Scene 26. 報告と、忠告。
『ありえなぁーーーーーーーい。』
ミィヤの話を聞き終えたリディは、大きく叫びながら、座っている浮遊椅子ごとぐるぐる回り始めた。ミィヤのスクリーンには、体育座りしたリディと椅子の背が交互に映る。隣のスクリーンには同じく椅子には座っているが、背もたれにだらりと寄りかかり、天を仰いで動かないビーが写っている。ミィヤからはビーの顎と鼻の穴しか見えない。
ヴァースとのデートの翌日の夜、こちらから連絡しなければ間違いなく催促を寄越すであろう二人に、ミィヤは律儀に報告をしていた。2日前にスタイリング指導を受けた時と同じように、事前に時間を合わせ、実家の自室から寮にいる二人にスクリーン越しに通話を繋げている。前回と唯一違うのは、ミィヤがベッドに横になったまま通話していることだ。枕を抱いて、顔を半分埋めてスクリーンと向き合っている。
『なんでぇーーーーー?なぁーーーんでぇーーーー?何でちゅーもしないで帰ってくるのぉーーーーーーー?なぁーーーーんでぇーーーーー??』
納得できないとでも言うように、リディは何度も大声で言いながら回り続けた。ビーは相変わらず黙ってピクリとも動かない。
ミィヤは、途中で「うふふ……」とか「……ふへへ」とか込み上げてくる笑いに何度も中断されビーに叱責されながら、ーーーヴァースのプライベートな事情には深く触れずにーーー何処に行ったか何があったかを大雑把に説明し終えたところだった。最後にヴァースの身の潔白を伝えて、ビーに『は?それだけ?』と聞かれ、そうだと答えたと直後である。
『わっかんなーーーい!なーーーーんでぇーーーーー?なーーーーんで先輩それで帰しちゃうのぉーーーーーー?わぁっかぁーんなぁーーーーいっ!』
「だから、き、キスはされたって言ったじゃん最後に・・・」
依然回転しながらヴァースまで非難し始めるリディに、ミィヤはどもりながらも言い返した。
『そんなんキスにはいらなーーーーーい!!』
回転をやめないままのリディにヴァースと同じことを言われ、ミィヤは枕に顔を埋めてうなだれる。何か言っても無駄らしい。しかしミィヤとしては夢のようだったデートをあり得ないとか言われ、全く心外だった。この言われようは、一体自分からどんな刺激的な報告を期待していたのやら。
『はぁーー?まじ分かんないんだけどぉっ。あんなに色々手伝ってあげたのに、報告それだけぇ?ジェット乗って昼寝して?家まで行ったのに、2人でドライブもしたのに、ちゅーも無しぃ???まじ分かんない、意味不明なんだけど!』
やっと回るのをやめて、机に豊満なバストと身を乗り出しながらリディはミィヤに訴えた。そんな言われ方をされて、ミィヤは別に何も悪いことをしていない筈なのに、罪悪感に駆られてしまう。しっかり心を通わせあったのよ、とか言ってやろうかとか思ったが、恥ずかしい上ヴァースの過去の話などは、親友と言えども話すわけにはいかなかったので思い止まった。
本人がしきりに見っともないと言っていたことは、自分ではそう思わなくても他の人には話すつもりは無かった。
大切にすると言ったのだから、自分は。
『えぇー、なんか先輩がっかりぃ……もっとスマートにリードしてくれると思ってたのにぃ、意外過ぎぃー……』
両手で頬杖をついて、残念そうに自分の大切な人のことを言いたい放題言い続ける親友に、ミィヤはそろそろ限界だった。あまり効果が無いと分かりつつも、反論する。
「いいでしょ別に!進みが遅くても!先輩は、私のペースに合わせくれてるの!!それに、また会う事になったんだからね!!こ、この先ゆっくり進んで……」
恥ずかしくなって言葉が尻すぼみになってしまったが、言ってみてミィヤは気付く。
あれ、
そうか、そうだったんだ。
(キスは何回めのデートでしていいんだ。)
(こういうの、話し合うべきなんじゃないのかちゃんと。)
物凄く決まり悪そうにそう言ったヴァースを思い出して、ミィヤは愛しさで胸が苦しくなる。あぁ、私のこと、ちゃんと考えてくれてるんだ、あのひとは。あの時、わたしはあのひとの優しさが嬉しくて何も言えなかったのか。わたしは、大切にされてたんだ。ミィヤは枕を抱きしめて、昨日会ったばかりの恋人を恋しく思った。
『えぇー?それ体良く煙に巻かれただけなんじゃ無いのぉー?』
「リディ!?」
心無いセリフを吐く親友が信じられなくてミィヤは飛び起きる。
『えぇー?だってデートで密室に2人の自動運転でしかも長距離ドライブで手ぇ出さないとか……』
それは色々話を聞いていたからなのと、実はそうなりそうなタイミングはあったのだが、詳細を話せないミィヤは悔しいが黙っている事にする。
そして、リディは一瞬止まり、はっと目を見開いた。そして神妙な面持ちで静かに続けた。
『……もしかしてミィヤぁ、あなた女として見られてないとか……』
ミィヤは雷に打たれたような衝撃を受けて硬直する。
そしてヴァースとのやり取りを思い出す。そう言われてみれば、心当たりはなくも無い。からかったり、あやしたり、ヴァースの自分に対する扱いは、子供を相手にするようなそれだった気がしないでも無い。
いやでもそんな訳は、いやでも確かにちっちゃい子相手にしているような感じだった気もするけど、っていうかわたしは確かに幼いのは解ってるけど、いやでもまた誘っていいかとか言われたし、別に先輩がそういう子がタイプなら別にいいんじゃ、え?もしかして先輩もっと大人っぽい人の方がいいの?がっかりさせたの??イライラしてたりするの???うそっ、ええっどうしよう……
また考え始めてしまって、ミィヤはうずくまって黙ってしまった。
『……わかったぞ、リディ。』
それまで椅子に寄りかかって何も言わなかったビーが、やっと口を開いた。やれやれと言った様子で正面を向いて座り直し、机に片肘をつく。
『え、なになにぃー?』
リディが食らいつくように、ビーが写っているスクリーンに向かって身を乗り出す。ビーは確信を持って言い放った。
『こいつらあれだ、似た者同士だ。』
『にぃ?』
「にた……?」
ビーの言った言葉の意味がよくわからず、リディとミィヤは中途半端に聞き返してしまう。
似た者同士?
『くそまじめで気にしぃな上、世間知らずだ。要するに奥手だ。』
ミィヤとリディがぽかんとしている中、ビーは続ける。
『ったく、准将のやつ猫かぶってやがったな。いや、この場合狼の皮を被った羊か。あたしらまんまと一杯食わされた訳だ。防護船での振る舞いはカモフラージュだな。』
暫くしてリディが呟く。
『あー……解りみぃー……』
ミィヤは1人取り残されている。え?解ったって何が?まじめって?奥手?カモフラージュ?
『やばぁーっ!解りみやばぁーーーい!やだそういう事ぉーーーー!?』
リディはだんだん声を大きくして、椅子ごとさっきとは逆方向に回り始めた。
『いやぁーーーんやだ先輩可愛いんだけどぉーーーーーっ!!ギャップ萌えぇーーーっ!!』
心なしか回転する速度がさっきより早い。足をバタバタさせながら、キャーキャー叫び続けている。ミィヤはと言えばまだビーとリディの言っていることを飲み込めていない。どういうこと???
そんな2人を無視して、ビーは更に、独り言のように続けた。
『どーせ英才教育受けて思春期やりはぐったクチだろ。艦長辞めたのも遅く来た反抗期だったりしてな。歳行ってからグレたんじゃねぇの?』
極端な物言いにしろ、煙草とか遊びとか、何処か的を得ているようなビーのセリフにミィヤは思わずふぐ、と変な音を出してしまう。いや別にグレた訳じゃ無いと思うけど。ヴァースの過去の話などはしていないのに、概要からここまで推測してしまうビーの分析能力に冷や汗が出る。リディといいビーといい、どうしてわたしの親友はこう恐ろしい子ばかりなのだ。そして、心の中でヴァースへの謝罪を祈る。
ああ、ごめんなさい先輩。
わたしあなたの秘密は守れても、名誉は守れないかもしれません。
『はぁーしらけたわー。もっと面白い事になると思ってたのに。まぁー、似た者同士仲良くやってくれ。』
呆れたようにビーは言って、頭の後ろで両手を組んで椅子の背に寄りかかった。そして思い出したように付け加える。
『因みにミィヤ、気をつけろよ。』
「?気をつける?」
『そういう奴は、マザコンの可能性が高い。』
ビーの断言した言葉を聞いて、まだ回っていたリディはピタリと止まり、
『あーそれ引くぅー……』
と呟いたが、ミィヤは年配の御婦人をヴァースがエスコートしている様子を思い浮かべて、
「無理ぃっ、微笑ましすぎるっ。」
と枕を抱いて突っ伏した。
それを見たビーは、勝手にやってろ、と言葉には出さずに、黙って通話を切ったのだった。
今日も読んでくれてありがとう♪
また明日!
瀬道 一加




