――エピローグ――
あれから数日……どころか数時間後。
調合のため部屋に籠もりきりになったフォックスバードを除き、いつもの大広間で3人でかなり多めの夕食を食べていると、
「できたよ」
予想以上に早くそのフォックスバードが現れた。
「ほふほふは!?」
「いや、お前は口の中の物全部食べてから言えよ」
聖職者にしては礼儀が足りないハイアサースを康大は窘める。
必死で飲み込むハイアサースに変わり、康大が彼女の言葉を翻訳して伝えた。
「本当ですか?」
「ああ。食事中とは都合も良い。この薬は水に溶かして使うんだが、作った僕が言うのもなんだが非常に不味くてね。味のあるもとの一緒でないと、とても飲めたものじゃない」
そう言うと皿に入れてきた粉末を、康大とハイアサースが飲んでいた限りなくトマトスープに味が近いスープに、了解も取らずに入れる。
「ああ、せっかく俺が気合い入れて作ったのに……」
「黙れ。さあ飲んでくれ」
弟子の言葉を一蹴し、フォックスバードは満面の笑顔で言った。
康大とハイアサースは顔を見合わせる。
最初に動いたのはハイアサースだった。いつも迷惑をかけられる彼女の無謀な勇敢さも、こういうときは都合がよかった。
ハイアサースはスプーンでスープを良くかき混ぜ、一口啜る。
「――!?」
その直後、ハイアサースは何とも言えない表情をし、すぐに口を押さえた。
おそらくそのままでは吐き出すと判断したのだろう。ハイアサースはたいていのものは笑顔で「美味い美味い」言いながら食べるので、康大にはそれがよほどのことのように思えた。
「そんなに不味いのか!?」
「・・・・・・」
ハイアサースは口を押さえたまま、涙目で頷く。
(これは本当にヤバいかもしれない……)
見た目は全く変わっていない。臭いもそのまま。
だが康大は確実に死を意識した。
「ええいやってやる!」
自分を勇気づけるためそう叫ぶと、康大はスプーンではなく、皿に直接口をつけて一気に飲み込む。
ハイアサースのように少量を味わって飲む方が、危険と判断したのだ。
「――!」
第一波は勢いがあったおかげで一気に飲み込めたが、口の中に残った第二波が康大に一斉攻撃をする。
(これは――!?)
人間の味覚は一般的に、甘味・苦味・塩味・酸味そして日本人が見つけたと言われるうま味、さらに一部の学者が唱えるカルシウム味を感じられると言われている。しかし今飲んだスープはそのどれにも当てはまらない、言うなれば臭味が感じられた。どうしようもない悪臭を、そのまま味覚に変換したような味なのである。例えるなら腐った生ゴミをジューサーでまぜ、それを固めて食べているようなものだった。
康大も咄嗟に口を押さえる。
そしてすぐに口より優先して押さえるべきところが、その上にあることに気付く。
「――!」
咄嗟に鼻を押さえた康大を見て、ハイアサースもそれに倣った。
それでもまだ口に残る臭味は消えない。
さらにスープも大分残っている。
(これはもうあれが必要かも……)
康大は今まで飲むのを避けていたワインを豪快にスープに入れる。もはやアルコールの力を借りなければ、全部飲めそうにない。たとえそれで味が変化しても、マイナス1億がマイナス1億1000になる程度だ。明暗だとばかりに、ハイアサースも康大と同じ選択をした。
「ああ、せっかくうまくできたのに姐さんまで……」
ダイランドが打ちひしがれる。
もちろん今の2人にはそんなダイランドに構っている余裕はない。
それから2人は鼻を押さえ、狂ったようにスープを飲み、そして――
『……きゅー』
2人同時に椅子に座ったまま意識を失った……。
「ここは……いたた!」
目を覚ませばそこは固いテーブルの上。
頭もずきずきと痛む。どうやら意識を失ったのは不味すぎたからではなく、アルコールのせいらしい。ゾンビが急性アルコール中毒とは、笑えない話だった。
「ようやく目を覚ましたか」
年上で飲酒経験もあるハイアサースは、康大より早く目を覚ましていた。
康大は「仕方ないだろ、初めての酒なんだから」と言いながら、顔を上げて絶句する。
「……言いたいことは分かる。だがこれは薬の力なんだからしようがない」
「いやまあ……。暗い夜道とか重宝しそうだな」
康大がそう言うのも無理はない。
ハイアサースの身体で露出している部分の全てが白く光っていたのだから。
ハイアサースは恥ずかしそうな顔で、態度だけはより尊大にし、自分のメンツを守っていた。
「フォックスバードさん、これは?」
「彼女の反応は死人に出るものだね。はっきり言って医学的には手の打ちようがない。優秀な魔術師なり聖人なりにどうにかしてもらうか、日夜回復魔法をかけながら妥協して生きていくしかないね」
「ふっ、私の人生なんてこんなものさ……」
フォックスバードの診断に、ハイアサースは乾いた笑いを浮かべるだけだった。おそらく康大が目を覚ます前に、結果を伝えられたのだろう。土気色の肌に乾いた涙の痕が見て取れた。
「私のことよりお前だ。お前の身体でどこか光ってる部分はないか?」
「光ってる部分?」
康大は自分の身体を見回す。
一番何かありそうな右腕には何もない。顔もハイアサースが指摘しないあたり、変わっていたいのだろう。掌も同様だ。
こうなるとハイアサースに斬られたところに問題があるのかと、康大は来ていたTシャツを脱ぐことにした。
現実世界から今までずっと着替えていなかったので、いい加減服変えなきゃまずいだろうと思いながら。
「これは……」
そしてようやく光っている場所を見つける。
ただそこは斬られて変質した部分ではなく脇腹辺りで、2つの紫色の光だった。
「ああ、それは腎臓だね。君のゾンビ化はどうやら腎臓が関わっているらしい」
「じゃ、じゃあここを治せば俺の方は治るんですね!?」
「そういうことになるね。ただここで残念なお知らせだ。僕は寡聞故、その色の腎臓の治し方を知らないんだよ」
「なんかそんな気がしていました」
そこまで衝撃は受けずに、苦笑する。
康大はこれまでの経験から、話を聞く前から過剰な期待はしないということを学習していた。
「ということはやっぱり八方塞がり……」
「――というわけでもない。実はそっちも当てはあるんだ」
「本当ですか!?」
とはいえ、期待すること自体は止められない。
「ちなみにハイアサース君に関してもね」
「マジだっぺか!?」
「ああ、ただその前に会ってもらいたい人がいる」
そう言ってフォックスバードは大広間を出、別の部屋に入っていった。おそらくそこに人を待たせていたのだろう。康大とハイアサースが気絶している間に来た来訪者だろうか。
しばらくすると、フォックスバードと来訪者が2人揃って現れる。
「貴方は――」
それは康大とハイアサースにとって意外な人物だった――。
次回
康大とハイアサースは(登場人物の関係上)意外(でも何でも無い)人物と、そこそこ栄えた街やそこそこじゃすませられないほど危険な館(的な場所)へ。
果たして彼らを待ち受けるものとは――。
恋愛やや多め、謎解き多め、戦闘は「お客さんすみません、それ在庫もうほとんど残ってないんです」の『感染者と死者と死の館とその他大勢』に続く――。




