73話・11月19日 手術室
鈴木悠人は一人、椅子に座りながら。
震える手を握りしめ…ひたすら祈り続けた。
ここは、病院の廊下「手術室」の外であり。
扉の上には「手術中」と…標識が点滅していた。
つまりソレ(標識)は、妻が戦っている事を意味している。
現実世界…東京の鈴木悠人は、幼女でも、魔王でもない…
どこにでもいる低収入の「凡人」でしかない。
幼女魔王として、異世界に転生した時は…
憎まれても、剣で貫かれても、微塵の恐怖すら感じなかったのに。
今、この一瞬…
「妻を失う恐怖」を考えると、体中が凍りついてしまう。
この男(鈴木悠人)には、何の力もない、何の能力もない。
たった独りで、恐怖に耐え忍ぶ事しか出来なかった。
やがて…「手術中」の点滅が消えて。
永遠にも感じられた奮闘が、終わりを告げた。
手術室の扉が、ゆっくりと開かれ。
開かれた扉から、担当の先生が現れた。
「先生!」
「かなえっ!は?!」
すっかり緊張してしまい、まともに呂律が回らない。
対する先生は、冷静に対応してくる。
先生は、マスクを外して…溜息をつく。
「後日、お伝えします」
その表情は、とても残酷で…悠人と視線を合わせようともしない。
まるで『諦めろ』と…突き放しているみたいだ。
東京の時刻は、深夜を回っていた。
悠人は、静まった夜道を歩きながら。
その思考は、焦りと恐怖で一杯だった。
足が震えてしまい…
まっすぐ、歩くのもままならない。
そう…彼は、自覚してしまった。
自分では、叶を「救えない」って…
カイルとの契約が果たせず。
たった一つの「最後のチャンス」を逃してしまった。
そうだ…もう、二度目などない。
妻は…
鈴木叶は…助からないのだ。
頭の中で、絶望が渦巻き。
惨めな負け犬は、おぼつかない足取りのまま。
ノロリ、ノロリ…と歩き続けた。
そんな帰り道の途中、一本の「橋」に立ち寄った。
以前と変わらず…橋の前には「「工事中」の看板があって。
どうやら、橋の工事は終わっていないらしい。
しけた気分のまま…工事中の橋へ踏み込む。
「負け犬の男」は、ふと思った…
ここから飛び降りたら、楽になるのでは?…と。




