第17話
「随分遅かったでござるな」
『・・・・・・』
2人の運動能力を全く顧みない優しさの無い言葉で、圭阿は2人を迎える。
「何かあったか?」
文句を言っても悲しくなるだけなので、康大は重要なことだけ聞いた。
「見ての通り、この辺りは明るいだけのがらんどうでござる。天井で階が仕切られ、上に続く階段がいくつかあるだけ、試しに上の階を少し覗いて見ましたが、ここと同じような作りでした。少なくとも文字も植物もこの階にはありませなんだ。ただ、ここからは窓があるので、外の様子は見られますぞ」
「どれどれ」
康大はガラスも木枠も無い煉瓦積みに穴が開いただけの窓から、外の様子を窺う。
下ではゴーレムとアンデッドの争いも佳境を迎え、ほとんどのアンデッドはゴーレムから離れるかなぎ倒されるかしていた。そもそもアンデッド達はゴーレムの身体にまとわりついた半死半生の人間が目当てで、それが振り回した腕と共にどこかへ行ってしまったのだから、これ以上ゴーレムに構う理由も無い。ゴーレムも無駄な殺生は不用とばかりに、去って行くアンデッドを追いかけたりはしなかった。
やがてゴーレム内で感じる振動もおさまり、再びゴーレムは元の人型城へと戻る。
「とりあえず落ち着いたか……。それじゃあ俺達も上に登ろう。今は止まっているとはいえ、このゴーレムは周回している。いつ動き出してもおかしくはない」
「そうだな、古来より兵は拙速を尊ぶと言う。とにかく行動あるのみだ」
(本人にとって全く役に立ちそうもないどころか、足を引っ張りそうな知識だけは知ってるんだな)
そう思いながら、康大が先頭になって階段を上った。
圭阿の言った通り、上の階も下と同じような作りだった。明るく何も無い、ただただ広いだけの部屋だ。天井までの高さはおよそ3メートルほどで、ゴーレムの大きさを考えるとあと5,6階はあるだろう。
念のため呪文のような文字が無いか3人で捜してみたが、文字どころか装飾さえ無かった。
そんなことを次の階でも繰り返し、結局何事も無いまま階段を上る。
「……あれ?」
4階は今までと少し雰囲気が違っていた。
何がどう違うのか康大には説明できなかったが、とにかく何かがおかしかった。
その答えは忍者で注意力が最もある圭阿によってもたらされた。
「この部屋には中にまで植物がありますな」
「植物……そうか」
この階は下の階より太陽に近いせいか、煉瓦の隙間から小さな緑がわずかに顔を見せていた。ゴーレムも自分の身体に生える植物までは追い払うことが出来なかったようだ。
「この階に薬草があればもうゴーレムとはおさらばだけど、望み薄だな」
生えている植物は本当にわずかで、しかもフォックスバードの話にあったようにうねうねと自力で動いてはいない。窓から入る風に靡いているだけだ。
「この分だとやっぱり上にありそうだな。どんどん登っていこう」
康大の言葉にハイアサースも圭阿も頷く。
康大の予想通り、5階は4階よりさらに植生が充実していた。
一体何を光源とし、何を燃料としているのかさっぱり分からないランプ的なものがあるおかげか、花が咲いている植物もある。けれども、問題の薬草も文字も見当たらなかった。
その変わり、
「この草は食べられるな。私の田舎では良く湯がいて食べたものだ」
食料は見つかった。
さすがに状況が状況なので、ハイアサースもそう言っただけで実際に草を摘んだりはせず、そのまま上に登る。
6階まで行くと、壁一面に蔦が生い茂るほどになる。おそらく外の蔦が内側に入り込んできたのだろう。こうなると壁に何か書いてあっても、読むことは出来ない。
仕方なく康大は周囲の蔦を引きちぎるようハイアサースと圭阿に指示した。もちろん目的の薬草に注意しながら。
康大は手で、ハイアサースは剣で、圭阿は苦無で蔦を引きちぎっていった。
「・・・・・・」
「どうしたのだ、ぼうっとした顔でケイアを見て?」
「いや、彼女初めて会った時全裸でそれからほぼずっと一緒にいたのに、あの苦無どこから持ってきたのかなと」
「言われてみれば確かに不思議な話だ」
「女には色々秘密があるのでござるよ」
話を聞いていたのか、ケイアが手を止めずに答えた。
一瞬康大は"女"という言葉に引かれ、かなり問題のある隠し場所を頭に浮かべ、慌てて頭を振った。ちなみに真相は、捕まる前に近くに隠し、強盗の残党を始末しに行く際に取りに行っただけという色気の欠片もないものだが、その事実を康大が知ることは一生無かった。
やがてあらかた刈り終え、壁の様子も一通り分かるぐらいにはなる。
しかし、問題の文字も薬草も影も形も無かった。ただゴーレムのために草刈りをしただけだ。
「こうなると次の階かにあるのかな。おそらくそこから上はもうゴーレムの頭だろうし」
「もしもの話でござるが、そこにもなかったらどうするでござるか?」
「……登るしかないだろうな、ゴーレムの頭まで。窓から出て落ちたら即死すようなところを伝いながら、な」
「その役目、おそらく拙者になりそうなので、今のうちに心構えだけはしておくでござるよ……」
「頼む」
そして3人は階段を上る。
隊列はケイアを先頭にし、康大とハイアサースがそれに続いた。別に打ち合わせをして決めたわけではない。気付いたら自然とそうなっていた。
そんな適当な選択が、彼らの生死を決めた。
「!?」
階段から顔を出した圭阿が瞬時に顔を引っ込め、後ろに下がる。
突然のバックステップに康大は思いきりぶつかり、後ろのハイアサース共々、階段を転がり落ちそうになった。もしゾンビの馬鹿力で咄嗟に壁に穴を開け体重を支えられなかったら、実際にそうなっていただろう。
「何があった!?」
「何かの攻撃でござる!」
康大が腕を引き抜いて逃げるという選択肢を選ぶには、充分過ぎる答えだった。
「戻るぞ!」
「え、あ、え!?」
まだ要領を得ないハイアサースを強引に下がらせ、康大は階段を駆け降りる。圭阿は階段を使わず、階段横からそのまま飛び降りた。
その数秒後、3人のいた空間に緑色の、本当に"何か"としか形容できないものが伸びてきた。
「な、なんだよあれ!?」
「なんでござろうな。少なくとも咄嗟に頭を引っ込めなければ、首を折られていたでござる」
先頭がもし康大かハイアサースなら、実際にそうなっていただろう。圭阿だからこそ、長年の勘で暗闇からの一撃を察することが出来たのだ。
緑色の物体は、断面がトランプのダイヤのような形をしており、綱のように伸びてゆらゆらと蠢いている。それが上の階から2本ほど伸びていた。
「本当に何だよあれ!? はっきり姿が見えてもさっぱり分からねえぞ!」
「拙者も分からんでござる。はいあさーす殿は?」
「知るわけないべ! あんなにうねうね動いてるばかでかい草なんて!」
「あ……」
ハイアサースの一言で、康大の頭の中のあるものと目の前の謎の植物が結びつく。
「どうしたんだべ、そんな顔して?」
「いや、そういえば例の薬草のことだけどさ、大きさまでは聞いてなかったよな」
「大きさって……まさか!?」
圭阿はすぐに康大の意図を察した。
ただハイアサースは何のことか分からず、「関係ない話をしている暇などないだろう!」と文句さえ言っている。
康大はため息混じりに、ハイアサースでも分かるように説明してやった。
「俺達は緑色でうねうね動く食物が薬草だと言われた。そして今目の前にあるそれは、規格外の大きさを除けばまさにぴったり当てはまる。さらによくよく考えると、俺達はフォックスバードさんから薬草の大きさまでは聞いてない。以上のことを合わせると」
そこで康大は言葉を句切り、もったいつけながら言った。
「あの俺達を攻撃してきたやつこそが捜していた薬草だ」
本日最後の試練はこうして幕を開けた――。