第20話
「とりあえずハイアサース! お前が見てる数字って今いくつだ!?」
「えっと……160……あ、159になった」
「3分弱か……」
それだけの時間があれば鈍い康大やハイアサースでも、なんとか足元の扉に移動できるかもしれない。
「というか、何故お前はそんなに焦っているのだ? もう根っこは腐ることもないんだぞ。ただちょっと揺れているようだが」
「ああうん、まあ色々あってな」
真実を話せばこれ以上ないほど取り乱しそうだったので、康大は黙っていた。
ハイアサースは不満そうな顔をしたが、「それにしてもよく揺れるな」と深くは聞いてこなかった。
「まあ帰りは急ぐ必要も無いが、そろそろ降りないか? それともその落ちてきた天井の破片でも調べるか? 今更ゴーレムがどうなろうが関係ないが、何が書いてるか多少は気になるしな」
「ゴーレム構成の呪文か……」
「そんなことしている余裕はないでござるよ! これ以上ここにいたら間に合わないでござる!」
ハイアサースと違い、状況を完全に把握している圭阿は康大を急かす。圭阿の言う通り、ここでそんなことをしていたら、絶対に間に合わない。
(それは分かってるんだけど、俺のゲーマーとしての勘が、警鐘を鳴らしてるんだよな……)
このゴーレムを作った人間がバ○オハザードをプレーしたことがあるとは思えないが、ミーレの言葉を踏まえれば思考回路は似通っているはずだ。
(あのゲームで今まで自分が辿ってきたルートを、そのまま帰るのが脱出ルートだったことあったか?)
馬鹿馬鹿しいことは分かっている。それでも直感が、絶対に無視をするなと叫んでいるような気がした。
「康大殿!」
「……呪文を調べる。足元の扉へは戻らない」
「な――!?」
康大は自分の直感に賭け、圭阿は絶句した。
その後すぐに反論するかと思われたが、ため息を吐いただけで圭阿は康大を責めたりはしなかった。
「ここまでこられたのも、康大殿の御指図があったからでござる。もはや拙者、康大殿にこの命預け申した」
「圭阿……」
それが圭阿の出した結論だった。
1人取り残されたハイアサースは、疑問符いっぱいの顔で2人のやり取りを見る。
康大は圭阿の決断に感謝しながら、いそいで散らばった天井破片のパズルを組み合わせ始める。この世界の言葉が分かるわけもないので、形を頼りに組み合わせるしかない。
そう思っていたが、続けていくうちにある違和感に気付く。
(これって……)
徐々に組み合わされていく破片に書かれた文字は、康大の知らないどころか、生まれてから昨日まで毎日見てきた文字とよく似ていた。
やがて形ではなく、字の形状を頼りに組み合わせていく。
そして予想よりはるかに短い時間で、崩れた文字の復元が完成した。
「これは……」
「ああ、見ての通りだ」
「いや、拙者にはなんと書いているのか皆目分かりませぬ」
「同じ異邦人じゃないのかよ!」
圭阿は破片に書かれていた文字……漢字仮名交じりの日本語を全く読めなかった。後ろで「なんだこれ?」と言いながら見ているハイアサースが読めないのは予想していたが、忍者を名乗る圭阿が読めなかったのは完全な予想外だ。
後でそのあたりを聞いてみたくなったが、残念ながら今はその余裕はない。
「"師、すべきは地にあり、星、天へと昇る"……か」
「どういう意味でござるか?」
「多分これは……」
「なあコータ、数字が30切ったあたりから揺れも大きくなって、何か非常にまずい気がしてきたんだが……」
如何に鈍いハイアサースでも、ここまで状況が逼迫すれば気付き始める。
ただ、彼女が騒いで思考を邪魔する前に、それはもう終わっていた。
「窓から出るぞ!」
『は?』
康大の突然の意味不明な発言に、ハイアサースだけでなく、圭阿まで目が点になる。
しかしそんな2人に詳しい説明もせず康大は続けた。
「下の窓から見て分かったが、このゴーレムにはテラスのような場所がある。窓から出ればそこに行けるはずだ。テラスに出たらそのまま頭のてっぺんまで登る。急げ!」
そう言うと自分が率先して窓から出る。
幸いにも、と言うべきか予想通りと言うべきかテラスはまだ崩壊せず残っており、そこからゴーレムの頭を伝う階段まであった。
康大は自分の考えを信じ、その階段を上る。
後ろを振り返ると、ハイアサースも圭阿もついてきていた。納得せずとも自分の指示に従ってくれたことに、康大はほっとする。
外から尖塔のように見えたゴーレムの頭の上は、展望台のような空間だった。360度パノラマで周囲の景色が一望できる。もちろんこの状況で景色を楽しむ余裕がある人間は誰もいない。
「もう時間も0になった頃でござるな。こうなった以上何故こんな所に来たのか、説明して頂きたい」
「というかこれもしかしたらゴーレムが崩壊するんじゃ……」
展望台に到着し、もう何も出来ることがない状況になって圭阿は説明を求める。ようやく気付いたハイアサースも、怯えた目でそれを訴えていた。
「ああ、それはだな――」
康大が口を開いた瞬間、さらに大きな崩壊が始まる。康大は悠長に説明できるような状況ではないと判断し、「掴まれ!」と言って、自分が率先して展望台中央にあった支柱のようなものに掴まった。
ハイアサースも圭阿も口を閉じ、康大の指示に従う。
そしていよいよ始まる本格的なゴーレムの崩壊。
ただしその前にあることが起きる。
「――――!!」
「何事でござる!?」
「な、な、な、なんだべえ!!?」
突然3人の身体に浮遊感が襲いかかる。
ただこの感覚は、今まで何回も体験したもの――そう、ゴーレムの位置が急激に下がったのだ。もっと正確に言えば、ゴーレムが突然膝を曲げたのである。
(やっぱり思った通りだ!)
自分の狙い通りの展開を見せたことに、康大は内心会心の笑みをする。
さらに始まった本格的な崩壊も奇妙なものだった。
最上階の呪文の破壊が原因で崩壊が始まったとしたら、当然そこから壊れるはずである。しかし、ゴーレムの崩壊はどういう原理か足元から始まり、それが徐々に上と伝わっていった。
康大達に伝わる振動や轟音はかなりのものがあったが、展望台そのものが崩れる気配は無い。
やがて足元から始まったゴーレムの崩壊は、展望台を残して完全に収束し、後には瓦礫の山に佇む3人だけが残った。
「……終わった、のか?」
ハイアサースは恐る恐る康大に尋ねる。
康大は無言で首を縦に振った。
「はあああああああああああああああああああああああああああああ~」
ハイアサースは心の底から安堵した息を吐いた。
途中から完全に状況を把握した彼女は、その時から生きた心地がしていなかった。
それは冷静そうに見える圭阿も同じで、ほっと小さな胸をなで下ろす。
「さて康大殿、拙者達にも説明して欲しいのでござるが」
一息つけばあの時なぜ康大があんな選択をしたのか、聞かずにいられない。
それはハイアサースも同様だった。1人だけ蚊帳の外に置かれた分、その気持ちは圭阿より強い。
「そうだべそうだべ! 死ぬがもしんなかったんだぞ!」
「それは帰り道に歩きながら話すさ。俺もいつまでもこんな所にいたくないからな」
そう言いながら康大は率先して瓦礫の山を下っていく。
とっとと帰って休みたい気持ちは2人も同じだ。
ハイアサースも圭阿も康大よりははるかに軽い足取りで、その後をついていった――。




