Scene 48. 現実と、出現。
コロセウムの出入り口の外は、小さな広場になっていた。着任式を終えた空士達は解散を命じられていたが、足早に寮に戻るものもいれば、その場にたむろして明日からの新しい同僚達や母艦内に住む親族や知人達と言葉を交わしているものもいて、広場には大きな人混みが出来ている。
ミィヤは少し離れている場所に整列していたマイクと合流を果たしていた。
「改めて、着任おめでとう、ミィヤ。」
「ありがとう!マイクもね。」
親愛の情をハグで交わして、二人は笑い合った。
「とうとう母艦勤務だね!どんな気持ち?」
「感無量よ!!でも、これからが本番ね。」
誰よりもその時を待ち望んでいたはずのミィヤに、マイクは聞いてきた。落ち込んでいた気持ちを気取られぬよう、ミィヤはまるで自分に言い聞かせるように力を込めて応える。
「おーいたいた。おぉい!」
少し離れたところから、ロブソンが勢いよく声をかけてきた。間の人混みをすり抜けて、マイクとミィヤの元にやって来る。
「悪りぃけど、ちょっと待っててくれ。便所行って来る。」
ロブソンは喜びに浸り合う暇も無しに、マイクの肩を掴んでそれだけ言うと、また人混みを掻き分けて、慌ただしく元来た方向に走って行ってしまった。コロセウムの中に向かったようだ。二人よりもふたパック分、余分に水分を取ったことになるのだから、当然の現象だった。
「迷うね。」
「バンドから地図が見れたと思うけど?」
「そこまで頭が回ると思う?あいつ。」
最早呆れたように友人の彷徨いを断言したマイクに、腕にはめたバンドのホログラムマップの機能を言及したミィヤだったが、少し笑いながら言われた次の言葉を聞いて思い直し、苦笑いを返した。ロブソンが、あまり機転の利く方ではないのは、仲間内の誰もが知っている。
移動してしまったらロブソンが見つけられなくなるかもしれないので、2人はコロセウムの出入り口からそう遠くない所で立ち止まって待つことになってしまった。周りには、同じように誰かを待っているのか、それともただ談笑に興じているのか、足を止めたままの他の空士達のグループがいくつかいた。
「先輩、随分遠いところに行っちゃったね。」
特に強い感情は込めずに、帽子を外して髪を直しながら、ただ感慨深そうにマイクが言った言葉に、ミィヤはどきりとした。答えに詰まったのは、その事実を認めたくなかったからだ。何処かで、まだそんな事はないと思いたかった。
「僕ら本当にあの人と船に乗って、あの人と飲んだよね。なんか信じられないや。」
マイクが言っているのは、たった一週間前のPMJでの出来事のことだ。訓練の打ち上げ中に、ヴァースが突然現れた夜だ。デートの約束をした時だ。着任式を終えて、聴衆の前で祝辞を述べた元班長を目の当たりにして、ミィヤもあの時のことが本当だったのか、正直分からなくなっていた。それどころか、一緒に船に乗って、言葉を交わしていたことさえも。
ミィヤも、マイクに倣って帽子を外した。観念したように呟く。
「そうね。」
今度は自分から誘う。
あの人は確かそう言った。その筈だ。
本当だろうか。
そんな事、本当に起こるんだろうか。
あれが2人で会える、最後の時だったんじゃないか。
思い出せば思い出すほど、考えれば考えるほど、ミィヤの気持ちは沈んでいった。
「この後はどうしようか。明日の朝までは自由行動だけど……」
マイクが外で夕食を食べるか、堅実に自炊を試みるべきかを聞こうとした、その時だった。
ピーウィッ!!
と、鋭く軽快な音が、刺すように聞こえてきた。
口笛?
ミィヤとマイクは反射的に音源の方に視線を向ける。音は斜め上からだった。
「よう。」
聞き慣れた声と、こちらを向いている視線が同時に降ってきた。
「せっ、あ……。」
マイクは適切な敬称で呼ぶべきなのか一瞬迷って、何も言えなくなってしまった。ミィヤは見ているものが信じられなくて、ただ目を見開いて動けない。
「ご苦労だったな、お前ら。」
見上げた視線の先にいたのは、帽子を外して出入り口の上の手摺から身を乗り出しているヴァースだった。




