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第10話

「はあ……はあ……」

 最後尾を息も絶え絶えで歩く約一名。

「遅いぞ、もっとしっかいしろ!」

 それをことさらになじる約一名。

「あの、おんぶしますか?」

 逆に色々気にかけてくれる約一名。

 旅人は三者三様、統一感はまったくなかった。

「しかしまさか俺の方が遅れるとは……」

 最後尾の一名、康大は精神的にも体力的にもがっくりと肩を落とす。

 出発からしばらくして。

 真っ先にバテると思っていたハイアサースは、非力であるものの田舎育ちが幸いし、歩きながら体力を回復させ今では平然と先頭を歩いている。鎧というハンデがあっても、その脚力にそれほどの衰えは見られない。

 一方、都会育ちの上、昨日歩き回った疲労が全く抜けていない康大はすぐにバテてしまった。ゾンビがバテるというのも不思議な話だが、事実なのだからしようがない。

 ダイランドは言うまでもなく一番元気だ。山歩きだけでバテていたら山賊は務まらず、もっと前にフォックスバードに殺されていただろう。

「まだ全然歩いてないぞ。しかもお前のせいで予定より進みが遅い」

「そりゃどうも……」

 言いながら康大は瞼を閉じ、ミーレがいる女神的な会社の時計で時刻を確認した。景色と化した女神が何か文句を言ってたが、それを完全に無視し康大は時間計算だけに集中する。

(2時間は歩いたのか……)

 現実世界でもほとんど家に閉じこもっていたので、ここまで歩いたことはない。ゾンビに追われた際も、都合一時間は外にいなかっただろう。康大の人生において、学校行事の遠足以来の長距離歩行だ。

 だからといって、自分から休むとも言いづらい。とりわけ、ハイアサースの前で泣き言を言うのは可能な限り避けたかった。

「あ、ちょっとここで一端止まりましょう」

 そんな康大の内心を慮ってか、ダイランドはそう提案した。

 ハイアサースはここぞとばかり反対したが、ダイランドがそう提案したのは康大の状態だけでなく別の理由もあった。

「ここからちょっと行った先をよく見て欲しいっス。ほら、煙が見えません?」

「言われてみれば……」

 原始的なハイアサースの目は、ダイランドが言った景色をしっかりと確認した。

 一方、ギリギリ裸眼で生活できる程度の視力しか無い康大には、ほとんど何も見えない。

「えっと、いったい何が……」

「多分盗賊連中が休んでると思うっス。火を使ってるから飯でも食ってるんじゃないっスかね」

「じゃあ迂回――」

「いいや、殲滅だ」

 ハイアサースが分を弁えない提案をする。

 康大は心底呆れた。

「あのさ、戦力になるのはダイランド1人で、こんな身動きもろくに取れないような道を進んでいるのにどうやって勝つんだよ……」

 3人はフォックスバード邸を出てから、廃墟までずっと道無き道を進んでいる。そもそも廃墟まで通じる道が、未だにちゃんと残っているわけもない。誰も通らなくなったからそこは廃墟になったのだ。藪は腰の高さまで生い茂り、木々が影になって10メートル先も分からない。この場所に慣れているダイランドがいなければ、10分も歩かないうちに遭難していただろう。

 せめて開けた場所ならダイランドの手斧で一掃することも出来たかもしれないが、こんな場所ではどう考えても無理だった。

 しかし、ダイランド本人は違う考えだった。

「いや、ここでできるだけぶち殺した方がいいかもしれないっスよ。そもそも、ここで迂回するととんでもない遠回りになるんスよ。それに分散してる時に戦力は可能な限り削るべきだと思うっス」

「・・・・・・」

 文字通りのどや顔でハイアサースは康大を見た。

 康大はため息を吐く。

「……ダイランドがそう言うなら仕方ない。俺達はなるべく安全な場所に隠れて――」

「そのことなんスけどコウタさん。俺はコウタさんがそこまで弱いようには思えないんスよね」

「へ?」

 康大の目が点になる。

「いやいや、俺なんて雑魚もいいとこだし」

「でも師匠に聞いたんすけど、コウタさん俺が使ってる手斧を簡単に片手で持ち上げたそうじゃないっスか。この手斧、師匠が作った特注品で威力が強い分滅茶苦茶重いんっスよ」

「でもお前今結構持ってるじゃん」

「俺は鍛えてるっスから。とはいえ実はこれで結構キツいんスよ」

「うーん……」

 信じられない話だった。確かにハイアサースを脅す時手斧を使ったが、重いとは全く感じなかった。

 だからといってフォークやナイフが軽く感じられることもなく、自分の力が強くなった気が全くしない。

「こういうときは実際に戦ってみるのが一番いいっス。少なくともあんな豚共には遅れは取らないはずっスよ」

「過剰すぎる期待が痛い……」

「しかしここじゃよく分からないな。も少し近づこう」

 元から慎重だったのが最近さらに慎重になっている康大とは対照的に、無駄に度胸があるハイアサースが、ずんずんと盗賊達に近づいていく。ダイランドも止める様子が全くなかったので、仕方なく康大はその後についていった。

「・・・・・・」

 先を歩いていたハイアサースは何を思ったのか突然立ち止まり、仁王立ちでこぶしを振るわせていた。

 康大は慌てて彼女の身体を隠そうとする。

 その際に、彼女が見ていた光景を康大も見て、その理由を完全に理解した。

 だからこそ康大は、反射的にハイアサースの身体を押さえ込み口も塞ぐ。もしこのまま放っておけば、そのまま盗賊達に突撃したことは明らかだった。

 康大にしてもそうしたい気持ちはあったが、それを抑えるほどの冷静さと冷酷さもあった。

「ああ、何か予想通りの展開っスね」

 ただ1人慣れているのかダイランドは表情一つ変えなかった。たとえ年端も行かない少女が、裸にされ数人の汚らしい大男に輪姦されていようが、それは当たり前の光景で、気にも止める価値は無いらしい。

 確かにこの男も蛮族だ。

「とりあえず俺があいつらの死角から手斧で攻撃するっス。そしたらコータさんらはこっちで注意を引いてください」

「分かった」

 ありったけの自制心で康大は気持ちを抑えながら頷いた。

 出来ることなら一秒でも早く助けたかったが、残念ながら今の自分にその力は無い。むしろハイアサースのように考えなしに突っ込めば、あの少女がより危険な目に遭うかもしれない。

 現実世界でも襲われる人は大勢見てきた。だがそこに悪意は無く、あくまで生存本能だけの弱肉強食の世界だった。恐怖はあっても嫌悪感はなかった。

 しかし今目の前で行われているのは生存には一切不必要な行為で、ただ悪意だけがある。それはあの地獄をくぐり抜けてきた康大にとっても、この上なく醜悪な景色だった。

「痛っ!」

「あ、悪い」

 感情が籠もり力を入れすぎたのか、知らぬ間に必要以上の力でハイアサースを押さえ込んでいた。

 康大は慌てて手を離す。

 ハイアサースが腕をさすりながら、批難じみた目で言った。

「気持ちは理解出来るが腕が千切れるかと思ったぞ」

「悪かったと思うけど、そりゃ言いすぎだろ」

「いいや、正義の心が身体を奮い立たせてしまったのだろう。その点は私も誇らしいぞ」

「・・・・・・」

 このまま話に付き合っているとハイアサースが興奮して隠れているのがバレそうだったので、康大は黙っていた。

 ただ自分には出来ないという気持ちが消え、やらなければならないという使命感がわき起こり、恐怖心はかなり薄まっていた。

「始まったか!?」

 ハイアサースと共に可能な限り近づいて木の陰から様子を見ていると、唐突にたき火の前にいた盗賊の頭に手斧が刺さる。

 すさまじい膂力と命中率だ。康大は実際に人間の頭蓋骨がどれほど丈夫か、ゾンビに襲われる人間を見て良く理解していた。

「なんだ!?」

 盗賊の1人が手斧が飛んできた方を向いて叫ぶ。

 その声に強姦していた他の盗賊達も一端手を止めた。

 おそらく今なのだろう。

「ここだ!」

 康大は盗賊達の前にあえて姿を見せる。

 全く別方向からかけられた声に驚き、盗賊達は一斉にそちらを向いた。

 その瞬間、第二、第三の手斧が投げられる。

 盗賊その2、その3は側頭部にその一撃を受け、断末魔すら上げることすら出来ずそのゴミのような人生を終えた。

「な、なんだテメエは!?」

「豚が人間の言葉を囀るな!」

 既に決め台詞を用意していたのか、剣を突き出しながらハイアサースが言った。実際に剣を振らなければその様もかなり堂に入っている。

「ちっ、クソガキと女が……ってテメエら人間じゃ――」

 そう言いかけた盗賊を、今度はダイランドが直接手斧で脳天からたたき割る。そこからは木が邪魔になり、投擲が出来なかったのだ。

 突然現れた大男に、盗賊は思いきりうろたえる。とりわけ強姦していた連中は無様で、下半身裸のまま武器を持つことさえも出来ない。

 そんな隙を見逃すほど、ダイランドは甘くなかった。

 脳天に刺した手斧を引き抜き、返す刀ならぬ返す斧で少女に群がる獣の群の首を狩る。まるでギャグ漫画のように首はぽんぽんと飛びはね、煮ても焼いても食えない肉の塊が次々と出来上がっていった。

「ち、ちくしょう!」

 そして最後の2人になった時、1人はおそらく仲間のいる方角に、そしてもう1人は何を思ったのか康大の方へと駆けだしてきた。

 ダイランドはそれぞれを一瞥し、結局仲間の方へ向かって逃げ出した盗賊を追った。相変わらず木々が邪魔で手斧は使えないので、直接手を下すしかない。

 こうなると残った盗賊は康大の仕事だった。

「・・・・・・」

 たとえダイランドに葦のように切り倒された三下の盗賊でも、手に剣を持っているし康大にとっては脅威だ。相変わらずのへっぴり腰で剣を振り上げているハイアサースでは、この状況で役に立つようには思えない。

 康大は目を瞑った。

Do it(やれ)!》

 瞼の奥の女神が親指で首をかききる仕草をしながら物騒なことを言う。

「おりゃあ!!!」

 康大は自分自身に気合いを入れるよう可能な限り大声を上げ、あの人間離れしている右腕を伸ばす。

 なけなしの勇気を振り絞り最後まで見開かれた目は盗賊の姿をしっかり捉え、振りかぶった盗賊の剣が当たる前に盗賊の顔面を鷲掴みにした。

 ここから先何が出来るのか康大には分からない。

 結局死ぬのが少し遅れるだけなのかもしれない。

 ただ何をすべきなのかはしっかりと理解していた。

「くたばれぇ!!!」

 康大は力の限り盗賊の顔を締め付ける。

「ぎゃ……ぐが……」

 みしみしと、嫌な音と盗賊のうめき声が一瞬聞こえたあと、

「・・・・・・」

 皮膚に突き刺さった康大の指は、そのまま顔の前面にあったパーツを全てそぎ落とす。

 そこまで康大が思わず怯んで力を弱める暇さえなかった。

 あとには不細工な素顔さえ消えた、人間だったものが残る。

「……はあ……はあ、やったの、か……」

 康大はその場に尻餅をつく。

 人を殺したという罪悪感は驚くほど無かった。おそらくこの世界に来る前、ゾンビとはいえ息の根を止めたことがあったおかげだろう。あの時は1日何も喉を通らなかったが、今はむしろとにかく水が飲みたかった。

「これが俺の力……」

 改めて康大は自分の掌を見る。

 人間離れしたその右腕は、力も人間離れしていた。むしろ今までのこの右腕で普通に生活できたことの方が不思議だ。ハイアサースを止めた時も、よく痛がらせるだけで済んだと思う。

「ひょっとして明確な殺意に反応でもしたのかな……」

 少なくとも盗賊には殺す気で対峙し、ハイアサースに対してはそんな気持ちなど欠片もなかった。フォックスバードが言うように、もっと自分の力のことを知るべきだ。いや知らなくてはならない。康大はそう確信した。

 ただ何か1つ、とんでもない勘違いをしているような気もした。

 その場に座り込み、じっと考え込んでいる康大をよそに、ハイアサースは盗賊の死を確認すると、全力で犯されていた少女に向かって走り出した。彼女の本当の仕事はここからだ。

 少女の脈を確認し、とりあえず生きていることが分かると、すぐに回復魔法の詠唱を始めた。自分に使った単純な魔法と違い、少女の傷は複数におよんでいたため、様々な効果がある魔法を複合して用いる必要があったのだ。

 この世界の優秀な回復魔術師は、優秀な整形病理医でもあった。

 虚ろな目をした少女の傷だらけの身体が徐々に癒えてくる。

 しかし、回復魔法で心まで回復するのは難しいのか、その瞳に光が戻ることはなかった。

「……間に合わなかった」

 ハイアサースは敗北感を滲ませた声で呟いた。

 その言葉で康大も今がどういう状況か気付く。自分のことより、まずは被害者の少女の方が大事だ。

「怪我は治したんだよな」

「ああ。だが心の傷までは……。とにかくまともな服を着せ、身体を洗ってやりたい」

「だったらこの近くに川があるっスよ」

 ダイランドも()()を終え戻ってくる。

 その表情に変化はなく、康大達とは住んでいる世界が違うことをいやでも痛感させれた。

 ダイランドの提案にハイアサースは頷き、鎧に付属していたマントを少女にかぶせ、ダイランドに少女を任せると共に川に向かって歩き出した。

(俺が行ったところで……いや、俺にはことの顛末を見届ける義務があるのかもしれない)

 康大は少し考えてから、2人のあとを追っていった。

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