Scene 29. 晴れ姿と、罪悪感。
ミィヤは髪を梳いて、自室の姿見の前に立った。自分の姿を見て、込み上げてくる嬉しさを押しとどめる様に深呼吸をする。
「ふふ……」
結局抑えきれずに、笑みが溢れる。何度も袖や身頃を引っ張ったり撫でたりして、違う角度で自分が見えるように身体をひねる。美味しい空気を味わうかのような深呼吸をして、ほうと勢いよく吐き出す。満面の笑みで、ギュッと目をつぶってから、また目を開く。鏡に映る変わらない自分の姿に瞬きをしながら、ミィヤはますます嬉しくなった。我慢できなくなって、思わず駆け足のような足踏みをする。
ミィヤは母艦の礼装軍服を、わざわざ一度自宅に送るよう手配していた。初めて必要になるのは母艦での着任式だが、希望者にはその前に手元に送ってもらえるのだ。
マザー・グリーンに登ってしまえば、地上にはしばらく来れなくなる。ミィヤはその前にどうしても、着ている姿を家族に見せたかった。今朝届いたばかりのそれに、ミィヤは初めて袖を通したところだった。
制服は白を基調とした、シンプルなデザインのジャケットとパンツだ。まだ職位を表すラインは一つも縫い付けられていない。しかし胸元のポケットにはしっかりと、マザー・グリーンのシンボルマークである地球のモチーフがあしらわれている。ミィヤはそのモチーフと、同じマークが刻印されている金色のボタンを、指先で愛おしそうに撫でた。そして胸に両手を重ね上を向いて目をつぶり、また幸せな深い深呼吸をした。明後日には、とうとう私も正式なマザー・グリーンの一員だ。
子供の頃は、何度も屋上に登って空を仰ぎ、その度に叔母さんに怒られた。字を読み打ち出来るようになってからは夢中でその記事を漁り、マザー・グリーンの事なら、公開されていることは何でも調べた。いつ、どうやって作られたのか、何のために作られたのか、どの位の大きさなのか、どんな仕組みなのか、どんな構造なのか。初等教育校で、ミィヤよりマザー・グリーンに詳しい者はいなかった。
訓練校に入校する数年前には、一般人向けの観光ツアーに当たったことがある。未成年には引率者が必要で、そこまで思い入れがあるわけでもないのに叔父さんが付き合ってくれた。後から思えば申し訳無かったが、ミィヤは初めて足を踏み入れる憧れの場所に興奮して、叔父さんを放ったらかして夢中で走り回った。
やっと、やっとあの場所に行ける!とうとうその一員になれる!!
もう一度だけ鏡に映る自分を見て、もう張り付いてしまったような微笑みはそのままに、ミィヤは部屋を出ようとした。
扉に手をかける直前に、制服が入っていた箱が視界の隅に入って、ミィヤは慌てて立ち止まる。しまった、大事なものを忘れていた!箱に駆け寄って、中の袋から残されていたものを取り出す。それは白い軍帽だった。制服を着ただけでもう嬉しくなってしまい、うっかり忘れてしまっていたようだ。
ミィヤはもう一度鏡の前に戻り、真新しくまだ硬い帽子にねじ込むように、しっかりと頭を埋めた。誰も見ていないのに、笑顔で敬礼をしてみる。
帽子を被った正装姿の自分を見て、ふと、朝礼の時のヴァースの姿を思い出した。そして、つい2日前の2人の時間。ジェットに乗って掴まった時や、抱きしめられた時の暖かさ。大きく逞しい背中、腕、低い声……
(また会ってくれるか。)
(今度は俺から誘う。)
「……!!」
明後日には、あのひとの近くにまた行ける。また会える。ただでさえ喜んでいるところに、ぞわぞわするような嬉しさが加わって耐えられず、ミィヤは顔を両手に押しつけるようにして俯いた。頭から湯気が出ていそうである。今度は落ち着くための深呼吸をしながら、しかしミィヤは小さな罪悪感も思い出した。
奥さんが亡くなっていると知った時に、自分の嫉妬を恥ずかしく思ったと共に、ミィヤは少し安心してしまった。
それは、ヴァースにとってはとても辛い出来事だったはずなのに。
あのひとの悲しみを嬉しいことだと思うなんて、私はなんて酷いんだろう。
自分の気分が急に落ち込んだことに気づいて、ミィヤはプルプルと顔を振った。今は落ち込んでいる場合じゃない。階下では、みんながわたしの晴れ姿を見るために待っている。ミィヤはもう一度帽子と髪を直して、今度こそ部屋を出た。
「おお!」
「まぁー!!」
階段から降りてくる、白い軍服姿のミィヤを見つけて、家族のみんなはそれぞれ感嘆の声を漏らした。
「あらぁー、みぃちゃん素敵よー!」
台所で果物を剥いていた叔母が、急いで手を洗って拭いてから駆け寄ってくる。ミィヤのところにたどり着くと、肩に手を置いて全身を眺めてから、ぎゅう、と自分より少し背の高いミィヤを抱きしめた。そのまま踊るように身体を揺する。
「こんっなに立派になって!」
「エヘヘ、ありがとう、叔母さん。」
恥ずかしそうに笑いながら、ミィヤは抱擁を返す。
「かっこいいじゃん、みぃちゃん。おめでとう。」
「いいわねぇ、凛々しくて素敵よ!」
いとこのケントとエリアナの2人も、代わる代わるミィヤと抱擁を交わした。
「ありがとう、2人とも。」
1人がけのソファに座っていた叔父も立ち上がって、ミィヤのもとへやってきた。
「改めておめでとう、ミィヤ。」
「ありがとう、叔父さん。」
ミィヤは帽子がずれるのも構わずに、叔父の胸に頭を押し付けて抱きついた。お腹が大きいので抱きしめるのは容易ではないが、叔父はミィヤをしっかりと抱きしめ返してくれた。一緒にマザー・グリーンについて来てくれたこのひとは、あの時文句の一つも言わずに走り回る自分の後について来てくれた。時に一箇所に止まって見物に夢中な自分が、飽きるまで辛抱強く待っていてくれた。その時のことが思い出されて、ミィヤは愛しさで涙が出そうになった。
「みぃちゃーん。」
と、父親であるニールに抱かれていた3歳の子供、サヴァナもミィヤに抱擁を求めたが、
「おっと、君は手を洗ってからな。」
と、直前までおやつで両手と顔がベトベトだったことを知っているニールが言って止め、
「あなた、むしろ着替えさせなきゃ駄目かも。」
と、母親であるエリアナが言い、
「それ言ったらむしろシャワー浴びたほうがいいな。」
とニールが言い直し、早足でバスルームへ連れて行かれてしまった。
少しコミカルなその様子と、従姉妹夫婦の息ぴったりなやり取りを見て、ミィヤは笑ってしまう。
今晩には寮に戻って、急いで荷造りをして、翌朝にはマザー・グリーンに登る。またみんなと会えるのはしばらく先だ。そう思うとより一層、何気無いやり取りが愛おしいのだった。
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今日も読んでくれてありがとう!!
明日の続きもお楽しみに♪
瀬道 一加
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