Scene 43. 驚きと、任命。
艦長と三衛星と肩を並べて現れたヴァースを見て、ミィヤは少なからず衝撃を受けていた。しかしそれは、ヴァースの只でさえ恵まれた容姿と体躯の正装姿に見惚れてしまったというだけでも、愛しい人を遠くに認めた時の胸の高鳴りに苦しくなったというだけでも無かった。そしてそれはヴァースの他の教え子達も同じで、マイクやロブソンも、敬礼の姿勢のまま目を見開いて、見ている光景が信じられない気持ちだった。
元艦長であり、准将として艦長の補佐にあたる。
そう既に聞いて知ってはいても、実際に最高権力者と同じ場所に堂々と立つヴァースを見て、その格の違いを改めて見せつけられているような感覚だった。見る者にその権威を実感させる将官の正装軍服を少しの違和感もなく身に纏い、大衆を面前に顔色ひとつ変えない。
一目見ただけでも、誰もが理解することができた。それは間違いなく、生まれた時から人の上に立つ事を宿命づけられた者の振る舞いだった。
本当にあの人が、自分達の隊長だったのだろうか。
ヴァースの引率の元、連絡船での訓練に従事した者たちは皆、自分の記憶を疑い始めすらした。気軽に言葉を交わしたことも多々あった。だが、今こうして初等空士としてその足元に立つと、そうしていたことすら、まるで恥じるべき事のように思えてきてしまう。
あの人は、声などかけて良い人などではなかったのではないか。人を寄せ付けない様な、見たこともないほど厳しい顔つきが、より一層その疑念に拍車を掛けていた。
PMJで同じテーブルを囲んだマイクと、先程まで目を輝かせていたロブソンでさえ、それを誇るどころか、何かとても恐れ多いことをしでかしてしまった様な気持ちになり、青くなっていた。
何故だか少し、裏切られた様な気分でもあった。
そして、ロブソン達は知る由もなかったが、ヴァースの姿に衝撃を受けていたのは引率を受けた初等空士達だけでは無かった。
観客席や特別席にいた者達の中では、もちろんヴァースの顔を知っている者の方が多かった。殆どが遠くにその姿を認めて眉根を寄せ、疑いが確信に変わると共に狼狽え、自分の目を疑った。
元艦長だ。
あれは、先代の艦長だ。
不死身と謳われた士官。
たった一年で消えた、若き艦長。
帰って来た。
アクレス艦長が、帰って来た。
どうして。
何故、今になって。
会場内の全員が、それぞれの思惑でヴァースを見つめ、フィールドに届くほどのざわめきが二階席から上を密やかに包んだ。
フラー艦長が自分の浮遊椅子をステージの中央に留め、三衛星とヴァースがその両隣に用意されていた赤い布張りの木の椅子に腰を下ろすと、フィールドの先頭にいたグレーの制服の男が直れの号令を出した。フィールド内の少尉と空士達は足を肩幅に開いて後ろ手を組み、観客席と特別席にいた者たちは唖然としたまま腰を下ろした。
格子戸のアーチのすぐ上のステージに、やはりグレーの制服を着た別の男が現れ、もう一度敬礼の号令が降ったが、今度はすぐに解除される。男の声が、拡声器を通じて会場中に響いた。
「これより、マザー・グリーン空中船艇軍の着任式を始める。」
厳密に言えば、ほんの一握りの少尉達の後ろに並んでいる空士達には区分けがあった。訓練校を卒業した初等空士と、初等技術空士。そして、訓練校を経ずに直接一般から着任する初等準空士。ステージに立った男は、それぞれの職位の呼称と人数を少尉から順に言っていった。
「マザー・グリーン空中船艇軍、少尉、65名。」
最前に並んでいた少尉達が同時に帽子を外し、それを左脇に抱えてから一歩前に進み、最敬礼の姿勢を取った。
「初等空士、211名。」
ミィヤ、マイク、ロブソンと訓練校の同期達が、少尉達に倣う。
次はやはり同期の技術空士達が続き、準空士の呼称がそれに続いた。フィールドにいる全員が最敬礼の姿勢を取り終わる。
本来であれば、ここで職位の呼称は終わる筈だった。
だがステージ上の男は、ちらりと斜め上を見上げて付け加えた。
「准将、一名。」
ヴァースは僅かに眉を寄せたが、口元は思わず笑みの形になっていた。
本気か?フラー艦長。
横を見れば、フラーは何事も無いかのようにフィールドを見降ろしており、代わりに三衛星がにこやかに微笑んだり、ニヤニヤ笑ったりしていた。ラピーテンと目があって、小さく肩をすくめられる。
成る程な。一度「辞めて」戻って来たのだから、正しくは復任ではなく再「着任」だ。
上官や部門長はこの後紹介される筈だから、自分の事はてっきりその時に言及されるとヴァースは思っていた。虚をつかれたが仕方がない。やれやれとヴァースは立ち上がった。全く、この辺のやり方は、フラー艦長らしいとしか言いようがない。
ヴァースは立ち上がると一歩前に出て、フィールドにいる新人たちと同じ様に帽子を外して脇に抱えた。もう一歩前に出るとともに90度回転して、フラーに向かって最敬礼の姿勢を取る。石造りの床が、踵を打ち付けられて高らかに鳴った。
たったそれだけの、惚れ惚れする様な、力強く小気味好いヴァースの所作に、会場中の視線が一心に注がれていた。
計った様に、下の階層のステージにいるグレーの制服の男が拡声器越しに言う。
「以上を、マザー・グリーン空挺軍の一員として認め、その職位に任命する。」
観客席から、大きな拍手が沸き起こった。
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今日も読んでくれてありがとう!
続きはまた明日♪
瀬道 一加
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