愛しています なので、別れましょう?
私は、愛菜。藤堂愛菜。愛する藤堂弘樹の妻。今年で21歳になるのだが、結婚したのは去年だ。
「弘樹。」
「愛菜。」
自慢ではないが、これでも仲はいい方だと思う。毎月一回のデートはできるだけ欠かさないようにしている。その日はいつも、手を繋いで街中を歩くのだ。その瞬間が、本当に幸せだった。だって、愛する人と仲良く過ごせているのですから。何よりも、幸せな時間だった。けれど、そんな幸せはある日突然崩れ去る物で。私の幸せも、ある日突然崩れ去った。
夜中、二人で眠っていると、ガラガラと窓の開く音を目を覚ました。重たい目を擦りながら窓の方に目を向ける。
「姫様、お迎えにあがりました。」
そこにいたのは、小さくて可愛い子狸だった。驚いて夫を起こそうとすると、その子狸が私を止めた。
「その人は起こさないでください。さあ、帰りましょう。」
なにが起こっているのか、全くわからなかった。狸が話してて、私を連れて帰るというのだ。なにが何だか、意味がわからなかい。
「ど、どういうこと?」
「…聞かされていらっしゃらないのですか?」
子狸は首を傾げながら私をみた。話をしようということになったので、夫を起こさないように二人で…一人と一匹でリビングに移動した。
「それで、姫様ってどういうこと?あなたはいったい何なの?」
私が子狸を椅子の上に乗せて質問すると、子狸は一枚の紙を取り出した。そこには、こう書かれていた。
『娘を妖怪の姫として譲渡する代わりに、あなたを黄泉の国から連れ戻します。』
「な、なにこれ…。」
その下には、母の名前が書かれていた。…母の字だ。今はもうなくなってしまった両親。これが本当なのか聞くこともできない。
「姫様のお母様は、姫様を生んだ際に生死の境を彷徨いました。その際、姫様を代償に我々妖怪が道案内をして黄泉の国から連れ戻したんです。」
子狸は笑顔でたんたんと説明した。
「ど、どうして…お母さんは、私を愛していなかったの…?」
「生まれたての姫様を、一人にしたくなかったんですかねえ?」
私は母の顔を思い浮かべた。確かに、愛されていたはずだ。あれは嘘だったとでもいうのだろうか?
「姫様…。姫様は我々妖怪に必要とされているんです。」
「ひ、必要…?どうして?」
子狸が私の気持ちをさっしたのか、話題を変えようとしてきた。
「はい。姫様には我々妖怪を束ねていただきたいのです。妖怪となって。」
「ど、どうして私が…!?」
私がそういうと、子狸はしゅんと下を向きながら続けた。
「残念ながら、我々古来の妖怪は陰陽師に力を封じられ、まともに妖術が使えないんです。ですが、新しい妖怪は別です。大きな力を有することができます。ですから、姫様は我々の希望なんです。妖怪は人とは関わりませんから、夫さんと添い遂げることはできなくなりますが、我々と一緒に来てください。
「…嫌だと言ったら?」
私がそう言った瞬間、子狸は恐ろしい怨霊の姿に変わった。その顔は、私の夫のものだった。なにが言いたいのかは自然に伝わってきた。
「夫を人質に取るのね…?」
「はい。」
子狸は一瞬で元の姿に戻り、にこりと笑った。
「…わかったわ。一緒にいきましょう。」
私の決断は、早かった。昔から父に言われていたのだ。自分の大切なものを守る時、迷ってはいけないのだと。その教えを今、実行しましょう。
「ちょっと待ってて。」
子狸をリビングに戻し、私は寝室に戻っていった。ドキ、ドキ。心臓の音が聞こえる。涙がにじみ、今にも溢れ出してきそうだ。それでも、もう迷いはしない。これが、一番いい決断なのだ。妖怪たちも喜び、夫の安全が一番保障される方法。
ガチャ。ドアを開けて夫を起こす。
「うーん、なに、もう朝?」
「ごめんね。ちょっと大事な用事ができて…。」
私がそういうと、夫は真剣な顔になった。そんなところが、夫のいいところだ。
「なに?」
弘樹は起き上がって私に向き直った。
「弘樹。愛してるわ。」
「ん?うん。」
さあ、彼にサヨナラを言おう。
「だから、別れましょう?」
「…え?ど、どういうこと?急に!」
先程子狸が持ってきてくれた離婚届を差し出す。
「別れて。」
「な、何でだよ!」
夫が焦って私の肩を揺らす。それでも、私の決断は揺るがなかった。
「ごめんね。」
私はにっこり笑った。けれど、うまくは笑えなかった。きっと涙も滲んでいたし、寂しそうな笑顔になっていたと思う。その表情から、夫は何かを察したのだろう。
「…分かった。明日提出しておくよ。」
俯いたままの弘樹をリビングに残し、私は再びリビングに向かった。
「話をつけてきたわ。…行きましょうか。」
「はい、姫様。」
小たぬきくんだそっと差し出した手を、私は握った。進もう。彼を守るために。




