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【天空のカヴァルリー】 〜若き元空挺軍総帥の憂鬱〜  作者: 瀬道 一加
Section 10. 隠れ処にて。
54/77

Scene 54. 隠れ処と、極上。

一点の曇りのない小さな硝子の容器はそれ自体が、深い森の奥の泉で掬われた清らかな真水が時を止められて、何か不思議な力で真円に象られた様だった。滑らかなその縁が、照明を落とされた室内の、溶けた黄金の様な照明をぬらりと跳ね返している。そこに、夜の闇の様な筒から、こんこんと湧き出る雪解け水の様に透き通った液体が、柔らかく畝り揺らめきながら僅かに注がれる。液体は円形の器に満ち、それは暫し透明な波紋を広げ震え乱れ、やがてその揺らめきはひたりと水鏡となって、ヴァースの向かいにいるラッザリーニの姿を上下逆に映した。


ラッザリーニの盃に同じように液体が注がれるのを待ってから、ヴァースは薄い氷のようなその小さな器を、水平のままであるように随分と気をつけながら手に取った。少しでも傾けば、注がれた透明な液体は滑り落ちてしまいそうだ。ラッザリーニはそれを慣れた手つきで、手荒な所作に見えてしまいながらも器用に口元に運ぶと、くいと顎を上げて一気に煽った。かんっ、と、器を叩きつけるように手をテーブルに戻すと、満足げに大きく呻きながら仰け反って、ソファーの背に頭を預ける。


ヴァースは特にその様子には気を配らずに、ゆっくりと盃に唇を寄せた。ほんの僅かに液体を口に含むと、その熱く甘い芳香が、身体の境界など無いかのように染み込んできて、舌と口蓋を焼く。ヴァースは驚きに目を瞬いて、溢れてきた唾液に混ざったそれを飲み込むと、今度はラッザリーニと同じように、それを一気に喉に流し込んだ。口の中と、鼻や目の裏、そして喉から胸元、腹までを、熱がジワジワと犯していく。鼻腔に甘ったるい熱がこもる。


ヴァースは目を瞑って、その刺激に暫し酔った。さっきから隣の女が胸の膨らみをこっちの腕に押し付けてしなだれかかり離れなかったが、そんな事も忘れて暫く動かなかった。大きく息を吸ってから、焼けるような熱を吐き出すために大きく溜息をついて、何かを振り払うかのように首を横に振って目を開くと、ラッザリーニが片方しかない目を細めてニヤニヤ笑っていた。


「なるほど、これ程とはな。」

「はっはっはっ!!馬鹿にしやがって!!言ったろう、腰を抜かすぞと!」


納得して言ったヴァースの言葉を聞いて、ラッザリーニは機嫌良く笑いながら言った。




マザー・グリーンは一つの街だった。そしてそこには多くの他の街と同じように、貧富の差があった。


世の中では、専用AIによる遺伝子配列を考慮した予防・再生医療と衣食住の最低限の保証が当たり前になっていた。人は貧しくても、飢えや病気や気候で苦しむことは無くなった。そして生まれた余裕で、人々は更なる人類の発展に貢献した。


最底辺の生活は、貧困とは無縁になった。だが、それは必ずしも平等を意味するわけではなかった。社会や特定の集団において発展に大きな貢献をした者は、より多くの富や特権を得た。そして、それらを得たものは頻繁に、五感により良い快感を与える経験を得るためにそれを費やした。多くの場合、それらは創り出すために膨大な手間がかかるか、希少であるからだ。『聖樹』で出されている酒も、そんな物の一つだった。


『聖樹』とは、特権を得た者や外部からの重客だけが入ることが出来る一等区画にある、小さな食事処の名前だった。母艦での永年住居を許され引退した将官が道楽で始めた場所だったが、顔見知りの上官しか受け入れない営業であっても多くの者に贔屓され、代を重ねた今でも繁盛していた。ここに来れば必ず、地上から取り寄せた新鮮で最上級の食材と飲み物を堪能することが出来るからだ。



ヴァースは主要司令室を訪れた後、一度士官住居区の自室に戻り、私服に着替えてからこの場所を訪れていた。この区画も、ヴァースは幾度となく訪れた事のある場所だった。すれ違う者達はヴァースを見ても狼狽えることはなく、軍人であれば軽い敬礼を寄越し、そこで働く者達は深々と頭を下げた。通り過ぎた後に、背後で囁き声が聞こえることは無かった。


久し振りに見る、プライバシーを尊重したその振る舞いに思った以上に安堵と心地良さを感じながら、ヴァースは聖樹に辿り着いた。大木のウロを模した外装に、開け放たれた入り口にはカーテンだけがぶら下がっている。その隙間から照明を落とした外部に暖かい光が漏れ、入り口横の樹皮の様な表面の壁を流れ落ちる小さな滝が、チョロチョロと音を立てていた。


ヴァースは一等区画の店であればここであろうとあたりをつけ、ラッザリーニが予約した時間を確かめようと、入口前にある四角い池にかけられた石橋を渡り店内に入ったが、ラッザリーニは既にやって来ているらしく、早速奥の個室に通された。そこかしこにやはり小川の様に噴水があしらわれた店内を進んで個室に入ると、黒い石造りのテーブルを挟んだ2つの真っ赤なソファーの片方に、もてなしの女性を両脇に侍らせたラッザリーニが、着替えもせずに座っていた。後ろの壁にかけられたジャケットが、まるで豪奢な装飾品の様だった。


「遅いぞ。待ちくたびれたぜ。」

********


今日も読んでくれてありがとう!


続きはまた明日♪


瀬道 一加


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