Scene 61. 来場と、遭遇。
「ジム・ヴェガス」と名付けられている施設には、腕に従軍者にのみ支給されているバンドさえ付けていれば、受付すら必要無く入場できた。
足を踏み入れると、エントランスホールにはいくつもの大きなホログラムスクリーンが頭上に浮かんでおり、ジム内部の施設の地図や利用状況、使用可能時間などが所狭しと映し出されていた。運動記録を残す為に、バンドから起動できる専用プログラムの使用を促す通知も見られる。左右奥には、貸し出されているタオルが収納されている場所があったり、運動着やプロテインが販売されているショップも見られた。
運動用の服装で来たのだから、更衣室に向かう必要は無かった。帰りはシャワーを浴びて持ってきた替えの服に着替える必要があるだろうが、今は不要だ。三人はエントランスホールを抜けて、そのまま施設の奥に足を踏み入れる。
「おお〜。」
間を支える柱を除いて、随分と広い空間がひらけている中央ホールを見渡して、ロブソンは感嘆の声をもらした。
目の前を横切るランニング用のトラックの奥には透明な柵があり、その奥は一階分掘り下げになっていた。そして階下にはバスケットボールのコートやストレッチやウォームアップをする為の空間、その奥には無数のトレーニング機材が立ち並ぶ場所が広がっており、沢山の人が鍛錬に励んでいた。ランニング用のトラックは階下の空間をぐるりと取り囲むように走っているようだ。下へ向かう階段の途中には、テーブルや椅子の並ぶカフェのような場所も見えた。
「凄い……資料では見たけど、本当に広いんだね。」
「地上でも、ここまで大規模な施設は余り無いみたいよ。」
トラックを走っている人が通り過ぎる横で呆気にとられたように呟くマイクに、ミィヤが付け加えた。
「なぁ、俺らが使いたいやつって何処にあるんだ?」
「ああ、それはこっち……」
ロブソンの質問に答えて、既にここを一度訪れているミィヤが先導しようとした時、少し離れた場所から女性の悲鳴のような甲高い叫び声と、おおお、と少なくない人数の歓声が聞こえてきた。見るとランニングトラックの一箇所に、人だかりができている。みんな下を見下ろしているようだ。
「何だ?」
自分が聞いてきたくせに、ロブソンはさっさとそちらに様子を見に向かってしまった。行きたい方向は逆なんだけど、と少し不貞腐れながらも、ミィヤはその後を追う。勿論マイクもついてきた。
人だかりに近づくと、その視線の先にあるのは一階のテニスコートであることがわかった。見渡せば、トラックの反対側にも何人も足を止めており、手すりに両ひじをついて眺めている。テニスコートの周りにも、大勢が集まっていた。そして、テニスコートにはひとりの男性の姿。
肘まで捲り上げた白いワイシャツに、ベージュのスラックス。どう見ても運動向きの格好では無く、靴も革靴だ。しかしコートを踏みラケットを振り抜く姿は力強く、シュミレーターが打ち返してくるボールを的確に捉え、攻めている。短く刈った、色素の薄い髪。背が高い。
「え。」
「おい、あれって!?」
マイクが驚いて声を上げ、ロブソンは手すりを掴んで叫んだ。ドクリと、ミィヤの心臓が跳ね上がる。
だって、見間違えるはずがない。
あれは……
俊敏な動作でボールのたどり着く先に回り込むと、男性は遠くまで聞こえるほど強く息を吐いて、それを逆コーナーに思い切り打ち返した。実際のプレーヤーのシルエットをホログラムスクリーンに映した芸の細かいシュミレーターがそれを返してきたが、男性は前に踏み込んでそれを押し返す。シュミレーターがコートの反対側にそれを打ち返してきたが、男性は思い切り手を伸ばし……ラケットで衝撃を吸収するだけの当て方をして、ボールはネットすれすれの向こう側にポトンと落ちた。とんとん、と少し弾んでから転がっていく。
ピ、と、男性のポイントを示す音が辺りに響いて、再度の歓声が湧いた。絶妙な緩急で敵を制した手腕に、男性たちは唸り、口笛を吹いたり拍手をしたりして、女性のグループは飛び跳ねて喜んでいた。お互い手を取り合って「やばい!ちょっとやばい!!」とか叫びながら。
男性はそのポイントで満足したようで、プレイは続けずにラケットを担ぐように肩にかけ、悠々とコート脇のベンチに向かった。ベンチ横に立っていた別の男性にラケットを手渡し、代わりにドリンクのボトルを受け取る。
ロブソンがここで声をかけた。遠慮なく。
「センッパーーーーーーイ!!」
両手で口を囲い、それはもう、ホール中に響き渡ったであろう大音量で。
当然、ギャラリー一同の視線が集約する。
ミィヤは驚愕と羞恥で目を見開いて固まり、マイクは天を仰いで片手で目を覆った。
しかし視線を向けて来たのは、ドリンクを飲もうとしていた男性も同じだった。上方にいる三人を認め、目を見開く。そして、ミィヤと視線がぶつかると、ふ、と微笑んだ。
ミィヤの心臓が再度、ひときわ強く脈を打つ。
男性は三人に向かって手をクイと振ると、視線を向けたままベンチに座った。降りてこいということらしい。
ロブソンはバッと踵を返した。が、暫く慌てて視線を左右に彷徨わせ、隣のミィヤに食らいつく。
「おいっ!階段どっちだ!!」
「あ、あっち……」
勢いに押されて後ろに仰け反ったミィヤが指差した方向に向かって、全速力で駆け出した、かと思うと足を踏ん張って突然立ち止まり、後ろの二人を大声で急かした。
「何やってんだ早く行くぞ!!」
再度全力疾走を始めたロブソンの後ろを、マイクは軽いため息をついてから小走りに追いかけ、ミィヤもチクチク刺さる周りの視線を感じながらそれを追ったのだった。




