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山小屋での出会い

『勇者を守れ』




 ……またこの声か。

 毎朝起きる度に頭に響く、知らない男の低い声。

 3か月ほど前から聞こえるようになったこの幻聴は、飽きもせずに今日も俺を悩ませる。


 ……嘘だ。

 3か月も聞こえていたらもはや悩むを超えて聞き流せるようになった。

 最初は自分の頭がおかしくなったのかと聞こえないフリをしていたが、今は朝に聞こえる鳥の鳴き声と同じようなものだと思っている。


 俺はむっくと起き上がり、ベッド代わりに使っている筵から出て体を伸ばす。

 筵で寝ることにも随分慣れてきたが、ベッドが恋しいと思うのは3か月経っても変わらないな。


「今日は雨か」


 窓の外を眺めながらため息を吐き、手当たり次第に水を溜めておけそうな器を手に取って水が落ちるポイントに置いていく。


「山小屋生活も3か月か。雨の日は仕事が増えて嫌になるな。

 こんなボロい山小屋じゃ少しの雨でも雨漏りするんだよな」


 こんな日は王国に帰りたくなる。


 ……これも嘘だ。

 あんなことがあった実家には帰る気にはなれない。


「思い出したくもねぇ」


 俺は頭を振って嫌な記憶を振り払った。

 他に水が汲めそうなものが無いかと山小屋の中を見回してみるが、欠けたツボや柄が折れた斧くらいしか残っていない。

 諦めて落ちてくる水の音をぼんやり聞いていると、ザッザッと地面と水を蹴るような音が聞こえてくる。


「足音……?

 モンスターじゃないな」


 俺は近づいてくる足音を警戒して扉の近くの壁に張り付いて気配を殺す。

 そんな事をしてもなんの意味もないと分かっているのだが、なんとなくやってしまう。


 足音は扉のすぐ近くで止まり、コンコンと指で扉を叩く音が聞こえた。


「誰だ?」


 俺の問いかけてしばらくすると、木が軋むような音を立てて扉が開いた。


 雨のせいで薄暗いが、女が訪ねてきたようだ。

 だってスカートはいてるし。

 こんな山奥のボロ小屋に女1人で何をしているんだ?


「やっぱり誰もいない……。

 結局何も見つからなかったわ。

 はぁ……。仕方ないわね。

 雨が止むまでお邪魔します」


 女はそう言うと小屋の中に入り、俺がベッド代わりにしている筵の上に座った。

 窓から差し込む淡い光で女の顔が良く見えるようになった。


 綺麗だ……。


 なんて美しい人だ。

 黒くて長い髪も、青く澄んだ瞳や小さな口、意志が強そうな眼差しも、もろに俺の好みど真ん中だ。

 師匠のおかげで恋愛経験皆無な俺に好みがあるなんて、今初めて知ったけど。



 ……ん?なんだこの気配。

 どうやら小屋の周りにモンスターが来ているようだな。

 この女性を狙っているのか?

 こんな美しい人を狙う不届きものめ。

 この俺が直々に成敗してやる!


 俺は小屋を出てモンスターの気配がする方向に向かった。

 山小屋の周囲数メートルは切り株が少しあるだけでひらけているのだが、その周りには木が密集するように生えている。

 茶色と緑の風景の中で、そいつらは隠れていてもすぐに分かった。


「なんだ、グレムリンか。

 あの人を見た後だとお前らの歪んだ顔が10割増しで醜く見えるな」


 グレムリンはこの山ではよく目にするモンスターで、人間の腰くらいの体長しかない灰色の小さな体に似合わず、その爪は非常に長く鋭い。

 正面に立って声をかけても、グレムリンたちは俺を気にする素振りも見せずに山小屋を睨みつけたままジッとしている。


「お前ら、あの人を狙ってんのか?

 まぁ気持ちは分からんでもないが……」


 俺は腰に下げていた剣を引き抜き、ゆっくり斬りかかる。

 切り付けられたグレムリンは何が起きたのかも分からないままその場で静かに倒れた。

 隣で倒れた仲間に気付いて慌てだす他のやつらも次々に切り伏せ、瞬く間にグレムリンたちは屍に変わった。


「……俺に見つかって残念だったな」


 他にも気配がないか探ってみたが、もうモンスターはいないようだ。

 俺は山小屋に戻り、髪にかかった雨を払いながら扉を開けて中に入った。

 そこには赤い革のコルセットを外し、布のワンピースを脱いでいる女性がいた。


「うおぉぉぉぉ!!??」


 俺は慌てて女性に背を向けて視線を逸らし、高鳴りすぎて口から飛び出してきそうな心臓を抑えようとした。

 しかし女性の胸元が頭から離れなかった。


 いや、待て。

 別に胸に見とれているわけじゃないんだ。

 信じて欲しい。

 一瞬見えただけで胸が頭に焼きつくものなのかと言われたらぐうの音も出ないが、違うんだ。

 俺が考えているのはそう、女性の胸元にあった模様のことだ。


 自分自身に言い訳しながら俺は先ほど見えたものを思い出そうとした。

 鼻から流れ出る液体を拭いながら、真顔をなんとか維持して思い出せたのは教会でよく見る紋章だった気がする。


「あれってまさか勇者の紋章か?

 勇者……。

 おいおい、マジかよ。

 この3か月の間に魔王が現れたっていうのか。

 まさか幻聴が言ってた勇者って彼女のことなのか?」


 ……確認したい。

 いや、確認しなければいけない。

 そうだ、これは断じていやらしい意味ではない。

 あれが本当に勇者の紋章なのか、それを確認するためにおれは彼女をもう一度しっかり見なければいけないのだ。

 ……一瞬あればいい。

 それで俺には充分だ。


 俺は更に自分に言い訳しながら、彼女に後ろ向きでジリジリと近づく。


「よし、一瞬だぞ。ちらっと流しみるだけだ。いいな、俺!」


 俺は意を決してその場でゆっくり一周する。


「失礼いたしやす」


 俺はそのまま彼女に背を向け、しゃがみこんで頭を抱えた。


 ダメだ!彼女の顔に目を奪われて胸元を見ることを忘れてしまった!

 妙な言葉遣いになるほど動揺していてどうするんだ!


 落ち着け、大丈夫だ、深呼吸だ。


 スゥゥ……ハァァァ。

 よしっ。


 俺は立ち上がり、強い意思を持ってその場で回転した。

 今回は彼女の顔に目が行かないよう、右手で顔が視界に入らないように工夫したのだ!


 俺はもう一度彼女に背を向け、今度は指で顎を掴んだ。

 顎を掴む指に赤い液体が伝ってくるが、今はそんなことにかまけている場合ではない。


「やはりどう見ても勇者の紋章だ。

 この人が勇者……。

 俺に彼女を守れと幻聴は言っていたのか……」


 俺は考え込むように唸ったが、答えは決まっていた。


「はい! 喜んで!!!」


 俺は彼女の前で拳を天に突き上げたが、勇者は気にする様子もなく濡れた服を絞って筵の上に並べているようだ。

 念のために言っておくが、見たわけではない。

 さっき見た瞬間に勇者がしていた行動と、今聞こえる音から推測しているだけだ。

 俺はこれでも紳士だ。

 必要以上に女性の体を見るようなマネなんてしない。


「……しかし、勇者って一人旅じゃなくていいのか?

 なんか大昔にとある出来事があって、勇者は一人で魔王を倒すことになったはずだ。

 いや、どうせ勇者にも他の人にも俺の事が分からないんだから、1人旅と大して変りないか……?」


『ストーカーのようだな』


「出たな、幻聴!!お前が守れと言っていた勇者って彼女のことか!?」


『そうだ』


「……ストーカーってどういう意味?」


『…………忍び寄る者?』


「忍んでねぇよ!

 っていうか会話できるのかよ!」


『勇者を守れ』


「うるせぇ!!」


 俺は怒鳴りつけながらも、初めて幻聴と会話ができたことに驚きが隠せなかった。

 毎朝同じことしか言わないし、てっきり俺の頭がおかしくなったのだと思って話しかけてみようと思ったことすらなかったが。


 勇者ってことは魔王と戦う宿命を持っているんだよな……。

 こんな綺麗な女性が長旅して魔王と1人で戦うのを知らんぷりできるか?

 ……無理だ、俺にはできん。

 勇者に俺が認識できないなら忍んでいるようなものだしな。


『嫌なら別の者を探すが?』


「いや、俺が勇者を守る!!」


 こうして俺はストーカーとなり、勇者を守る旅に出ることにした。


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