47話・回想その2「夏の夜」
それから少しだけ、間が空いてから…
意識を代えるように、カイルが咳払いをした。
「さっ…さて!はじめますか」
ちょっと前まで、焦っていたのに。
この瞬間には、いつもの表情…氷のような冷たい表情をしている。
「おめでとうございます」
冷酷な視線を尖らせて、緑髪の悪魔は称賛する。
「どんなに、ちっぽけでも。この一歩は、進歩そのものです」
淡々と告げてから「パチンッ」と、指パッチン(フィンガースナップ)をした。
それが合図となって…
悠人の視界が、虹色の閃光に包まれてゆき。
意識そのものが、深い記憶の渦に飲み込まれていった。
豊かな色彩の空間に、その身を預けながら。
少しだけ遠い…大切な「思い出」を見た…
小さな公園で「叶」という女性と出会い。
鈴木悠人と叶は、ゆっくりと交際を始めた。
どうやら彼女は、有名な画家らしく。
悠人とは正反対に、世間からいつも必要とされていた。
この時期でようやく、悠人の就職先が決まり。
以前のサラリーマンよりも、各段に低収入なライン工場に勤める事になった。
それは、彼女と対照的に地味な仕事…
それでも悠人は、大切な人を支えたいと。
ボロボロの作業服を着て、毎日…汗水を流した。
そして、とある夏の夜。
悠人はいつものように、彼女(叶)の家を訪れた。
どこにでもある、古ぼけた一軒家…
この二階建ての家に、叶は一人。
二階のアトリエ(作業部屋)で、ハードな仕事を背負っていた。
悠人は、家の前に着くと。
古ぼけたガラスの扉を、ノックした。
叶のいつもの笑顔が、出迎えてくれる筈。
その筈なのに…シーンとしたまま、虚しい静寂だけが連なった。
叶が…来ない…?
このとき、妙な胸騒ぎが悠人を襲った。
ザワつく感情を抱えながら、二階の窓へ視線を移す。
アトリエ(二階)の窓は、開かれており…
窓が開いている事は、叶が作業をしている事を意味していた。
だって彼女は、外の空気を取り込みながら…絵を描くのが好きだから。
愛用の筆を走らせ…一息する暇すら許されない。
上京してから、怒涛の勢いで、仕事が押し寄せてきて。
世間は一切、叶に休息を与えなかった。
それでも、彼女は幸せだった…
自分の絵が、少しでも誰かの救いになるだろうし。
何よりも…
大切な人「悠人」が、いつだって傍にいてくれる。
これだけで十分、幸せだった。




