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嫌がらせの代償 オーロラ・レミントン侯爵令嬢編

新しいお話が始まります。こちらも大体4話〜5話で完結です。

 オーロラ・レミントンは賠償金請求書を持って来たという侍従に向かって思わず淑女らしからぬ声を出した。


「バカ言わないで。こんなに高い弁償費聞いたことがないわ。」

 すると侍従は冷めた視線を向け、小馬鹿にしたような顔をする。


「恐れながら。

 レミントン侯爵令嬢。貴女は美術品の何たるかをご存知無いと見える。

 良いですか?貴女が割られた壺は本物です。あの芸術的『壺』は間違いなく今世紀最大の匠、<ノア・コッポラ>の手掛けたもので間違いありません。証拠の書状と鑑定書は既に準備しております。」


 ウェブスター侯爵家からの侍従は明らかにオーロラを蔑んでいた。

(お前の評判の悪さは知っている!この悪役令嬢め!!)

 口にはしないが彼の表情は悪に鉄槌を打ち込んだ英雄(ヒーロー)気取り。



 その得意げな顔を不快に思いながらもオーロラ専属執事はその書類を主人から受け取る。

 そして粗はないかと紙面を丁寧に上から下へと目を通す。


 そこには王宮御用達の鑑定士証文韻がしっかりと押されており、2枚目の黄ばんだ紙にはノア・コッポラの自筆と思しきサインが刻まれていた。

 用紙はたった2枚であるのに急にこの紙1枚1枚がズシリと重く感じる。


「オーロラ様……これは本物ではないでしょうか?」

 執事のマイロも先ほど迄の余裕な表情は微塵もなく、固い表情で書類を握りしめた。

 その手の震えにオーロラは信頼のおける執事が本気でそう思っているのだと驚いた。


「そんな馬鹿な………。」

 オーロラは少し前までの高慢な態度から急に萎れた花のように脱力し背もたれに凭れかかった。


(信じられないわ?こんな大金を私は支払わなくてはならないの?)

 先ほどの威勢は何処へやら。考え込むように視線は一点を見つめた。


 オーロラの意気消沈した瞳を見て侍従は嫌味な笑顔を貼り付ける。

「では、後日お金をご準備頂いた頃にまた伺います。」

 礼節に欠けた男は簡単に一礼すると部屋を出ていった。


『なんて無礼な使用人なの』と、いつもなら眉を吊り上げるオーロラもショックのあまり座り込んだままだ。


 強気な眼差しは光を失い、悩ましい表情のまま置いて行かれた用紙を穴が開くほど見つめることしか出来なかった…………



 +++++++++++



 生物学教師ミルヒ・ウィンスターの朝は早い。

 先ず、貴族学園の騎士クラスが使うシャワー室に朝の鍛錬が終わった頃、こっそり滑り込むと彼らが忘れて行ったシャンプーや石鹸で体を隅々まで洗う。

 チビた石鹸などは貴族の彼らはポンポンとゴミ箱に捨てるので、良い匂いのそれらをこっそり麻袋に集めて持って帰ったりもする。


 前日の実験で被った粉塵なども全てこの時に洗い流し、白衣は騎士クラスの生徒の洗濯桶に運動着と共に混ぜ込んでしまう。

 勿論彼らの運動着と一緒に洗って貰う為だ。


(初めの頃は洗濯下女達が、白衣を見つけては一緒に洗わせることに散々文句を付けてきたが最近は諦めて、畳んで研究棟に持って来てくれる。誠に有難い。)


 清潔で良い匂いになったら、新しいシャツとスラックスを身につけて学食に向かう。


 そうすると調理場の男達が昼食の下拵えを手伝ってくれ!と声を掛けてくるので、小刀を取り出し、ジャガイモの芽をくり抜いたり、人参の皮を全て剥く。

 柔らかなサラダ用の葉野菜は、自分が発明した大きな水切り機にドンドン放り込みペダルを回す。

 そうすると庭に水飛沫が飛んで、中の野菜は洗った時についた水をスッカリ失くす。


『ありがとな!先生!』

 そう言うと料理長がご褒美にとばかりに大きなバゲットを2個と前日の残りのスープが入った小さなポットをくれる。


 ミルヒはお礼を言うとそれらを抱えて意気揚々と研究棟の最上階に登っていく。

 アルコールランプでこのポットを温めて美味しい朝食を摂るためだ。


 研究棟の最上階の扉をお尻でドンっと開くとそこには先客が居た。


「おはよう〜ミルヒ。」

 淡い赤髪が大きなソファのヘリからチラリと見える。寝っ転がっているであろうその女生徒の細い手首が、気怠そうにブラブラと揺れた。


「朝ごはん貰えた〜?」

 そう言うとドッコイショと起き上がる。

「ミランダ……酒臭いんだけど……」


 ミルヒは自分の労働の対価をこの怠慢な女生徒に一口でも分けるつもりは無い。

 女生徒はファ〜と大欠伸をしながら、自然な動作で煙草に火を付けた。


「昨日は流石に飲み過ぎたわ。

 ヴェトワリブ産の80年物だって言うからツイツイ進んじゃって……もう、一生お酒は呑まないから安心して。」

 フワフワと揺れる髪を手櫛で整えながらミランダは咥え煙草のまま窓辺に立った。

(嘘つけ!この酒豪め!)と言えたらどんなに気が楽だろうか。ミルヒは軽く睨みつけると食事をテーブルにセットし始めた。


「今日はいい天気じゃない。午後の庭園の植物採集は問題なさそうね?」

「いや、君の生活態度が問題だろう?実家には帰ったのか?」

 ミルヒは呆れながらアルコールランプに火を付けるとポットをその上に置いた。

 女生徒は咥え煙草のまま振り返り『あ……』と声無き声を上げる。


 ポルトゥナート伯爵はきっと今頃お冠であろう。



 ミランダ・ポルトゥナート伯爵令嬢は現在貴族学園の二年生。

 学園に届けている年齢は16歳であるが実際は18歳だ。


 産まれてから直ぐにその身をポルトゥナート伯爵領地に潜ませていた為入学が遅れたのである。


 マンダリンガーネットの瞳が朝日に照らされ更に色素が薄くなる。


「お爺さま絶対に怒るわね。」

 そう言うと諦めたように時計で時間を確認した。一限目はとっくに始まっている時間であった。


「絶対怒られるさミランダ。

 そろそろ生活を考え直して淑女らしく過ごしたらどうだい?」ミルヒはパンを手で千切ると口に放り込む。

 この女生徒が実験室に居座るようになってもう一年は悠にすぎた。

 ポルトゥナート伯爵に睨まれる前にミルヒとしては追い出したくて仕方ないが当の本人はどこ吹く風。


「十分将来を見据えて頑張っているつもりなんだけどねぇ〜」ミランダは呑気な声でヘラリと笑って見せた。

「それより今日の植物採集はマグナの葉なんでしょ?」とさり気無く話題をすり替える。


 今日は職員とこの理化学研究の専門教師ミルヒが筆頭となって害虫ならぬ害植物の撤去が行われる。

 勿論生徒たちには伏せられているが、この情報通の生徒はしっかりその話を耳に入れているようだ。


「あぁ、マグナの葉って危ないんだ。最近だけど麻薬の一種に認定されてね。口にしたり匂いを嗅ぐとどんな動物でも興奮状態になるそうだ。貴族家の坊ちゃん嬢ちゃんが大変なことにならないように今日は徹底的に採取するんだぞ。」

 ミルヒは図鑑の写しを書いた用紙をミランダに渡す。


「えーー?これツル薔薇の葉っぱじゃないの?!」

 ミランダは驚いたようにその絵を見つめた。


 花こそ咲かせていないが、垣根に腕を這わせた蔓と葉っぱはどこから見ても薔薇の姿である。


「外来種だ。変なもの持ち込む奴がいるもんだな。

 恐らく売人なんだろうが…

 自生するほど強い植物ではないらしいから、撤去すりゃあ終わりになりそうではあるが厄介だよな」


 学院から給与を貰っている身分のミルヒはこういう時に必ず担ぎ出される。

「行きたくもない採取だが、教師たるもの仕方ない…………。いや、これって警備の甘かった誰かのせいだよね?!なんで俺頑張らんとならんのだ?!」 ミルヒは腹が満たされたのか少しずつ文句を言い始める。

「大体、庭師の爺さんたちがすぐに気が付いてくれればどっさり増えることも無かったと思わないか?なんで俺が何時間もかけて採取しなきゃならないんだか…」


 ミランダはミルヒの愚痴を聞いているのかいないのかわからない表情で『ふぅん』と言うと再び興味を失ったようにソファにゴロリと横になった。


 ミルヒの苦労など彼女には知ったこっちゃ無いのである。


 ++++++


 ミランダ・ポルトゥナート伯爵令嬢にミルヒが初めて出会ったのは入学式が終わった後だ。


 全校生徒が集うその時間に、彼女は講堂には行かず、研究棟の下に広がるハーブガーデンのベンチに座っていた。


『人形が座ってる?』


 真っ白な肌に小さな頭。

 細い手足は乱暴に伸ばされており、何よりもその淡い赤髪に目を奪われた。


『王弟殿下…………?』脳裏に浮かぶのは王家の姿絵。


 市井で気軽に販売されているガイエル王国、王家の姿絵。

 その中にある、先の大戦で活躍し一躍時の人となった王弟と同じ淡い赤髪。


『もしかして、彼女が?』

 社交界に興味のないミルヒでも識っている有名な噂話。


<王弟バイデロン公爵には、落とし胤がいらっしゃる。>


 公爵は御年60歳。

 その年になって愛妾がいて実は子供がいるなど突飛な話のようにも思われたが、いつの頃からかその噂話が出回っていた。


 公爵家には既に30代後半の嫡男がおり、隣国に嫁いだ長女も居る。


 そんな中で湧いて出た噂。


 皆鼻で笑いながらも昔は浮名を流した王弟殿下のことだ。万が一はあるやも知れぬ、と水面下でその話は否定されることは無かった。


『王弟殿下の髪色と同じ令嬢を見た』そう言う声が上がるようになったのが4年前。


 病気療養していたポルトゥナート伯爵が王宮の高官として復帰したのと同時期である。


 そして伯爵家の次女として届けられた娘の髪はそれはそれは見事な淡い赤髪であった……。




 彼女はミルヒに気が付くとふんわりと笑顔を向けた。

「ごめんなさい、そこの貴方。火を持ってる?」


 それが二人が初めて交わした会話である。


 人形のようなその少女の手にはしっかりと一本の煙草が握られていた。


 ++++++++++


「二日酔いになる程飲むとか、淑女として如何なのかね?」

 ミルヒはバゲットをスライスしながらミランダに苦言を呈すがミランダはそんな話は耳に入っていないとばかりに三杯目の水を飲む。


「あーーー頭痛い。本当に美味しいお酒って【悪魔の水】よね。昔の人は上手いこと言うもんだわ。」

 そう言うと、そのまま実験用の盥で顔をザブザブ洗う。その姿は凡そ伯爵令嬢の仕草からは程遠い。

 ミルヒが呆れているのを全く気にも留めず、ミランダは手拭いで顔を拭きながらカレンダーに目を向ける。


「そう言えば今日は<相談者>が来る日だった。ミルヒはオーロラ・レミントン侯爵令嬢のことはご存知?」

 幾分サッパリしたのか先ほどよりも声のトーンは高い。


「そりゃあ知ってるさ。かの有名な『悪役令嬢オーロラ・レミントン』だろ?」


 ミルヒはスープの温まったポットにスプーンを突っ込むと『美味い!』と嬉しそうに歯を見せた。





 この貴族学園には現在高位貴族は10人ほど在籍している。


 王太子殿下、第二王子殿下、公爵令嬢が一人に公爵令息が二人。

 侯爵家の令嬢が三人と令息が二人。


 今までの年に比べても高位貴族の在籍率が非常に高く、学園に通う子女達は『当たり年だ!』と騒いでいる。

 貴族学園は小さな社交界だ。

 普段接点の少ない高位貴族の子女と知り合うチャンスは学園に今現在転がっており、しかも見初められて婚約を結べれば、社交界での地位は不動のものである。


 近年は戦争が起こったこともあり、婚約者不在のままで18歳の成人の儀を迎える貴族も増えた。


 高位貴族の子供達は必ず貴族学園に一度は入学する為、高額な入学金を無理して払った貴族家の多いことと言ったら…。


 さぞかし学園長はホクホクとしているだろう。


 王太子はそんな中、未だ婚約者を決めていない優良物件であった。

 勿論その優良物件を巡って令嬢達はバトルを繰り広げており、今年卒業する王太子を誰が射止めるかは社交界の注目案件トップニュースである。


 現在の有力候補は領地改革で名を上げたウェブスター侯爵の次女ララ。

 ウェブスター家は長らく席の空いていた侯爵家の位置(ポジション)へと10年ほど前に伯爵位から陞爵された。


 ララの祖父は傑士で、当時王の覚えもめでたく、陞爵は貴族議会満場一致であったという。

 しかしその当主は侯爵に陞爵された後、呆気なく心臓の病でこの世を去った。


 そして残念ながらララの父親にはそこまでの器がない…と、社交界では専らの噂だ。

 その噂を払拭したいウェブスター家当主の父親は、娘を王太子妃に担ぎ上げたいと願い、かなりララ嬢にお金を注ぎ込んでいた。



 レミントン家は近年は王家から血が遠のいており、政治の中枢に再び食い込みたい旧勢力の筆頭である。旧家の血と矜持で娘を王家とのパイプにしたい当主チチオヤは必死である。


『カビ臭いレミントン侯爵家が足掻いているわ。』

 夜会でウェブスター侯爵の勢力はそのようにレミントンを揶揄したとかしないとか。


『下品な成り上がり侯爵が、恐れ多くも王宮に上ろうとするなんて。品位という言葉を知らないらしい。』

 建国時からあるレミントン侯爵家率いる古参貴族達は派手に立ち回るウェブスター侯爵家を少しでも貶めようと目を光らせる。


 勢力は拮抗している…と言えば格好は良いがそれぞれ現在の立ち位置としては、王宮の重要なポストには誰も就けていない能力差ない派閥である。


 現在王国で勢力を誇るのは宰相を司る家系と、騎士団の重鎮達。彼らは戦争を通じて結びつきが強くなり、国民からも人気がある。

 その為レミントン侯爵とウェブスター侯爵としてはお互いより、頭一つでも抜け出たい!と頑張っているところだろう。


 実際陞爵されたウェブスターが本当ならばもっと政権の中枢に取り立てられても良いはずなのだが、現当主は亡き祖父から甘く育てられたらしく、後一歩発言に力がない。


 そんな親たちの思惑はさておき、学園内では王太子に近づくと王太子妃候補の一人、オーロラ嬢が陰湿な虐めをするともっぱら噂になっていた。

 大きなアーモンド型の瞳は吊り上がり、性格の鋭さが顔に出ているとオーロラ・レミントンは陰口を叩かれる。

 レミントン侯爵家の領地は、気位の高い当主が改革することを怠ってきた為、近年それに伴い懐も寂しくなってきた。

 栄華を誇った昔に縋りつくだけで、発言力の弱い貴族は少しずつ政権から離されていく。


 侯爵家と名乗ってもレミントン家は苦しい立場に立たされつつあった。


 その為、オーロラが、王太子妃の地位を狙うのは当然と考えられ、その他の令嬢達を執拗なまでに追い落とそうとするのも無理はない…と学園では共通の認識で捉えられている。


 ウェブスター侯爵令嬢の一派がその現場を押さえたいと躍起になるも、どうにも尻尾が掴めない。


 始めは裏でコソコソと悪行を働いていたようだが、最近は令嬢達も教師達の耳にも届くように自分の受けた陰湿な行為を発言するようになった。


『教科書もノートも破られてしまいましたわ。きっとワタクシが殿下とランチをご一緒したせいね。』


『先日の夜会の日、ドレスにワインを掛けられましたのよ。オーロラ様のご友人でしたわ。きっとダンスを殿下から受けて頂いたことに嫉妬されたのだわ。』


『王太子殿下とお話してましたら、その後バケツの水が上から……お陰でワタクシ水浸しです。もう、今日は帰らせて頂きますわ。』


『お化粧が派手過ぎると睨まれましたの。王太子殿下と実験の班が一緒になっただけですのに。あんなに嫉妬深くて意地悪なことばかり仰るオーロラ様はきっと殿下に嫌われますわね。』


『私なんて鞄に虫が入っていましたわ!私の美貌に嫉妬したのかしら?』



 いつの間にか学園内ではオーロラ嬢は『悪役令嬢』と呼ばれ、何か起こった時の犯人は彼女に違いないと言われているまでになった。


 しかし巧妙に尻尾を掴ませず、教師達も一応報告を受け、気を付けてはいるのだが、事件はポロリポロリと起き続けた。


 評判の良くないオーロラ侯爵令嬢は当然ながら王太子にも一線引かれており、王宮などで会う回数が人より多い筈ではあるのに、この二年婚約が結ばれることは無かった。


 そして、極め付けは三年生の生徒会役員から外された事である。


 成績優秀者であるオーロラ・レミントン侯爵令嬢を生徒会役員から外したのは王太子が彼女を認めなかったからだ!と生徒達は確信するが、流石に本人に面と向かって言う者はいなかった。





 >>>>>>>>>>>>>>>


 西陽が差し込む塔の最上階にその女生徒はやって来た。


「失礼するわね。」

 凛とした声音が広い部屋に響いた。


 迫力のある美人。それが彼女の第一印象である。

 艶々の栗色の髪は毛先まで丁寧に巻かれており、夕方にも関わらず化粧の崩れは一切なし。

 吊り目気味な紫水晶の瞳に切り揃えられた前髪。

 ミランダとはまた違った雰囲気の、正統派のビスクドールがそこには立っていた。


「ここで私の相談に乗ってくれるのはどちらの方?」

 見た目はビスクドールであっても気が強そうな喋り方は高位貴族そのものであった。




「そうね。どこから話したら良いかしら?

 私が困っていることは一つだけ。壺の賠償請求をされているということよ。」

 一人でおいで下さいと言ったのにも関わらず、オーロラの背後には執事のマイロ・ポールソンがベッタリとくっついていた。

 正確には将来的に彼女の家の執事になるという話ではあるが、マイロ・ポールソンはまだ学生である。

 伯爵家の三男に生まれた彼はオーロラの背後で、既に使用人然として存在感を消していた。



 その上今現在、テーブルに置かれた紅茶を淹れたのはマイロで、茶菓子を用意したのもマイロ。

 学生である筈の彼の職業は既に『執事』であった。



「う!!美味い!!!」

 ミルヒは離れたテーブルから彼の淹れたお茶の美味しさに思わず声が漏れ出た。


「その噂は聞いてるわ。

 メイベル・サリンジャー子爵令嬢のお茶会で貴女暴れたんですってね?」

 ミランダは紅茶を口に運ぶと『お!』という顔をし、『マイロ様ってやりますね?』と小声で褒めた。


「壊した花瓶の請求をされたそうですね。噂じゃ金貨120枚って話ですけど、本当のところは如何なんです?」 ミランダはクッキーも毒味無しで食べる気らしく大皿に並べられた物をサッサと自分に取り分ける。


「金貨150枚。そう請求書には書かれていたわ。」オーロラは忌々しそうに眉を顰め苦虫を噛み潰したような顔をした。

 美人が不機嫌になるとこんなにも怖い顔になるのかとミルヒは瞠目する。



 事件が起きたのは2週間前。


 メイベル・サリンジャー子爵令嬢がお茶会を開いた日である。


 メイベルは中立派の家の娘で、古くからある貴族家だ。子爵家といえどサリンジャーという名前を知らない貴族はいないと言うほど歴史が古いことから、彼女の家で定期的に行われるお茶会には多くの令嬢が足を運ぶ。                                                                                      


 勿論レミントン侯爵家にも招待状は届いており、当然の如くウェブスター侯爵令嬢も参加する。

 その日は15人程の参加者でテーブルは三つ。メイベル嬢の計らいで彼女達は派閥ごとに分けられ同じテーブルに着くことは無かったそうだ。


 メイベルは大人しい性格と容姿ではあるが、成績も良く現在生徒会の一員である。


 一説によると、オーロラが起用されなかった枠を彼女が埋めたとか。


 しかし、オーロラ本人としてはそのこと自体を大したこととは捉えていないそうだ。


「生徒会に入れなかったからと言って私がメイベル様より劣っていると思ったことはありませんから。

 成績は彼女を下回ったこともありませんし、私は他の方と生徒会というものに対して認識がそもそも違うのです。

 学校の行事運営や他の生徒の生活向上の為の補佐、それが生徒会でしょう?

 私は舞台の裏方で汗水流すより、それを観劇に行くお客様の方が性に合っていますの。」


 ミルヒは思った。


 このオーロラもある意味『女王』の気質であると。

 他の生徒達から『悪役令嬢』などと罵られても彼女にとっては羽虫の囁き程度なのだ。

(持っている精神的支柱がレベル桁違い…)

 そう確信した。


 しかし父親(レミントン)としては(オーロラ)が生徒会に入れなかったことは貴族としての大失態であり、サリンジャー家に出し抜かれたと考えていた。


 中立派の娘を生徒会に取り込むことは王太子としては悪い判断では無いだろうがレミントン侯爵家としては王太子妃の椅子から一歩遠のいたことになる。


 だが父親たちの政治世界はシビアである。

 中立派のサリンジャーを、派閥としては取り込むしかないと結論を出した父親と派閥は、サリンジャーの家に取り入れ!とオーロラが家を出る前にきつく言い含めた。


『良いか?ララ・ウェブスターに弱みを見せるなよ。サリンジャーには我が家についた方が良い思いが出来るのだと皆の前で示してこい!』


 そう言って高級なチョコレート菓子を参加者全員分の土産として馬車に積み込ませ、家を送り出した。

 娘としてはこのように物で心を釣ろうとする父親の考えが受け入れ難い。


「本当に本人に威厳と力。発言力さえあればチョコレートなんてもの要らないでしょう?父はその辺りの理解に乏しいから、派閥の旗頭に祀り上げられてもウェブスター侯爵より上に行けないのだと思います。」

 オーロラは音も立てずに茶器をソーサーに戻すと溜息を吐いた。



 お茶会の滑り出しは全く問題が無かった。

 サリンジャー家の家令たちは丁寧に持て成してくれ、三つのテーブルは派閥同士の気の置けない仲間ということもあって会話も盛り上がった。

 オーロラとしてはどこかのタイミングで他の令嬢たちに家の威厳を見せてウェブスター家を出し抜かねばならない。そんな父親からのプレッシャーもあるが、美しい庭園と、美味しいお茶には心から癒された。

 サリンジャー家のテラスには香りの強いミニ薔薇が見事に咲き誇っており、それに合わせてローズティーなるものが用意されていた。


 子爵家といえど珍しい品物を披露できると言うのは、サリンジャーの家の資産がそれなりに潤沢であるという証拠であろう。


 話の流れがおかしくなったのは後半からである。


 学生のお茶会とは言え『会』と名がつくものにはテーマがなくてはならない。

 前回は藤棚のある庭園にテントを張りお互いに『詩』を披露したり、それに合わせて楽器を演奏するというものであった。

 野外で雰囲気も盛り上がりそれは盛況であったとオーロラは語る。


「私は詩もバイオリンも偶々得意ですから。ララ様よりはその場を盛り上げることが出来ました。」

 オーロラはあっさりと言うが、侯爵令嬢であるララの評価は余り宜しくない。

 成績は中の中位。残念ながら長女のカリア様より劣っていると揶揄される残念令嬢である。


 性格がのんびりしていると言えば聞こえはいいが、要するに長女に優れた遺伝子的に全てを持っていかれたタイプの御令嬢である。

 成績、所作、発言。


 6歳年上のカリア・ウェブスターが『完璧令嬢パーフェクトレディ』と呼ばれていたのに対し、ララは『陽だまり令嬢』と呼ばれていた。

 要するに<毒にも薬にもならない>と言うことである。

 足りない部分を努力で補おうとする性格でもなく、厳しいことを言われるのも努力も大嫌いといった生粋の甘ったれだ。

 楽器の演奏も練習不足のまま登場し、『詩』も人に作らせたものを茶会では披露したらしい。

「だから、父の言いつけ通り、前回は私の方が皆様に認めていただける結果を残せましたの。」

 オーロラはこともなげに話した。



 

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[一言] ミランダさん、おかえりなさい! 更新に気づいてとっても嬉しいです。
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