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第13話

 ついに日は完全に暮れた。

 康大が瞼を閉じて時間を確認すると、だいたい7時少し前。ちょうどミーレが帰社する時間でもあり、帰り際に《最近扱いが適当だ》と文句を言っていた。本当にこの女神は気楽で羨ましい。

 盗賊達は三々五々たき火の周りに集まり、酒盛りを始めている。そこに警戒心は欠片もない。

 康大の推測通り、ここにアンデッドが出ることを知らないのは明らかだった。

「それで、とりあえずどれぐらいで現れるんだ?」

「はっきり言って分からん。ただ奴らは血の臭いに敏感だ。人々が血を流すことで目を覚まし、その後は以前話したタイプ別の行動を取る」

「そ、それじゃあ俺がなんとかするっス。実際にモンスターが出てきたらもう本当に駄目なんで、後は任せるっスよ」

 ダイランドは、小便でもしにいくのか1人輪から離れた盗賊に目星をつけ、得意の手斧を投げつける。

 昼間なら仲間が倒れたことに気付いただろうが、松明の近く以外は完全な闇で、音がなければ何があったのか分からない。たとえ倒れたことに気付いたとしても、状況が状況なので酔いつぶれたと勘違いしただろう。

 無残に殺された盗賊の血が大地に広がる。それは不規則に流れるただの液体で、上等な魔方陣などでは無い。しかし、意志無きアンデッドを召喚するぐらいなら充分過ぎるほどだった。

〈・・・・・・〉

 死んだ盗賊の場所を中心に、地面が盛り上がる。まるで竹の子の成長を早送りで見ているようだ。

 やがて盛り上がりから腕が飛び出し、うち捨てられた墓が傾き始める。

(そろそろかな……)

 ダイランドから様子を聞いていた康大は、事前の打ち合わせ通り今まさに地面から這い出ようとするゾンビの群に近づく。

 ついにアンデッド達は完全に土の中からその姿を現した。大部分はゾンビで身体のどこかの骨が完全に露出し、中にはスケルトンと呼べるような全身骨だけのアンデッドもいた。さらに近づいて分かったのは、身体が半透明のゴーストもいた。どれもこれも現実世界の常識では存在することさえ不可能なモンスターである。

 ただ全てのアンデッドに共通している点があった。

 それは――。

〈・・・・・・〉

〈・・・・・・〉

〈・・・・・・? ・・・・・・〉

「・・・・・・」

 全員が康大に対して、全くの無反応であった点である。

 今回も前回同様、敵味方以前に生き物として認識されていない。扱いが風で揺れる柳程度だった。

 おそらく隠れているハイアサースに対して同じだろう。フォックスバード邸を出て以来、状況を考えて自身に回復魔法はかけておらず、今は完全なゾンビ状態だ。ダイランドだけは襲撃の対象だが、現時点でかなり距離をとっていた。

(それにしても自分で言い出したとは作戦とは言え……)

 同類以下と見られていることに康大は少し悲しくなった。

 康大の立てた作戦……それはアンデッド達に紛れて廃墟に近づき、アンデッドと盗賊が争っているどさくさに紛れて少女達を助け、共倒れ、もしくは盗賊の撤退を確認した後ハイアサースにアンデッドを一掃してもらい、その後ゴーレムを迎える――というものだった。

 その第一関門だったゾンビの黙殺は今突破した。後はなんとかして上手い具合にこのゾンビ達を、盗賊のいるところに誘導しなければならない。ただ、自主的にゾンビが向かうのを待っていたら夜が明けそうだ。

(ま、無難にいくか)

 康大は「わあああああああ!!!!」とありったけの声で叫んだ。

 当然盗賊は何事かと思い、何人かがこちらに近づいてくる。

 今まで奪うだけの存在だったのが、奪われる存在になるとも知らずに。

 盗賊達は松明を持っていたが、ある程度まで近づかないとアンデッドに気付くことは出来ない。そのある程度の距離でアンデッドには充分だった。

 まずゴーストが、愚かにも自分から接近した盗賊に絡みつく。取り憑かれた盗賊はその場で武器を盲滅法に振り回し、なんとか追い払おうとする。

 ゴーストには命を奪うまでの力は無く、単体ではそこまで脅威でもない。ただ鬱陶しいだけだ。

 しかし、そこにゾンビが合わさると凶悪になる。ゴーストに気をとられ、盗賊はゾンビの接近に気付けないのだ。

 ゾンビ達はそんな盗賊の背後から襲いかかり、その不潔でまずそうな肉を食い散らかす。

 このあたりは現実世界のゾンビと同じだった。もっともスケルトンのように明らかに消化器官が存在していないアンデッドは、力任せに五体を引きちぎり、遊んでいるようにしか見えなかったが。

『うああああああああああ!!!!!!!!!!!』

 そのたった一つの出来事だけで、盗賊達は完全に恐慌状態に陥り、ゾンビの矛先も完全に盗賊達に向く。。

 たいていは尻尾を巻いて逃げていったが、中には戦ったり、その場から動けず襲われるがままの者もいた。逃げる者以外はどちらも結果は同じで、殺されるまでの時間が少し変わる程度だった。

 増える盗賊達の血により、新たなゾンビも目覚め、いよいよ廃墟一帯は殺戮の巷となる。

 もし盗賊達が手ぶらであったなら、被害はそこまで広がらなかっただろう。だが、今の盗賊達には査定や振り分けをするほどの戦利品がある。そもそもそういうことをするためにここを利用しているのだ。逃げ出した盗賊達も欲に駆られて再び戻り、戦利品をかき集めている間にゾンビに襲われる。仕方なく盗賊達は固まって応戦の構えを取り始め、両者の戦いはさらに苛烈になっていった。

 やがてアンデッドの脅威は廃墟全体に広がり、阿鼻叫喚の地獄絵図がそこかしこで描き出された。

 それはまさに康大の狙い通りだの光景でもあった。

 動くならここだ。

「あーあー」

 ゾンビっぽい動きを演出しながら、少女達が監禁されているであろう教会に近づく。

「あーあー」

 康大はなるべくゾンビと盗賊達が戦っている辺りから、距離を取って移動する。今は盗賊達もやられる一方では無く、それぞれの武器でゾンビをたたき伏せている。モンスターにとっては景色だが、盗賊達にとって康大は完全なゾンビだ。とばっちりで殺されてはたまったものではない。

「あーあーぁああっぶね!」

 目の前をすさまじい勢いで矢が通り過ぎる。康大は気付かなかったが、矢には抉られたゾンビの目玉が突き刺さっていた。視線を合わせず幸いである。

 そしてどうにかこうにか教会まで到着する。石造りの教会は外見はひどく廃れていたが、壁から入れるほどの崩壊はなく、入口は扉だけだった。ゾンビが開き戸を両手で空けるというのも間抜けな話だが、そうしなければどうしようもない。

 康大は周囲を気にしながら扉を開ける。

 しかし扉の鍵は健在なのか、普通に開けようとしただけではびくともしない。

(ゾンビパワー全開!)

 心の中で気合いを入れると、力を振り絞ってもう一度扉を開ける。一度自分の力を意識するようになってから、力の調整もしやすくなっていた。

 耳を塞ぎたくなるような音を立てて扉が開くと同時に、中から何人かの盗賊が外に転がり出してきた。どうやら鍵がかかっていたのではなく、内側から抑えていたらしい。ゾンビになる前なら絶対に勝負にならなかった力比べも、今の康大では勝負にすらならない。

 とはいえ、康大にとってこの展開は予想外だった。

 相手は3人ほどで、怪力があるとは言え素早さは元もままの康大には勝てる自信が無かった。

 しかしそれは相手も同じだった。

 3人がかりで押さえていた扉をいとも簡単に開けるようなゾンビと戦って必ず勝てる見込みもないし、無理をして戦っても割に合わない。少女達(しょうひん)の命より自分の命だ。

「あ……」

『うわああああああ!!!!』

 盗賊達は叫び声を上げ、蜘蛛の子を散らすように康大の脇を走り去っていく。扉をこじ開けた時点で勝負は既についていたのだ。

 康大はほっと胸をなで下ろし、教会の中に入って扉を閉める。

 教会の隅では紐で縛られた少女達が、身を寄せ合って震えていた。全員が怯えた表情で康大を見ている。

(まあこの子達にしてみれば、盗賊の恐怖がゾンビの恐怖に変わっただけで、絶望的な状況は変わらないんだよな)

 彼女たちの置かれた状況に康大は心の底から同情した。

「助けに来た、とりあえず落ち着いて」

 康大は久しぶりに人間の言葉で彼女たちに言った。

 どこからどう見てもゾンビの口から出た人間の言葉に、困惑する少女達。

 先に説明すると長くなりそなので、康大はまず事前に用意していたナイフで彼女たちを縛っていた縄を切っていく。素手よりもこちらの方が早い。中には康大が近づいたせいでそのまま気絶する少女もいたが、概ねこれといった抵抗も無く、無事少女達は束縛から解放された。

「あ、貴方はいったい……?」

 少女達の中で最も勇気があるのか、少女……と言うには少し抵抗のある1人が代表として康大に言った。

 康大にしても話が出来る相手がいたことに安堵する。

「見ての通り5割はゾンビですが、四捨五入すると10割人間なので人間だと思ってください。行きがかり上義侠心に駆られて助けに来ました」

「意味がさっぱり分かりませんが、助けに来たというのなら感謝します。その、いったい外で何が起こっているのですか?」

「アンデッドが暴れて盗賊達と戦っています。奴らの戦いが落ち着いてから、外で待機している仲間と合流してここから逃げます」

 少女達の避難は盗賊が去ってから行う。盗賊の戦いが収まらない内の避難は、あまりに危険すぎた。

 アンデッドだけの状況の避難も完全に安全ではないが、そちらはハイアサースがなんとかすると豪語していた。聖職者以外のことは何一つ信用出来ないが、その道に関しては彼女ほど信頼できる人間もいない。

 ……こちらに来て回復魔法が使える人間に、まだ2人しか会っていないが。

「分かりました、名前も知らない旅の人、貴方の慈悲ある行いに感謝します」

「は、はあ……」

 今まで会った人間の中で飛び抜けて高貴な様子に、康大は一瞬気後れする。彼女の言葉と仕草は全く乖離しておらず、一挙手一投足が様になっている。不細工ではないものの美醜で言えばハイアサースの方が上だが、彼女にはないただならぬ気品があった。盗賊に掠われるだけあって、やんごとなき身分なのだろう。

 本来ならミーレにこそそれを感じるべきなのだが、あれはまともなのは外側だけで、中身は疲れ切ったOLだ。今のところ悪友としてしか接する気にはなれない。

 康大は面食らいながらも自分の仕事は忘れず、扉の隙間から外の様子を窺う。

 その瞬間、ちょうど扉の前に立っていたゾンビと目が合った。

 康大はそっと扉を閉じる。

 この世界に来て初めて目を合わせたのがゾンビとは笑えない皮肉だ。

「……とりあえずまだじっとしていた方が良さそうです」

「分かりました」

 高貴そうな女性は頷くと、他の少女達を宥め始める。年齢的にギリギリ母親でもおかしくないが、両者の態度から察するに主人と従者達という関係なのだろう。

(※ノブレスオブリージュってやつなのかな)

 康大は素直に彼女の振る舞いに感心した。

 しばらく時間が経った後、康大は改めて外の様子を確認する。

 すると、予想外の光景が康大を待っていた――。 


※フランス語で直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」。ざっくばらんに言えば貴族は普段えばり散らして良い暮らししてるんだから、その分何かあったら弱者を守れということになる。

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