(1-11)異世界定番のクビ
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(1―11)異世界定番のクビ
いよいよ戦争に向かう日が来た。兵力は、総勢で二万人規模。総大将はクラップヘン・カッセラー王太子殿下。国軍と幾つかの領主軍で構成される。傭兵団は王太子殿下直属部隊として配属される。
正直この人数では国力の有る相手国を滅ぼすのは無理だって判る。なのでこの程度で攻めて何がしたいのかが良くわからない。総動員すれば四〇万人は動員出来るらしいけど。不作続きらしいので、糧食の確保が難しいんだろう。
兵数が少ないとは言え輜重隊は膨大だ。加水したワイン(不味い)、硬い乾燥したパン、干し肉、炒った豆等(穀物類)。水は持って来ていない。理由は腐ると言うのも有るが輜重隊の隊員達(緊急招集した非戦闘員)が必要に応じて魔法で水を出すかららしい。水を出すのは体力を使うので、その分、食料を優先的に与えられるようだ。
こっちが仕掛ける側なので戦場の選択権はこちらに有る。いきなり奇襲で相手の領地内の街や城を攻めるのでは無かった。
戦場は隣国のグランデルグ王国との国境の河原に布陣した。河原は石が散らばっているが、枯れかけた雑草も沢山生えている。河の深さは比較的浅い。上流に行くと狭くて流れが早くなっているようだが、渡河する事も容易な場所だ。河の水が利用出来るのも大きいと思われる。
離れた所に有る、グランデルグ王国との国境の橋は、壊さずに通行を規制している。壊しちゃうと戦争が終わって直ぐに橋が使えなくなるかららしい。
それと布陣した時に言われたけど、〝ウ○コ〟は、なるべく下流の所でするようにって。普通は、穴を何箇所か掘って、〝ウ○コ〟する所を作るらしいんだけど、石がいっぱいで穴を掘るのが大変らしい。
これだけの人数が河原で〝ウ○コ〟したら、河原が〝ウ○コ〟だらけになるし、こんな所で戦って倒れて運悪く〝ウ○コ〟まみれになんてなりたく無いからね。ペーパー代わりの葉っぱも無いので、河でお尻を洗った方が良いに決まってる。下流推奨なのは、河の水を煮沸して使う事を考えているからだろう。
こっちが布陣した二日後には、隣国のグランデルグ王国軍も対岸に布陣をし始めた。二日しか時間差が無いのは、当然隣国も密偵を放っている筈なので、事前情報を元に既に進軍していたと思われる。
相手の軍は、こちらの二倍から三倍に見える。野戦でこの戦力差では、余程作戦が上手く行かなければ勝てないような気がする。相手が布陣を終えた夕方。食事を摂った後、団長の天幕に呼び出された。
「ナギ、来たか」
「ハイ」
天幕の中には、モーレイ団長、マッカレル団長、トラウト団長が居た。副団長は王都の警備に残して来て有る。
『なんだろう? このメンツで話しって、まさか此処で冥土の土産に模擬戦させろとか言って来るのか? なんか有りそうなんだけど……』
「マーリン団長、何でしょうか?」
「ん、ああ。そうだな。ナギ、これをやるよ」
マーリン団長が、そう言って革袋を投げて来た。受け取った感触からすると、中身はお金だ。革袋を開けるとかなりの金額が入っていた。
『まさか、このお金で、マッカレル団長、トラウト団長模擬戦させられるのか?』
マジでそう思えて来た。戦争なのになに考えてるんだろう、この三人は。
「それは餞別だ」
「ハァ? なんですか餞別って」
「ナギ、お前はクビだ」
出たよ異世界定番のクビ! まさか自分がなるなんて……。でも、なんでだよ! それに、クビにするなら王都でクビにすれば良いだろ! だけど餞別ってなんでだ? 退職金的な発想がこの世界に有るのかな?
「不満そうだな」
「そりゃそうですよ、なんで戦場迄来てクビなんですか? 俺、なんかヘマしましたっけ?」
「お前、未だ人を切った事無いだろ? 訓練を見てると判るんだよな。まあ戦場でその経験をして貰うのも良いけどな。まあそう言う奴は、その後で使え無くなる事が多いんだよ……。団員は殆ど切ってるからな。犯罪者の処刑に駆り出されるんだよ。そう言うのは騎士はやりたがらないからな」
「確かに未だ切った事は無いですけど……。イノシシ、鹿、クマは有りますよ」
「マーリン。取って付けたような言い訳は、面倒くせえから止めろ。ナギ、相手が布陣したが、どう見る? この戦争?」
マッカレル団長が聞いて来た。
「かなり不味い状況では無いでしょうか? 相手の方が投入戦力が多いですから」
「まあ、そう見えるだろうな、強気だった領主軍も焦ってるからな」
「俺は別に負ける気も、死ぬ気もねえけどな」
「まあこの程度なら大丈夫だろ」
マーリン団長もトラウト団長も、なんでそんな強気なんだ? 戦力が少ないってのは不味いだろ。上官が余裕を持つのは必要な事だと思うけどさ、楽観しすぎじゃ無いの?
「団員達には、伝えて無かったから、今此処で話しておくが……」
そう言って、マーリン団長が話し始める。
この戦争の切っ掛けは、数年前からの不作続きが発端になっている。対策として、王家が私財を供出してグランデルグ王国から食料を購入していた。当然、各領主も王家と同様に私財を投入するべきなのだが、王家の力が弱まって来ている事も有って一部の私服を肥やしている大領主は自領が逼迫してない事を理由に私財供出を拒否していた。
王家としては戦争せずになんとか食料を確保したいと思っていたが、一部の大領主達が戦争を主張して来た。その領主達に弱みを握られている小規模な領主達を巻き込んで多数派工作で開戦する方向になった。
王家として、この戦争の落とし所は、第一に勝つ事である。相手国の領地を奪う事は考えてない。勝った事で相手国から食料を無償で受ける事を考えている。領地を奪っても翌年に直ぐに王国内の食糧事情が改善される訳では無いので、先ずは食料を優先させたいところだ。戦争推進派は領地を奪って自分達の領地を増やす事を考えているらしい。
戦争推進派の貴族達は、戦争を他人にやって欲しく、自分達は安全な所で美味しい思いをしたかったらしいが、これはクラップヘン王太子殿下が出陣するのに、戦争を推進しているのに出陣しないのは処罰すると言われ渋々出て来た経緯が有るらしい。それとクラップヘン王太子殿下が撤退の指示を出す前に勝手に撤退したら敵前逃亡と見なし爵位降格、領地減領の処分をすると言う通達を出している。力が弱っていても王家の権力は未だ強い。
と言う説明をして貰った。三人の団長が狙っているのは、相手の貴族の指揮官を複数捕虜にする事、出来れば総大将を捕虜にする事。そしてどさくさに紛れて戦争推進派の領主を戦死させる事との事。
「まあ俺達三人は、陛下とは馴染みだからなぁ……」
「昔、陛下が王太子になる前のガキの頃に、良く城を抜け出して俺達の面倒を見てくれたんだよ」
「傭兵団を作る切っ掛けも、王太子になった陛下が支援してくれたんだ」
そうだったんだ。軍と警察を分離するなんて難しい筈なのに、陛下って凄いな。
「俺達は陛下に返せない位大きな義理が有るから、逃げる事もしないし、クラップヘン王太子殿下も見捨てない。絶対に守り切るんだけど、かなり状況は厳しい」
「まあ、負けないけどな」
「密偵からの報告では、グランデルグ王国の総大将は、ラビッシュ・ド・グランデ王太子殿下らしい。実際陣地には王家の旗指が立っているから間違い無いだろう。ラビッシュ・ド・グランデ王太子殿下を捕虜に出来れば確実に勝てる」
「とまあ、タラレバなんだけどな。まあ状況は厳しい。他国の人間で、この国に義理もねえナギが付き合う必要もねえのさ」
「マッカレルが言って通りなんだけど、俺はもっと先の事を考えてる」
なんだろう? もっと先?
「この戦争に勝ったとしても、いずれカッセルブラッド王国は終わると予測している。早ければ五年以内にな。この冬を乗り切っても、来年また食料が不足したら、戦争を仕掛ける事になるだろう。一度仕掛けているから来年はグランデルグ王国も交渉はしてくれないだろう。それの繰り返しで国力が衰えて終わる。陛下も同様に考えてる。
それとな、ナギを逃がすのは保険を掛けてる事も有るんだよ、お前は剣が相当使えるし弓も人並み以上にはなって来た。槍は知らんけどな。ナギにはさ、ここから逃げてグランデルグ王国に行って貰いたい。まあ他の国でも良いけどよ。そこでそれなりに出世して、金持ちになったら俺達を雇ってくれよ。出来れば国王陛下一家もだけどな。国が亡くなっても生きて行かなきゃなんねえからな。期待せずに生き延びて待ってるからな。
夜陰に紛れて河の上流から渡ってそのままグランデルグ王国に向かえ。渡した金は当面の生活資金にでも使えば良い。その団服は着替えて行けよ。それとドッグタグも返せよ、バレるからな」
そう言う理由でクビにするのか……。だけどそんな簡単に出世なんて出来ないって思う。だけど頼まれてしまった。
「判りました、敵前逃亡します。それとこのお金は、モーレイさんに渡してください。俺はマーリン団長から頂いたお金が未だ十分余っていますから。それに食料が必要なのは孤児達もですよね。モーレイさんに渡せば多少は役に立つって思います」
「ナギ。お前知ってたのか? モーレイが孤児達に食べ物を配っているのを」
「えっと街中の見回りをしている時に何度か見かけました。まあ未亡人目当てなのかもですけど、お金の使い方としては正しい事をしてるんだって思いましたよ」
「判った、確かにモーレイに渡すようにしておく。これで必ず王都に戻らないといけなくなったな。まあ俺の弓で、重要な奴は狙い撃ちするから平気だけどな」
天幕を出て着替えて、団服とドッグタグを返却した。挨拶をして別れ、言われた通り河の上流に向かった。
ナギが出て行った後、三人は再び少し話し込む。
「ナギは、上手く行くと思うか?」
「さぁ、どうせ保険だしな。まあグランデルグ王国までなら無事に辿り着くだろ」
「そうだな、その先は、アイツがどう立ち回るか次第だろ。それよりも、だ」
「そうだな。なんとか領主達に先陣を切らせたい」
「だよなぁ、そうすりゃどさくさに紛れて、ぷちっと出来るしな」
「軍議の時に、領主達を煽てて、戦の手本を見せてくださいとかなんとかで」
「だな、勝手に退却してきたら、敵前逃亡と言う理由で、ぷちっとして」
「傭兵連中が上手いタイミングで裏切って、領主達を攻めてくれると楽なんだけどな」
「アイツ等は裏切りそうか?」
「裏切るんじゃねえか? この戦力差だし。領主軍と一緒に突撃させれば、俺達も楽が出来そうだけどな」
「その後だよな、出来ればグランデルグ王国の王太子を捕虜にしたいけど」
「王太子が噂通りの猪武者ならば、一部手薄に見せかけて突撃させる罠を張れるんだけどな」
「簡単に出来れば良いんだが、王軍との連携は難しいぞ、ウチ等だけで仕掛けた方が良いかもな」
「だな。まあ無理なら王太子以外は全滅させるか」
「ああ、それしか無いだろうな」
「奴らは、この時期にどっちから風が吹くのか判って無いみたいだから、火を付ければ一発で片がつくだろう、雑草も程よく枯れてるし良く燃えるだろう。ついでに領主軍も燃やしたほうが良いかもな」
と物騒な話しをしていた。
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