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75話・明日が欲しい


 妻が筆ペンを無くしたこと…

それから話題が移って、叶が大好きだった「冒険」の話になった。


「叶は、いつも冒険の話をしてたよ」


「冒険ですか?」


冒険という言葉に、カイルが反応する。


「ああ、しかも『宇宙』とか『異世界』とかにだよ?」


ほんと、可笑しいよね…と、悠人は語りながら笑う。


「でも、もう自分には、冒険はできないから」


「僕に『旅』をしてほしいってさ…」


 つらつらと語る、負け犬の背中…

その元へ、カイルは、ゆっくりと歩み寄り。

彼女もまた…木の下で屈みこんだ。

そして、負け犬(悠人)の隣で、次の言葉を繋ぐ。


「…それなら…」


「生きないと…ですね…」


「叶さんの分まで、食べて、寝て、楽しんで…」


そして…


「一杯、一杯、感じて、いきましょう」


 叶の運命を、受け止める…


それは、選択かもしれないけれど…


 「人」として、正しい明日への「未来」への切符だった。


ゆえに…「極悪魔王」としての電車の旅は、もう乗る義務など無かった。


「魔王の物語は、終わったんです」


「これからは、悠人さん…」


「貴方だけの明日が、始まるんですよ?」


 緑髪の悪魔は、負け犬(悠人)に優しく語りかけるが。

もう、これ以上…カイルの言葉を聞きたくなかった。

 なぜなら…その口調は、柔らかくても。

明確な「叶の最期」を意味しており…

近い未来にいる…孤独な負け犬を、見据えていたから。


「いやだ…」


子供のように、駄々をこねる負け犬。


「ずっと、叶と…」


悠人の願いは、とても単純。

何てことない「平凡な日常」が欲しいだけだった。


しかし、カイルの返事は、どこまでも現実だった。


「あり得ません。もう、叶さんは」


 その言葉が、綴られるまえに。

抑えていた感情が…堪えていた想いが…爆発するように轟いた。


「いらないんだ!!!」


「?!」


 悠人の声が、闇夜の公園に響く。


彼の本心に驚いたのか?

カイルは、紅い瞳を丸くして、押し黙ってしまう。


「異世界の転生もっ!」


現実(東京)から離れた、ファンタジーの世界も。


「すごい力もっ!」


脚光を浴びるべき、最強のチートも。


これらの両方を、この男は望んでいなかった。


 異世界転生や最強チートというは。

きっと、多くの者が、欲し望んでいる代物だろう。

 と言うのに…

この負け犬(悠人)は、誰よりも無欲で…突き抜ける程「不器用」だった。


「ただ…」


「叶がいる明日が、欲しいだけなんだ…」




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