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第12話

 廃墟は丘の上にあり、また周囲は全体的に開けていた。

 そのため、大分離れたところから隠れながら様子を探る必要があった。残念ながらこの中の動ける人間で誰1人スニーキングスキルを有していない。こうなると視力に劣る康大はお手上げだ。

 ダイランドとハイアサースで限界まで辺りを回り、それぞれの視点で廃墟の全容を探っていく。ダイランドが豚の群というだけあって、周囲の警戒はなおざりで、かなり近づかなければ見つかることもなかった。

 2人が調べている間、康大が少女の面倒を見る。さすがにハイアサースもこの少女を連れての偵察には無理があると理解していた。

 少女は名残惜しそうにハイアサースの鎧の縁を掴んでいたが、ハイアサースが強引に手を離して行ってしまうと、後を追うことはせずその場でただ佇んでいた。

 彫像のような少女を相手に、康大はとてつもなく緊張する。

 人間離れした美女のミーレも、凜々しい美女であるハイアサースのどちらも性格は明るく、話していてもあまり緊張しない。

 だがこの可愛らしい顔をしていた()()の少女は、何を考えているのか――そもそも何か考えられるのかも分からず、一緒にいると針の筵にいるかのようだった。康大にとって一番苦手なタイプの異性だ。せめてカウンセラーとしてのスキルがあれば、彼女の心の鍵を開く手助けが出来たかもしれないが、残念ながら康大は元を正せばどこにでもいる日本人男子高校生だ。それはあまりに無いものねだりすぎた。

「あの……」

 それでも意を決して話す。

 いい加減間が持たない。

「・・・・・・」

 当然少女に反応は無い。

 康大はため息を吐いた。

 もし本来の状態だったら、「異世界で美少女とフラグ立てられてラッキー」ぐらい気楽に思えたのに。

 仕方なく康大は黙っていることにした。

「……つらい」

 一瞬状況も忘れて、ミーレに話相手にでもなって貰おうかと思った。

 もしそれを本当に実行していたら、康大は死ぬほど後悔しただろう。ミーレの仕事の愚痴を延々聞かされるからではなく、これから起こる悲劇を回避できなかったのだから。

「!?」

 康大の身体に緊張が走る。

 散漫になりつつある注意力を回復できたのは、偶然木陰から伸びた夕日によるものだった。それまで自分に近づきつつある、典型的な大柄で汚らしい盗賊に気付くことが出来なかったのだ。

 しかし、幸いにも向こうが自分を見つける数秒前に自分から気付くことが出来た。

 相手が1人であの時のことを考えれば、どうにかできない相手でもない。盗賊の力量など測れないが、そこまで能力に違いは無いはずだ。

 だが、出来るなら人殺しはしたくないし、その盗賊と戦うことによって、他の盗賊に気付かれる恐れもある。ダイランドのように手際よく殺す自信は、まだ康大には無い。

 幸いにもまだ自分から少し場所を移動すれば、やり過ごせる距離でもあった。

 康大は少女を連れ、その場から後ずさりをする。

 しかし、今まで人形のようだった少女の瞳孔に突然光が蘇り、さらに身体が小刻みに震え始める。そして彼女のずっと引き結ばれていた口が開かれた瞬間、

(やばい!)

 康大は反射的に彼女の口に手を当て悲鳴を遮った。

 少女の心は回復していないもの、身体に刻まれた記憶はしっかり残っており、同じような盗賊が現れたことによって地獄のような苦しみだけ蘇ってしまったのだろうか。口を塞ぎながら康大はそう思った。

 少女はひどく暴れるが、ゾンビである康大にとっては些細な抵抗に過ぎない。力尽くで少女ごと移動しようとした瞬間、偶然視線を変えた盗賊とはっきり目が合ってしまう。

 もっともただそれだけだった。

 盗賊は目が合った瞬間、頭からその場に倒れ込む。

 盗賊の背にはその原因となった手斧が深々と突き刺さっていた。どうやらこのタイミングでダイランドが戻って来たらしい。

「大丈夫っスか?」

「ああ、ヤバそうだったけど、これならなんとか――」

 そう答えようとした瞬間、少女の動きが明らかにおかしくなる。

 今までは戒めから逃れようと暴れていたが、今の動きは痙攣に近かった。それどころか、口から豪快に血を吐き出す。

 康大は慌てて身体を離し、何故少女がこうなったのか瞬時に理解した。

 少女の口を押さえたのは右腕で、そちらの手は当然これ以上ないほどゾンビウイルスに冒されている。それに加えて、興奮した少女の噛み痕があったのだ――。

 つまりハイアサースに次いで、新たな感染者を増やしてしまったわけだ。

 しかし、感染後すぐに追いかけてきたハイアサースと比べると、少女の反応は過剰すぎる気がした。身体中をかきむしり、口から流れる血は止まらず、まるでゾンビではなく致死性のウイルスに感染した人間の最期のようだった。もっともゾンビウイルスも、充分致死ウイルスではあるのだが。

 暴れまくる少女を前に、康大は何も出来ない。ダイランドにしても完全に専門外だ。

 しかし幸いにも専門であるもう人の仲間が、なんとか間に合ってくれた。

「邪魔だどけ!」

 事情は一切聞かず、戻って来たハイアサースはすぐに少女に駆け寄り手をかざす。緊急と理解しているのか、前回のように身体を詳しく調べることもない。

「これはもう賭だな……」

 そう言いながら、今回使う回復魔法は複雑なのか、盗賊に見つかる危険性も顧みず詠唱を始めた。額に汗を流しながら、必死で少女のための言葉を紡ぐその姿は、剣を構えている時より何倍も美しく、また何十倍も勇ましかった。

 ハイアサースに回復呪文が効いたのか、少女の吐血はやがて止まり、痙攣も治まる。その数秒後、安らかな寝息を立て始めた。

 康大もハイアサースもほっと胸をなで下ろした。

「とりあえず何があったんだ?」一息ついたところでハイアサースが聞く。

 康大も自分のミスでこうなったことは嫌と言うほど理解しているので言いづらかったが、それ以上に黙っていられない事も理解していた。

「この盗賊を見てあの時のことを思いだしたのか、突然暴れ出したから押さえ込んだんだ。そしたらこの子に手を噛まれて俺の血が口の中に……」

「……自我を失った人間は時にとんでもない行動を取る事があると、爺ちゃんが言っていた。それを伝えておくべきだったな」

 ハイアサースは康大を責めることはなかった。その変わり、彼女は釈然としない表情を浮かべる。

「しかし何故この子はこんな事になったんだ? 私がお前の返り血を浴びた時は全身を虫が這いずり回るようなかゆみに襲われ、その後すぐに()()()()()。だが彼女の身に降りかかったのは痙攣と吐血だ。まるで毒を飲んだようじゃないか。実際それ用の回復魔法で何とかなりはしたが……」

「そうだったのか……。だとしたら多分に個人差があるのかもしれない」

「とりあえずまだゾンビにもなって無いっスね」

 怖いだけあってそのあたりの反応はダイランドが一番早かった。

「違いは何だろう?」

「私は聖職者として日々神のご加護を受けている。それ以外考えられん」

「じゃあ俺の場合は即死間違いなしっスね」

 ダイランドが密かに康大と距離をとる。

 現実世界なら笑い話か狂信者の戯言で済むが、こちらは魔法が当然のように存在する世界だ。現代日本の常識が通用しなければ、その考えが間違いだと否定するほどの根拠を康大は持っていなかった。

「でもこれがそのまんま毒だったら、大きな武器になるっスよ。今んとこ斧は必ず急所に当てられる距離から投げるようにしてるんすけど、刃に塗った状態ならかすり傷でも良くて射程も大幅に伸びるっス」

「考え方が完全に蛮族のそれだな。俺だって指でも切りゃ痛いしこの世界でもパンデミック引き起こす気は無いから、そんなことはしねえし、させねえよ。……多分」

「私も同意見だな。毒というのは卑怯だ、やはり勝負はこの剣ですべきだ」

 明らかに一度も人を切ったことがない剣を構えながら、ハイアサースは言った。……ゾンビなら切ったことはあるが。

「ところで廃墟の様子はどんな感じだった?」

「ああ、それっスか、いきなり色々あって言うの忘れてたっス。とりあえず廃墟は元々教会みたいで、豚共は墓とかお構いなしにそこら辺に適当に散らばって戦利品の品定めしてたっス。レイプされてる子は見られなかったっスけど、泣き叫ぶ女の子が教会に連れて行かれるのは見たっス。盗賊にとって誘拐した人間も財産の一部っスから、そこに閉じ込めた後まとめて奴隷商人に売ると思うっス。まあ中にはこの子みたいに慰み者にされる子もいるっスけど」

「なんにせよ胸くそ悪くなる話だな」

「盗賊なんてどこもそんなもんスよ。まあ唯一の救いはあの豚野郎がまだ出かけてた事っスかね。あの能なしの馬鹿は商品とか関係なく壊しちまうような奴っすから。俺からはそんなところっス」

「ハイアサースからは何か言うことがあるか?」

「とりあえず今すぐあの鬼畜共をなで切りにしたいところだが、見えた範囲ではダイランドの話に付け加えるべきところはない。ただ聖職者的に気になるところがある。もっとも私の気の使いすぎかもしれないが……」

「いや、遠慮なく言って欲しい。正直会ったばかりの頃は※アシダカグモの方が役に立つんじゃないのかと思ってたけど、今はそれなりに頼りにしてる」

「それなりっておめえ! ……まあ今はいい。問題は盗賊達のいる場所だ。大部分のアンデッドはその時死んだ場所に縛られる。ここで言えば墓だな。それにも拘わらず墓に陣取るなど、アンデッドを知っている人間のすることではない。これではテリトリータイプだろうが無差別タイプだろうが結果は変わらん」

「だとしたらここにいるアンデッドは既に全員倒されたのか?」

「うーん、あの豚共がそんな手のかかることするっスかね。普通そんな厄介なことするぐらいなら、根城の方を変えるもんっスよ」

「そうか……」

 ではいったい何故そんな態度をとっているのか。

 康大は顎に手を当てて考える。幸いにも脳に対するゾンビウイルスの影響は皆無で、思考力は衰えていない。むしろこの極限状態で頭の回転が早くなった気さえした。

「まあアンデッドは常に現れるわけでもないしな。少なくとも夜になる必要があるし、ある一定の日のみ現れる場合もある」

「アンデッドと盗賊の噂はセットで聞いたんスけどねえ……」

「セット……分かった!」

 康大はぽんと手を叩いた。

 そしてやはり頭脳労働は自分の専門だと心の中で自画自賛する。

「何がわかったんスか?」

「噂の盗賊についてさ。俺達は今までずっと噂の盗賊があいつらだと思ってたけど、実際は違ったんだ。時期的に考えて噂の盗賊はあいつらの前にいた盗賊で、今はアンデッドに殺されたか逃げたかしていなくなった。そこをあの盗賊共が今こうして根城に利用してるんだよ!」

「なるほど、確かにそう考えると、あの能なしの豚共が平気でアンデッドが出る場所に陣取ったのも理解出来るっすね」

「だろう!」

「・・・・・・」

 しきりに感心するダイランドに、得意気になる康大。ただハイアサースだけは1人難しい表情をしていた。

 康大にはそれが気になった。

「ハイアサースは違うと思うのか?」

「いや、考え自体は反対じゃない。むしろそれで合ってると思う。ただそうなると、アンデッドがこの場に残ってる可能性が高いなって。もうそろそろ日も暮れるのに」

「うわっ、マジっスか……」

 ダイランドが目に見えて青ざめる。残念ながらこれからは戦力として期待できそうもなかった。

 その変わり、アンデッド相手ならば本職のハイアサースが大きな力になる。

「まあアンデッドには聖水が有効だし、私がいればたいてい何とかなる。しかし、だ。盗賊とアンデッドの両方を相手にして、廃墟に囚われている少女達を助け出し、さらにゴーレムから薬草を採取するとなるととんでもなく大変だと思うが……」

「まあそうっスよね。豚共を捌くだけだったら楽なんスけど」

「俺的には盗賊だけでも楽とは思えないけど……」康大は苦笑しながら言った。

「でもアンデッドの存在が、俺達にとっては逆に有利に働くと思う」

『えっ!?』

 ハイアサースとダイランドが2人同時に驚く。

 そんな2人に「これはここに来る前から考えていたんだが……」と、康大はその作戦について話し始めるのだった……。


※ゴキブリを食べてくれる益虫。通称軍曹。ただ冷静に考えるとまずゴキブリも蜘蛛もいないような家にしろ。

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