荷物はどこへ消えた?
まともなミステリーは初挑戦です。矛盾等ありましたらご指摘下さい。
かの有名なアドラーはこう言った。
『行動に問題があるとしても、その背後にある動機や目的は必ずや「善」である』と。
しかし、幼馴染はそれに対して即座に否定をした。
「動機っていうのは十人十色だよ。それを善なんてマジックワードで一緒くたにするなんて、そのアドラーって人はセンスがないね」
動機。人が行動を起こしたりする直接の原因、目的。
人が異質な行動を起こすには動機がある。つまり、必然性がある。
幼馴染は、その動機に何よりこだわる人だった。
*
普通に生きていて事件に遭遇するなんてことはあるだろうか。
その答えは簡単で、結構ある。ただ、
「2組でカードゲームのカードが盗まれる事件がありました」
遭遇する事件ってのは、大抵はこういうくだらないものだ。貴重品が盗まれたとか、窓ガラスが割られたとか、そんなの。
中にはそんな事件でも大騒ぎする人もいるけど、俺としては、「あっそ」という感じ。自分が当事者でない限り、興味もない事件。
「とても高価なカードも含まれていたようです。何か心当たりのある人は先生に教えてください。
それと、学校にそういうものは持って来ないこと。うちのクラスにもゲームとか漫画とか持ってきている人もいるみたいですが、そういうものは持ち帰ること。
今日、ロッカーのチェックをしますからね。仮に持ち帰れないほどものを持ってきている人がいたら、段ボールを渡すのでそれに詰めてください。職員室で預かります」
この大出高校は基本的に治安がいいものの、高価なカードやらゲームやらを持ってきているのは不用心と言わざるを得ない。
担任が言ったロッカーに目をやれば、それはロッカーとは名ばかりのただの箱。鍵がかからないどころか扉すらついてない。いわゆるカラーボックスのようなものだ。ここに貴重品を置いていては盗まれても文句は言えない。
こういう事件の場合、犯人なんて捕まらず、盗られたものも戻ってこない。教師はそんなものを学校に持ってきた方が悪いと被害者側の生徒を責める。
事件そのものもくだらないし、解決しないという所もつまらない。例えば、小説にはなり得ない事件。
ミステリー小説は幼馴染が好きということもあってよく読むけれど、こんな事件では、その幼馴染の食指もさすがに動かないだろう。
「とにかく、貴重品、盗まれて困るものを学校に置いていかないこと」
そんなこと言ったら、教科書も辞書も体操服も盗まれたら困るけど……。
教科書はともかく、英和辞典と古語辞典は持って帰る気になれない。
今回の事件は、生徒への注意喚起とロッカーのチェックで幕を閉じるようだ。このくだらない事件のせいでHRが長引いたが、やっとそれも終わり。挨拶をもって今日の学校は終了。
実質帰宅部である俺は、結局辞書類はロッカーに置きっ放しにしてすぐに帰ることにした。
クラスメイト達に目をやると、ロッカーの中の大量の荷物とにらめっこしているものが大多数。
最近、学校に漫画や雑誌を持ってきて休み時間に貸し合うのが生徒の間で流行っていたのだ。ロッカーを本棚みたくしていたやつも少なくない。
俺は自分の趣味を他人に晒すのに抵抗があって、その手のものを持ってきていなかった。お陰で特に困ることもない。
カードが盗まれたなんてくだらない事件でも、意外に影響はあるものだった。
「創也、ちょっと待って!」
教室を出ようとしたところで後ろから声をかけられて俺は歩みを止めた。振り返ると、身長150cmほどの小柄の女子が段ボールを足元に置いて立っていた。
「理沙、なんか用?」
渡会 理沙、家がマンションで隣同士のいわゆる幼馴染。同じ高校に入学して、幼稚園から高校までずっと同じ。クラスもかなりの割合で同じになる腐れ縁で、今も同じ1年1組。
その容姿は整っていて、入学当初は男子に注目されていた。が、その趣味に少々難があるので、2ヶ月弱過ぎた今では少しクラスで孤立気味。本人は全く気にしていない様子だけど。
それでも、俺とは今でもそれなりに仲はいい。しかし、放課後に呼び止められるような仲ではない。
「書道室に運ぶの手伝って!」
理沙は自分のバッグをこちらに差し出した。
「これは私が運ぶから、創也はバッグをよろしく」
理沙はそう言うと「よいしょ」と段ボールを持ち上げた。中身はおそらく大量の本。漫画と小説、雑誌も少しはあるだろうか。
友達とシェアしていたわけじゃない。布教しようとして失敗しているのを見た覚えがある。
「なんで俺が……」
「創也だって漫研の一員でしょ!」
理沙は漫研の部員で、書道室は漫研の活動部屋だ。その権限で書道室に私物を置こうという考えなのだろうけど、そこに俺が手伝う道理は何もなかった。
「名前貸しただけなんだけど。てか、書道室を私物化していいわけ?」
書道室は漫研の活動している部屋ではあるが、別に漫研専用の部室というわけではない。
書道の授業は現在行われていないので謎の部屋ではあるが、社会科の授業で映像見るときとか使うことがある。視聴覚室なる部屋があるのになぜ書道室を使うのかは謎だが。
「漫研用の鍵のかかるロッカーがあるから、そこに移動させるの。はい、持って! あとでジュースおごるから」
「はいはい」
押し切られる形で荷物運びを手伝うことになった。1年1組から書道室までは、階段で1階分降りて、渡り廊下を渡ってから1階登る必要がある。結構遠い。
ロッカーのチェックが入るとなれば置き勉もしづらく、教科書類のずっしり入った2人分のバッグを運ぶのはなかなかに骨だ。
加えて今は暑くなり始めた5月末で、今年初の真夏日。重いし暑いし嫌になる。
たぶん、本を運んでいる理沙の方が楽してると思う。
「2組の盗難事件、あれ、どう思う?」
道中、俺は荷物を運ぶのにいっぱいいっぱいだというのに、理沙はそんな話を振ってきた。
「どうって、何が?」
階段を降りつつ返事をする。普段の運動不足からか、かなりつらい。肩が痛い……。
「もちろん、動機」
心の中でため息をつく。
理沙はなぜか動機というものに多大な興味を示す。ホワイダニットマニアとでも言うべき人間だ。
理沙はミステリーをよく読む。そしてその時も、普通なら犯人の方が気になると思うのだが、理沙の場合は犯人なんて二の次で、とにかく動機を知りたがる。
読み終えると、ありふれた動機だったら落胆し、奇抜な動機のものだと傑作だと言って勧めてくる。
なんというか、少し迷惑な友人だ。
そんな理沙は、現在のこんなくだらない事件に対しても動機に興味を持っているらしい。
普段は殺人事件を扱った小説を主に読んでいるので、窃盗には興味を示さないかとも思ったのだが、そんなこともないようだ。
でも、盗難事件の動機なんてわかりきってる。
「レアカードが欲しかったんだろ。欲しかったから盗んだ。とてもわかりやすい。それとも、他に何かある?」
「欲しかったから盗んだっていうのはわかりやすいけど、なら、どうして欲しかったのかな? 高価だから、金銭目的? それとも、強いカードだから、それを盗んで自分が強くなりたかった? はたまた、盗んだ相手を弱くしたかった?」
理沙がクラスで孤立気味にある理由の1つがこれだ。単純に、会話するのが面倒くさい。答えるのが面倒な上にあまり興味を引かれない話題を振ってくる。しかも、理沙はその話題が面白いと思ってる。
俺はまあまあ慣れているので、別にこの会話は苦ではないけど、大して楽しいというわけでもない。
それでも、理沙の提供する話題に一応乗りはする。しないと理沙の方が不機嫌になって口数が減る。
「お前、殺人の動機以外にも興味持つんだな」
「失敬な。私は殺人、強盗、窃盗、横領、暴行、傷害、器物損壊、名誉毀損に強制性交、あらゆる犯罪の動機を愛してるよ」
こんなことを言っていれば、クラスの面々から気味悪がられるのは当たり前だ。
長い付き合いとはいえ、女性の口から、強制性交の動機を愛してるとか言われればさすがに引く。かなり引く。
「そう。でも、ちょっとサイコパスっぽいからそういうことあんまり言わない方がいいぞ」
本心では、ちょっとじゃないし、ぽいというかサイコパス確定だと思う。幼馴染じゃなかったら絶対に近づいてない。
「サイコパスって、私が愛してるのは、犯罪そのものじゃなくて、その動機だから」
「だからって、凶悪犯罪を特集した雑誌を学校に持ってきて、それをクラスメイトに布教するのはないだろ。絶対ヤバいやつだと思われてるって……」
「あれはミスったって私もわかってる。いきなりリアルはアレだよね。普通にコナンとか東野圭吾とかからいくべきだったよ」
コナンや東野圭吾はまだ無難だけど、理沙が話したのでは、どっちにしろヤバいやつ認定はされた気がする。
そんな実りのない話をしている間に、俺たちは書道室にたどり着いた。その時点で俺の肩は限界だった。廊下にバッグ2つをドンと音を立てて下ろす。
「ちょっと、私のなんだからもっと丁寧に扱ってよ!」
「ごめんごめん」
誠意のない謝罪に理沙は睨むような視線を送ってきた。それから、段ボールを足元に置いて、ドアに手をかける。
「開いてないし」
ガタっと音がするのみで開く様子はない。中を窺ってみても誰かがいる気配はない。
「鍵取って来ないと」
理沙は荷物を書道室の前に置きっ放しにして職員室の方へと歩き出した。俺も財布はポケットに入れてあるし、バッグに貴重品は入ってはいないので、荷物はここに置いて後に続いた。
階段を下り、廊下を歩く。書道室と職員室は同じ南棟。西の端と東の端であるものの特別遠くはない。
1分とかからず職員室へとたどり着き、理沙が鍵を取ってくるのを廊下で待つ。
これ、別にここまで付いてくる必要なかったな。書道室の前で荷物と一緒に待っていれば良かった。
それどころか、荷物運びの時点で役割は終わったのだから帰れば良かったのでは?
「入れ違いになったみたい。鍵借りられてた」
職員室から出てきた理沙はそう言った。入れ違いか。本格的に待ってれば良かったな、これ。
「漫研って他に何人いるんだっけ?」
「1人だよ。3人いればギリ同好会として認められるから、創也に名義貸し頼んだんだもん。瞳、創也も会ったことあるよね?」
そういえば名前を貸した時に、もう1人の部員に会った気もする。
確か、理沙と同じくらいの身長で明るい感じの。初対面の俺に対してもフランクに話してきた記憶がある。苗字は秋瀬だったか。
「なんとなく覚えてる。秋瀬だっけ? たぶん3階の方から向かったんだろうな」
書道室は3階の西の端。職員室は2階の東の端。俺たちは西階段を下って2階を歩いてきたが、秋瀬は東階段を上って3階から書道室に向かったのだろう。
「無駄足しちゃった。さっさと戻ろ」
僕たちは先と同じく2階の廊下を歩いて書道室へと戻った。書道室の前には僕たちの荷物がそのまま置いてある。
「瞳、お疲れー」
理沙がそう言ってドアに手をかけると、すんなりとそれは開いた。俺たち2人はそのまま書道室へと入る。
「あれ? いない」
書道室は無人だった。俺と理沙はとりあえず荷物を机の上へと置いた。書道室は基本的には普通の教室と同じだが、机のサイズがひとまわり大きい。
「瞳、トイレにでも行ってるのかな?」
そう尋ねられて、なんとなく部屋を見回して違和感を覚えた。机や椅子の上には俺たちの持ってきたもの以外何も置かれていない。
廊下側にある棚は書道関係の本以外に、なぜか社会科科目の問題集が入れられている。書道室っていうか社会科室って感じだ。
教室後方には鍵のかかるロッカーが並び、その横に教材が入っているっぽい段ボールがいくつか置かれている。これも中身は社会科関係なのだろうか。
たぶんこのロッカーが、すべてかはわからないけど、漫研用のロッカーなのだろう。
そして、それ以外にはこの部屋には特に何もない。
「秋瀬のバッグがないのは、なんでだ?」
「ん?」
「秋瀬がここに来て、トイレとかでちょっと部屋を留守にしたなら、バッグはここに置いてあるはずじゃないか?」
「言われてみればそうかも」
それなのに、そのバッグがない。
「なら、瞳は来てない?」
「それなら、なんで鍵が開いてんの?」
鍵が開いている以上、秋瀬はここに来たはず。
「えっと、先生が開けたとか?」
「生徒への貸し出し用の鍵がなかったんだろ? 先生が開けたなら、その鍵はどこにあるんだ?」
書道室に忘れ物をした生徒が鍵を借りたとかでない限り、貸し出し用の鍵を借りたのは秋瀬であるはずだ。なら、鍵を開けたのも秋瀬である可能性が高い。
「えっと、うーん……」
ここにあるはずのバッグが消えた。なぜ。いや、それ以外にも変じゃないか?
「そもそも、トイレとかなら鍵を持っていかないんじゃ?」
今、この場には鍵はない。つまり鍵を開けた人物はその鍵を持って移動したことになる。
「鍵を持って行ったのに、鍵はかけなかったってなんか変な感じするけど」
「確かに。瞳はここの鍵だけ開けて、鍵を持ってどっか行っちゃったってこと?」
どっか行ったってどこに行ったんだ? しばらく待てば戻ってくるのか? 戻ってきてくれないと、俺たちはここの戸締りができない。すなわち帰れない。
「なんでそんなことを? 動機が謎だね!」
理沙はテンションを上げて、「ミステリーだよ」とか言っているけど、動機は結構どうでもいい。
1番解決しなくてはならない問題は、鍵が今どこにあるのか、だ。鍵が見つからないと帰れない。
でも、それを言うと理沙はいかに動機が大切かとか言い出して脱線するので、とりあえず何も言わない。
「考えるには、まず状況を整理しよ。さっき私たちがここに来た時は鍵はかかってたし、中に人がいる気配もなかった。つまり、瞳はまだ来てなかった」
理沙はやる気満々で考え始めたが、こいつはミステリー好きのくせに推理力にはあまり期待できない印象がある。一応、俺もちゃんと考えよう。
「それで、戻ってきたら開いてた」
「そう。貸し出し用の鍵がすでに借りられていたわけだから、私たちが職員室に向かう間に、先に鍵を借りた瞳がここに来て鍵を開けた。でも」
鍵を借りたのが間違いなく秋瀬であるという絶対の確信はないが。
「今、秋瀬はここにいないし、バッグもない。そして、鍵もない」
バッグがないのに鍵が開いていて、そのくせ鍵がここにないのが謎。
秋瀬はなぜ、鍵を持って行ったのに鍵をかけなかったのか。
……いや、動機は理沙に考えさせておけばいい。俺が考えるべきは、秋瀬は鍵を持ってどこに行ったのか。
「ちょっと外に行く用とかがあったならバッグがないことは納得なんだけど」
「それなら鍵はかけてくよな。今日、盗難事件が発生したばっかりなんだし」
見た感じとられるようなものは何もないけど、それでも不用心だ。
「秋瀬ってそういうところテキトーなタイプなのか?」
「うーん。細かいってわけじゃないけど、さすがに10分以上空けるなら鍵はかけてくと思う。それに誰もいなくて開けておくと勝手に部屋を使う人がいるから、鍵は普通かけるよ」
すると、秋瀬はすぐに戻ってくるつもりだったはず。それなのにバッグは持っていった?
向かう先でバッグが必要だったのか? 筆記用具ならともかく、教科書を使う要件ってなんだ?
先生に質問があったなら、10分くらいかかりかねないし鍵はかけていきそうなものだが。
それに、質問ならバッグすべてを持って行かずに、その教科のテキストだけを持っていけばいい。
今日はロッカーのチェックのせいで置き勉ができない。バッグの中には教科書が詰まっていて重いはずなのだから。
「秋瀬は私物が常に目の届く範囲にないと不安になる人だったりは?」
「そんなことはないかな。普通に置き勉とかもするし。私と同じで、学校のロッカーに漫画も入れてたはずで、他の人が勝手にそれを読んでもいいって思ってるくらいには緩いよ」
「なら、バッグを忘れて教室を出るようなおっちょこちょいだったり」
「ないない。瞳はしっかり者だよ。少なくとも私よりは」
……。思考が行き詰まり、沈黙が降りた。その時。
「リサー、お疲れー」
秋瀬が普通に現れた。右肩にバッグを提げ、右手に鍵を持っている。
「おっ、今日は和谷くんもいるんだ。幽霊部員はやめて、漫研やることにしたの?」
「いや、荷物運びを手伝っただけなんだけど」
「あー、盗難事件とかやんなっちゃうよね。そもそもロッカーに鍵がかからないのが問題なんだっての。普通にありえないでしょ、あれ。さてと、ちゃんとしたロッカーに漫画しまっとかないとね」
秋瀬はバッグを無造作に机に置くと、後ろのロッカーへと向かい、そして横にある段ボールへと手を伸ばした。
あぁ……。
それだけのことだった。謎だなんて言っていたのがバカらしい。
「全然不思議でもなんでもないことを……。てか、理沙は気づけよ」
「えっ! わかったの!?」
「えっ? なんの話?」
俺たちは先ほどまでしていた話を秋瀬に話した。秋瀬はさも愉快そうに笑った。
「あはは、それでなんでだろーって悩んでたの?」
「本当にバカバカしい」
気づけばなんでもないことで、それを考えていた時間が無駄に思える。
「結局なんだったの? 勝手に納得してないで教えてよ!」
別にもったいぶるようなことでもないので、理沙にさっさと答えを言う。
「荷物は置いてあった。だから謎なんかじゃなかった。それだけ」
「え? でも、瞳は今 バッグを持ってやってきたよ」
俺たちはバッグがないのがおかしいと言い続けていたが、バッグ以外に荷物があったならおかしいことはない。
「秋瀬はその段ボールを教室から運んできた。だから、バッグが持てなくて教室に置いてきてた。秋瀬がここにいなかったのは教室にバッグを取りに行ってたから」
ロッカーの横にあった段ボール。そのうちの1つは秋瀬がついさっき漫画を詰めて持ってきたものだったのだ。
理沙は俺を捕まえられたからバッグと漫画を両方運べたが、もし1人だったら2回に分けて運んでいただろう。
秋瀬は実際に1人だったから2回に分けて荷物を運んだ。それだけのこと。
「俺はここに全然来てないから段ボールが1個増えてるとかわからなかったけど、理沙はそうじゃないんだから気づけただろ」
理沙も先生から受け取った段ボールで漫画を運んでいたのだから、俺だってちゃんと考えれば気づけたはずなんだけれど。そもそも、段ボールの中身を確認すれば一発だった。
「段ボールが1個増えてるとか、そんなの気づかないって! それに、なら鍵は? 瞳が鍵を開けたまま移動した動機は?」
「教室まで往復するくらい10分どころか5分もかからないだろ。鍵をかけなくても何も不思議じゃない」
そう答えた俺に対して、秋瀬が漫画を段ボールからロッカーに移しつつ口を挟む。
「それもあるけど、廊下に荷物が置いてあったから、理沙と入れ違いになったってわかったし。鍵かけて行っちゃうと理沙が入れないでしょ?」
言われればそりゃそうだという理由。そんなことを悩んでいたのが本当にバカらしい。
「じゃあじゃあ、鍵を置いていかなかったのは? 持ってく必要なくない?」
「だって、盗難事件が起きたって話だし、漫画はあたしのものだから盗られても自己責任だけど、鍵がなくなったら一大事でしょ?」
それ以外にも社会科のテキストとか置いてあるわけだが、まぁ、そんなものが盗まれるなんて想定はしてなかったのだろう。
この特別なにもない書道室では、1番の貴重品は部屋の鍵だったという話。
「あー。確かに」
結局、俺たちが謎だと思っていたものは特に不思議でもない普通の出来事だった。
「無駄なことに悩んで損した。俺は帰る。じゃ」
「えぇー。私は面白かったと思うけどなぁ。あれ、あの、日常の謎みたいな感じで。こういうのもたまにはいいね」
「謎ですらなかっただろ。ただ、段ボールを見落としただけ」
そもそも、今回のことは少し待って秋瀬が戻ってきたらすべてわかることだったのだ。考えることそのものが無駄だったとも言える。
「そっかなぁ? あっ、それより、創也も漫研の一員なんだし、ちゃんと活動してこうよ」
「……漫画をロッカーに入れるの手伝えってことか?」
「まっ、そんな感じ? ジュースおごるから、ね?」
「はいはい」
その後、ロッカーに入りきらなかった理沙の漫画なり小説なりを家まで運ぶのも手伝うはめになった。
ジュースはおごってもらえたけれど、それに見合う以上の労働をした気がした。