七話
父のタツキが話すお伽噺に耳を傾けつつ、寝入ってしまったイオリ。
そのイオリを抱きかかえ、オトは寝床へ寝かしつけるために囲炉裏を離れた。
タツキは、竹籠を編む手を休め、お茶をすするとオトの身の上を思い浮かべる。
妻であるオトは、どこから来たのか。
村人は、その身なりや立ち振る舞いから、オトは都人であると、そう勝手に思っているが、実はタツキだけは違っていた。
それは、オトがタツキの下へやってくる数日前の出来事、タツキは湖で二人の天女を目撃している。
その日は、19年に一度の春分の日の満月の夜で、天界と下界が繋がり、湖に天女が舞い降りると伝えられていた。
言い伝え通りであれば、天女の舞を見た者は、生気を奪われて、やがて衰弱死すると言われている。
両親を喪ったタツキは、独り身の自分は、じきにお迎えが来るのだと思い込み、人生の最後に一目見ておこうと湖へ向かった。
湖の畔へたどり着いたタツキは、ふと水音がすることに気付く。
『こんな夜更けに…なんだ⁉』
そう思って、水音のする方へ足を進めると…女が水浴びをしているではないか。
あまりの美しさに、目を見開いてみていたら、女は二人いて、衣を近くの木の枝にかけてあるのが見えた。
タツキは、そっとその木に近づいて、衣を手に取ってみると、とても高価な絹のような手触りの衣だったので、見とれてしまう。
その時、女が振り返り「そこに誰かいますか⁉」と突然声がした。
のぞき見したのがばれると思ったタツキは、そっと物陰に隠れ、その場を後にする。
家に帰り着いたタツキは、我に返り、手にした衣を思わず持ち帰ってしまったことに気付く。
慌てて、その衣を返そうと思い、夜明け間近に湖へ返しに行ったが、もう女の姿はなく、仕方なく持ち帰った。
返せずにいた衣は、大事にタンスに仕舞っておいたが、数日後にオトがタツキのもとに現れる。
始めは気づかなかったが、オトがあの夜の女であることに気付き、タツキは納屋に置いてあった古い長持へ、その衣を隠した。
何故か、その衣を返したら、オトはいなくなってしまうと、探し物が衣であると気づいたからだった。
あの夜の女は天女であり、衣を手にすれば、オトは天界へと帰ってしまうと、そうタツキは思った。
オトを気に入ってしまったタツキは、衣を隠し、引き留めたのである。
そして月日が経ち、オトはタツキと夫婦になった。
子どもも生まれ、オトとタツキは幸せに暮らしている。
そんなオトだが、タツキは今更オトを手放したくないので、絶対に衣は返せない。
そして5年の月日が経った。
幸せな日々は、長く続かないのかもしれない。
何時かの夜、イオリに話して聞かせたお伽噺には、実は続きがあった。
龍王と天女が結ばれてから、数百年の月日が経った。
竜宮ヶ淵の主である龍王は、千年おきに主が代わるという。
そう、代替わりである。
天女もまた湖の女神としての役割を終え、天界へと還っていく。
その日は、19年に一度巡ってくる、冬至の夜の新月の日と決まっていた。
この日は妖の魔力が強くなり、同時に闇を引き寄せ、再生、復活、生まれ変わりを行うのだという。
そして、龍王と女神は天界へと還り、新たな主が竜宮ヶ淵に誕生する。
その龍王は、生まれたばかりで幼く、時が来て、目を覚ますまで竜宮ヶ淵の祠で眠りにつく。
一方、番であった湖の祠には、今は女神の代わりとなるものもおらず、女神に仕えた妖狐が番人をしていた。
そんな湖に、天女は19年に一度、春分の日の満月の夜、天界から舞い降りる。
それは、湖とこの森と山を見守るため、新たな主である龍王の目覚めを待ち望んでいるからだった。
だが、5年前のその日の夜、何者かが天女の羽衣を持ち去り、天女は天界へと還れなくなったという。
そんな話を、オトはイオリに話して聞かせた。