Scene 66. 準備と、経験。
「やっ……!!」
ロブソンが何か言いかけたのが聞こえてマイクとミィヤは視線を向けたが、当の本人は腰を落とし蹲って下を向いていた。俯いた頭の上でグッと握り締められた拳がぷるぷる震えている。なんかこれ爆発する寸前だな、というマイクの予感が当たって、ロブソンは勢いよく立ち上がると、天に向かって吠えた。
「っしゃああぁぁぁぁっ!!」
咆哮は、それなりに広い室内にキーンと反響する。マイクとミィヤが呆気にとられている中、息を吐き切るまで叫び終わると、一呼吸してからヴァースに食らいつくように続けた。
「やります!!やらせてください!!お願いします!!」
「お前から行くか?よし、グラブと防具着けてこい。」
「おおっしゃあっ!!」
ヴァースに言われるや否や、ロブソンは装着具が格納されている透明なロッカーの並ぶ壁際へダッシュをかけた。
ロブソンがガタガタ音を立てながら適当なサイズの物を探してロッカーを漁っている間に、マイクが意を決して、ヴァースに声をかけた。
「あの、先輩……先輩は何の経験者なんですか?」
三人をかなりの経験者だと知って誘い、自身も「カンを取り戻したい」と言った。だがまさか、四つの種目全てに通じてるなんて事はあるまいとマイクは踏んでいた。空挺軍の前艦長も務めたような人が、そこまで格闘オタクとかちょっと信じられない。
「俺か……俺はまぁ……ちょっと特殊でな。」
視線を逸らして、珍しく言葉を濁したヴァースに、マイクは眉をしかめた。懐疑が上官への遠慮に勝って、質問を続ける。
「特殊って……もしかして軍隊格闘術とかですか?」
「……まぁ、似たようなもんだ。」
軍隊格闘術に似ている?「対人」の「実戦」スキルを、「バグ」を相手に戦う空挺軍の長が?
空挺軍の戦う相手は人間ではなく、宇宙空間からやってくる、バグと呼ばれる存在だ。それは、人とはかけ離れた物であるはず。地上での国防のための軍隊ならいざ知らず、バグを相手に宇宙船で戦う者が、スポーツではなく殺すつもりでやってくる人間を返り討ちにする術を身につけていると言う事実に、マイクは強烈な違和感を覚えた。その様子を不安と見て取ったのか、ヴァースが加える。
「心配するな。ルールはそれぞれ頭に入れてある。期待外れにはならんだろうさ。」
マイクたちの修めた四つの種目は経験した事がないが、ルールは知っているから問題ない−−−そう意図するところをさらりと言われて、マイクはもう何と返したらいいのか分からなくなった。ルールを知っているからって、何とかなるもんなのか???
ガッタンガッタン騒がしい音を立てながら、サイズの合ったグラブとヘッドギアを見つけるのに四苦八苦しているロブソンを見て、マイクはまたふとヴァースに声をかけた。
「先輩、防具は?」
「ん?ああ……」
すっかり忘れていた、とでも言うように小さく声を上げて、ヴァースは何も着けていない自分の頭を指してロブソンに声をかけた。
「ロビンソン!俺にも一つ持ってこい。」
「サイズどうします?」
「お前の一つ上くらいか。」
「うっす!!」
程なくして準備を終えたロブソンは、金網のリングの前に駆け戻って来た。ヴァースにヘッドギアを渡すと、両足の膝を高く上げて何度もジャンプし、グラブを付けた両手をバンバンと打ち合わせた。
「へへ、ちくしょう信じらんねぇ……震えが止まらねぇや……」
そんな独り言のつぶやきを零しながら体をゆすり、爛々と光る目で床を見ている。目標にしている英雄と、自分がやってきた種目で合間見える機会に興奮を抑えられないのだろう。かつてないほどに昂ぶった様子の親友に、マイクは何故だか危うさを感じて、あくまで呆れている様子を装って声をかけた。
「ロブソン、あんまり無茶してまた怪我するなよ?せっかくコブが治ったところなんだから。」
「んなっ……蒸し返すんじゃねーよこんな時にっ!」
たった数日前の着任当日に起こった恥ずかしい事象を持ち出されて食ってかかって来たロブソンに、マイクは自分でも気づかないほど僅かに安堵した。
「さて、準備はいいか?」
「はいっ!!」
ヘッドギアをつけたヴァースは、ロブソンの返事を聞くと八角系になった金網の一面を開いて、リングに上がった。そしてロブソンが上がって来るのを待ちながら、リングの外を見下ろして金網越しに言った。
「身体を冷やさないように、準備しておけよ?『二人とも』。」
ニヤリと笑われて、空気になりたい、むしろここでは存在を忘れて欲しいと願っていたミィヤは、マイクの横で、青い顔をして小さく肩を竦めたのだった。




