日当日。ケントの騎士団入団が決まったお祝いしかホライゾン家は頭になく、テーブルの上に母の好物は一つもない。


 ルーランドは母に皆が全く関心がないことを悲しく思ってはいたが、『今年は僕の贈り物があるんだ』とどこか誇らしく思っていた。


 だからケントの言った言葉が全く飲み込めなかった。

「チョコレートを人にあげてしまったのですか?」

 呆然として立ち上がるとケントは悪びれた風もなく笑った。

「小賢しいお前の考えくらい分かってるぞ?

 俺を伝手に騎士団長に贈り物をして名前を売り込もうとしたんだろう?馬鹿だな。そんなズルは通用しない。騎士団はちゃんと体を鍛え、身長の高さだって決まっているんだ。

 まあ、まだ16歳だから身長は伸びるかもしれんが」

 ドンッ!!!


 ルーランドは気がつけば兄を押し倒していた。


「何勘違いしてるんだ!!あれは母様に差し上げるものだ!!馬鹿兄貴!!」


 馬乗りになろうとしたルーランドはあっという間にケントに体をひっくり返されバシリッと頬を叩かれた。


「何バカ言ってんだよ!!」

 ケントは咄嗟に叩き返した手を再度振り上げる。

 すると父親がサッとその腕を取り上げた。


「祝いの席で暴れるとは何事だ」

 ルーランドはケントが立ち上がった瞬間に体勢を立て直すと脱兎の如く部屋に駆け込んだ。

 祖母の金切り声と母親が詫びる声が聞こえたがルーランドは耳を押さえベッドに潜り込む。

 そして、その夜何度母が訪ねても部屋のドアを開ける気は起こらなかった。


+++++++++++++++


 学園には沢山のオマジナイが存在する。

 妄想に身を委ねる世代の少年少女が沢山の願望を乗せて何かしらの行動を起こすからだ。


 『恋が成就するように〜』や、『試験で良い点が取れますように〜』は可愛いもので、『ライバルが怪我をしますように』や『アイツが不幸のどん底に落ちますように』という笑えないものまである。


 図書館で見つけた東国の神秘的な本は初めこそルーランドには笑い話でしかなかったが今は真剣に読み込んでいる一冊となった。

 母を蔑ろにし続ける兄も父も祖母も………………もう、うんざりなのだ。

 (僕だって同じ血を分けているのに)その気持ちがいつも根底にあるのに押し殺して生きてきた。

 本当は母の方が爵位だって高いし、前妻より遥かに美人で可愛らしい。(因みに前妻は南国大猩猩ゴリラにそっくりな肖像画であった)

 華奢で色白で背が低いからと、どうしてこんなに辛い人生を生きなければならないのだ。

 あんなケントなどもう要らない。

 母はあんなにケントに尽くしているのに、誕生日ひとつ祝われず、贈り物さえ取り上げられた。

 (もう全てが嫌だ)

 ルーランドが試験で良い成績を修めても祖母は全く喜ばない。

 あの婆さんもきっと頭に筋肉しか詰まっていないのであろう。


 女にしては大柄だし、年なのに異常に力が強い。

 母が開けられなかったジャムの蓋をあっさり開けてしまう剛力のババアは当分死なないに違いない。

 そう考えるともう耐えられなかった。



 あの夜、ルーランドは<二十三夜参り>を決行すると心に誓う。

 呪いたい相手を心に浮かべ、藁人形に一つずつ対象者の使用品や体の一部だった物を入れ込んでいく。

 爪、髪の毛、文房具、服の一部、食べ残し…………

 木の根元で夜毎呪いの言葉を呟き、釘を打ち込み続けると二十三日目に対象者に死が訪れるという呪いだ。


 級友の恋愛絡みの呪いとは異なる悪意の塊である言霊を吐き、皆が寝静まる深夜に釘を打ち込む。


 穏やかな気性のルーランドからは考えられない仕返しであった。

 呪いはただの遊びだと笑っていたルーランドは今は本気で相手を呪っている。



 2週間、人目に触れないように家を抜け出し、学園の雑木林で只管、ケントの存在を『居なくなれ!!』と祈る。


 あの母の誕生日以来、兄は何度かルーランドの教室を訪れたが、完全にケントの存在を無視して、気配を察しては身を隠した。

 ちょっかいを掛けてくる渡り廊下は通らず、うっかりバッタリ出会う食堂も行かない。

 そして人目を避けて二週間。

 屋敷では誰とも口をきかず、実家で夕食の時間は、同席せずにサンドウィッチを自室に持ち込んでは水で流し込む日々。


 母は心配して何度も扉をノックしてくるがそれには一切答えなかった。


 何年も積もりに積もった心の痛みが、チョコレート事変でルーランドの心をカチンコチンに凍らせた。




 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>


「あ……貴女のせいで僕の呪いはまた最初からやり直しじゃないか!」


 ルーランドはミランダのスカートに掛かっている吐瀉物をハンカチで拭いながら恨みがましく噛みついた。

 このミランダという淡い赤毛の少女はとんでもない女である。


 呪いの藁人形を慌てて隠したルーランドに『貸して!!』と叫ぶと兄のハンカチをひったくり『オエェェッ』と木の根元に吐き戻した。


 あまりに激しく嘔吐するので呆気に取られ思わず背中を摩った。


 すると

「いや、そこじゃないんだって!」と叱られた。


 華奢な肩を震わせていた彼女を支えて暗い校舎の階段を登った。

 ハァハァと苦しそうにしていた時は庇護欲を唆るような、どことなく色気のある雰囲気であった。


 しかし現在。数刻前とは打って変わり、ミランダはルーランドの持参したコップの水で口を濯ぐとさっぱりとした顔でケロリと姿勢を正す。


「ホントーにスミマセンデシタ」


「心が篭ってないよ」


 理科の研究室棟の一番最上階。奥まった部屋に大きめのソファがあり、ミランダはドンと座り込むと頭を下げた。



 酔った女性を見たことがなかったルーランドは、吐瀉物で汚れたスカートを脱ぎ捨てたミランダにギョッとしつつも、思わずそれを拾い上げて汚れを水洗いで落としている。騎士団の寮で働いた経験がこんなところで役に立つとは思わずに。


 そして先ほどの赤髪の少女はどこからかブカブカのズボンを取り出し身につけ煙草に火をつけた。


「ありがとう。わたしはミランダよ。貴方学生?」

 細身なその女は少し掠れた声で尋問まがいのような質問を繰り出し始めた。


 ルーランドは先程まで死にかけていた華奢な女が、恥ずかしがったりも、焦る様子も見せず淡々としていることに驚き過ぎて目を見張る。

 一度たりともこんな人種は見たことがない……と口をパクパクさせているとミランダは不敵に笑った。


「わかった。あなたホライゾン家のネズミちゃんね?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ