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宝石店の娘ダーナ編 1

『ダセェ令嬢』に登場したできる女ミランダの学生時代のお話を書きました。

思ったより楽しく書けたので良かったらお楽しみください。

「お金ならあります。なので子殺しの薬をどうか売ってください!!!」

 ダーナ・モンカード男爵令嬢は金貨の詰まった小袋を握りしめ、顔の見えない相手に向かって膝を突いた。

 両手を祈るように組みシルエットだけ見えるその女性に助けて欲しいと必死で懇願する。

 目の前の女生徒は逆光で顔が見えない。その上銀色の仮面を被っており普段であれば思わずその異様さに悲鳴をあげてしまうであろう。しかしそんなことに構う余裕はない。


「私のお腹にいる赤ちゃんは今4ヶ月だと言われました。

 もう時間がないんです。きっと今から実家の商売は傾いていくでしょう。そうなればこのお金だってお渡し出来なくなります。今しかないんです」

 シミのない頬をハラハラと涙が伝う。


 私だけなんでこんな目に遭うのよ!!そう叫び出したい気持ちをグッと堪えダーナは流れる涙を拭いもせず切々と訴える。


「お願い………父たちをこれ以上心配させたくないの………

 騙された私が全部愚かなんです。もう………貴女に頼るしかないの………」

 崩れ落ちるように額をカーペットに擦り付ける。


「どうか……お腹の赤ちゃんを殺す薬を私に分けてください」

 嗚咽で掠れる声を絞り出しダーナは土下座したまま相手の返事を待った。




「貴女ダーナ・モンカードね?男爵令嬢の。サファイアと言えば<モンカード>、のモンカード家よね?」

 見た目の異様さに反して優しく響いたその声は女性にしては少し低く、落ち着いた声音であった。

 ダーナは震えながらそっと顔をあげる。

「はい。私はモンカード男爵家の長女ダーナです。父は宝石商を営んでおります。ですが婚約者に……元婚約者に顧客リストを奪われたのでその仕事もいつまで保つか。

 それに貴族学園での妊娠はご法度です。父や母。私が生きていくにはもう、子を堕胎するしか道はありません…」

 ダーナは悔しさと情けなさで唇を噛み締める。

 全部、全部騙された自分が悪いのだ。そう分かっていても辛さは消えないし、自分の将来がこの先真っ暗になってしまったことが信じられなかった。



「取り敢えず私に全てを話してからにしましょう。

 ここに来る時姿を誰かに見られては居ないわね?」

 その声は落ち着いており、とても学生だとは思えなかった。


 しかしそのゆったりとした声にダーナは励まされる。

「はい。姿を見られないように十分注意しました。態々鬘を被ったのもここに来る為です」そう言うと焦茶色の髪を前からグイッと引っ張り下ろす。


 すると薄暗い部屋の中でもハッキリとわかるプラチナブロンドが僅かに入ってくる西陽に煌めいた。

 制服のジャケットにハラリと落ちたプラチナブロンドの長さは胸元で切り揃えられている。手入れも行き届いておりその歪みのない分量のある髪は艶々と薄暗い部屋でも分かるくらいだ。


 スクッと肘付き高座椅子から女生徒は立ち上がる。

「お金は要らないわ。

 ダーナ。貴女の知っていることで有益な情報が私は知りたい。

 事情は勿論、知っていることを包み隠さず全部お話しなさい。

 それが薬を差し上げる条件よ」

 そう言うと言葉は厳しいのにダーナの頭をその女生徒は優しく撫でた。

 ダーナは目の前の女生徒に逆らう気持ちは微塵もない。

「分かりました。話したら助けてくれるのですよね?」


「そうね。考えてあげるわ。でも今の貴女は私を頼るしかないのでしょう?」

 言われた通りである。ダーナは袖口で涙を拭うと迷うことなくこの1年間のことを仮面を被った女生徒に話し始めた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<

 ダーナ・モンカード男爵令嬢は宝石商の父親を持つ普通の令嬢であった。


 学年は無事に進級出来て2年生。

 婚約者のローランド・ヒルズは伯爵家の三男で同級生。向こうから申し込まれた縁談は半年前に整ったばかりであった。

 モンカード家は宝飾店として成功を収めていた為、資金援助を頼まれたと父は正直にダーナに告げた。

 男爵位を継ぐダーナの地位とお金が目的の貴族婚である。

 父親としては思うところがあるらしくかなり渋ってはいた。


 しかしローランド・ヒルズは女性関係が派手だと噂は多いものの非常に美しい男である。金髪に碧眼と物語で語られる王子さながらの容姿は女性に騒がれる。


 ダーナも見た目の良い男に惹かれる普通の女の子だ。貴族の結婚と揶揄されることもあったが顔の良い婚約者を持てることを素直に喜んだ。

 結婚後の浮気は許さないという条件のもと、モンカード家はヒルズ家の申し出を受け入れた。


 学園でも顔を合わせる二人は最初はぎこちなかったものの、ローランドの気遣ってくれる会話によりダーナは絆されていった。


 女性関係で噂のあったローランドは婚約が整った後は『僕も常識くらいは持ち合わせているからね』と今までの付き合いを絶ったようである。

 モンカード男爵も母親もそのことに胸を撫で下ろし、ダーナと家族とで徐々に親睦を深めていった。

 どちらにしても上位の貴族からの申し入れは断りにくい。ヒルズ伯爵家の財政難は酷かったようだが、ローランドの私生活が真面目になったことでモンカード男爵は融資も色をつけていた。



 婚約者として周知され夜会などに顔を出すようになると、ローランドは段々とダーナにいろんな条件を出すようになった。


 理由はダーナを<穢れた人間から守る為>である。


『君は思ったより他の男子生徒に人気があるんだね。彼らとは話さないで欲しい』

『女生徒同士であっても、生徒が集うようなカフェなどには行かないでくれ。女同士で出かけていたら誰に声を掛けられるかわからない』

『ランチは必ず僕と食べるんだ。卒業までに親睦を深めなくちゃ』

『ファーストダンスが終わった後は僕以外と踊ってはいけない。結婚まで何があるか分からないのだから』

『休みの日は家に居てくれよ。会いたいと思った時に会えないのは嫌なんだ』


 貴族の婚約であるのにまるで恋愛している男の様な発言にダーナは戸惑った。

『君は男受けが良いんだ?気がついてなかったの?ヤキモチを妬かせないでくれよ』

 碧眼の瞳に見つめられ甘い言葉を吐かれると初心なダーナは嬉しくなる。

 しかし美しい婚約者の嫉妬から来る束縛を始めは心地いいとまで思っていたダーナだが、言われたことを実行しているうちに、最初は男友達が居なくなり、そのうち女友達も居なくなった。

 勿論ダーナはそれなりに孤独を感じるし、ローランドの態度に対して困り始めてもいた。


『ちょっと条件が多すぎじゃないかな?心配しなくても私みたいな大人しい人間はモテないし、人気もないもの。お友達に派手な人は一人もいないからローランドが思っているようなことは起こらないと思うの』

 そう言うと彼はムッとしたように言い返した。


『僕の昔の素行が誉められたものじゃないって、自分がよく分かっているよ。女生徒と遊び歩いていたし、悪い仲間と悪い遊びも沢山した。だから、どこにその可能性があるのか一番よく理解しているんだ。

 ダーナは世間知らずなんだ。君の幼馴染で親友のフェリシア子爵令嬢だって大人の遊戯場で見かけたことあるんだよ?』

『エェッ!?』

『ほらね。君は何も知らない。お子ちゃまなんだから君は僕の言うことを聞いたほうがいい。

 いいかい。以前は確かに僕は私生活が乱れていた。でも結婚するなら君みたいな真面目で清楚で常識のある令嬢と添い遂げたいと思っているんだ。僕だけを見てくれる真っ新な君を僕は本当に愛しているんだ。頼むから言うことを聞いておくれ』

『フェリシアはそんな子ではないと思うのだけど?見間違いでは?』

『君は婚約者の僕の言葉を疑うのかい?』

 美しい顔で睨みつけられるとダーナは萎縮してしまう。


 フェリシアとの交流を反対されるのは辛いが結婚相手から言われる言葉は絶対だ。ヒルズ伯爵は借金が凄いらしいが地位はある。

 逆らうことは不味いことだとその時は思った。


 こうしてダーナは貴族学園に通う中、段々と孤立していった。


 勿論ローランドが四六時中一緒にいるわけではない。

 彼は自分の『男の付き合い』は必ず参加するのだ。


『本当は君と一緒に居たいんだが僕も将来は貴族の家を盛り立てていかなければならないだろう?

 貴族同士の付き合いを男は絶対に疎かにしてはいけないと父から言われているんだ』

 理不尽さを感じつつもヒルズ伯爵の言いつけを無碍にはできないとダーナはその矛盾に楯突くことは無かった。


 ランチも一人で摂ることが増え、教室の移動も一人で行くようになったある日。

 上級生の幼馴染が廊下でダーナに声をかけた。

「ヤァ!久しぶりだね!ダーナ!」


 他校に留学していたフェリシアと同郷の幼馴染はダーナにお土産をくれると、住んでいた隣国の話を面白おかしく話してくれた。


 それは久しぶりの友人との会話でありダーナも思わず懐かしさに満面の笑顔になる。

「ニコラスお兄様ったら本当に成果を上げられて素晴らしいわ!」

 医者を目指すと言っていた子爵家のニコラスは成績が良く、卒業後3年間は有名医療院に研修に行くという。

 立ち話ではあったが思わぬ楽しい時間。

 ダーナは幼馴染の大出世に素直に喜び、子供のように手を叩いて褒め称えた。


 その夜。


 深夜にダーナの寝室の窓からローランドが現れる。


「ダーナ。僕を裏切ったね?」

 ダーナは驚きで声も出ない。


「何であんな男と喋ったりしたんだ?あいつのことが好きなのか?」


 詰問するローランドにダーナはガクガクと怯え始めた。


「な、何で窓から入ってくるの?

 それにニコラスお兄様はただの幼馴染よ。好きとか嫌いとかじゃないわ。私は貴方を裏切ったりなんかしていないわ」

「じゃあ、僕だけを愛しているって証拠を見せて?」

「証拠?」

「僕に全てを捧げるんだ」


 そんな馬鹿な!!!と叫びそうになったがダーナは口を手拭で塞がれそのまま押し倒された。


 男女の営みについて全く知識のないダーナは抵抗も虚しくローランドの手練手管に呆気なく処女を散らされる。

 痛みと苦しさと恥ずかしさからダーナは心の中で何度も『助けて!!お母様!!』と叫んだがその声は遂には届かなかった。

 目覚めると寝台の乱れがあったはずなのに、ローランドはどうやったのか綺麗に片付けており、体の痛み以外は全て悪夢のよう。


 しかし休み明けに学園に行くとローランドは上機嫌でダーナに擦り寄った。

『君はもうこれで誰の元にも嫁げない体になったね。変なことは考えちゃっダメだよ?お父上に心配を掛けたくないだろう?』

 こうしてダーナは両親に相談することも出来ず、益々彼の支配下に置かれることになったのだ。


『あの時はごめんよ。嫉妬に駆られてとんでもないことを仕出かしてしまった。でもこれは全て君を愛していたからだ。僕の愛に君が応えてくれたから僕も少し安心できるようになったんだ』

 そう言って何度も愛していると告げ、塞ぎ込んでいるダーナに花を贈り、しつこいくらい慰めの手紙をくれた。

 将来の夫からの暴力とも言えるような抱合にダーナは深く傷ついた。

 しかし、これを皮切りにローランドは最初ほどの束縛をして来なくなったのだ。



 ある日学園から一人で帰ろうと馬車乗り場に向かっている途中、親友のフェリシアがそっと手招きした。


 校舎と大木の影になった人目につかない場所に来るとフェリシアは小さな紙を差し出した。

「ダーナ。貴女のことを思って書いたの。お願いだから読んで」


 ダーナはローランドに見つかる前にと慌ててそれを鞄に忍ばせる。

 そして帰宅後に読んだメモ紙には驚くべきことが書かれていた。


<親愛なるダーナ>

 ローランドを信じてはダメ。何を言われたのか知らないけれど友人たちから貴女が距離を置いていることは良くないわ。彼は貴女の陰口も彼方此方で言って回ってる。

 彼の言いなりになってはいけないわ。

 モンカード男爵の資産を彼は狙っていると社交界ではかなり噂になっているのよ。

 隣のクラスのティナ・メイフラワー伯爵令嬢に気をつけて。

 __________________


 何が何だかダーナにはサッパリわからなかった。

 ローランドが自分の陰口を言う話も初耳であるし隣のクラスの女生徒にどう気をつけたら良いのかも分からない。

 ティナ・メイフラワー伯爵令嬢はローランドと並んで有名な生徒なのでダーナも勿論知っていた。

 ローランドの幼馴染で黒髪の美人。父親は絵画や宝石を輸入している。

 派手目な容姿に、いつも新しい輸入雑貨を身に着けて学園に来るので目を引くし、発言も強気な女生徒だ。

 夜会でローランドに紹介を受けたことはあるものの、商売に関しては上手だとは言い難いとモンカード男爵(チチ)は話していた。

 顔を合わせても向こうは会釈も返してこないし学院での接点は特にないままのただの同級生。

 真面目なグループに所属していたダーナと違いメイフラワー嬢は交友関係の派手目なグループに所属していた。


(どうしよう?フェリシアは素行の悪いお友達だから会ってはいけないとローランドに言われているのに、この話の真偽を確かめたい)

 ダーナがそう考えて思い悩んでいた矢先、事件が起こる。

 モンカード家の金庫が破られ顧客リストが盗まれたのだ。


 金庫の中には現金や宝石があったのに、顧客リストだけが綺麗に紛失したのである。


 金庫の番号は3人しか知らない秘密の番号だ。

 男爵、夫人、そしてダーナ。


『ローランドの仕業だわ………』


 ダーナは自分が金庫の鍵の場所をローランドに脅されて喋ってしまっていたのだ。


『僕が言うことを聞けないなら処女じゃないことを皆に吹聴して回ろうか?そんなことしたら屋敷から二度と出られまい?

 君は黙っているとすぐに男を誘惑するだろう?君を永遠に屋敷に閉じ込めておきたいくらい愛しているんだ。頼むから僕に隠し事をなんてしないでくれ!!』そう責められた時思わず口を滑らせたのだ。

 母の誕生日と結婚記念日を組み合わせた数が金庫の番号であることを。


 父は当然顧客リストが盗まれたことは伏せていたが、リストをなくしてしまえば今までのように商売は立ち行かなくなる。


 顧客たちの生年月日は勿論、記念日に予定日。宝飾を送り合う予定や彼らの趣味が事細かに記されている。

 貴族同士は宝石が被ってしまうことを厭悪するためそのスケジュールまで明確に書き込んでいた。


 それらを基に商品の買い付けや販売を行っていたのだから、当然ながら売上は目に見えて落ち込んだ。


 モンカード男爵は塞ぎ込みがちになり夫人は冷静さを装いながらも小鳥が食べるくらいの量しか食事を摂らなくなった。

『自分が金庫の番号をローランドに教えてしまったからとんでもないことになってしまった』事態の大きさにダーナは父親に正直に話せず思い詰めてしまう。


(どうしよう?どうしたらいいの?)


 そして真逆を行くようにメイフラワー伯爵の経営する宝石店が繁盛し始めた。


 気がつけばローランドはダーナの家に寄り付かなくなり、ある日婚約を解消したいと手紙が届く。


 モンカード男爵は『融資ができなくなった』と言ってしまった所為だと自分を責め、ダーナはローランドが学園でダーナに会わないように避けていることを言えずにその日を迎えてしまう。

 金庫が破られた翌日からローランドが学校を休む回数が増え、ダーナとの約束をすっぽかしていたことから、ローランドが犯人だとダーナは確信していた。

 直接この件を問い質したいと思い、必死にローランドに会おうとするがスルリスルリと逃げられる。

 婚約者を信じたい気持ちと、自分が騙されたことを信じたく無い気持ちが鬩ぎ合っていたのだ。


 約束の時間、ヒルズ伯爵とローランドは高級で派手なスーツに身を包みモンカード家を訪れた。


『融資して貰っていた金額は今月中に全額返済するよ。

 メイフラワー伯爵家が肩代わりしてくれることになったからね。

 ダーナ嬢。君には失望した。男漁りが激しいのだそうだね?』

『何を仰っているのですか?』モンカード男爵が怒りを顕にし思わず立ち上がる。

 ダーナは言われている意味がわからず言葉が出てこない。

<男漁り?アサリ?>

 それは新しい貝類の種類だと言われたほうがまだ分かるくらいダーナはその方面に疎い人間である。


『知らぬは父上ばかりだな…ローランドに以前から相談を受けていてね。学園での素行が目に余ると。

 男に媚を売り、少しでもいい男がいれば発情期の猫のように擦り寄っていく。

 女生徒の友人たちから嫌われて友達もいないそうじゃないか。見境なく男に擦り寄るから皆に嫌悪されていると。ダーナ、私はそのような女性を軽蔑するし貴族学園で友人が居ないなんて人格を疑ってしまうよ』

 いえ、それは貴方の息子さんが誰とも喋ってはいけないと私に厳しく言ってきたからです!

 どんどん孤独になって、その上貴方の息子は私に酷いことをしたのです!


 そう言えればどんなに良かったか。


 しかし、盗難事件で心を弱らせていたダーナは驚きで口をハクハクとさせるばかりで言葉が出ない。


『清楚な見た目に反して生娘でもないそうだな。本当に呆れてしまうよ。

 今まで融資の件で男爵には手助け頂いたから表立った婚約破棄は控えよう。だが、大事な息子をモンカード家にやるわけにはいかない。婚約を解消してくれ』


 そんな馬鹿な!!!両親は必死になって伯爵に詰め寄った。

 しかしヒルズ伯爵からは全てはダーナの素行が悪いせいだとしか言われない。


『証拠があるのですか?』

 商売人のモンカード男爵らしい切り返しを打って出る。

 すると黙って座っていたローランドが無言で一人の下女を連れてきた。モンカード家の夫人やダーナの部屋を整えるための末端の使用人だ。


『すみません旦那様。ですがもう黙ってはいられません!ダーナ様の寝室には時々男性が泊まって行った形跡が確かにありました。

 ご報告しようにもダーナお嬢様から脅されていまして私のような力のない女は従うしか無かったのです』

 そう言って下女はダーナを睨むように見つめた。

 知った顔の使用人が自分に憎悪をぶつけていると思うと恐ろしさで身が竦む。

『私はお嬢様の本性を知ってます。我儘で男好きなんです』

 ダーナはその言葉を聞いた途端あまりのショックにその場で気を失ってしまった。



 それから数日ダーナは高熱を出し寝込んでしまう。


 幸いであったのは父と母はその下女の話を信用しなかったことだ。

 古参の使用人たちは揃って『お嬢様はそんなお人柄ではございません!!』と進言してくれたし、学園に男爵が問い合わせても教師陣は『素行の乱れ?ダーナ・モンカードはそんな女生徒ではないですよ?』と証言してくれた。


 しかしヒルズ伯爵は下女からの言質を取ったと全く譲らずそのまま王宮に婚約解消の申請を申し込んでしまう。

 ダーナは全く事情が飲み込めないまま只々、自分の身に起こっていることが信じられず、言い返すこともなく呆然としてしまった。


 仕事と娘の不祥事に奔走する夫と、泣いてばかりの娘に向けて、夫人はある日静かに口を開いた。

『もし、全てを覆してあんな男の妻になってもダーナは幸せにはなれないわ』

 その一言が切っ掛けでモンカード家はついに婚約の解消を受け入れた。



 学園に復帰すると好奇の目は痛いほど刺さり、ダーナは居た堪れない数日を過ごす。


『あれがローランド様に婚約破棄された令嬢よ』

『男遊びが凄いって理由だったらしいぞ?』

『伯爵家に縁談を持ち込まれたから高飛車になって、友人がみんな居なくなったらしい』


 口さが無い言葉に傷つき倒れそうになるもダーナのそばにはいつの間にかニコラスとフェリシアが寄り添う。


「私たちは貴女を知っているわ。貴女は度が過ぎるほど真面目でお人好しなの。ローランド様にいいようにされただけよ。事情が話せるようになったら教えて頂戴」

 二人は痩せ細ったダーナを懸命に励ましてくれた。


 一時期は精神的ショックから塞ぎ込んでしまったダーナだったが、自分の母親の方が余程自死しそうな心持ちであると気が付き、自らに喝を入れる。


『お父様に金庫のことを話さなければ。そして私は修道院にでも入るのよ』

 ダーナはやっと決心すると正直に自分の全てを告白した。

 夫人はダーナを抱きしめて可哀想に…と泣き崩れ、父親は『やはりダーナから番号が漏れたのか…辛い目に遭ったね』と頭を撫でた。


 両親はダーナを責めなかった。

 箱入り娘に育て、素直で真っ直ぐな一人娘が穢されたことに只管一緒に泣いてくれた。


 モンカード男爵はダーナの話で大体全ての辻褄があったと言い、彼らは始めから金庫が目的だったのだろう……と結論付けた。


 金庫には宝石や金貨もあったのに盗まれなかった。

 それは【盗難届を出しても相手にされない物が盗まれたから】。

 宝石や金貨が盗まれたならばヒルズ伯爵家は只では済まない。必ず捜査の手が伸びるはずである。

 しかし紙の束だけの盗難では、犯人探しは甘くなる。


 それがどんなに大切な物でも。


 モンカード男爵はそれをずっと疑問に思っていたらしい。

 ダーナを糾弾した下女が内側から手引きをしたのは間違いない。紹介者は元を辿ればヒルズ伯爵なのだから。


 ダーナは両親の支えを得て心を強くする。


(修道院に入っている場合では無いわ。実家の資産を増やすには私が何処かの後妻に入って資金援助してもらう方法もある)


 一時期は二人と距離を置いていたのにも関わらずダーナを本気で心配する幼馴染にダーナは少しずつ心が解れていった。

(フェリシア御免なさい。貴女の人柄をローランド様からの発言で僅かでも疑ってしまって……)

 そして、婚約解消から2週間後。二人にローランドとの事情を包み隠さず話したのである。

 深夜に襲われた話をした時はフェリシアは怒り狂い、ニコラスはテーブルを叩いた。

 あまりに二人が怒ってくれるのでダーナは泣きながらも『私を気にかけてくれている人がいることはこんなにも心の支えになるのね』と気持ちを持ち直した。


 ダーナを心配したフェリシアとニコラスはローランドの事を色々と調べてくれた。


 その結果、ダーナとモンカード男爵は陥れられたのだと結論づけたのだ。


 賢いニコラスはヒルズ家の財政状況を調べ尽くし数字から多くのことを分析したし、フェリシアは社交上手な手腕を発揮して友人たちから情報をかき集めた。



 遡ること1年半前からヒルズ家は首を吊らねばならない程財政状況は逼迫していた。

 長男、次男の婚家からもかなり借金を重ねていたらしく、ヒルズ伯爵は最後の手段とばかりに三男のローランドを金持ちの家に婿入りさせようと当たりをつけていたらしい。


 しかし長男次男よりも見た目が派手な三男は遊びも派手で上位の家からは縁談を断られてしまう。


 そこで白羽の矢が立ったのがモンカード男爵家であった。


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