梅雨になれば部活ができなくなる
ウミガメのスープ回(ネタ切れとも言う)。ちなみに、物語内あるウミガメの問題は自作です。
「理屈と膏薬はどこにでもくっつく」なんて言葉がある。それをよく表している別の諺が「風が吹けば桶屋が儲かる」だろう。あれの説明がアリなら、本当に理屈なんてものはどこにだってくっつく。
「風が吹いたので桶屋が儲かりました。一体なぜ?」というクイズで、知識なくあれを答えられるものなんているわけがない。
さて、では現実において、ある出来事の過程を取り除いて、原因と結果だけ書けば、それは謎に成り得るだろうか。
俺は今日、そんなクイズをしていた。
*
「男は仕事の帰り、道端に仕事道具を置いていった。その結果、男は救われた。一体どういうことでしょう?」
「男の仕事は重要?」
「うーん、YES、かなぁ」
「仕事道具を置いていかなかったら、男は死んでいた?」
「うーん、YES? たぶん」
書道室で俺は水平思考クイズ、いわゆる「ウミガメのスープ」といわれるクイズで遊んでいた。
こうなったのには一応 理由がある。
漫研は9月にある文化祭で冊子を出すとして予算を計上しているが、2人とも漫画を描く技能なんて持っていなかった。
そこで苦肉の策として、漫研にもかかわらずただの文集を作ることにしたそうだが、漫画どころか小説やエッセイすら書けなかった2人は、「ウミガメのスープ」の問題集を作るという結論に至ったらしい。
なぜそうなったかといえば、理沙がそれなら作れるから。たしかに、理沙の得意分野って感じはする。
そして、俺がテスターとして呼ばれたという流れだ。まだ5月末だが、夏休み中に校了するためにはそろそろ書き始めないとマズいらしい。
理沙と向かい合い、出題された問題を考える。秋瀬は理沙の創作を手伝ったそうで、今は出題者側として理沙の隣に座っている。
水平思考クイズ、出題された不可解な文章に対して、YESとNOの二者択一で答えられる質問をすることで、どういう状況だったのかを探るクイズ。
「仕事道具を置いていかなかった場合の死因は、事故死?」
「NO」
即答。死んだかどうかは微妙だが、死んだ場合の死因は明確なのか。
「他殺?」
「NO」
「病死」
「NOかな」
「へぇ、死因から探ってくんだね」
秋瀬が何やらメモを取っている。たぶん、問題だけでページが余ったらリプレイでも書くつもりなのだろう。
「じゃあ、餓死とか」
「YESだよね?」
「うん。そうなんじゃない」
理沙が隣の秋瀬に尋ね、秋瀬が頷いた。質問の答えだけじゃなく、このやり取りがヒントになる。
「仕事道具を置いていったことによって、食料が手に入った?」
「YES」
「うーん」
俺が頭を巡らせている時、書道室をノックする音がなった。
「今、いい?」
入ってきたのは平田先生。担当は化学だったはずで、漫研の顧問ではない。
「あっ、あたしだけでもいいですか?」
秋瀬がこちらに気を使って立ち上がった。
「うん。大丈夫」
「じゃ、2人は続けてて」
秋瀬はそのまま廊下に出て、少し気になりつつも、俺たちは水平思考クイズを続けた。
「これって現代の話?」
「NO」
*
しばらくして、秋瀬は戻ってきた。ちょうど俺が先程のクイズの真相にたどり着いたタイミングだった。
「おっ、正解した?」
「うん。思ったより簡単に解かれたかも」
「いや、解いてる側としては全然簡単じゃなかったから、これくらいでいいと思う」
「そっか。じゃあ、次の問題」
「待った!」
理沙が次の問題を出題しようとした瞬間、秋瀬が大きな声で待ったをかけた。
「あっ、さっきの。重要な話だった感じ?」
「うん。そうだ! これもウミガメっぽくやらない?
問題。私たちは来週から部活ができなくなりました。一体なぜ」
秋瀬の突然の出題に、俺も理沙も「え?」と惚けた反応を返した。
「来週から部活できないの?」
「うん。さて、なぜでしょう?」
秋瀬が先程座っていた椅子に座り、理沙もこのクイズに挑戦する気になったのか、座っていた椅子を俺側に動かし、秋瀬と向かい合う体勢を作った。
「それって、私たちの不祥事のせい?」
「NO。あたしたちは何も悪くない。てか、不祥事なんてないでしょ、人聞きの悪い」
何も悪くないのに部活禁止って、そんな理不尽あるのか。いや、俺は漫研が活動しようがしまいがどちらでもいいが。
とりあえず理沙が挑戦するっぽいので、俺は黙って理沙の質問を聞いていることにした。
「学校の部活全部が活動停止になる感じ?」
「NO。うち、漫研だけ」
「これって無期限活動停止ってこと?」
「NO。無期限じゃないよ」
「え、いつまで?」
「二者択一じゃないっ! 反則だよ」
「あ、えっと、夏休みまで?」
「NO」
「来週中?」
「NO」
「……創也もなんか訊いてよ」
そう言われたので参加することにする。
「期間は重要?」
水平思考クイズは、何が重要なのかをあらかじめ特定してしまうのが効率がいい。
「うーん、YESかも」
微妙だがYESと。
「期間は夏休みまでより短い?」
「YES」
「6月いっぱいより短い?」
「YES」
「じゃあ、6月の第2週目までより」
「創也のその質問の仕方、確実かもしれないけど綺麗じゃない」
横から不満げにそう言われ、俺は口籠った。綺麗じゃないと言われると、たしかにそうだ。総当たりは美しくはない。
「じゃあ、制限つけよっか。質問を、えっと、20個にしよっか。さっきまでで、えっと……8個質問したから、あと12個の質問で答えにたどり着いてみて」
秋瀬の提案により、質問回数に制限がついた。こうなると幅広いところから徐々に狭める質問はしにくい。というか、あと12個は少ない。
俺と理沙は共に黙り込んでしまった。
「ちょっとー、時間にも制限つける?」
「じゃあ、その理由って漫研に関係ある?」
急かされて、理沙が思いついたように質問した。
「NOかな。漫研自体には関係ない」
秋瀬は質問回数を数えるためか、手元の紙にペンを走らせた。横棒1本を引いたので、たぶん正の字を書いているのだろう。
さて、何を特定すれば理由がわかるのか。
問題文を確認し直そう。
「悪い。これは質問じゃないんだけど、問題文は『来週から漫研は活動できなくなる、一体なぜ?』であってるか?」
「うん。それでOK」
さて、部活ができなくなる理由。どういったものがあるかといえば。
「それは秋瀬が部活に来れなくなるからか?」
「NO」
幽霊でない部員が2人しかいない以上、1人不在で部活にならないと思ったが、そういうわけではないらしい。
「じゃあ、この部屋、書道室が使えなくなるからか?」
「YES!」
まっ、部員関係じゃないなら場所だろう。これで質問は3つ。残り9つ。
9つの質問で書道室が何に使われるかを特定すればいい。部活動よりも優先されるなにか。
「えっと、言いに来たのが顧問の佐久間先生じゃなくて、平田先生だったのって関係ある?」
理沙がしたその質問は俺も気になってはいた。
「まぁー、YESだと思うよ。詳しくは知らないけど」
ここで煮え切らない。詳しくはってなんだ? まぁ、「関係あるか?」とか「重要か?」という質問にはっきりとは答えにくいのかもしれないけれど。
「書道室であることは重要?」
そう思いつつも、やはり「重要か?」という質問をしてしまった。
「うーん、YESかな。美術室とか音楽室だと成り立たないだろうし」
これであと7つ。さて、書道室と美術室、音楽室の違いは何か。……特殊設備がない。書道室はこれといって特筆するようなものは何もない。
そもそも書道の授業は今行われていないわけで、書道の道具すらこの部屋にはない。
何もないのに、書道室でなくてはならない理由ってなんだよ。
「化学とか理科って関係ある?」
理沙は先程の平田先生が関係あるってのが気になったのか、そう質問した。
「NO。平田先生の科目は関係ないんじゃないかな。たぶんだけど」
たぶんなのか。うーん……。
「書道室にある何かが関係ある?」
とても曖昧な質問だが、書道室である必要性が特に思いつかなかったのでそう訊いてみた。
「NO。だって、この部屋に特別なものなんて何もないし」
秋瀬は呆れ気味に言ったが、こちらとしては何もないから悩んでるんだ。
「創也はなんで書道室なのかってのにこだわってるんだよね?」
「ああ、うん」
「じゃあ、その部活ができない期間は、何か別のことに書道室が使われるってこと?」
理沙はそう訊いたが、これはYESが返ってくるだろうと、俺は内心で質問を1つ無駄にしたと感じてしまった。
「YES」
やっぱりか。そりゃ、部活ができなくなるのに、他で使わないということはないだろう。
残りの質問は4つ。慎重にいかないと。
「その別のことに書道室を使うのは、平田先生?」
しかし、理沙は全然慎重にいってくれなかった。
「NO」
「なら、別の先生?」
残り3つしかない質問をそんな曖昧なのに使うなよ。
「うーん、どっちだろ。NOになるのかな。微妙」
しかし、ここで秋瀬は答えに窮した。なぜ、この質問の返答に悩む? 使うのが生徒ならNO、教師ならYESで明らかなのに。
「今 悩んだのは、先生も生徒も両方使うってこと?」
「それはNO」
今度は即答。部屋を使うのは……。
「じゃあ」
「おい、あと質問1個だけど」
「えっ!? もうそんなにした!?」
「数えてなかったのかよ……」
「えっ、どうしよ。創也、なんかわかった?」
「いや、ちょっと整理して、それから最後の質問にするか」
「うん!」
理沙は力強く頷いた。俺は椅子から立ち上がり黒板の前へ向かう。考えを整理するには書き出した方がわかりやすい。
「最初に乱発したのを除いて、俺たちのした11の質問は」
それから、俺は思い出しつつ黒板に字を書いていった。
1. その理由は漫研に関係あるか→NO
2. それは秋瀬が来られなくなるからか→NO
3. それは書道室が使えなくなるからか→YES
4. 言いに来たのが顧問の佐久間先生ではなく平田先生だったことは関係あるか→YES
5. 書道室であることは重要か→YES
6. 化学や理科が関係あるか→NO
7. 書道室にある何かが関係あるか→NO
8. その期間、書道室は別の何かに使われるか→YES
9. 使うのは平田先生か→NO
10. 使うのは先生か→NO (微妙)
11. 使うのは生徒と先生か→NO
まず、これらから何が推測できそうかといえば。
「なんで書道室じゃないといけないのかと、誰が書道室を使うのか」
「うん。ここまでの質問だと、それを考えるのが良さそうかも」
俺と理沙が頭を悩ませる様子を、秋瀬は楽しそうに見ている。水平思考クイズは解答者が真剣に悩むほど、出題者側は楽しいのかもしれない。
「じゃあまず、なぜ書道室じゃないといけないのか」
「書道室の特徴だよね。とりあえず、書道室にある設備が必要とかじゃない」
「設備なんて何もないしな」
机が大きいくらいしか普通の教室と変わらない。
「ないよね。書道室じゃなきゃダメなんてことある? 書道室でできることなら、1-1の教室でだってできると思うんだけど」
書道室と1-1の教室との違いは何か。
「生徒が普段から使う部屋はダメなんじゃないか? 書道室は授業で使うことは稀だし、お前たち漫研さえ活動しなければ、誰も使わない」
書道室は良いが、美術室や音楽室はダメ。それって、つまり。
「その書道室が使われる何かは、放課後だけじゃなく、授業時間中も使うんじゃないか? だから、授業で使われている教室はダメなんじゃ。
だとしたら、たしかに1日中 誰も使わない教室ってここくらいだろ」
「私たち使ってるんだけど」
「いや、たった2人だしな」
「うーん」
理沙はちょっとだけ不満そうだった。
「で、1日中使うなにかってなに? 物置とか? なにか大量の物がここに運び込まれるとか、そういうの?」
理沙に問いに、俺は「いや、どうだろう」と言い、黒板に書いた質問と回答を見直す。
「学校として必要な物を置くとして、それは使っているのは教師ではないってことになるのか? 物置の場合、使用者って誰?」
「その物の持ち主? 学校名義なら、使用者は学校だから、先生ではないんじゃない?」
だから微妙? なんとなく釈然としない。
「そもそも、物置なんて用途が部活動より優先されるものか?」
生徒の部活動を停止させてまで、部屋に置く物。それ、一体なんだよ。
物置として使われるのかを質問したいが、それに残り1つしかない質問の権利を使うのはもったいない。
「先生たちは私たちなんかよりも物が大事なのかもしれないよ」
先生たち。……先生たち?
「9番目の使うのは平田先生かって質問、NO即答だったよな?」
「え、うん。確かそうだったと思うけど」
「仮に物置だったとして、それが平田先生の物ではないことは確定ってことだよな、それ。
なのに、4番目、平田先生が言いに来たことは関係ある。つまり、平田先生の物ではないけれど、平田先生が連絡に来ることは自然ってことか? なんか変じゃないか?」
「物置説は棄却?」
「いや、とりあえず保留で」
使用用途が見えてこない。あと、メタいが、物置に使うからというのではクイズとして出題するのに面白みに欠ける。
「じゃあ、誰が使うのかについてもっと考える? 先生か微妙ってことなら、やっぱり『学校』っていう組織なのかなって私は思うけど」
先生と言えるか微妙な存在。質問は「使うのは先生か?」だったから、なさそうな話だが、例えば使うのが外部からやってくる医者や弁護士なんかだと、先生ではあるかもってなるか。
しかし、健康診断の時期でもないし、医者がやって来たりはしないはず。
ん、そういえば。
「最初に乱発して質問で、期間が重要ってあったよな。6月いっぱいよりは短い。で、1週間よりはたぶん長い。6月に2週間ないし3週間の期間」
ん、2週間ないし3週間? 先生と言えるか微妙な存在?
……あれか? そういえば、まだ来てない、か。
「お? 和谷くん、なんかわかった顔?」
「え!? わかったの!?」
そんな顔に出ていただろうか。
「最後の質問、いいか?」
確認してみよう。たぶんあってるはず。最後の質問権を使って、外してたらアレだけど。
「どうぞ」
「使用者は大学生か」
「YES! 正解かな」
あってた。ちょっと安堵。
「大学生? あっ! え? うん、そうだよね」
理沙もわかったようで、黒板を見て再度「うん。そうだよね」と頷いた。
「教育実習?」
理沙が確認するように秋瀬に訊く。
「うん。正解。来週から教育実習で、実習生の部屋として書道室を使いたいんだって。だから、あたしたちは来週から3週間、書道室が使えませーん」
「えぇー。どこか他に部屋ないの?」
教育実習のための部屋。使う期間が年に3週間しかないのだから、それ用の部屋を用意するなんて無理だ。
しかし、3週間も使えなくなるなら普段から使われている部屋は当然ダメ。
いい塩梅なのが、この書道室なのだろう。
「職員室の中に居させるわけにもいかないらしいよ。まっ、あたしたちの活動って、ぶっちゃけ遊んでるだけっての先生も知ってるみたいだし」
「文集製作は? 来週から3週間も止まったら間に合わないよ?」
「それは別にここじゃなくてもさ。部活はその期間、放課後1組か2組の教室でってことで大丈夫じゃない?」
「んー、いいけどさぁ」
理沙は結構不満そうだが、秋瀬の方はそうでもなさそうだ。
「ちなみに、平田先生が教育実習担当らしいから、書道室にあるものを取りたいとかそういう時、実習生と話しづらかったら平田先生に言えばいいって」
漫画とか小説とか、私物が置いてあるわけだし、そういうこともあり得るか。
「にしても、結構アリだね、質問20個縛り」
「うん。ポンポン質問できないから、結構考えないといけなくなって、ちゃんと頭使うかな。
じゃあ、創也、次の問題も20個縛りにしよっか」
「別にいいけど、何問あんの?」
「とりあえずあと3問」
「結構あるな」
それから俺たちは元のテストプレイに戻った。
謎にするつもりさえあれば、案外日常は謎のタネに満ちているのかもしれない。
教育実習の時期は学校でまちまちですが、6月第1週から第3週の学校も実例を知っているので、そんな時期じゃないってことはないです。
更新は今話で停止します。いずれ、ネタが思いついたら続きを投稿したいと思います。