Scene 38. 負傷と、災難。
「ど、どうしたの?」
存外に時間が過ぎてしまっていて、大慌てで荷ほどきをした中から正装軍服を取り出して身にまとい、結い上げた髪に軍帽をかぶって二人と再度合流したミィヤの第一声は、痛々しい様子のロブソンに向けてのものだった。
三人が合流場所に選んだのは、三人のうち一番上にあったマイクの部屋の近くにある、休憩所のような空間だった。寮室の合間に、入り口側の壁も無くぽっかりと空いた一部屋分の空間には、円形のソファーが床に据え付けられていて、壁のスクリーンで寮室と同じように重力装置と灯りをコントロール出来るようだ。狭い室内から出て、同僚とのんびりできるようにと用意されているのだろう。共同のキッチンが用意されている空間も別にあった。
ミィヤと同じ軍服を身につけたマイクとロブソンは先に来ていたが、ロブソンは帽子を手に持って不機嫌な様子でソファーに座り、そっぽを向いて頬杖をついていた。その額の片側が、目で見てわかるほど赤く大きく腫れ上がっている。せっかく正装軍服を初めて身につけて凛々しい姿であるのに、喜びにも浸れない様子だ。その横で腕を組んで立っていたマイクが、苦笑いでミィヤに答える。
「重力装置を起動した時に、ぶつけたんだってさ。」
ロブソンは不機嫌な様子のまま、何も言わない。
「それは、災難だったわね、ロブソン……」
ロブソンが良くわからないまま地球のマークのアイコンをタップして、デスクに頭から落ちた様子をありありと思い浮かべることが出来てしまうミィヤだったが、自分も荷物を盛大に床に落としたこともあって、笑う気にはなれなかった。
「慣れるまでは気をつけないとね。私も荷物を床に落として、階下の人に嫌われたかもしれないわ。」
「僕も危ないところだったよ。ミィヤ、軍服似合っているよ!かっこいいね!」
「ふふ、ありがとうマイク。二人も素敵よ!凄く凛々しいわ。」
不機嫌な様子のロブソンの気がまぎれることを願いながら、ミィヤは語りかける。ロブソンは溜息をついてから立ち上がった。
「くっそ、切り替わるの早過ぎるんだよ!寮室の起動装置!ああ、せっかくの着任式だってのに!二人とも行くぞ。遅れちまう。」
ミィヤの呼びかけにも答えずに苛立ちを露わにそう言って、先に無重力の空間に戻っていったロブソンだったが、
「あいたっ、いってえ!!」
と、帽子をかぶろうとして走った痛みに苛まれ、暫く頭を抑えて呻きながらふわふわと浮いていた。その後ろで、ミィヤとマイクは親友を心底気の毒に思っていた。
着任式が行われる大きな集会場は、母艦の中心を挟んで反対側にあった。
「お昼を食べる時間も無さそうだね。ハイパーループを使えるみたいだから、乗ってみようか。きっとあっという間に着くよ。」
行き先までの最短経路の選択肢を、腕につけたバンドで色々と探していたマイクの提案が採用されて、三人は一度、シャトルでハイパーループの乗り場に向かった。
ハイパーループは、真空に保たれた筒状の線路の中を車両が磁力で走る仕組みだ。空気抵抗がないため車両は非常に早く走ることができる。地上では長距離間を移動するために採用されていることが多いので、遠くの都市にでも行かない限り乗ることはなかった。しかし宇宙空間ではもともと空気が無いので、非常に理に適った交通手段となる。マザー・グリーンの内部を数カ所貫いて、ハイパーループの為の直線トンネルは、複数建設されている。そのうちの一つの乗り場に、三人は辿り着いた。
「ちょっとまってろよ。」
そう言い置いて、ロブソンは乗り場の向かいにあった小さなショップに走って行ってしまった。
「僕も行ってくるよ。ミィヤは?」
「私はいいわ。」
「ならここで待ってて。」
マイクも走って行ってしまって、ミィヤは一人、ハイパーループの乗り場の人混みの中に取り残される。連絡船の広場であった出来事を思い出してしまって少し不安になったが、ロブソンは思ったより随分早く戻ってきた。ドリンクのボトルを額にあてている。どうやら飲む為で無く冷やす為に買ったようだ。
「悪りぃな待たせて。あれ?マイクどこ行った?」
「マイクも中に行ったわよ。」
「なにぃ?」
ロブソンは眉を寄せて振り向いたが、ちょうどマイクも出て来たところだった。二人と合流すると、手に持っていたパック状のゼリー状ドリンクをロブソンに差し出して言う。
「ロブソン、こっちの方が冷やしやすいと思うよ?」
「おぉ!サンキュー、マイク。」
「はい、ミィヤも。」
三つ持っていたパックを一つずつロブソンとミィヤに渡してから、マイク自身もパックの蓋を開けて口をつけた。
「ありがとう、マイク。」
流石、気が効くなぁと思いながら、ミィヤもパックの蓋を開ける。これで着任式の間に空腹で腹が鳴ってしまう心配は無くなったと、ミィヤは心から有難く思った。
「ってか、買う前に言ってくれよ!」
「言う前に買っちゃったんだから、仕方がないじゃないか。」
自分で買った方のドリンクに口をつけてから文句を言ったロブソンに、マイクは呆れたように返す。それぞれドリンクを飲み干してから、ロブソンはマイクが買ってくれたパックは額にあてたまま、三人はハイパーループに乗り込んだ。
窓の無い車両の中には、進行方向に向かって、背もたれのクッションと胸の前で交差して止めるベルトが付いた座席が何列にも並んでいた。着座してベルトを締めるように、蓋のない飲み物を持ち込まないように、そして、健康体で無い人は乗車を遠慮するようにとのアナウンスが、引っ切り無しに流れている。車両に入ってすぐの場所で立ち止まって、ロブソンが言う。
「すぐ着くなら座らなくても良くないか?」
「速度が早いから、身体を固定していないと危ないのよ。」
「止まるときも、ベルトをしていないと飛んで行くだろうね。比較的短距離だから速度の変化も早いだろうし。」
「はぁ、成る程ね。」
二人に説明されて納得したロブソンは、片手でパックを額に当てたまま席に乗り込み、随分と分厚いクッション素材で保護されているベルトを締めた。ミィヤとマイクもそれに倣う。乗車した人達が全てベルトを締めた事をセンサーが感知して、車両は動き出した。
身体にかかる圧はあっという間に強くなって、ミィヤは昔テーマパークで乗ったジェットコースターを思い出す。全身が、両足や胸の前で交差して止めたベルトを掴んだ手さえ、べたりと後方に押し付けられ、動かすことが出来ないほどだ。しかし、それを不快に思う間も無く、今度は身体は前に引っ張られる。速度が安定すること無しに、既にブレーキが掛かったのだ。本当にあっという間に目的地に着いて、車両は完全に止まった。
「凄いね。本当に早いや。」
言いながらマイクはベルトを外す。しかし、隣のロブソンが頭を抑えて項垂れたまま動かないことに気がついて、ギョッとする。
「ろ、ロブソン?」
マイクが心配そうに声をかけてからたっぷり数秒間の沈黙の後に、ロブソンは呻くように呟いた。
「頭痛ぇ……」
どうやら、圧力による血流の変化で、患部の痛みが増したようである。全く気の毒としか、ミィヤとマイクは思うことが出来なかった。
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いつも読んでくれて有難う!
続きはまた明日♪
瀬道 一加
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