93話・愚か者の異世界転生
これからの「選択」において、正解と不正解は明確だった。
人間として、現実(東京)に「残る」のが正解。
魔王として、異世界に「転生する」のが不正解。
賢い者なら、間違うことのない…簡単な選択。
悠人にだって理解できる。
彼は賢くないし、頭の回転も良くない。
正解は、前者(現実)だと、理屈では分かっていた。
なのに…
残酷な運命と戦う「妻の姿」に。
血塗れになっても、目が見えなくなっても…
闘い抜こうとする、その横顔を見て…悠人の感情が震えた。
一人ではない…この戦い。
これは、悠人と叶「二人の戦い」だった。
そして、凡人(悠人)は、妻に背を向けた。
愚かなで「間違った選択」をする為。
最後の平穏を、最後の希望を…この男は、自ら手放した。
叶は視力を失っており。
もう、夫の姿は見えなかった。
それでも…
彼女には、ハッキリと「みえていた」。
凛と揺れる黒髪と、不器用で頼りない…幼女の背中が。
「みんなの…みんなを…」
悠人の足音が、静まった廊下に響き渡る。
その行き先は一点のみ…
異世界への入口、病院の隅にある「物置部屋」にあった。
医者の言葉が、頭の中でグルグル回る。
明日の夜が、運命の日…叶にとっての最期のとき。
物置部屋の扉が…男(悠人)に問う。
どうして、きたのだ…と。
無論、扉が喋るなど、在り得ないのだが…
このときの悠人には、そう問われたような気がした。
悠人の選択はきっと、間違っている…
それでも、だとしても…
彼のポケットに納められた「とあるモノ」…
叶の無くした「筆」が、悠人の冒険を、見守ってくれていた。
この筆は、叶に返せなかったけど。
ポケットの中から、悠人の迷いを、蹴飛ばしてくれた。
鈴木悠人の手に力が入る。
きっと、この選択は、勇気とか言う…大層なモノじゃない。
ただ、一歩のみを「歩く」という、とても小さな行動だった。
物置部屋を睨む…再び「異世界転生」をするために。




