第22話
康大が目を覚ますと、窓から差し込んだ光がまず目に入った。
おそらくあれからダイランドあたりに担がれ、部屋まで移動させてもらったのだろう。
(それにしても結構寝たと思ったけどそうでもなかったな)
窓を開けると太陽はかなり高い位置にあったので、せいぜい寝ていても7,8時間といったところか。
――そう康大は思っていた。
「む、ようやく起きたか。心配かけさせおって」
既に回復魔法を使ったのか、生前時の肌の色をしたハイアサースが部屋に入ってくる。
「ん、どうした?」
「いやなんでも」
改めて見るとやっぱり美人だな、と言う台詞を康大はギリギリで飲み込んだ。
その変わり、「相変わらずおっぱい大きくてエロいな」と現実世界なら訴えられてもおかしくないセクハラ発言をしておく。
「相変わらず……どうやら寝過ぎて頭が呆けたみたいだな」
「いや、そんなには寝てないだろう」
「どこがだ! 丸1日と数時間は寝てたぞ! 息をしてなかったら死んでいたと疑っていたところだ!」
「そんなに寝ていたのか……」
実際は康大が思ってた時間に+24時間必要だった。
「ところでお前、手の方は大丈夫か?」
「手……ああ」
言われて触手を引っ張る時、思い切り怪我をしたことを思いだす。あの直後からあまりに多くのことがあり、さらに全てが解決した後は暗い夜道のうえ疲労困憊だったので、自分の手のことなどすっかり忘れていた。
康大はおっぱいを触るのに支障が無いよう祈りながら、恐る恐る手を開いて確認する。
ーーと。
「……肉球?」
まさか自分の掌がそうとしか表現できない状態になっているとは、思いもしなかった。
右腕のように赤黒く異質の筋肉にはならず、水ぶくれをやたら大きくしたような、本当に肉球としか表現できないものが、指の関節ごとにできていた。
試しに押してみると、昔触ったねこの肉球と同じ感触が返ってくる。
(これはどう判断したら良いんだ……)
多少物を握りづらくなったが、日常生活においてはそこまで影響はない。なによりおっぱいを触るのに支障がない
(うん、まああまり深く考えないようにしよう!)
康大はハイアサースの豊かな胸を見ながら、そう心に決めた。
「あれ、コウタさん目をさましたっスか。もう大丈夫っスか?」
しばらくすると、ダイランドも部屋に入ってくる。相変わらずの蛮族然とした容姿に、エプロンは絶望的に似合わない。それでも笑ったり軽蔑したりしないぐらいには康大も慣れた。
「とりあえず、な」
「だったら師匠のところに来てくださいっス。師匠が話を聞いたがってたっス」
「ああ、分かった、すぐに行く」
「その……まだあんまり無理するなよ。お前に回復魔法が使えれば良かったんだが」
口では色々言っていても、ハイアサースも気を使ってくれてはいるらしい。ゾンビになって顔はひどくなったのに、今が一番のモテ期だなあと、康大はしみじみと思った。
「ま、話すだけなら問題ないさ。心配してくれてサンキューな」
そう言ってハイアサースの肩を叩き、部屋を出る。
だいたいフォックスバードのことだから例の大広間にいるだろうなと思っていたら、果たしてあの時と同じように悠然と椅子に座って康大を待っていた。
まるで彼が今回の事件の全ての黒幕のようだ。実際、彼がいなければ康大もこんな目に遭うこともなかったのだが。
「まずはお疲れ様」
「どうも」
真っ正面から2人だけで話すのも緊張するので、斜め向かいの席に座る。持って生まれた性質は抜けず、未だに人の目を見て話せない。
「薬草はハイアサース君から確かに頂戴した。渡すときかなり目が泳いでいたけれど、その理由を君の口から説明してくれないかな? 彼女に聞いてもあまり要領を得ない気がするので」
「まあそうでしょうね。ただそれを話す前に、こちらからもフォックスバードさんに聞きたいことがあります」
「なんだい?」
康大は話す前に大きく息を吸う。
そして可能な限りの大声で言った。
「なんで薬草があんなに巨大で襲ってくることを教えてくれなかったんですか!?」
フォックスバードに会ったらずっと言おうと思っていた。ゴーレムの大きさや薬草の生えている正確な場所は、実際に見たことがないのだから分からなくてもしようがない。だが薬草に関しては、正確に説明できるぐらいなのだから、知らないはずがない。康大達にとってそれが一番大事な情報だったのに。
康大の話にフォックスバードは首をかしげる。
「ハイアサース君も言っていたが、つまりどういうことなのかな?」
「いや、どういうことかって――」
それから康大はゴーレム内外で起こった死闘を、それなりの脚色を加えながらフォックスバードに説明する。自分でも言いすぎかなと思うところもあったが、フォックスバードは疑問を挟まずに最後まで黙って聞いていた。
「――つまり君達は命の危険を感じるほど凶悪で巨大な薬草――正確にはハエトリタコグサに襲われた、と」
「ハエトリって……めっちゃ食虫植物じゃないですか!? あれ倒されたらそのまま食われてたのかよ!?」
「まあそうなっただろうね。ただ本来ハエトリタコグサはそこまで大きくないんだよ。僕が知っている最大のものでも、せいぜいこれぐらいの大きさだ」
そう言ってフォックスバードが手で示した大きさは、多く見積もっても30センチほどだった。一方、康大の戦ったあの草は、触手部分を除いても優に3メートルはあった。
「つまりフォックスバードさんも、そんなに巨大なものとは予想してなかった、と」
「ああ。本来あれは人が行かないような険峻な岩場に生えていてね。外敵や競争相手はいないものの、土から満足な栄養が取れず、自分で餌をとれるように進化したらしい。そのための触手さ。ただどんなに栄養状況がよくても、自然ではそんなに大きくなる事はあり得ない。でもその理由は推測出来る。君の話を聞いた限り、そのハエトリタコグサはおよそ呪文の上に生えていたんだろう。そうなると、そこから本来植物が必要とする栄養以外に、ゴーレムを運用するための魔力の一部も摂取したんだろうね。ゴーレムを動かす魔力は膨大だから、多少吸われてもそこまで影響はないから。そしてその魔力がハエトリタコグサを変質させた、と」
「なるほど……」
言われてみるとそんな気がしてきた。
というより、終わったことであまり深く考える気になれず、適当な答えでも納得できた。
「さて、それでは話は戻る、何故彼女はあんな顔したのかな?」
「ああ、それは……」
康大は未だハエトリタコグサにゾンビウイルスをうつした話はしていない。ハイアサースの話を聞いて、微妙にぼかしていた。フォックスバードの質問に答えるべきかどうか判断がついていなかったのだ。
不良品を渡されたと知れば、フォックスバードもいい気はしないだろう。ハイアサースもそれがうしろめたくて、挙動不審になったはずだ。
(でも……)
そもそもこの薬草は、フォックスバードよりむしろ自分達に必要な物。それを調合するであろうフォックスバードが知らないのは、なにより自分達にとってマイナスになるのではないか。
康大は結論を出した。
「……ハエトリタコグサを倒す時にゾンビ化させたからです」
「ほうっ!」
悠然と話を聞いていたフォックスバードが、不意に目を輝かせ椅子から立ち上がる。
怒っていないのは分かる。
ただその予想外で急な反応に、お互いの体格差も忘れ康大は思わず後ずさりをした。
「そのあたりの話は是非聞かせてくれたまえ!」
「え、あ、その、触手を握り閉めている時に手を怪我してですね、その血が触手からハエトリタコグサに入り込んで、とんでもなく暴れた後、突然腐り始めたと……」
「なるほど、君の血は植物にさえも影響が……いや、それではおかしいな、もしそうだったら君が歩いた後は死の巷だ。となるとこれは本当に興味深い……」
「あの、いちおうその後根っこはハイアサースの回復魔法でなんとかしたんですけど、薬草的に大丈夫だったんですか?」
「ああ、それなら心配ないよ」
ようやく落ち着いたのか、いつもの表情に戻ったフォックスバードは椅子に座る。
「僕が調べた限り、確かにこれは正常なハエトリタコグサの根以外の何物でも無い。これなら予定していたものも作れるはずだ」
「そ、それじゃあ俺のゾンビ化もようやく――!」
「それなんだが……」
フォックスバードは申し訳なさそうでもあり、またからかうような表情で言った。
「実はこの薬草では君のゾンビは絶対に治せないんだ」
「ちょ――!?」
遠回しに「徒労でした」と言われ、康大は全身の力が抜け、立っていられなくなった。あれだけの死線をくぐり抜けてきたというのに、それはあんまりだ。
「ははは……全部……無駄……ははは……」
康大は椅子に座り続けることも出来ず、そのまま床に頽れる。
あまりの絶望に、腹を立てる気力さえ失われ、廃人寸前まで追い込まれた。
これにはさすがにフォックスバードも申し訳なく思ったのか、「すまない、そういう意味じゃないだ!」と慌てて訂正した。
「この薬草は確かに君の状態を直接治せないが、治すのには絶対に必要なものなんだよ」
「……ひつようなもの?」
それだけでは未だ完全に回復できないのか、返す康大の言葉もたどたどしい。
「ああ。この薬草を煎じて必要な物を加え調合すると、ある試薬を作ることが出来る」
「……しやく?」
「そう、その試薬を用いれば、その人間がどういう病気でどんな薬が必要か分かるんだよ。今のところ僕は君のゾンビ化が一体どういうものか、根本的にはさっぱり理解出来ていない。だからといって憶測で薬を服用すれば、取り返しのつかないことになる恐れがある。そのための試薬だ」
「………………………そうだったんですか……はあ~」
康大もそこまで聞いててようやく自分を取り戻した。少なくとも無駄でなかったことは良く理解出来た。
「しかし僕の思った通り、君の中の力は素晴らしいな」
「素晴らしいも何も、ただの怪力ですよ」
康大は椅子に座り直しながら、つまらなさそうに答える。
フォックスバードは康大の態度にわずかに眉をひそめ、その後すぐに納得した顔をする。フォックスバードとは逆に、何を思ってそんな顔をしたのか、康大には全く理解出来なかった。
「怪力、か。確かにその程度なら君が失望するのも無理はない。それならダイランドと大した違いも無いからね。僕が言っている力とはそんなものじゃないんだよ。現に君は怪力とは別の力で、巨大化したハエトリタコグサを倒したじゃないか」
「そりゃまあ……ってまさか!?」
「そう、君が今考えている通り僕が賞賛しているのはその感染力の方さ。中にはハイアサース君のように耐性のある人間もいるが、たいていの人間はその毒に耐えられない。さらに上手く使えば、その毒を拡散させることも出来る。それはとても、とても恐ろしいことなんだよ。ダイランドの暴力なんて子供のお遊戯に思えるほどにね」
「・・・・・・」
褒められていると分かっていても、まるで猟奇犯罪者のように言われて康大は良い気がしなかった。確かに自分の血を使って大量に盗賊達を殺したが、あれは必要に応じて嫌々やったに過ぎない。この力を研究して戦略に組み込む気など、さらさらなかった。
「その表情を見るかぎり、君はあまり気に入っていないみたいだね。まあ治したいと思っているのだから、それも当然か。けれど覚えておきたまえ。君が望む望まぬに関わらず、その力はこれからの君の人生を左右するものであると」
「……はい」
だからといってその言葉を否定することも出来ず、康大はただそう答えることしか出来なかった。
「さて、それではあと一つ。今度はゴーレムのことについて聞きたい」
「ゴーレムですか?」
「ああ、君の話では、ゴーレムに使われていた呪文は君の世界の文字だったらしいね。ちなみにこの中にその文字はあるかい?」
そう言いながらフォックスバードが手を振ると、空中に様々な文字が浮かぶ。そのほとんどが、康大にはミミズが這いずり回ったようなものにしか見えず、また読める文字も一つもなかった。
「ありません」
「そうか、僕の知る文字で同じ物は一つもない、と。念のためここにペンと紙があるんで試しに何か書いてみてくれ」
「それじゃあ自分の名前……だけだと漢字だけだから適当に文章書いときます」
康大は渡された筆記具を使って"Meは日本のおフランス生まれざーます"と書いた。
(他に書くことなかったのか……)
自分が書いた文章に自分でうんざりする。
それでも書いた以上消すことも出来ず、そのままフォックスバードに見せた。
「これです」
「……なるほど、うん、全く読めない」
フォックスバードは恥ずかしげも無く断言した。
「こうなるとそのゴーレムを作った人間は、異邦人である可能性が高いね。果たして何の目的で何故そんなことをさせたのか、僕にも想像もつかないけれど」
「異邦人……あ!」
そこで康大はあることを思いつき、「ちょっと席を外します」と言ってから一端大広間を出た。
そして瞼を閉じ、あの女神を呼ぶ。
《人の子よ、昨日は開店休業状態で※RTAが捗りました……》
「大嘘ぶっこいてゲームするのいい加減止めろよ!」
《人の子よ、私が頑張ってバイオハザード○をプレーしなければ、貴方に的確なアドバイスが送れなかったのですよ?》
「ああもう、その話は分かったからいい。それより聞きたいことがある。俺以外にも転送させた人間って分かるか?」
《え、う~ん、あたしが担当したのなら分かるけど、それ以外は無理。うちってそれぞれが個人会社みたいな感じで、横の情報共有皆無だし》
「そういえば圭阿は、明らかにお前とは別の女神の話をしてたな。ということは飯山圭阿に心当たりは――」
《ないわね。誰それ? 最近勘違い動画投稿して炎上起こしたぽっと出のYouTuber?》
「そういうのはいいから。じゃあ、その、言いにくいんだけどゴーレムを作れる日本人を転送させたことは?」
《アンタ末期の中2病がついに脳にまで……》
「いってないわ! というか中2病なんて脳内でしか起こらねえだろ! こっちで日本語が使えるゴーレム使いがいたから、元から使えたやつが転送されたんじゃないかって思ったんだよ!」
《ああ、そういうこと。真面目な話いくつかの可能性があるわね。たとえば異世界に転生した人間から、文字だけ教わった現地の魔法使いとか、別の次元の日本から来た転生者とか》
「別の次元?」
《ええ。そもそもアンタは元の世界とその世界以外、この世に"セカイ"が存在していないと思ってるけど、別にそんなことないのよ。この"世界"には同じ時間軸を流れる無数の"セカイ"が存在していて、アタシ達は強制的にその間の人事異動をしているの。だから貴方のいる日本と、全く同じ言語を使う別の"セカイ"からきた転生者が、今アンタがいる"セカイ"にいてもそれはなんら不思議じゃないわ》
「そういうことだったのか……」
《その"セカイ"には開発中止になった幻のバイオハザード1.5がバイオハザード2として発売されているかもしれない……》
「お前本当にバイオ好きだな! 後もう○で隠してもいねえし!」
《なんかそういうのは卑怯かなって……》
「もういいわ。とりあえず最初の部分だけ頭に入れておく」
《ああ、あとこっちからもう一つ》
目を開けようとした康大をミーレが慌てて止める。
《貴方の近くにいる智者に気をつけなさい。自らが考えることを決して止めてはいけません》
その顔は今まで見た中で最も真剣で、また言葉自体にも重みが感じられた。
「え……?」
「どうしたんスか?」
「うわっ!?」
不意にダイランドに肩を叩かれたことで、康大は思わず目を開けた。
「目を瞑ってじっとしてたっスけど、例のゾンビ化と関係が?」
「いや、なんでもない。それより部屋に戻らないと」
康大は大広間に入る。
そこでは出た時と同じような姿でフォックスバードが待っていたが、康大には同じ人間には見えなかった。
「何かあったのかい?」
「あ、いえ、別に……」
康大は言葉を濁す。
確かに自分よりはるかに賢く、また力を持っているフォックスバードを無条件で信じることは危険だ。既に何かに利用されていてもおかしくはない。
(でも今はこの人に頼る以外、道は無いんだよな……)
康大はそう自分に言い聞かせ、とりあえず疑念の気持ちは脇に置いておくことにした。
「外に出てろいろ考えていたようだが、何か思い当たることでもあったのかい?」
「まあ。おそらくゴーレムを作ったのは俺のような異邦人じゃないかと。ただし俺とは別のセカイから来た」
「ふむ、異邦人は脆弱な者が多いが、中には君のような人間もいるし、様々な世界から来た可能性もなくはない、か」
世界に対する解釈が違っているような気がしたが、康大はあえて指摘はしなかった。今は以前と違い、あまりこちらの手の内を晒す気にはなれなかった。
「分かった、僕が聞きたいことは以上だ。薬草の調合が終わったら改めて呼ぶから、君はそれまでその鈍った身体を動かしているといい。必要な物は、ダイランドに言えば可能な限り調達してくれるだろう」
「はあ……」
新たな血が流れそうな気がしたので、できる限り必要な物は自分で揃えるよう康大は心に誓った。
康大は大広間を出て、一端自分の部屋に戻る。正式には借りているだけだが、何かもう自分の部屋のような気がしていた。
ハイアサースは何か用があったのかもういない。
「は~~~~~~」
康大は大きくため息を吐き、ベッドに倒れ込む。
結局、ここまでして何も解決はしなかった。
それどころか厄介ごとが山のように増えている。
「でもまあ」
康大はしばらくこの世界で生きていこうと決めた。
元に戻っても地獄が待っているだけ、同じような地獄なら美人の知り合いがいて、今まで憧れていたい世界の方が遙かにマシだ。それにこの世界で治療法を見つけられなければ、元の世界に戻っても即死する可能性が高い。
「やってやるかあ!」
康大は誰に言うでもなく、そう自分を景気づけるのだった。
肉球状態になった手を強く握りながら。
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