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箒泥棒


 掃除の時間というのは何のためのものなのだと思うことがある。


 今時、箒とちりとりで掃除をすることがどれほどあるだろうか? 掃除なんて放っておけばロボット掃除機がやってくれる時代だというのに。学校の掃除だって、それに合わせて少なくとも普通の掃除機くらいは使うべきだと思う。


 しかし、そんなことを生徒が思ったところで現実は何も変わらない。掃除の時間になれば多くの生徒は我関せずとサボり、一部の生徒たちが手早く掃除を終わらせることになる。そして、俺は一部の方の生徒だ。


 大出高校の掃除の時間は授業がすべて終わった後、帰りのHRの前。俺の属する6班の今週の担当場所は1年1組の教室。


「掃除、掃除ー」


 そう言って陽気に掃除用具入れへと向かっていたのは理沙。渡会理沙と和谷創也。出席番号が隣なので班も一緒だ。そして、理沙は基本的に真面目なので、掃除にもしっかりと参加してくれる。


「へ?」


 掃除用具入れを開けたところで理沙は間の抜けた声を出した。俺も箒を取ろうとそちらに向かう。しかし。


「箒、ないんだけど」


 掃除用具入れの中には箒は1本も入っていなかった。ちりとりが上のスペースに置かれている以外、完全に空。


「なにこれ?」


 教室から箒が消えるというのは、意味がわからない。

 ふと理沙の横顔を見ると、「これはミステリーだ!」と言わんばかりの興奮した顔になっていた。


「学校で箒が消えた! 一体なぜ!」


 実際、理沙はテンションを上げ、僕の肩を掴んでそう声を上げた。


「……昨日あった盗難事件的な?」


 とりあえずそんな答えを返した。

 昨日は隣の2組でカードが盗まれたとかいう事件があった。しかし、カードと箒では事が大きく異なる。


「箒なんて盗んでどうするの? 使い古された箒に価値なんてある?」


「家に箒がなくて、すごく欲しかったとか?」


 かなり苦しいけど、ありえなくはない。


「創也って、家に箒ある?」


「……ある、と思う。たぶん」


「仮になかったとして、箒ないと困る?」


「……長い目で見れば困るんじゃないか、たぶん」


 ここ数年、家で箒を使った記憶なんてなかった。


「私は困るとは思わないけど」


 今時、掃除は掃除機でやるものだ。箒を使う機会なんて玄関や庭の掃除くらいだろう。


「それに、消えたのはこの教室にあった箒全部だよ? 5, 6本はあったよね。仮に箒が必要だったにしても、そんなにはいらないでしょ」


「そりゃそうだ。なら、盗まれたわけじゃないっぽいな」


「そう! なら、なぜ箒が消えたのか! 犯人の動機は何か!」


 理沙はこの謎の前にとてもご機嫌だった。


 犯人がいるかどうかも謎な気はするけど、自然に箒が消えたりはしないか。


 教室から箒が消えた。なぜ。いや、意味がわからん。


「誰かのいたずらなんじゃないか?」


 真剣に考えても仕方ないのではないかと言外に伝える。箒を消すことに意味があるなんて思えないし。


「教室から箒全部なくすドッキリ? なにそれ、つまんない」


「まっ、センスのあるドッキリじゃないな」


 ただただ迷惑なだけ。さっさとネタバラシして箒を出して欲しい。掃除が終わらない。というか始まらない。


 クラスメイトの様子を窺う。今教室にいるのは同じ6班のメンバーで、俺たちを除けば3人。この3人は仲が良く、窓辺に集まって駄弁っている。


 村瀬 開、吹奏楽部の男子。180cmオーバーの長身でいわゆるイケメン。フルートを吹く姿にファンも多いとか。


 松本 穂花、軽音部の女子。身長は女子にしては高い方、俺と同じくらいっぽいから170cmくらいはあるか。教室後方のロッカーの上に鎮座しているギターケースは確か彼女のものだ。


 矢野 俊哉、軽音部の男子。165cmくらいの低めの身長。松本と同じバンドのメンバーで、小柄な体型に似合わずドラムを担当している。3人の中で矢野だけはそれなりに話す。


 仮にドッキリだというのなら仕掛け人は近くで見ているはず。この3人の中にそいつがいる。もしくは3人全員が仕掛け人。


「矢野、箒がないんだけど、なんか知ってる?」


 ドッキリならさっさと終わらせたいし、俺はすぐに3人の方へ話を振った。


「知らねーけど、箒がないってどゆこと?」


 矢野は何も知らない様子でこちらにやってきた。掃除用具入れの中を見て、首を傾げる。


「いや、なんで? まっ、ないなら仕方ないし、掃除とかやらなくていいんじゃね?」


 いや、お前はいつも何もしてないだろ、とは言わなかった。


「それは、どうなの?」


 真面目な理沙が抗議の声を上げる。俺としては別になしならなしでもいいが、ずっと箒がないのはたぶん困る。


「掃除はともかく、箒が消えたままってのはなぁ」


「先生に言えば箒くらい補充されるって」


 ネタバラシをする気配はないし、矢野がドッキリを仕掛けたということはなさそうだ。


「じゃ、今日の掃除はなしってことで」


 矢野はそう言うと他の2人のもとへと戻って行った。


「ちょっと思ったんだけど」


 矢野がいなくなった途端、理沙が小声で言う。矢野には聞かれたくないことなのだろう。


「矢野くんが掃除をしたくないから箒を隠したとか」


「ないな」


 即答した。それはないだろう。


「あいつらはいつだってああだろ。箒があろうがなかろうが」


 いつも掃除をサボっている人間が、わざわざサボるための理由を作る必要なんてない。


「そっか。箒を盗む動機、謎だね。ふふっ」


 楽しそうで何よりだ。対して、俺はあまり楽しくもない。


「そもそも盗まれたってところからかなり怪しいけど。動機がどうのより、まず、掃除はどうする?」


 ここまでネタバラシがないのだから、ドッキリではなさそうだ。となると、犯人がいたとしてここにいる3人とも限らない。今ここにいない誰かが関わっていても何も不思議はない。


 ということは、待っていれば箒が出てくるということはないのかもしれない。


「掃除よりも動機だよ!」


「いや、まっ、掃除なんて割とどうでもいいけど。箒を消す動機ねぇ」


 まったくもって思いつかない。考えるにしても何か取っ掛かりがほしい。


「動機以前に、仮に犯人がいるなら、誰だと思う?」


 大抵の場合、ホワイダニットよりもフーダニットの方が考えやすいはずだ。


 理沙は「うーんと」と首をひねり、それから「そうだなぁ」と口を開く。


「仮にここにいる3人のうちの誰かなら、穂花が怪しいかなって」


「なんで?」


「だって、箒ってそれなりに大きいから、盗んでもカード違って簡単には隠せないでしょ?」


「そりゃまぁ」


 箒を複数本盗んだとして、そんなものをどうやって運ぶんだという疑問は確かにある。


「穂花のギターケースって、箒が何本か入るくらいの大きさじゃない? 穂花、昨日もあれは持ってきてたし」


 ギターケースへと目をやると、確かに箒を入れるのにちょうどいいサイズに見える。


「でも、それだと、本来ケースに入ってたはずのギターはどこに行ったってことにならないか?」


 当然ながら、ギターケースに箒を入れてしまうとギターが入らない。それとも、昨日の朝の時点で箒を盗むことを計画して中身を入れずにギターケースを持ってきてたとか? 結局、何のためにという疑問にぶつかる。


「ギターは部室に置いてったとか」


「軽音の部室ってどこだっけ?」


「物理室だったと思うよ」


「私物なんて置いていけないだろ」


 昨日は盗難事件があったばかりだ。ギターなんて高価なものを置いていけるわけがない。


「漫研みたいに自由に使えるロッカーがあるとか」


 書道室にあったロッカーのサイズを思い出す。


「仮にあったとして、ギターは入らないんじゃないか?」


 ギターをしまうには高さが足りない。ギターを持ってきていたのなら、置いていける場所なんてないはずだ。


「ねぇ」


 理沙と先の見えない議論をしていると後ろから声をかけられた。振り向くと、その声の主は松本。……聞かれてたか?


「そんなに掃除したいなら、2組から箒借りてくれば?」


 幸い、俺たちが松本を怪しむ話をしていたのは聞かれてはいなかったようだ。矢野から箒が消えた件を聞いて助言をくれただけらしい。


「それもそっか。じゃ、私借りてくる」


 理沙はすぐに教室を出ていった。松本を怪しむ会話をしていたこともあって、たぶん気まずかったのだろう。


 松本は俺と話すようなことはなく、他の2人の元に戻って雑談を再開した。共通の好きなミュージシャンの話のようだ。昨日までは雑誌を広げて話していることも多かったが、それらは昨日の盗難事件の影響で持ち帰ったのだろう。


 それから待つこと約1分。理沙は箒を手にして戻ってきた、のだが。


「なんで6本も借りてくんの?」


 理沙は6本もの箒を抱えて戻ってきた。仮に班員の全員が掃除に参加したとしても5本でいい。実際のところ、2本で十分だっただろう。


「いや、これ、たぶんうちのクラスの」


「え?」


「なんか、2組の方は今日になって箒が異様に増えてたんだって。元々が何本だったかなんて覚えてないけど、12本あったから6本はうちのクラスのなんじゃないかなって」


「つまり、うちのクラスの箒は盗まれたんじゃなくて2組に移動してたってこと?」


「もしくは2組に盗まれたか」


 いや、2組が12本もの箒を求めていたと? その可能性はかなり低いだろう。そもそも、普通に6本返してもらえているし。


「まっ、見つかったから一件落着ってことで」


 よくわからないことは多いが、箒が戻ってきたなら問題はない。さっさと掃除をしてしまおう。


「全然落着してないよ! 謎は謎のまま」


 俺は不満を言う理沙から箒を受け取り、理沙は自分が使う分以外を掃除用具入れへと戻した。


 俺たちは掃き掃除を始めた。他の3人に手伝うそぶりはない。


「結局どうして箒が2組に移動したんだと思う?」


「知らない。やっぱり、誰かのいたずらなんじゃないか」


 手早く掃除をしながらも理沙とその話を続ける。うちのクラスでは掃除の際に机の移動などは行わないので、机の間を箒で掃いていく。


「箒を移動させるいたずらなんてしないでしょ。真面目に考えてよ」


「いや、真面目に箒6本を隣のクラスに移す理由なんてあるか?」


 箒を移すことに何のメリットがあるというんだ。起こったことといえば、うちのクラスの掃除が少し遅れるくらいのもの。


「2組がどうしても12本の箒が必要だったとか」


「12人でチャンバラがしたかったとかか? バカバカしい」


 昨日の掃除の時点では箒はあった。そして、今朝生徒が登校してきて以降は掃除用具入れは衆人監視の状況にあったのだから、箒が移動したのは昨日の放課後から今朝の間ということになる。


 その間に2組で箒が12本必要になったと? どういう状況だよ……。


「箒が12本あったら何ができるかな?」


 箒を何に使う? 単純に掃除用具としてなら、12本も必要になるとは思えない。別の使い方はなんだ?


「クィディッチでもしたんじゃないか?」


 何も思いつかなかったので冗談を飛ばした。掃除用具以外の箒の使い方が空を飛ぶしか思いつかないあたり、俺はポンコツかもしれない。


「あれ、1チーム7人だから2本足りないよ」


「そうなのか? 詳しいな」


「まぁね。そんなことより、クィディッチって本気で言ってる?」


「なわけないだろ。かといって、ほかに箒が12本必要になる状況なんて思いつかない。やっぱり、箒が必要だったから移動させたってわけじゃないんじゃないか?」


 なら、ほかに何のためにって話なわけだけれど。箒を移動させることによって起こるほかの何か。なんだ?


 ゴミを1箇所に集め終わり、あとはちりとりに入れて捨てれば掃除は終了。他の班の人たちも少しずつ教室に戻ってきている。


「ちりとりよろしく」


「うん」


 理沙はすぐにちりとりを取りに向かった。他3人は終始駄弁っていただけ。別にいつものことだが。

 3人の雑談に耳を傾けてみると、


「昨日は荷物多くてきつかったぁ。盗難事件とかほんと勘弁してほしい」


「俺はそんなにだったけど、穂花は雑誌かなり置いてたもんな」


「ほんとそれ。全部一気に持って帰って、腕がもげるかと思った」


「半分職員室に預ければ良くなかったか、それ」


「だって、私物を職員室に預けるとかやじゃん。てか、私はやだ」


「俺も結構嫌だわ」


「そういうもんか」


 本当にどうでもいい雑談だ。そんな話をするくらいなら掃除をしろ。いや、口では言わないけど。


「ねぇ、もしかしてなんだけど」


 ちりとりを持ってきた理沙は少し深刻そうな顔をして話し出した。


「私たちへと嫌がらせってことないよね?」


「箒がなくなったのが?」


 ゴミをゴミ箱に捨て、掃除は終わった。俺たちは箒とちりとりをしまう。掃除が終わればすぐにHRだ。5月もそろそろ終わろうという今でも席替えは行われておらず、俺と理沙の席は前後。俺たちは席について、そのまま話し続けた。


「あいつらの班、今週は教室の掃除だから箒を隠して困らせてやろうって? 随分迂遠な嫌がらせだな」


「ないって言い切れる?」


「個人を対象にした嫌がらせで教室の箒なんてものを隠すか? 絶対にないとは言わないけど、可能性は低いと思う」


 ちょっと困らせてやろうというつもりなら、箒を全部隣のクラスに運ぶより、ロッカーに入れっぱなしの辞書なんかを隠す方がずっと効果的だ。


「そうだよね。でも、もしかしたら嫌がらせなのかもって思うと、なんかモヤモヤする。ほかに箒を運ぶ理由なんて思いつかないし」


 俺としてはこのままよくわかんないやで終わらせて良かったのだが、理沙がそう言うのなら、ちゃんと考えるか。



 HRが終わってから、俺と理沙は2人で向かい合いながら推理を始めた。


「ちょっと整理してみるか。まずは目標として俺たちが知りたいのは動機ってことでいいよな?」


「うん。誰がやったかとかは、正直どうでもいいかも」


 犯人が誰かより、なんでそんなことをしたか。なぜ箒を移動させたのか。それが1番の謎だ。


「俺たちがさっき話してたみたいに、箒そのものが必要だったとは考えにくい」


「箒が欲しかったんじゃなくて、箒を移動させることに意味があったってことだよね」


 1組に箒がなく、2組に箒が大量にある状態を犯人は作りたかった。なぜか。


「箒が移動することによって何が起こる?」


「私たちが掃除ができなくなる」


 それが1番に浮かびはするが、できれば嫌がらせ以外の理由を見つけたい。


 結局、真実なんてわかりようもない。なら、嫌がらせ以外にあり得そうな推論が見つかればそれでいい。


「それ以外は?」


「うーん。……例えば、2組の箒と1組の箒が入れ替わっても気づかない、とか」


 箒の入れ替えが可能になった。なるほど、面白い視点だ。


「確かに箒が入れ替わっても気づかないだろうな。でも、それだと、何のために箒を入れ替えたかったかが謎だ」


 ん? いや、それ以前に。


「そもそも、箒を入れ替えたいなら放課後とかに入れ替えればそれでよくないか? どうせ気づかれない。わざわざ、全部を2組に移す必要なんてない」


「それもそうかも。それって、クィディッチの場合もそうじゃない? 終わったら1組に戻せばいいよね。全部2組の掃除用具入れにしまう意味なんてない」


「クィディッチかはともかく、何かの道具として箒を使ったんだとしても、終わった後に2組の方に戻す必要は確かにないな」


 犯人が1組に戻すのを面倒に思ったというならそれだけのことだけど。


「やっぱり、1組に箒がなくて、2組に箒がたくさんある状態にすることが大事だったんじゃないかな?」


 そう言われても、その状態になったからなんだという感じだ。箒が多かったりなくなったりしても大したことは起こらない。


「「うーん……」」


 何も思い浮かばない。俺たちは頭をひねって黙り込んでしまった。教室からは他の生徒はすでにいなくなっていた。


「リサー、いるー?」


 俺たちが「うーん」と唸っていると、廊下から秋瀬が顔を覗かせた。


「あっ、ごめん。お邪魔だった……?」


「へ? あっ、いやっ、そういうのじゃ全然ないから!」


 理沙はなんか必死に否定を始めたが、そうやって焦るとネタにされる。だから、俺は余裕を持って応ずる。


「邪魔どころかいいタイミング。3人寄れば文殊の知恵っていうし、知恵を貸してくれないか?」


 秋瀬は理沙の数少ない友達だ。たぶん、ミステリーとか好きなはず。


「知恵?」


「そうそう! 私たち、今、謎に直面してたの!」


 秋瀬に箒が移動した旨を1から説明する。秋瀬は2組の生徒だが、掃除の担当は教室ではなかったそうで、この話は完全に初耳だったようだ。


「ふーん。なるほどね。箒が全部なくなったってところだけとると、本当に謎って感じだねー。わかった。あたしも一緒に考える。

 知ってるかわからないけど、1組で今朝1番早く登校した人って誰?」


「へ?」


「だって、箒が移動したのは昨日の放課後から今朝なんでしょ? なら、犯人は昨日最後まで残っていた人か、今日最初に来た人なんじゃない?」


 単独犯ならそういうことになるか。秋瀬はホワイダニットよりもフーダニットから考えるつもりらしい。


「そっか。誰が最初かはわかんない。私は朝遅いから、来た時には大体みんないるし。創也は朝まあまあ早いよね?」


 今朝登校した時に誰がいたか。鮮明ではない記憶をなんとか呼び起こす。


「俺が登校した時には5人ぐらいいた。誰だったか。えっと、うちの班の3人は全員いたな。駄弁ってた矢野に挨拶した記憶がある。あとは、確か女子が2人」


「なら、犯行が今朝とすれば容疑者は5人だね」


「いや、箒を移動させたあと少し姿を隠してた可能性はある。それに犯人がうちのクラスの生徒とは限らない」


 隠れていた云々はともかく、犯人が2組の生徒って方は、動機が不明な以上普通にありえる話。


「んー、犯人が隠れてたならわかんないけど、そうじゃないなら2組の1番乗りはあたしだったから」


「じゃ、秋瀬が信用できるなら、朝犯行ならうちのクラスの5人が怪しいってことか」


「あたしは犯人じゃないよ! 箒移動させる趣味なんてないし」


 そんな趣味のあるやつはいないと思う。今回の犯人の動機が趣味だったとしたら、そんなのわかりようがない。


「ねぇ、その5人の中だったら、やっぱり穂花が1番怪しいと思う」


 理沙は顎に手を当てながらそう言いだした。なんか、カッコつけている風に見える。


「なんで?」


「穂花、いつもは私と同じくらいに来るから。今日だけ早く来てたのは変かなぁって」


 いつもと違う行動をした人が怪しいというのはわかる。しかし、偶然今日早く目覚めたという可能性だってある。


「穂花って?」


 秋瀬は松本のことを知らないようだ。


「軽音部でギターとボーカルやってる子だよ。背が高めで、かわいいより美人系」


「それだけじゃわかんない。ほかに箒と関係ありそうな情報ないの?」


 箒と関係ありそうな情報ってなんだよ……。


「あんまり箒を持ってる印象はないかなぁ」


「まっ、掃除にはいつも参加してないな」


「それは別に珍しいことじゃないよね。リサと和谷くんが真面目ってだけ」


 掃除をしない方が普通というのはどうなのだろう……。しかし、残念ながらそれが現実。


「その穂花って人が犯人だとしたら、どんな動機がありえる? 愉快犯はありそうな人?」


 箒を移動させて愉快犯というのも、何が愉快なのかさっぱり理解できないが。まぁとにかく、松本がそういった悪ふざけで箒を移動させるなんてことをするかというと。


「松本は、理由なく箒を移動させるようなノリと勢いだけで生きてるタイプじゃないよな」


 松本は思慮深いとは言えないまでも、意味不明な行動をとるタイプではない。


「穂花は面倒くさがりだし、悪戯のためだけに箒を全部動かすなんてしなそう」


「じゃあ、仮にその人が犯人ならちゃんと理由があるはずなわけね。箒を動かすことによってその人に起こるメリットは何か!」


 秋瀬はビシッと人差し指を立てて問題提起をしたが、まったく思い浮かばない。


「掃除が終わるのがちょっと遅くなるから、帰りのHRもちょっと遅くなって、それで部活の練習時間が減るとか」


 理沙は次から次へと色々思いつく。やはり、ホワイダニット大好き人間は違う。


「それってその人にとってメリットなの?」


「うーん、たぶんどっちかというとデメリットかなぁ。穂花、部活しに学校に来てるまであるし」


 思いつくからといって、それが正しいということもないようだけど。


「これ、犯人はその人じゃなくて、部活サボりたかった別の人がやった説ない?」


 動機は部活の時間を減らすために少しでも帰りの時間を遅らせたかった? どうにも納得いかない。仮に部活をサボりたいと思って、そのために箒を移動させようなんて発想になるか?


 いや、それなら何のためなら箒を動かすなんて発想になる?


 僕は掃除用具入れの前と行き、それを開けてみた。この箒を移動させる理由…………ん?


 あの3人が掃除中にしていた雑談を思い出す。

 荷物が多くて腕がもげるかと思った。

 私物を職員室に預けるのは嫌。


「わかったかも。一応、犯人が松本だと仮定すれば、それっぽい動機はある」


「穂花に動機!? 本当に!?」


「あーあ、先越されたかぁ」


 理沙は驚き、秋瀬は悔しそうに声を出した。


「いや、理沙はともかく、秋瀬には必要なだけの情報が与えられてなかった」


 俺が先んじて思いついたのは、単に情報量が多かったからに過ぎない。


「情報って?」


「松本が掃除中に駄弁ってるのが聞こえたんだけど、昨日は荷物が多くて大変だったらしい。で、それでも職員室に荷物を預けはしなかったそうだ。あと、松本は学校にかなりの量の雑誌を持ってきていた」


 動機の根底にあるのは昨日の話と同じで盗難事件。


「それって、その人が大量の荷物を昨日持って帰ったってことだよね? それが何?」


「昨日、秋瀬は書道室に2回に分けて荷物を持ってきただろ?」


「え? うん。持てなかったから」


「松本も持ちきれなかったんだよ。でも、職員室に私物を預けたくはなかった。加えて、面倒くさがりの松本が家まで2往復するとは思えない」


 ここまで言うと秋瀬は何かに気づいたように僕の開けた掃除用具入れを見た。


「軽音部でギターをやってるんだっけ?」


「そう」


「うわぁ。私なら、それするくらいなら職員室に預けるよ。ないわぁ」


 秋瀬も気づいたようだ。残った理沙は首を傾げている。


「え? 瞳もわかったの? どゆこと?」


「ギターは割と重いってこと」


「……?」


 理沙はどうにもピンときていない様子だ。


「盗難事件のせいで多過ぎる荷物を持って帰ることになって、松本はそれを持って帰れなかった。でも、職員室に私物を預けるのは嫌だった」


「それって荷物を置いていったってことだよね? でも、昨日はロッカーのチェックが入るって話だったから、そんなことしたら怒られるでしょ? それにそれが箒となんの関係があるの?」


「ああ。松本は怒られるのも当然嫌だった。そこで、荷物を置いていったことがバレないように、箒を動かすことにしたんだ」


「……?」


 理沙は未だに首を傾げている。ま、わざと迂遠な言い方をしているんだが。


「置いていった荷物はギターだよ。どうせ今日も持ってくるものだから置いていっちゃおうと思ったんだろうね」


 秋瀬も遠回しなヒントを出して理沙をからかい始めた。こういうの、最後までわからないとわかったやつにマウント取られるんだよな。


「ギター? そんなの、そもそもロッカーにすら入らないし、置いてける場所がないって昼にも」


「ああ。だから箒を動かす必要があった」


「……掃除用具入れの中!」


「そうだ。掃除用具入れから箒をなくせばデカいロッカーとして使える。松本はその中にギターケースをしまったんだ。先生はロッカーをチェックしても掃除用具入れの中なんて確認しないと踏んでな。ま、別に証拠はないし、たぶんこうだったんじゃないかって域は出ないけど」


「おぉ、謎、解明?」


 理沙の問いかけに一応頷いておく。

 しかし、実際のところは箒が移動した件と松本は何も関係がないかもしれない。すべてが推測で、それをもって解明と言っていいかは怪しい。でも、とりあえず、理沙が納得すればそれでいい。


「解明っ! さ、部活行こ。和谷くんも一緒に」


「いや、俺はいい」


「えぇー。コナンあるよ。和谷くん、ミステリー好きでしょ?」


「コナンは最強!」


 コナンという言葉に反応するホワイダニット大好き人間。たぶん、理沙の思うコナンの魅力と、一般人の思うそれとは大きく違うのだろう。


「いや、嫌いじゃないけど、特別好きでもないし」


 俺にとっては、手元にあれば読みはするが、買うほどではないくらい。


「じゃあ、金田一は?」


「金田一もいいよね!」


「いや、俺はいいって。じゃ」


 強引に話を切って教室を後にした。オタク2人に挟まれて漫画を布教され続ける放課後なんて遠慮願う。


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