私が殺してしまった
「久遠くん。ご飯だよ」菅原かもめは、混ぜ込みご飯のおにぎりと、ポットに入った味噌汁を持ってやって来た。僕は小さく「ありがとう」と言うと彼女は小さく笑顔を作った。
そこは薄暗い洞窟で、入り口は10メートル上のふたつきの丸い上向きの穴だけだ。彼女は夜になるとその入り口からロープを垂らしてやってくる。
まわりに転がる沢山の骨は人骨だ。いつのものだかもわからない無数ものもので、分解されているのが多いが、やはり良い臭いはしない。そんな骨をものともせず、彼女は毎晩やってくるのだ。そして汚い僕を軽くハグする。
この村の習慣で、一年に一度、男をこの洞窟に生け贄として送ることになっている。先月、その生け贄として送られたのが僕だった。第一、10メートルの高さから落とされるのだ。その時点で打ち所が悪ければ死んでしまう。それに出口も10メートル上だから、間違えなく死ぬはず……なのだが僕は死ななかった。
穴から突き落とすのはこの村の若い女性……つまりはかもめだった。彼女は躊躇いながらも僕を穴へ突き落とした。しかし、下は柔らかい土が盛られていた。そのため打ち所も悪くないのも幸いして足の骨折程度ですんだ。
だが、辺りに散らばる骨を観て、僕は助からないんだと諦めをつけていたのだ。だが翌日の夜から、かもめはきた。
「生け贄場は来てはいけないって言う教えがあるからね。来るのは楽なんだよ」と彼女は言った。そして彼女はあの日、涙を溢しながら「死んでなくて良かった」と言った。どうやら前もって下に土を盛ったのはかもめだったそうなのだ。そうとは言え、頭から落ちていたら死んでいたはずだ、と彼女は自分を責めていた。だが、生きてるだけで僕は十分だった。彼女が会いに来てくれた、それだけで死んでも良いんじゃないかというくらい幸せだったのだ。
取り敢えず彼女は骨折が直るまではここで治療しようと言った。軽い骨折だから3週間もすれば自然治癒するだろうと彼女は言っていた。その通り、今となってはだいぶ治った感触がした。持ってきてくれたおにぎりを頬張りながら「もう、このロープくらいなら登っていけそうな気がする」と言った。
「ホントに?」かもめは訊ねた。僕は頷いた。すると彼女は待ってましたと言わんばかりに先にロープを登っていった。
「いいよ、上がってきて。無理そうならやめてね」
「大丈夫」僕はぐっとロープを手で握った。行けると思ったから、僕は勢いよく登っていった。しかし、それは判断ミスだったのだった。
……………
私は結局二度も久遠くんを殺してしまった。かっぱりと開いた彼の頭からは血が垂れ、もう息も脈もない。この村のせいだ。この村の意味のわからない仕掛けが、私を久遠くんの殺害マシーンに仕立て上げたんだ。
そして私は重大な判断ミスをした。せっかく生きていたのに、今度こそ私はとどめを刺してしまった。私はぐっと手を握りしめる。
「私、久遠くんのために……、いや。私のためなのかな?ともかくさ、この村の人たち全員を生け贄にしてくるから……。私はきっとここに戻ってくるよ」
村は全て炎で焼き付くされた。おそらくほとんどの人が死んだのだろう。それを観納めると私は洞窟の穴にロープで降りていった。そして、そのロープを火で炙り焼いた。
「久遠くん。私さ、もうしくじらないから」
そう言うと私は着ていた簡素な服を脱ぎ捨てた。そして裸のまま久遠くんに抱きついた。
「いつかこうして君といれるって、思っていたのに」
そして血だらけの唇にキスをした。