Scene 50. 落胆と、叱咤。
どんっ、と、バーのカウンターに、ビールの泡だけが残ったジョッキが、ほとんど叩きつける様に降りてくる。
「どぉしてなんだあぁぁぁぁっ!!」
その横に突っ伏して、ロブソンは大声で嘆いた。両隣に座っているマイクとミィヤには、かける言葉が見つからない。マイクは黙ってロブソンの肩に手を乗せた。別に悪いことをした訳ではないのに、2人は罪悪感でいっぱいである。最も、ミィヤにとっては嬉しさの方が優っていたが。
コロセウムから寮に戻る途中に、三人は連絡船乗り場前の広場に立ち寄り、随分と時間は早かったが、食事も出来そうなパブを見つけて夕食兼ロブソンの残念会を決め込んでいた。
憧れのヴァース先輩と直接話せなかったロブソンの落胆ぶりと言ったらなかった。その事実を知った時のショックの受けようと言ったら、見ていられないほどだった。コロセウムの出入り口前の広場で、暫く蹲って動かなかった程である。マイクとミィヤが宥めすかしてようやっと帰途に着くことができたが、移動中ロブソンは殆ど喋らなかった。
着任したばかりの初等空士に外食は贅沢なものだったが、放っておいたらロブソンは一人で塞ぎ込み続けるか、憂さ晴らしに飲んだとしても一晩飲み明かしてしまいそうな落胆具合である。マイクとミィヤはそうならないように見張る目的で、外で食事を済ます事を提案した。軽く飲んで気分を切り替えれるならそれが一番だ。明日の朝からは新任の初等空士の為のオリエンテーションが始まる。二人とも、親友の着任初日の遅刻や欠勤に繋がるかもしれない状況を放って置くわけにはいかなかった。入寮直後の打撲といい、思えば母艦についてからロブソンは災難続きになってしまった。二人は何とか気分を切り替えて欲しいと願わずにはいられない。
「ごめんな、ロブソン……すぐ帰ってくるとは言ったんだよ。でも、流石に引き止めることは出来なかったよ……。」
すまなそうに、自分もそれなりに落ち込んでいる様子で、マイクは既に何度か言っている言葉でロブソンに語りかけた。当たり前だが、いくら気軽に語りかけてくれるとは言え、マイクもまさか将官に同僚がトイレから戻ってくるまで待って下さいと頼めるほど神経は太くなかった。
「ちくしょおぉぉぉぉっ、どおして俺だけぇぇぇぇっ。」
突っ伏したまま、ほとんど鳴き声で嘆き続ける親友がいたたまれず、マイクは正面を向いて無力感に苛まれながら、ロブソンの肩をさすった。
ヴァースと直接会えたこと、言葉を交わせたこと、絡んだ指の感触と、この先への可能性で身体中喜びに満ちていたミィヤは、正直マイクほどロブソンに同情は出来ていなかった。そのせいか、嘆き続けるロブソンに段々と苛立ちを覚えてきてしまう。注文して運ばれてきたばかりのタコサラダをいくらか貪ると、それを流し込む様にグラスを煽る。寝不足なのと明日の事を考慮して、中身はレモンウォーターである。
「ねぇロブソン、またすぐ会えるわよ!」
グラスをカウンターに置いて、ロブソンの方を向いて座り直し、突っ伏したままのロブソンの顔を覗き込む様にしてミィヤは言った。
「まだこの先長いのよ?絶対また何度も会えるんだから落ち込む必要なんて無いわよ!」
カウンターに置かれたロブソンの腕を揺すりながら、ミィヤは力強く続けた。
「そんな訳あるかよ……」
「あるわよ!!」
力無く呟いたロブソンに、ミィヤは少しムキになりながら言い返す。その剣幕にロブソンはついに顔を上げたが、その眉は不機嫌そうに寄せられたままだ。
「お前なぁ、准将だぞ?将官なんだぞ??いくら俺らの隊長だったからって、この先ホイホイと会えるわきゃ無いだろうが。立場が違うんだぞ?今日の先輩見ただろ?スピーチ聞いただろ?俺らなんかと絡む機会がそうそうあるわけ……」
言いながらその事実を再度実感してしまったのか、ロブソンはまたヨヨヨと崩れる様に突っ伏し直してしまう。口にはせずともそれに内心同意してしまっているのか、マイクは何も言えずにいる様で、大きくため息をついた。
「あ、あるわよ!!」
「何でそんな言い切れんだよ!!」
「それは……」
強く主張するミィヤに、こちらも意地子になって、起き上がって強く言い返してきたロブソンに、
だって私は絶対会うもの。
また誘うって言ってくれたもの。
いくらだって待つって、言ったもの。
とは勿論言えなかった。
しかしミィヤはめげなかった。
「お、同じ場所にいるのよ?母艦勤務なのよ?何処かですれ違うかもしれないじゃない!!何かの機会に、話せるかもしれないじゃない!また一緒に飲める事だって、あるかもしれないじゃない!!無いなんて、どうして言い切れるのよ!」
「……そうかなぁ……」
何度も強く言い切るミィヤに説得されつつあるのか、ロブソンはまだカウンターに頭を横たえながらも弱々しく答えた。絶望から希望には切り替えれずとも、その中間の疑いまでは近づいているようである。
「そうよ!!」
ミィヤは起こってしまった興奮が治まらずに、腹を立てたようにロブソンからふいと顔を背けると、正面を向いてまたフォークを掴んだ。
「いいわよ!いつまでもそうやってウジウジしてたらいいんだわ!何よ、好きなら信じて待つしかないでしょ?そんな状態じゃ、もしまた会えたとしても呆れられるわ!そんなに会いたきゃさっさと出世して、そっちから側に行けばいいのよ!」
そう言って、残りのタコサラダを無心で掻き込む。殆ど自分に対する叱咤であることに、言ってしまってから気づく。そう、ミィヤは例え一時でも、ヴァースの言葉を疑った自分に苛立ちを感じていたのだ。
そうよ、何よ私、立場の違いを感じたからなんだって言うの?あんな弱気になって!ちゃんと会いに来てくれたでしょう?安心させてくれたでしょう?また誘うって言ってくれたんだから、ちゃんと信じて待っていなさいよ!!
「出世……」
勢いだけでミィヤが言った一言を、ロブソンは呆けたように呟いた。マイクはそれを聞いて、本心では一体どれだけ時間がかかる事やら。元艦長と訓練校上がりじゃなぁ。と悲観的ではあったが、親友のやる気に火が付きそうであるチャンスを逃しはしなかった。
「そうだね。うまく行けば同じ任務に着ける、なんて事もあるかもね。」
それを聞いて、ロブソンはむくりと身体を起こした。また呟く。
「同じ任務……」
ロブソンが連絡船での訓練の時のように、ヴァースの指揮のもと船を操る自分を想像しているだろうことが、マイクとミィヤには手に取るようにわかった。ロブソンは正面を向いたまま動かなかったが、その姿勢と顔つきに、みるみる精気が漲って行く。
「よぉぉっし!!」
がたん、と、ジャケットを掛けていたカウンターの椅子が、ロブソンが勢いよく立ち上がったために倒れそうになったのを、マイクがすんでの所で支える。危うく、かけていた真っ白な正装軍服が床に落ちて汚れてしまうところである。そんな事には気付きもしないで、ロブソンは目を輝かせて、明後日の方向を向いて声を張り上げた。
「やるぞ!俺は!!先輩の隣に立つに相応しい宇宙の男になるぜ!!」
そう言うと、ロブソンは立った時と同じくらいの勢いで座り直し、殆ど手を付けないで放ってあった溶かしチーズのダブルバーガーパティを貪り始めた。まるで食物と戦っているかのような食べっぷりに少し引きながらも、マイクは肩をなでおろしてロブソンのジャケットを椅子に掛け直し、反対側でレモンウォーターを啜りながらやはり少し引いているミィヤと苦笑いを交わして、やれやれと首を振ったのだった。
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今日も読んでくれてありがとう!
続きはまた明日~。
瀬道 一加
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