Scene 59. 対戦と、笑み。
(ああ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。)
渾身の力を込めて右の回し蹴りを繰り出しながら、ミィヤは思った。
回し蹴りは空を切ったが、ミィヤはそのまま地に着いた右足に軸を移して鋭く回転すると、間髪置かずに左足の後ろ回し蹴りを繰り出した。それも何処にもぶつかる事はなく、足は地に戻る。
しかしミィヤの動きは止まらない。右足で踏み込んで間を詰めると左足で跳ねて、目にも留まらぬ速さで右足を頭上から振り落ろした。
「ハァッ!!」
発した気合も虚しく、その一撃もまた目的を果たさなかった。足はリング上のマットの上に戻る。ミィヤは両手を構えたまま両足で後ろに跳ねて間合いを取り直し、一呼吸ついた。
「ヒャッホーウ!!良いぞミィヤ!ぶちかませ!!」
「うっるさい黙っててロブソン!!」
ちょうど真後ろの辺りの金網の外から囃し立てるロブソンに、ミィヤは振り向きもせずに興奮のまま苛立ちをぶつける。普段だったらこんな乱暴な物言いは親しいロブソンが相手でも決してすることの無いミィヤだったが、状況が状況である。他人を思いやる余裕は全く無かった。多分ロブソンには全く応えていないが。
(それもこれも、ロブソンがあんなこと言ったから!!)
親友に対して湧いてきた更なる苛立ちを、ミィヤは正面にいる人物に向けることでの発散を目論む。
踏み込みながらの軽いジャブ数発で間合いを詰めると、狙い通り軽くいなされる。縮まった距離から中段蹴りを繰り出したが、相手は後ろに飛んでかわした。
さっきからダメージを与えられるような一撃は加えられていないどころか、力の込められた攻撃は全て掠りもしないから、苛立ちは一向に治まっていなかった。
「やっぱすげーなミィヤ!ワンチャンいけんじゃね!?」
「楽しそうだねロブソン……」
案の定ミィヤの罵声など気にもとめずに、金網にへばりつくようにして観戦しているロブソンが興奮を抑えられないとでも言うように呟いて、隣のマイクは呆れたように言った。
「だってほら、俺だって勝ったことねーぜ?ミィヤ相手で正規ルールで。」
「そうだけどさ……」
親友の実力をよくよく身に染みて知っているマイクとロブソンだったが、マイクは正直その健闘ぶりに感心も期待もしてはいられなかった。
マイクからすれば、ミィヤの感情の高ぶりは火を見るより明らかである。果敢に攻め続けるミィヤをよく見れば、紅潮した頰にキッと大きく見開かれた目は潤んで、今にも涙が零れ落ちそうだ。強く引き結んだ口も、への字に歪みかかっている。泣き出すんじゃないかと見ていてハラハラしかしない。超鈍感なロブソンには、そんな事に気付くような期待は当然出来なかったが。
全く、あの人も意地が悪いなぁ。ミィヤが立ち向かう相手の事を考えながら、マイクは溜息をついた。
何なの。
一体何なの。
何で私はこんな事してるの。
息もつかせぬような蹴りの連打を放ち続けながら、ミィヤは頭の中で繰り返す。
憧れのマザー・グリーンに着任して、名実ともに空中船艇軍の一員になって。新人対象のオリエンテーションやら何やらが始まって、今まで入る事はおろか知る事すら出来なかった場所や事を色々見て、学んで。これから始まる訓練ですら待ちきれなくて。この先を思うと毎日が楽しくて、幸せで。
そんな感じだったはずなのに。
なのに。
なのに何で……
対峙する相手の、ガードの為に顔の前に軽く握られた両手の隙間から、微かに、しかし確かに笑った口元が見えた。
「!」
ミィヤの腹の中から、カーッと湧いた怒りが瞬く間に全身に広がり、頭にも到達する。
何なのよ!?
本当に一体なんだって言うの!?
理性とやらは既に何処かに吹き飛びかけていて、ミィヤは衝動のまま突進すると飛び蹴りを撃ち込んだ。
「ィヤァッ!!」
これまたヒョイと避けられる。しかし着地と同時に回転して方向を変え、沈んだ位置から踵で上段を鋭く蹴り上げた。
バシンッ!
と、空を切り続けたミィヤの足にとうとう衝撃が伝わる。
「やったか!」
「いや、ガードされてる。」
金網に食らいつくように色めき立つロブソンに、マイクが冷静に呟く。そう、ミィヤの足はガードしていた相手の片手を少し浮かせただけだった。衝撃を逃すようにそのまま後ろに飛び退る相手の、露わになった口元には……
さっきよりも、明らかな笑み。
「〜〜〜っ!!」
(もうほんっっっとあり得ない!!)
怒りに叫びたい衝動に身体を任せて、ミィヤは攻撃を続けた。距離を詰めながらの上段蹴りは軽くいなされる。下段蹴りと逆足に切り替えての回し蹴りはまたかわされた。
(確かにね、思ってましたよ!?)
変則的なステップを加えてフェイントをかけ、懐に潜り込む。
(会えたら、嬉しいって!)
至近距離での、腹を狙った利き足の蹴り。
「!」
相手の焦りが、ほんの一瞬だけ、ミィヤと観客二人に伝わる。
バシィインッ、
と大きな衝撃音が響いて、対戦が始まってから初めて、全力の力がぶつかり合う。観客二人は息を飲む。両腕でガードされていた。相手の身体が僅かにぐらつく。
(だけど何で……)
ミィヤは止まらない。くるりと回転を加えて高く跳躍すると、利き足を振りかざした。相手は目を見開いて、上方にガードを移す。ミィヤの身体が沿って、全身のバネを使い力が込められる。
(どうして……)
足が振り下ろされ、ガードの両腕に思い切り叩きつけられる---直前に、ミィヤはフッと全身の力を抜いた。
「!?」
(私はあなたと戦ってなきゃいけないの!!!?)
次の瞬間、間合い深くの死角に沈み込んだミィヤの身体から、怒りを込めた突き上げるようなボディブローが放たれた。対戦中、まだ一度も使っていなかった突き。
ど、と肉体がぶつかり合う音がして、相手の身体が少しぐらついた。
「やった!!」
ロブソンが嬉々として叫ぶ。マイクも目を見開く。だが……
それだけだった。
ミィヤの突きは、両腕と片膝でしっかりとガードされていた。対戦相手はよろめくこともなく、後ろに軽やかに飛んで距離を取る。両腕を下ろしてとんとん、と軽く身体を揺すりながら相手は呟いた。
「はは……凄いな。」
ミィヤを見下ろしたその飴色の混じった青緑の瞳は興奮に見開かれ、我慢できないと言うような笑みが顔一杯に浮かんでいる。ミィヤは両手を膝について、収まらない怒りに喘ぐように肩で息をしながら、その視線をじろりと睨み返した。相手の口角は更に釣り上がり、白い歯が覗き、堪え切れない笑いが溢れる。至極嬉しそうだ。
全く息の上がっていない涼しげな様子でそこに立っているのは、ミィヤが再会を待ち望んでいた相手だった。
背が高く、刈り上げた金髪に、大人の色香を匂わせる僅かな皺を刻んだ、整った顔立ち。きつそうなトレーニング用のシャツとゆったりとしたハーフパンツの下に伺えるのは、誰もが見惚れるような頑健な骨格と、鍛え上げられた肉体。元訓練部隊隊長であり、先のマザー・グリーン空中船艇軍艦長。そして現准将。
「やるじゃないか、ミカエルソン……さぁどうした?もう終わりか?全力で来て構わんぞ?」
そう言いながら。喜々として再び拳を構えたのは、ミィヤが恋に落ちた相手。ジェイスン・トラヴァース・アクレス・ウォーカー、その人だった。
いつも読んでくれて有難う!!
ここからAct 2の開始です。
更新は不定期になる予定。
のんびりですが、楽しみにしていて下さいませ♬




