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【天空のカヴァルリー】 〜若き元空挺軍総帥の憂鬱〜  作者: 瀬道 一加
Section 1. 訓練にて。
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Scene 4. 会合と、承諾。

「えーーーーー!!!」

 

と、押し殺した悲鳴をあげたのはリディだ。その横では、ビーが笑い転げている。

 

「しーーーーー!!!」

 

と、そんな反応が予測できていたミィヤは、口元に人差し指をあてて、大きな摩擦音を発しながら二人に迫る。リディは両手で口を抑えながらも、大きく目を見開いて、声にならない悲鳴を発し続けた。ビーはうずくまって震えている。ベッドのマットを叩きながら、なんとか笑いをこらえているようだ。


ここは船内の女性訓練員用の宿舎だった。訓練期間中、各訓練員にはベッドと最低限の収納機能を備えたカプセル状のプライベート空間が割り当てられていた。いくつかに仕切られた小さな区画には、左の壁に二段ずつカプセルが備えられている。そのうちの一つの下段が、ミィヤの寝床だった。


「静かに!声が大きい!!」


ミィヤはささやき声で、しかし目いっぱいの剣幕で二人に怒鳴る。


「ええー!!だって、だって!!」


リディは、声を抑えつつもまだ黙ることが出来なかった。小さなカプセルの中でカーテンを締め切って、女性といえども三人が集まって座っているのだから、少し動けば膝がぶつかる距離だ。気をつけていなければ上に頭もぶつけてしまう。お世辞にも居心地がいいとは言えない空間だったが、秘密を打ち明けるにはもってこいだった。シフトの休みがかぶるのを待って、ミィヤはここに二人を呼び集めたのだ。つい数日前の、事の顛末を伝えるために。


「ええー!!うそっ、ほんとにぃ!?ほんとに言ったの!?」

「……言った。」


枕を抱えて迫るリディに、ミィヤは体育座りの仏頂面でボソリと答えた。


「きゃーーーーーーー!!」


笛の音のようなかすれた高音で叫びながら、リディは後ろに倒れた。当然後ろの壁に頭をぶつけ、今度は一瞬呻くような声を上げると、痛みに耐えるために黙ってしまった。そんな騒がしいリディを見て、ビーは更に笑った。ひとしきり笑うと、呼吸を整えながら言う。


「はー、おっかしー。あんたいつかなにかやらかすと思ってたけど、やってくれたわー。」


ミィヤのことを言っているらしい。ビーは苦しそうに涙目を拭いながら、まだひーひー笑っている。


「それでそれでぇっ!?それで返事は!?」


痛みを堪えきったリディが飛び起きてまたミィヤに迫った。


「……。」


ミィヤは仏頂面のまま、あのときの辛い体験を思い出した。




司令室でヴァースにあの言葉を言った後、ミィヤは速攻で自分のしでかしたことを理解し、凍りついた。


うそでしょう。


手を口元に運び、とんでもないことを言ってしまった口を咎めるように抑える。見開いた目で床を凝視する。呼吸すら止まっていた。血の気が引いて、顔は真っ青だったに違いない。


わたしは、一体何を考えているの!?



軍の、


上官を、


デートに誘うですって???


しかもあのヴァース隊長を???



ひとまわり以上歳の離れていそうな、自分の上官を???

仕事が出来て、有能で、人望があって、別け隔てなく優しいあの人を???

ハンサムで、スタイルが良くて、かっこよくて、たくましくて大人の色気たっぷりの、みんなのアイドルを???


そんな人を、


自分から、


軍の訓練中に、


デートに誘ったですって???


わたしは一体、どれだけ疲れていたっていうの!!???



ほんの一瞬の間に、ミィヤは頭の中で考えつく全ての罵声を持ってして自分を罵った。なんてことを、なんてことを!!わたしがここにいるのは、そんなことのためじゃないでしょう!?これじゃあヴァース隊長にだって、呆れられてしまう・・・そこに考えが至った瞬間に、今度は涙がこみ上げてきた。そのとき、



「いいぞ。」



と、いう男性の言葉が聞こえてきた。



「……え?」


いいぞ?いいぞって何が?誰がなんのことを言っているのか理解が出来なくて、ミィヤは顔をあげる。眼の前でヴァースがまた微笑んでいる。少しの間の後に、ため息のような深呼吸をしてからにこやかに言った。


「……いいぞ、デートにつれていってやる。ご褒美だ。」


ミィヤはぱちぱちと目を瞬いた。何を言っているの?誰をどこに連れて行くって?


ぽかんとしているミィヤをよそに、ヴァースは帽子をかぶり直し、後ろを向きながら続けた。


「訓練期間の終了後には俺も休みが入る。お前も次の着任までにはしばらくあるだろう。ちょうどいい。」


それだけ言うと、「じゃあな。」と言って、悠々と去っていった。ヴァースが近づくと司令室の扉が開き、閉まって、その姿は見えなくなった。司令室には、ミィヤが一人、取り残された。



ミィヤはしばらく、その場から動くことが出来なかった。かなり経った後に、よろけるように床に沈み込み、ぺたりと座り込んだ。空を見つめてボソリとつぶやく。


「うそでしょう?」


ミィヤが司令室を出ることが出来たのは、それからまたずいぶんと経ってからだった。




「っきゃーーーーーーーー!!!!」


ミィヤの説明を聞いたリディが再度の悲鳴を上げ、今度は頭がぶつかるのも構わずに叫び続けた。ビーは、更に笑い続ける。


「うそーーーー、うそーーーーーー!!!えーーーーー!!」

「あーっはっはっは!!はー、マジやばいわー。いやー、やるねーあの男。チャラいとは思ったけど、まさか訓練員の誘いを本気で受けるとは。ははっ。」


もう二人を諌める気の起きないミィヤは、ビーの言葉を聞いてきゅうと縮こまった。恥ずかしさで消えてしまいたいくらいだ。そう、自分はしがない訓練員。対して相手は軍のエリート。釣り合わない上、年も相当離れている。軍内の人間にバレたら、特にヴァースにとっては立場上よろしいはずがない。本当に、誘いを受けるなんて、あのひとも一体何を考えているの!?と、ミィヤは自分のことをよそに、今度はヴァースの正気を疑い始めてしまった。



「え!ちょっとまって、もしかしてわたしにもチャンスあったりするの!?」


また急に飛び起きたリディは、今度はビーに迫った。


「あんたみたいにうるさいのは無理だろな。」

「ええーーー!!なにそれひどーーい!!もう、ミィヤずるぅーーーーい、うらやましーーーーい!!」


つれないビーの言葉に、リディはまたしても倒れて、ゴロゴロ転がりながら文句を言いだした。ジタバタしながら、枕に顔を埋めて私も班長とデートしたーい、とか言っている。ミィヤは自分の寝床が下段で良かったと心底思った。


「いってぇよリディ!まぁ、よかったじゃん。あんた最初から熱をあげてたし。」


二人にぶつかるのも構わず暴れるリディに一喝してから、ビーはまるで大したことでもないかのように、さらっとミィヤに言った。ビーはいつもこうだ。何かにつけて喜怒哀楽の切り替えと表現の激しいリディと違って、どちらかといえばクールで、歯に衣を着せない物言いをする。この隊の中でも、隊長に心酔していない数少ないものの一人だった。


三人は訓練校からの知り合いだった。三人共希望の進路はバラバラだったが、同期であることもあって、訓練校に通っていた頃からいつも一緒だった。同じ防護船での実践訓練となってからも、暇さえあれば三人でつるんでいた。


リディのフルネームはリディ・スターリン。防護船の船員たちの日常生活を支える生活管理の専攻だ。ビーの本名はビショップ・ブリッジス。親しいものからは愛称でビーと呼ばれている。船体の管理を受け持つ機体整備を専攻し、機械のスペシャリストを目指している。ミィヤは船の操縦、そしてゆくゆくは戦闘にも関わるであろう、防護の専攻だった。三人は軍の訓練校で空中船艇での生活の基礎と一般教養を学び、この防護船での訓練後、軍のそれぞれの部門に配属される予定だ。


司令室での一件の後、ミィヤは訓練が疎かにならないよう、常に気を張っていなければならなかった。動揺は、数日たった今でも収まっていない。とは言っても、船における日々の操作と作業はほとんど教習が終わっているため、幸いなことに新しいことを学ばなければいけない場面はなかった。万が一そんなことになったとしたら、ミィヤは何も頭に入ってこなかったに違いない。


いつもどおりのことを繰り返すだけで済んだことに加えて、ミィヤにとって幸運だったのは、ここ数日はヴァースが船員の前に姿を現さなかったことだ。きっと、訓練終了に備えて、訓練員の評価の仕上げをしているのだろう。現場の監督や指導は、副隊長とその補佐の数人が努めていた。更に運がよいことに、先日の砲撃対応のような、指揮官の許諾と司令が必要となるような緊急事態も起こってはいない。もしヴァースと顔を合わせる事になってしまったら、それこそミィヤは冷静ではいられなかっただろう。


ミィヤはあの後すぐにでも、リディとビーに何が起こったのかを伝えたかった。そんなことをしても特に何も解決しないのだが、女性の性なのだろうか。何か自分の感情が動くような大きな出来事は、それを心を許した誰かと共有しないと苦いままだ。それは、もう十代を過ぎた今でも変わることはないようだった。しかし三人共担当が違うため、三人が同時にゆっくりできる時間が来るまでは、数日待たなければいけなかった。それぞれ片方に別々に伝えても良かったが、何かあれば三人で集まって話すのが通例の彼女たちにとっては、三人一緒でないと落ち着かないのだ。ミィヤにとっては、長い長い数日間だった。そして今日やっと、ミィヤは心の内を吐き出すことが出来たのである。



「ああ、どうしようっ……」

「どうするもこうするもないだろが。デートするんだろ?」


誰に対してでもなく不安をつぶやくミィヤに、ビーはケラケラ笑いながら返した。


「いいねー、それなりに金持ってるだろうし、どっかいいとこつれていってくれるんじゃん?いいじゃん、テキトーに遊んでもらいなよ。」

「遊ぶ!?」


ビーの言葉に、ミィヤは仰天して叫ぶ。


「えー、だっていくつなんだよあいつ。若く見えるけど、それなりに行ってるんじゃん?トシ。本気はないわぁ。」

「えー!うそあたし全然気にしなぁい!!全然イケる!!エリートのイケオジとか超萌えるぅ!!」


と、ビーに力強応えたのはミィヤではなくリディだ。デートに行くのはミィヤなのだが、当の本人を無視して言いたい放題だった。


「体もいいしぃ、顔もいいしぃ、セクシーだしぃ優しいしぃ、仕事もできるのよ!?もう完璧じゃん!!もう全然、オールオッケー!!」

「そうだねぇ……まぁ、経験も豊富だろうしぃ?」


リディに合いの手を入れるようにビーが言って、今度はミィヤに意味ありげな視線を送った。



「……え?」


固まるミィヤに、ビーがずいと詰め寄る。


「楽しみだねぇー、ミィヤ。きっと色々教えてもらえるよー?」


ニヤニヤしながら言う。楽しそうである。色々?イロイロって、いろいろって?いろいろって……あのいろいろ?ミィヤは青くなってつぶやいた。


「うそ……」

「何言ってんだ。」


ビーがぺしん、とミィヤの頭を叩いた。


「あのトシでデートが手ぇつないで終わりとかなるわけ無いだろが。思春期か。その程度で満足するかっての。言ったらうちらのトシでもどうかと思うけど。」

「きゃーーーー!!やだぁーミィヤうらやましいぃーーー!!ちょっと後で教えてよーーー!?」


リディはまた叫びながら、今度はミィヤの肩を掴んでガクガク揺さぶった。



訓練校でそれなりに異性との付き合いがあった二人と違って、ミィヤはまともなお付き合いすらしたことがなかった。どちらかといえば奥手なわけだが、特に惹かれる相手がいたわけでもなく、ミィヤは夢である母艦勤務に向けて、体力づくりと勉学に性を出すことに集中していたのだ。揺さぶられて、騒々しいリディの叫びをどこか遠くに聞きながら、ミィヤは考えた。


イロイロって?いろいろって?色々って……そういうこと?


え?っていうことは……


「わたし、そういうつもりで隊長誘ったことになってるの!?」


思い至って、リディを振り払って顔面蒼白で叫ぶミィヤに、ビーは呆れた、とでも言いたげな視線を向けた。



うそでしょう!?


だってそんなこと考えていなかった。初めて会ったときから憧れていて、話しかけてくれて、信じてるって言ってくれて、もうすぐ会えなくなってしまう中で、ご褒美くれるって言ってくれて、そりゃ確かに嬉しくてちょっと舞い上がっていて……


「また会えたらって思っただけなのに……!!」


顔を真赤にして、恥ずかしさに涙を浮かべながらうずくまるミィヤに、ビーは容赦無かった。別にミィヤをいじめるつもりはなく、ただ単純に刺激的な妄想が楽しいリディがそれに加わる。


「まあ、どっかの高級ホテルとか?」

「いやぁん、ロマンチックぅ!!ディナーの後に最上階とか!?きゃー!!んもう、絶対ノーとか言えなぁーーーーい!!」

「それか、あの職位なら持ち家あるだろうし?自宅とか?」

「やだぁーーーー!!いきなり自宅!?えっろーーーい!!」

「ベッドも広いだろうねぇ。戸建てなら大声出しても心配無いしぃ。」

「っきゃーーーーーーーーー!!」



耐えかねたミィヤがもうやめて、と叫ぶ直前に、


「うるさいわよあんたら!!」


と、女性指導員の一人がカーテンをひっぺがす様に怒鳴り込んできて、その日の集会はお開きとなった。


蜘蛛の子を散らすように解散した後、ミィヤは一人、恐らく二人に話す前よりも増した混乱と不安に苛まれたまま、再度眠れぬ夜を過ごしたのだった。

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